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『ショートショート小説』彼女


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日曜日の午前中。
今日は、前から楽しみにしていた予定を過ごしに外へ出かけた。

休日の午前中という様子にふさわしい、
天気のいい、気持ちのいい日だった。


みんなおのおのに、――この日曜日の日を、過ごしに来たのだろう。
街中も、外へとやってきた人たちで多かった。


友達同士で来た人たちなど、よくにぎわっていた。


おれはというと……、最初のうちは、
このにぎやかな日曜日の休日の時間を
1人でいることに少し心細くも感じたが――……。

それでも完全に1人きりという訳でもなかった。


おれには、彼女がいたから。

彼女が1人でいるおれのもとにやって来たときに、
安堵と親しみがこみあげてきたのか、
硬くこわばっていた自分の口元が緩んだのが分かった。


***

――彼女は、おれとは少しだけ対照的な、
活発なタイプなので、つねに俺の少し先を
すすんで彼女のほうがリードするという過ごし方だった。


(男子の自分が、彼女のことを引っ張っていないという様子に
ちょっとだけまどろっこしくも、 じれったさのようなものも
感じつつも……。
けれども、自分たちには、こんな過ごし方が合っているのかなと思った。)

外の空気が、屋外の風が、
おれたちの顔をたなびいていく――。

彼女は、ポニーテールの髪形をしていた。

後ろからの様子だと、その彼女の髪が、
軽快によく揺れている光景が見受けられた。


こうして過ごしている時間に、おれは穏やかな心境を感じた…。


(この彼女の後ろ姿を、おれは今日の1日の時間に、
心の中に留めておくことなのだろう…。)


――彼女は、照れ屋な性格からか、
(先をすすんでいく積極性は見せつつも)、
なかなかおれのほうには振り返ってこない。


(おれのことは、内心どうでもいいと、…おれが思っているほどには、
彼女は自分のことを気にかけてはいないんじゃないだろうか……。)


そんな気持ちが、途中 気持ちをよぎることもあった。


―――しかし、それはどうやら、思い違いだったようだ。


ときどきは、ちゃんと彼女も…、
おれのほうを振り返って見てくれたのだった。


なかなか俺の顔を見てこないのも、
実は気持ちの裏返しだったんだろうか……。


そう思うと、彼女のそんな性格が、
奥ゆかしいような内面に思えて。


おれは、彼女のあたらしい一面に
気付けたようになれたのだった。


そんな様子を、おれは自覚をして…。


そこでたまには、自分からも男らしく
リードしようと考えて、彼女の前へと出た。


――そうすると、彼女のその気持ちに
強気な性格に火がついたのか、
ふたたび彼女のほうが前に出る。


さらにそこを、また我先にと、
自分が前へと出ていく。


……こんな動作をやりとりしていくごとに、
おれと彼女は互いをちらちらと見合っては過ごしていく。


―――そんなおれたち2人の様子が、街ゆく人たちにも伝わったのか、
周囲にいる通りがかりの人たちは、俺たちのことを笑顔で
ほほえましそうに眺めてくれていた。

(なかには、「若いって、元気でいいわねぇ」と、
うらやましそうに見ている
おばさんとかもいたりした。――そうまで言われると、少しだけ、
照れくさくも思えた…。)

……おれとしても、こんな過ごし方の日は、悪くないなと思った。


―――けれども、ちょっとの油断で、
この日の彼女との過ごし方は、変化をむかえることになった。


しばらく2人でいたところ、
途中で自分たちの前を通り過ぎていった男女の2人組がいた。


…そこまでは、まだよかった。


そのあとに、さらに俺の前を通り過ぎた1人の女性がいた。

その女性は、ショートヘアーの髪形をしていて、
ポニーテールの彼女よりも、少し小柄な姿の女性だった。


(彼女のほうは、この子よりももう少し背も高くて
体つきもしっかりとしていた。)


しばらくの間 このショートヘアの女性に
おれが気を取られていると――…彼女は
おれのそんな様子に気付いたのか…。

(きっと、すすむ歩幅がゆっくりになっていて、
それで彼女も気づいてしまったのかもしれない。

おれが、彼女以外の別の女性に気が散っていることを。)


――気がつくと、彼女は、……おれの前から、
いつのまにか…いなくなってしまっていた。


おれは――、心が動揺した。


いない。彼女が。――彼女の姿が見えない。


……最初は、彼女がわざと、
自分の前から姿をけして、
どこかに隠れているのかもしれないと思った。


自分の視覚が見えないところにいるだけで……、
実はそこまで離れていないのかもしれない。


ただの、物陰に隠れて
よく見えなかっただけなのかもしれないと。


……でも、どうやら
そうではなかったようだった。


どんなに近くを探し見ても、
おれの近くには、
ポニーテール頭の彼女の姿は見受けられなかった。


おれは、しばらくの間の、
ほかの女性の姿に目を取られていたことに、
後悔をした。

まさか、……彼女が、こんなにあっさりと、
自分のところから離れて1人で行ってしまうだなんて。


(彼女は、おれが別の女性に目をとられたことに、
怒ったのだろうか。
……それとも、そのショートヘアの女性に
気持ちが向いて…すすむ歩幅が遅くなったことに、
呆れたりしてしまったのだろうか。


……どちらにしろ、彼女が自分のことを置いていってしまったことに
変わりはなかった。―――おれは、自分自身のことを、
ふがいなく思えた。)


どうして目の前にいる彼女1人このことだけを、
考えておかなかったんだろう。


おれがすべきことは、それだけでよかったのに。


――ほかの、周りの女性のことだなんて、
気に留めなくて、考えなくて、よかったのに。


……途中で、おれの前を横切った、
そのショートヘアの女性の姿も、
もう確認はできなかった。


あまりにも急なことだったので、…おれは、
この場面のできごとを、
よく覚えていなかったように思う―――……。


****


それから数時間後。


彼女と別々になってしまったおれも、
――ようやく、彼女の姿を見つけることができた。


…彼女は、ちらりとおれのことを見たように思っている。

……けれども、あえて話しかけることはしなかった。


それはおれも然りだった。
……弱々しい表情をしていたであろう自分に、
彼女が話しかけてこないのであれば…、

おれから彼女に話しかけるなんてこと、どうして出来るものだろうか。


……もしもこちらが話しかけて、なにか怒らせたり、不愉快にさせると
逆効果だと思ったからだった。


――また、彼女も彼女で、知り合いの友達を見つけたのか、
その友人グループと話をしているようだった。


彼女が笑顔で過ごしているようで、それだけで何よりだった。


いまを機嫌よく過ごしているのであれば、
その横にいるのは、自分でなくたって構わない。


――彼女との いっしょの場面は、
…この先も、やってくるのかどうかは、分からない。


……もしかしたら、もう2人で過ごすことは、
これでおわりなのかもしれない。


……けれども、おれは、
…たとえ彼女がいっしょに過ごしてくれた時間が
気まぐれによるものだったとしても、…自分は、彼女との時間のことを
忘れないだろう。

―――今日のこの時間を、心の奥に、
しまっておくことにした―――……。


*********



「……さて。どうですか? 彼の様子は。」

1人のスタッフの女性が 男性に言った。


「うん……。そうですな。

――今日、カウンセリングをして、
先日の話題を話してもらったり、紙に書いて
もらいましたが。」


こう答えた男性――、もとい、50歳くらいの
医者の男性が言った。


「やっぱり、彼には
まだその傾向があるようですな。
……ほら、この、今日 彼に紙に書いてもらった記入を御覧なさい。」


そう言われて、女性のスタッフは、
紙を手にして めくってみた。


「失恋に傷つく若者の感情………、ですね。
……ですが、彼は先日は……。」


「うむ。」


50歳くらいの医者の男性が
座っていたイスの向きを変えて、
こくりと一度うなずいた。


そして、言いかけた女性スタッフが、
話をつづけた。


「……彼は、たしか先日の日曜日は、
市民マラソンに参加すると言われていましたよね?
それがこのときのことですか?」



「うむ。そうだよ。
――けれども、これを見る限りは、
さきほど診察でも話してもらったことも同じく――、

“市民マラソン” のはずが、いつの間にやら、
“彼女とデートで出かけた日程” と、その認識が変わっておる。」


「彼がマラソンに参加した人数は?…」


「彼1人での参加だ。
友人同士での参加とか、グループ参加での申し込みはしていない。
…もちろん、彼には付き合っている彼女の女性はいない。


その市民マラソンに、よくよくさがせば、
偶然知り合いの1人や2人はいたかもしれないが、
おそらくはその場では顔を合わせた者はいないであろう。」


「…と、いうことは……。」


女性スタッフが訊ねて、
医者の男性が返答した。


「――うん、まちがいないですな。
まだ彼にとっては、『認識食い違い症』が、残っている傾向ですな。」


口をへの字にして、女性スタッフが言った。

「……はぁ。
……ここまでのカウンセリングから、
もう、ずいぶん完治してきたと思ったんですけどねぇ…。


ふだんの仕事場での場面と、
スポーツ大会の場面とでは、また状況も違ってますもんねぇ。」

「まあ、さようですな。
――ふだんの仕事の、仕事場での場合は毎日を過ごす場所だから、
日々のルーティンで意識しつつ…心がけていけば、
改善もするものですが。


――こういったイレギュラーな行事ごとの場面では、
まだついつい“認識の違い”というものを
彼は発揮してしまうようで。


……まあ、スポーツごとの“身体を動かすこと” にいたっては、
呼吸や心拍数なども上がるから、そのぶん気分も高揚しやすい。


……したがって、心拍数が上がって 『気分が高揚してしまうと』彼の中で、
『認識の食い違い』が、顔を出してしまうとの見解で
よろしかろう。」


女性スタッフも、それを聞いてうなずいた。


「…たしかに。……自分の前を走っていた初対面の女性のことを、
彼の中では自分の彼女だと考えて、……そのあいだは、
マラソン大会だと意識しているのかいないのか、
曖昧な部分が見受けられますね……。」


「うむ。――まあ、彼にとっては、
ふだんの日常生活の面では
だいぶ改善されてはいますがね。


……この先は、体の呼吸や心拍数などの運動機能を消耗したときに、
頭のはたらきを正しい認識にしてあげるように
処方をつづけていくつもりですよ。

―――さて、ではナカミチさん。
次の患者さんを呼んでおくれ。」

「はい、分かりました。」


受け付けの待合室に、「では、次のかたー」と
女性スタッフの声がひびいた。



(END)


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(書いた自分による、
話の解説やコメントなど↓↓)


***

最初に考えていたオチでは、

最後の一文のところで

「昔は空想をすることで、人々はよい未来や
将来を作っていたのだけれどねぇ…。」

と医者の先生の言葉で
しめる予定だったのですが
(空想や思いこみが、必ずしもマイナスではないよと言った
ニュアンスの。)


でもその言葉を入れると、
ちょっと最後の文章を読み終わったときの
印象や読後感がとっちらかるかな?と思って
はぶくことにしました☺💦


なので
ここのコメント解説のところに
そっと書き足しておきます(笑)



また、話を作っている自分自身は
もちろん展開や話の流れを知っているので、
かいてて途中、『気持ちわるっ😅』とか思いながら
作ってました💦(笑)

(もしも こんな人がいたら嫌ですね……。😅💦
もちろん、スポーツをする人はちゃんと
純粋に競技に打ち込んでるひとが
ほとんどでしょうけれども💦)


1回最後まで書き終わった後に、
文章を読んで、ちょっと言葉や
文章の調節をして完成しました☺


変わりダネのショートショートとして
読んでもらえましたら うれしいです👋

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