他愛もない話

大学生の頃は一般的な恋愛をしないために男性と会っていた。
性の相手を探す人たちが大半の中で、それでも身体の関係にならない人がいたらいいなとずっと探していた。
否定したかったから。男の人みなが性に支配されているわけではないと。
肯定されたかった。男性の欲望を受け入れる器があるからではなく、"私自身"を好きになってくれる人もいるのだと。
"女"という装飾を取り外した私を見てほしかった。
私はそういうふうに愛される特別な女の子なんだって思わせてほしかった。

でも、恋愛や性を基盤にして成り立っているマッチングアプリにおいて、そういうことに興味がないという人は希少種だった。私がうまく躱したということもあって、出会った男性たちとは最終的に何の関係にもならなかったけれど、言葉尻や目つきから「そういうことがしたい」という匂いがする人ばかりだった。

結局私は"女"でなければ誰からも見向きもされない存在なんだって、"女"であること以外に価値が無いと言われているみたいだった。
平坦な道を歩んできただけの私が、"私自身"を見てほしいというのは傲慢な願いなのかもしれない。
そうやってひねくれているうちに、身体の性別から逃れることができないなら、自分が女であるという価値を一度くらいは利用してもいいのではないかと浅はかにも思うようになった。

ある人に出会った時に思い切って聞いたことがある。「男女間の友情はなんで成立しないんだと思う?」
定食屋さんで向かい合って座っていた彼は、探るような目つきでこちらを見た。
この質問には「私はこの後あなたとそういうことをするつもりはありません」という意図を含ませていたので、それを嗅ぎ取ったのかもしれない。運んでいた箸をそのまま口に入れてしばらく咀嚼をした後、飲み込んでから彼は言った。 
「友達なら男同士で十分だし、下心抜きで女の子の話に共感はできないと思う。男と女ってだけで考え方全然違うし。」
相手が箸を止めないのに気づかないふりをして私は間髪入れずに続けた。
「じゃあ共通の話題で盛り上がれる女友達なら?」
少し面倒だと思ったのか、一度こちらに顔を向けてから男の人は言った。
「共感しあえるけどえっちなことはできない女の子と、共感しあえてそういうこともできる子だったら、後者を選ばない?」
「そこが疑問なんだけど、どうしてすること前提なの?」
私があまりにも矢継ぎ早に質問をしたためか、彼にとって答えなど必要ないほど明白な質問が来て面食らったためなのか、彼は私の顔をまっすぐ見据えながら箸を置いた。
「多少なりともこの子いいなって思ったら触れたいと思わない?俺は可愛いなって思ったら抱きしめたくなるよ、最後までしたいかどうかは別として」
彼は頬杖をついてこちらを見ていた。その表情はふんわりとしていて、獲物を狙う狩人の顔としてはたしかに柔らかすぎる気がした。
「性欲とは違う部分で触れたいって思ってるってこと?」
「そこの明確な区分は俺にもわからないけど、でも俺は触れたいって感情が性欲から遠いものだとは思わないな」

さきほどまで料理が盛られていた食器を見ながら、彼の言葉ひとつひとつを解く。
これまでそういうことに興味がないと言っていた男の人もいた。でも、そういう人でも自然と手に触れたり、お互いの体温が分かるくらいの近い距離にいたがっていた。
それもつきつめれば欲求の形なんだろうか。
私と手を繋いでいる時、あの人は安心しているように見えた。自分以外の存在に触れることで自分の存在を確かめるような、自分以外の体温を感じて孤独な心を温めるような、あの繋いだ手からは寂しさが感じられた。
それはお互いを消費しあうこととはまた違うと思う。

「さっきも言ったけどさ、友達なら男同士で全然足りてるし、わざわざ異性の友達をつくるためにこういうアプリを使う人はほとんどいないと思うよ」
私の思考を遮って目の前の男の人は言葉を発した。
彼の言外に隠された思惑を摘みながら考えた。
彼はどっちなんだろう。彼の言葉に、指先に、寂しさは感じられない。彼は女の子を可愛がって消費するものだと思っているように見える。
知りたかった。寂しさでもない愛情でもない男の人の欲望はどこからくるのか。
私はそうかもしれないねと返してから言った。
「この後どうする?」



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