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インタビューと絵と話 vol.6 内田貴美子さん

絵と文章のユニットtentenによる、気になる人に決まったアンケートを取り、出てきたキーワードを元に作り出す「インタビューと絵と話」です。第6回目は内田貴美子さんです。最初に話と絵があり、最後にインタビューがあります。どうぞお楽しみください。

▷インタビューは毎回同じ10の質問と、その人に聞きたい質問をtentenのメンバーtomomi takashioと石井真秀子がそれぞれ一つずつ追加で質問しています。◁


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ある日、いつも行く近所の商店街の八百屋でトマトとキュウリとトウモロコシを買ったら、このレシートで今やっている商店街の抽選会に参加できると言われた。すぐそこで抽選会をやっているよと言われて、レシートを持って行き、カラコロと抽選器を回したら、綺麗なエメラルドグリーンの玉が出た。商店街の人が鐘を一回鳴らして「三等です。」と言ってにっこり笑った。三等は豪華客船の旅だった。私は参加賞の最新炊飯器が欲しかったのにと心の中で舌打ちをした。ちなみに、1等はニューギニア諸島の中の小さな島だった。

そんな訳で、近所の知った顔が何人かいるその船に、ちょっとした慰安旅行のような気分で乗り込んだ。特に何もせず、気ままに船の中を散歩し、海を見たり、昼寝をしたり、ディナーは毎回ドレスアップして普段あまり食べないようなものを食べ、生演奏のバンドに合わせてダンスを踊って過ごした。

3日目の夜、少し飲みすぎて風に当たろうとデッキに出たら、ご婦人がキセルで煙を燻らせていた。細い身体に沿うような柔らかいシルク生地のセクシーだけど上品な金色のドレスを着ていた。月明かりでドレスはますます金色に見え、ちょっとこの世のものとは思えなかった。でも、何か面白い空気が彼女の周りにあった。私は、ちょっと酔っていたし、船上ではあまり人と話をしていなかったので、彼女と話してみたいと思い声をかけた。

「こんばんは。」

彼女は、私の方をちらりと見ると、煙を吐き出し、ニッコリと笑った。赤い口紅が艶っぽく光っている。何を話そうかと悩む間も無く、急に彼女は話し始めた。

「わたくし、3つだけ質問に答えます。なんでもいいです。知りたいことをお聞きなさい。ただし、3つだけ。」

頭の中に大きなクエッションマークが浮かんだ私は、思わず質問をしようと口を開きかけたが、彼女が素早く人差し指を私の口の前に持ってきて、こう続けた。

「慎重に!今、何か質問をしようとしたでしょ?先に説明しましょうね。アラジンの魔法のランプみたいなことなのだけど、願い事を叶えるというのとは、違うの。ただ知りたいことを知ることができるだけ。何でも良いわ。未来のことでも、過去のことでも、近くのことでも、遠くのことでも、くだらない事でも、重要な事でも。わたくしは、それで十分だと思うのよ。願い事を叶えてしまってもしょうがないじゃない。誰でも願い事は叶えることはできるわけだし。時間がかかるだけでね。まぁ、正確にいえば、誰でもなんでも知ることもできるのだけど。」

そこまで一息に、でも優雅な態度は決して崩さずに言うと、ウフフと微笑んだ。

私は、それでもやっぱり頭の中にクエッションマークが出ていて、思わず聞いてしまった。

「本当に何でも?」

彼女は、可哀想な子を見るような目をして、「イエス。」とだけ答えた。

ハッとして口を手で覆ったけど、後の祭りで、それは1つめの質問になってしまった。

彼女は、キセルを咥え海に目をやった。

「まだまだ夜は長いわ。あと2つ。ゆっくり考えたらいいわ。でも、慎重に。知らなくても良いことは、いくら知りたくても聞かないほうが賢明よ。わかるでしょう。人生にはどうにもならないことがいくつかあるの。」

私は、彼女の横に並び、海を見た。夜の海はいろんな音がする。船のモーター音も微かにだけど聞こえる。他にもたくさんの音が聞こえる。その音たちの中で、私は、慎重に2つの質問を考えた。1つは割とすぐに思い付き、もう1つは慎重に言葉を選んでそれを心の中で繰り返した。答えは分かっているような気がしたし、もちろん他にも聞きたいことはたくさんあるのだけれど、その質問で後悔しないかよく考えた。



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「決めたわ。」
そう言って、彼女を見た。彼女はニッコリと笑いこちらを見ていた。まだ少し半信半疑の私は、何とも言えない気持ちで生唾をごくんと飲み込むと口を開いた。

「食べたら幸せになれる柿を使った料理を教えて。」

彼女は、優秀な生徒を見るような誇らしげな顔で頷いた。そして、OKと言ってただ微笑んでいた。私は、期待と不安の入り混じった顔をしていたと思う。そしてジッと待った。彼女がレシピを言葉で言うか、紙に書いて渡してくれるかすると思ったのだ。たっぷり1分は待った。レシピは?とかどうやって教えてくれるの?と聞くと質問になってしまうので、ぐっと言葉を飲み込み、彼女に、それで?と言うような顔を向けた。彼女は、あ!と言う顔をすると、想像と違った説明をし始めた。

「もうあなたの頭の中にあるわよ。つまり、食べたら幸せになれる柿料理のレシピのことだけど。どんな時でも、食べたら絶対に幸せになれるわ。約束する。アレンジはしないで、分量もきっちり計って作るのよ。ちなみに、このレシピは一生忘れることはない。辛い時にはあなたの大きな助けになってくれるし、幸せな時はもっと幸せになるでしょう。」

気がついたら、確かに、頭に中にその柿のスープのレシピがあった。材料も、分量も、細かな手順もきっちりと分かる。小さな頃から作り慣れた料理のように、すぐにでも手が動きそうな気がした。

今すぐにキッチンへ行きその柿のスープを作りたい気持ちに駆られたが、私には、もう1つの質問が残っていた。そう、もう1つ。急に緊張して、頭が酸欠状態のようにぼっとした。口に出そうとしたら、目に涙が込み上がるのが分かり、思わず歯を食いしばった。鼻からゆっくり息を吐き、海を見た。海は凪いでいる。穏やかで月の光を反射してキラキラと輝いている。

「慎重に。」
彼女は優しくそう言って、子供にするように私の頭を撫でた。私は海を見ながら、最後の質問をした。

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「彼は幸せに暮らしているかしら?」

そう言った瞬間に涙が一粒こぼれた。慌てて顔を背けて涙を拭いたが、彼女は両手で私の顔を挟み込みグイッと自分の方を向かせた。彼女は、まるで母親のような顔で私を見ていた。

「あなたは本当に利口な子ね。」

そう言って、続けた。

「彼は幸せに暮らしているわ。時々胸の奥からあなたとの思い出を取り出し、また大切にしまって、そして、目の前の現実を精一杯生きている。とても幸せに暮らしている。」

彼女は、私をギュッと強く抱きしめた。それは一瞬のことで、すぐに身体を離すとニッコリと笑って、ここを離れようとした。私は、思わず引きとめたが、もう彼女に何を質問しても答えてはもらえないことを思い出して、私は何も言えず、ただ「ありがとう」とだけ言った。彼女はもう一度最後にニッコリと美しく笑った。

翌日船を降り、八百屋に行き柿を買った。レシピはしっかりと頭の中にある。とにかく。そう、とにかく、柿のスープを飲んで幸せになろう。そう思った。そして、子供が生まれたら、その子にも柿のスープを作ってあげよう。私たちは幸せにならなければいけないのだから。そのために生まれたのだから。


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・お名前は?
「内田貴美子です。」

・大事な思い出はなんですか?
「いっぱいあるけど、子供が生まれたとき。」

・好きな時間帯は?
「家族が寝静まって、でも夜じゃなくてもいいのだけど、一人で自分のことを考えている時間。」

・好きな食べ物と嫌いな食べ物はなんですか?
「好きな食べ物は、柿。嫌いな食べ物は、くさや。」

・気になっている事はなんですか?
「いろいろあるけど。友達の病状。会いたいけど会いにいけないし、もどかしく思っている。」

・印象に残っている人は?
「前の職場のボス。元、社長で塾の経営者。」

・行ってみたい国や場所
「メキシコ。」 

・10年後何をしていると思いますか?
「生きている。ワクチンで死ななければ。」

・何の制限もなかったら、何がしたいですか?
「メイド・コック付きで一人で暮らす。あと、動物と一緒がいいかな。自由気ままな生活がしてみたい。」

・今会いたい人は誰ですか?
「お友達。あと、もう一人。」

・<点と点をつなぐ>という言葉で何を想像しますか?
「人の繋がり。出会い。」

・バブルの頃はどんな感じでしたか?
「遊びに遊んだ。やりたいこともやったし、美味しいものも食べた。だから今はそういうことはもういいわという感じ。」

・ 心に残った言葉があれば教えてください。
「養老孟司さんの、「他人が分からないと言って悩む人が多いけど、分かろうとしなくていいんだよ。」という言葉。」


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