アルファ博士のピアノロボット
「ロボットの理想形はヒューマノイド……人の姿のロボットなのです」
天才科学者とうたわれたアルファ博士は、彼のオフィスで雑誌のインタビューにそう答えた。
人間は手足を器用に用い発展してきた。
その営みを模倣してこそ人類に貢献できるロボットが生み出せる、と。
「それに人と似ている方が親しみを持てます。ヒューマノイドはみなさんの良き隣人となりますよ」
その記事は天才の彼が人型ロボットの開発に注力することを世に宣伝するためのものだった。誌面には大企業と共同で開発中の人型ロボット「ヒューマ」も載せられた。
指先に至るまで美しく作られたヒューマの姿は世間の話題になった。
しかしアルファ博士の主張に反論する人もいた。
ロボットの専門家であるベータ博士だ。
「人間の真似をさせてなにが発展する? 人にできないことをするのがロボットだ。指は百本でも二百本でもいいのだ!」
酒場で同席した記者に彼はそう主張した。
彼は彼で別の企業の出資を受けながらロボット開発に勤しんでいた。
だから他人のロボットが脚光を浴びることが気に食わなかったのだ。
さて世間の人々は二人の衝突を大変面白がった。
つまるところの焦点は、ロボットは人間と似た姿であるべきか?
オフィスや酒場のそこかしこで大衆は議論を戦わせた。
二人の対決はテレビマンが間に入り、番組の企画として実現した。
それぞれが作ったロボットにピアノを演奏させ、議論に決着をつけるという筋書きだ。
アルファ博士は著名なピアニストを教師につけ、ヒューマにピアノを教えた。ベータ博士は人間では弾けない曲を新進気鋭の作曲家に書かせ、そして対決の日が訪れた。
先攻はベータ博士のロボットとなった。ムカデに似た形で無数の指が生えていた。それがピアノにまとわりつき演奏を始める。
やけに複雑だが、秩序のあるメロディー。そして正確な演奏だった。
続いてアルファ博士のヒューマの番。彼は有名なクラシックの曲を弾いた。
演奏もさることながら、とりわけ美しい姿勢と指使いが人々を魅了した。ロボットでありながらピアノへの愛を感じさせるようだった。
甲乙つけがたい勝負であった。
しかし演奏を終えたヒューマが舞台から去ろうとしたその時、事件は起きた。
「あいてっ!」
なんとヒューマは足の小指を椅子の角にぶつけてうずくまったのだ。
その姿に人々は爆笑、そしてその日一番の拍手をヒューマに送った。
実はこれ、教師のピアニストがレッスン中につまずいたのをヒューマが学習してしまったのである。
演奏自体はどちらも見事だったため議論に決着がつかなかったものの、この「足の小指あいて事件」はロボットたちの運命を決定する重大な転換点となった。
そういうわけで百年が経った今でも、オフィスではベータタイプのロボットが複雑な仕事をてきぱき処理し、酒場ではアルファタイプの人型ロボットが椅子の角に小指をぶつけている。
(1200文字)
こちらの企画への応募作です。