茶源郷から届く、甘いかおりと青い旨味|秋季限定茶「和束の月」
<本記事は2024年7月に内容更新しました>
<茶源郷 和束町>
京都府相楽群和束町(わづかちょう)は、宇治茶の生まれ故郷。
約800年前の鎌倉時代、茶業興隆の祖とされる「僧 栂ノ尾の明恵高弁(みょうえこうべん)」より分けられた茶の種子が、和束町の鷲峰山(じゅぶせん)に撒かれ、宇治茶は誕生します。
そして現在も和束町は、宇治茶生産量の約4割を占める、京都最大の茶産地です。
山間地域のため朝晩の寒暖差は大きい。
また、町の東西には和束川が流れ、その周辺地域では川霧が発生しやすい。
実際に足を運ぶと、香り高い日本茶を栽培するための自然条件が揃っていることがよく分かります。
ただし、高品質な日本茶づくりが今日まで引き継がれてきた理由は、自然環境だけではなく、その歴史にも。
宇治茶は江戸時代、200年以上にわたって徳川幕府へ献上されました。
お茶好きで知られる家康は、とくに宇治のお茶(当時は「碾茶=抹茶の原料」)を好み、毎年春に収穫された宇治の新茶を江戸まで運ぶよう命じます。
この慣習はその後、三代目将軍 家光により「御茶壷道中」として制度化され、ピーク時には100を超える茶壷が宇治から江戸まで運ばれることに。
その行列は、茶師やその警備人員をふくめて千人を超えるものへと発展します。
この一大イベントに対する一般庶民からの関心の高さは、当時生まれた童謡からも、その様子をうかがい知ることができます。
和束町に備わる高品質な茶栽培に適した自然条件。
江戸時代、200年以上も続き、世間の注目を集めた「茶の一大イベント=御茶壺道中」
その間、宇治茶の生産者に備わった日本最高峰の生産技術。
宇治茶の主産地である和束町が〈日本茶のふるさと=茶源郷〉と呼ばれる理由は、その自然環境と歴史・文化にあるといえます。
<モノづくりについて>
そもそも宇治茶とは。
ここから読み取れるのは「産地以上に仕上加工者と仕上加工地」へ定義のポイントを置いていること。
たしかに茶業関係者の間では「宇治で仕上げて価値をあげる」ことを見聞きします。
そして今回お届けする「和束の月」は、「京都・和束町(産地)」×「その隣町の京都・宇治田原町(加工者・加工地)」の組み合わせ。
ただし、実は宇治での仕上加工に特別な工程はありません。
当店では50年以上にわたり、宇治田原町で仕上加工をおこなっていますが(日本緑茶発祥の地 宇治田原町でのお茶づくりについてのnoteはこちら)、一緒に作業して感じることは、とにかく丁寧に「茶葉を磨き続ける」ということ。
夏場の作業場は40℃超え。
そのなかで4種類の選別機を使い、ひとつの茶葉に対して合計10回以上、選別作業を繰り返します。
選別の目的は、茶葉特性を最大限に引き出すこと。
最終的に、煎茶原料となる茶葉は切断して大きさを揃えます。
選別後のおこなう火入作業の際、均一に茶葉に温度を伝えるためには形状を揃える必要があるからです。
また、煎茶原料以外の茎や粉は、それぞれほうじ茶の原料、粉茶の原料として当店で別商品として使用します。
原料を問屋さん経由ではなく、産地から直接仕入れ、仕上加工することは当然ですが手間暇はかかります。
その一方で、全ての原料を余すことなく、茶葉毎・部位毎の特性にあわせて使い分けること。
また、特性の異なる茶葉をブレンドして品質を向上させることが可能になります。
<プロダクトについて>
本商品の特徴は「青み」
宇治茶特有の甘い香り、自然由来の旨味を備えますが、それぞれに山間地域の茶葉特徴である「爽やかな青み」を残すように仕上げています。
個性溢れる、力強い味わいではありません。
しかし一方で、茶葉そのものには恵まれた自然環境と確かな技術から作り上げられた「日本茶の特質」は十分に備わっています。
そのため、たとえば「すっきりと香気」を楽しみたいときには、やや熱めのお湯で短めの抽出時間でサッと淹れていただく。
反対に、「じっくりと旨味」を感じたいときには、やや低い温度でゆっくりと淹れていただくと、全く違った特徴を引き出すことができます。
実は当店の販売スタッフ一番人気の季節限定茶も「和束の月」です。
ぜひ日本茶好きのお客様に一度お試しいただけますと幸いです。
<販売ページのご案内>
<淹れ方&楽しみ方>
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