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ある集落の「しおきさん」

夕方に畑に囲まれた田舎の集落を歩いていたら、屋根の上に何か像があるのを見つけた。畑のほうからおばさんが歩いてきたので聞くと、あれは「しおきさん」だと教えてくれた。おばさんは、その家の人だった。大きな猫を飼っていた。

4,50年前にこの家を建てたときに上げたもので、亡くなったお義母さんが大事にしていた。由来は知らないけど、魂が入っているので、お正月にはお供え物をして祭っているそうだ。

まわりは屋敷が多くて屋根瓦も立派。でも「しおきさん」はこの家と、隣の家と、あと一軒にしかないのだそうだ。

隣は婿さんの家だった。あっちに住む自分の兄が詳しいと聞いたので、そちらを訪ねた。お兄さんの家の屋根でも「しおきさん」が睨みをきかせていた。

それにしても立派だと思いながら屋根を見上げて歩いていたら、柴犬に吼えられた。

玄関からごめんくださいと呼んだけど誰も出てこないので、留守かと思い諦めようかとしたら、さっきの柴犬を連れてお姉さんが近づいてきた。奥にいるんじゃないかと言って縁側に案内してくれた。

お姉さんが声をかけて縁側の窓を開けた。台所のテーブルの上に白い大きな犬が座っていた。犬同士があいさつした。お姉さんに紹介してもらってその家のおばさんと話すと、後から「主人」のおじさんが出てきた。訪ねてきた柴犬の名前を呼んで可愛がった。おじさんはやはり、さっきのおばさんのお兄さんだった。

急にお騒がせしてすみませんと言っていろいろと話を聞かせてもらった。おじさんは、この集落の屋根の工事をしていた親方のようだった。

瓦は三河のものを使っていたけど、鉄分が多くて茶色になるのが好かれなくて、淡路に変えた。「しおきさん」は瓦職人によるもので、おじさんは「しょうきさん」と発音していて、ここらでは珍しいけど、日本中にあるもんだそうだ。

(あとでネットで調べたら「鍾馗」と書いて、中国伝来の神様のことのようだった。京都には今でもたくさんあるらしい)

おじさんが応対してくれて、本当にありがたかった。おばさんは話を聞きながらにこにこしていていた。案内のお姉さんにも感謝。

集落の出入り口に神社や山の神さんがあった。細い坂を降りて薄い屋根が連なる住宅地へと戻っていく。ちょっと不思議な気分だった。

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