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 Guten Tag!(こんにちは!) 文学部人文学科1年の岡田です。
 
突然ですが、皆さんは高校までの国語の勉強と文学研究の違いは何だと思いますか? 文学研究って何をしているのか、改めて問われると意外と難しいですよね。

この問いについてドイツ文学の吉田耕太郎先生は 
「高校までの国語の勉強では、登場人物の心情を読み解くことが求められていましたね。一方、大学の文学研究っていうのは、作品そのものだけじゃなくて、その作品の舞台となる地域の文化や歴史、作者の生まれ育った環境など、作品の背景にも着目する学問なんです」
と仰っていました。

…なるほど、この答えを聞いて、私は少し文学研究の形が見えてきたように思いました。せっかく自分は文学部に所属しているのだから、もっと文学研究について知りたい!

ということで今回、大阪大学ドイツ文学の教授である吉田耕太郎先生にお話を伺いました。


先生のご紹介


吉田耕太郎(よしだこうたろう)先生

1970年生まれ。東京外国語大学外国語学部(ドイツ語学科)卒。2007年、東京外国語大学地域文化研究科博士後期課程単位取得退学。学術修士(東京外国語大学)。京都外国語大学、立命館大学、京都大学人文科学研究所等での非常勤講師、2009年4月より大阪大学文学研究科准教授を経て、2023年4月より現職。 専攻:ドイツ文化史・思想史

出典: https://www.let.osaka-u.ac.jp/ja/academics/graduate/graduate-course/g-dokubun

 


先生の研究について


-まず初めに先生の研究内容について教えてください。

 僕は18世紀のドイツ語圏の文化や出版史を研究しています。一応肩書き上は「ドイツ文学」だけど、実際には文学の研究(文献精読とか)がメインって訳ではないんです。例えば、ゲーテについての研究で言うと彼の作品そのものっていうよりは、作品がどの階級の人々に読まれていたのか、彼がどんな媒体に作品を出版していたのか、どんな時代に作品を書いていたのか、交友関係はどうだったのかについて調べます。今でこそゲーテの作品は書籍として出版されているけど、当時は仲間内で発表される同人誌に掲載されていたんです。本は高価なものだったからなかなか買えなくて。雑誌を皆で回し読みするような時代でした。

こんな風に、当時の雑誌を読むとその時代の流行が分かるので、ドイツの文化について研究するのに良い材料となるんです。1つの雑誌を読むと、文章中で他の文献について言述されていることが多いので、自ずと次に読むべき資料が見つかります。


学生時代


―先生の学生時代、大学教員になったきっかけについて教えてください。

 東京外国語大学のドイツ語学科に所属していましたが、最初からドイツ語の教員になろうと思っていたわけでは無かったです。ドイツ語を専攻したのも明確な目的があったわけではなくて。でも今考えてみると運命的な選択だったのかもしれないですね(笑) 大変だったけど大学生のうちにみっちり語学を勉強できたのは後々役に立ちました。大学卒業後、一度企業に就職したんですが、体調を崩してしまって。そんな時、大学時代の恩師に「大学院に来てみたら?」と声をかけてもらい、大学院に入ることにしました。大学院ではアルバイトをしながら研究していたんですが、仕事と勉強、どっちつかずの状態になるのは良くないなとなり、思い切ってドイツに留学しました。留学中、日本の先生に「ドイツ語の教員をやらないか?」と声をかけてもらったのが大学教員になるきっかけでした。本当に、偶然機会が巡り巡って大学教員になったんです。


ドイツへの留学


―ドイツ留学ではどのようなことを経験されましたか?

 恩師との出会いに恵まれた留学生活でした。当初は3年間留学するつもりでしたが、留学中に先生に推薦書を書いて頂き、新たに奨学金をもらえたので約5年間向こうに滞在していました。

当時スピノザやライプニッツとか、17世紀の哲学の研究をしていたデューリング先生っていう有名な方に手紙を書いたんです。先生のもとで勉強させてもらいたいって。今思えばすごい行動力でした。先生は「フランス語もラテン語もろくにできないのに17世紀のことを研究しようだなんて、何考えているんだこの日本人は!(絶句)」という感じでしたが、そう言いつつも「ドイツ語ができれば、まぁなんとかなる18世紀にしておけ、悪いことは言わないから」とアドバイスしてくれました。そういう訳で僕は18世紀のドイツについて研究するようになったんです。

デューリング先生のアドバイスで、まずはじめに大学史について勉強しました。僕が留学していたのがライプツィヒ大学という、ドイツのザクセン州にある大学だったので、そこについて調べたんです。そしたらライプツィヒ大学のことだけじゃなくて、ザクセン州のことについてもどんどん理解が深まっていきました。今思えば先生には、大学の由来について学べば必然的にその地域のことも分かるはず、っていうねらいがあったんだと思います。

 また、図書館長だったシュナイダー先生にもお世話になりました。留学中新たに奨学金を頂けたのはシュナイダー先生が立派な推薦状を書いてくださったお陰です。やっぱりドイツの図書館は凄いです。今必要な文献だけじゃなくて、長い目で考えて今後必要になるであろう文献が抜けもれなく揃っているんです。図書館がポリシーをもって、組織的に本を収集しています。これは阪大に限ったことではないけど、日本は大学の図書館が脆弱なんです。流行りの研究の本はあるけど、数十年後に必要になる本が揃っていない。図書館側は現在の利用者目線で本を集めるんじゃなくて、今後を見据えた収集を行う必要があると思います。

 
―留学したいと思っている学生に向けて何かアドバイスはありますか?

留学先の国のテレビやラジオを一日中流して耳を鍛えるようにしてみてください。YouTubeとかにあがっている動画やニュース番組が役に立ちます。ドイツ語ならアルテ“Arte”というテレビ局のコンテンツがおすすめです。ドイツとフランスが共同出資しているテレビ局で、ドキュメンタリーや映画が放送されています。YouTubeで字幕付きで見れるのでぜひチェックしてみてくださいね。

(YouTubeリンク🔗→ https://youtube.com/@artetvdocumentary )


人文学研究とは


―先生はグリム童話を題材にした研究もされているとのことですが、どうして児童文学に着目されたんですか?

 童話は当時の子どもの教育を知る手掛かりになるからです。 世界史の教科書には「18世紀のヨーロッパは近代化に向けて啓蒙思想が広まった時代」って書かれていますが、実際には必ずしもトントン拍子に民衆への啓蒙が上手くいってた訳では無かったんです。当時の雑誌を読んでいると「子供への教育を強要しすぎるのは良くないのでは?」って論じられているくらいで。民衆の知識を増やそうとして、かえって空回りしていた面もあったんです。どの時代でも社会の矛盾や皺寄せが来るのは子どもなので、子どもに注目するとその時代の問題が見えてきます。子どもの教育は僕の研究の中でも大きな位置を占めていますね。

こんな風に、通説とは違う事実を深掘りしたり、一つの時代を色んな側面から見るのが文学部の研究の醍醐味なんだと思います。

 
―近年は実学=「社会に直接役立つ学問」が重視される傾向にありますが、そうした社会の流れの中で文学部はどうあるべきなのでしょうか。

 文学部は賞味期限の長い研究をしていくべきだし、それが可能な学問だと思います。100年後でも参考になりうる論文を書いていって欲しい。ドイツ文化ってあらゆることが既に過去に研究されているんですね。実際あるテーマについて過去の文献を調べていたら、19世紀末に既にドイツで先行研究が行われていたことが分かり驚きました。当時の研究者もまさか100年後に極東の人間に読まれるとは思っていなかったでしょうね。全く違う時代、全く違う土地に生きる人間が読んでも参考になる論文が書けるって凄いことだと思うんです。もちろん流行りのテーマについて研究するのも良いんだけど、それ以上に学生さんにはスパンの長い研究をやってほしいと思っています。私自身も10年後、50年後誰かの参考になるような論文が書けるように頑張りたいです。

 

学生について


―研究と授業の両立は大変ではありませんか。

学生さんに授業をすることで自分の研究の時間が取られているとは全く思わなくて。むしろ学生さんと話すことで良い刺激をもらえています。1,2年生の共通教育の授業は、専門分野の違う学生さんも来るから真剣になります。自分の研究内容をそのまま教えても伝わる訳ではないから、どう研究内容と結びつけて授業で教えようかって考えるのは、難しいけれどやりがいがありますね。


―阪大に課題点はありますか?

 これは阪大に限らずなんだけど、もっと学生さんが時間をかけて研究できたらいいのにと思います。本来、大学って社会からちょっと切り離された存在だと思うんです。もちろん今世の中で起こっている問題について関心を持たなければいけないけど、世の中の流れや社会の要求と切り離して自分の研究に集中できる環境でもあるというか。まさに「魔の山」*みたいな空間ですよね。特に、阪大は待兼山の上にあるし、昔は近くにサナトリウム(結核療養所)もあったわけだし。ただ最近は大学がゆっくりできる場所でも無くなってきているように感じます。多くの学生さんは(文学部の場合)2年生で専攻に分かれたと思ったら、3年生で就活が始まって、4年生になったら卒業論文も書かなきゃいけないし、あっという間に卒業を迎えてしまいます。学生さんが色んなことに追われず、もっとゆっくり研究できたらいいのになと思います。

 *「魔の山」…ドイツの作家トーマス=マンによる長編小説。主人公は山の上のサナトリウム(結核療養所)で各国から集まった知識人達と出会い、教養を深めていく。サナトリウムで過ごすうちに、彼は第一次世界大戦に向かう世の中の流れから断絶されていく。
吉田先生が以前、この作品を授業で取り上げていたことからインタビュー内で話題に上がりました。

 

おわりに

今回のインタビューを経て、吉田先生は「長い目で見る」ことを大事にされている方だと感じました。大学図書館の本の収集の仕方、100年後も参考になりうる研究、じっくり学べる場としての大学…あらゆる面で物事を長期的なスパンで考えていらっしゃいました。そうした考え方は、先生が歴史に向き合った研究をされてきたからこそ獲得されたものなのだと思います。

私は自分で希望して文学部に入ったものの、いざ入学して専門分野の違う友人たちに会ったことで、みんな医学や工学など誰かの役に立つ勉強をやっている中、自分は社会の役に立ちそうもないことをやっていていいんだろうか、と少し自虐的になっていました。ですが、今回人文学研究の大先輩である先生に取材し、先生の卓越した物事の見方に触れたことで、自分も自信を持って勉強してもいいんじゃないかと思わせられました。まだ私が人文学を学ぶことで何ができるのか完全に答えを出せたわけではありませんが、4年間の学びを通して自分なりの答えを見つけていきたいと思います。
Danke für Ihr Interesse!(お読みいただきありがとうございました!)

                       取材:大阪大学 文学部人文学科1年 岡田凜


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