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have to と want to と、もうひとつ

Have to と want toについて、
あなたの人生における、それぞれの割合はどのくらいでしょうか?

Have to = やらなければいけないこと(受動的、不安感や義務感から)Want to = やりたいこと(主体的、ワクワクや興味関心から)

Have toは精神衛生的にも良くないし、パフォーマンスも悪くなるし、
そもそも持続的ではない。

Want toは心の底から湧き出てくるもの、自分のウェルビーイングを高め
ハイパフォーマンスに繋がり、持続的でもある。

なので、Want toの割合を増やしていこう、
意識をしないと、Have toで人生が埋め尽くされてしまうからね、
という話を最近よく聞きます。

もちろん、今の時代とっても大切な考え方。

Can't helpという考え方


最近、それに加えてもうひとつあるんじゃないかな、と思ってます。

Can't help = せずにはいられない、制御できない

まだぴったりくる言葉が見つからないんだけど、
とりあえずこれで代用。

特に、ここでのCan't helpは正義感から来るもの

主体的、という意味ではWant toとも言えるし、
ネガティブな感情がベースになることもある、
という点ではHave toにも似てるかもしれない。

でも、両者に比べて、Can't helpは
その原動力やモチベーションの性質が
けっこう違う気がします。

私は、正義感から来るCan't helpが
日々のエネルギーの原動力になってます。

だから、「ワクワクを大切に!」「自分が好きなことを追い求めよう!」と
聞いたら、「それだけじゃない気がするんだよな〜」と
心の奥底から、小さな声がいつも響いてくる。

Want toとの違い

きっとWant toは、それをすることで結果的に自分の幸せに繋がる。
自分のワクワクや関心など、ポジティブな感情がベースにあって、
直接的に「愛」と繋がっている。

一方で、正義感から来るCan't helpは
それをしないと自分が不幸せになると思う。
もしくは、それをしないと自分の一部を殺すような感覚になってしまう。
怒りや悲しみ、葛藤などのいわゆるネガティブな感情からくるものが
多いように感じます。

怒りや悲しみも、もとを辿れば「愛」がベースにあるのだと思うけど、
Want toのように直接的ではない。

そしてもうひとつ、倫理観の違いもあるように思います。

Want to = 利己的な意味合いが強い
正義感から来るCan't help = 利他的な意味合いが強い

Want toは自分のウェルビーイングを追求していて、
Can't helpは他人のウェルビーイングを追求しているイメージ。

もちろん、自分のウェルビーイングを最優先することで
結果的に周りのウェルビーイングが高まるし

その逆もまた然りで、

周りのウェルビーイングを高めていくことが
自分のウェルビーイングを結果的に高めることもある。

そこに優劣はないのだけど、あくまで性質の違いとして
そこがあるのかな〜と。

実際、私の中では、
Want to が30~50%
Can't helpが70〜50%
たーまにHave toが数%
といったように、
それぞれが流動的に共存していて、

でも基本的にCan't helpが
いつも大きい割合を占めている、
そんな感じです。

Have toとの違い

Have toは、ベースが他人軸で
「本当はやりたくないけど、ストレスやプレッシャーなどがあるから、
仕方なく頑張る」という義務感から来ることが多いと思います。

それに対して、正義感からくるCan't helpの場合、ネガティブといっても
不安や恐れからくる受動的なものではなく、もっと主体的なもの。

例えば私はよく
「誰かの権利が剥奪され
その人の尊厳が奪われていること」
に対して「怒り」という強い感情を抱く。

心理学的には、怒りは自分(や自分にとって大切に思う人)の
権利が侵害された時に出る感情。

自分や大切な人など(=愛の対象)が「傷つけられた」と思ったら、
「怒り」という感情が湧き出てきて、
その大切なものを危害から守るための
アクションに繋げていく。

だからHave toのような
「本当はやりたくないけど、やらないといけない」という、
自分軸がわからない所以の義務感から来るものではない。

Can't helpはむしろ自分軸があってこその
責任感からくることが多いのでは。

義務感 VS 責任感

ちなみにChat GPT先生に、義務感と責任感の違いを聞いてみたら、
こんな返事が返ってきた。いやー、さすがChatGPT先生。わかりやすい!

〜〜以下、ChatGPT先生の答え〜〜

義務感

  • 外部の圧力や規則に基づく: 法律や社会的期待から「しなければならない」と感じる。

  • 強制的: 外部の強制力が働き、報酬や罰則が関与する。

責任感

  • 内面的な意識: 自分の価値観や倫理観に基づく自発的な行動。

  • 他者への配慮: 自分の行動が他者や社会に与える影響を考慮。

義務感は外部からの強制力に基づく行動、責任感は内面的な意識と他者への配慮に基づく自発的な行動です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

やっぱり、義務感VS責任感というのは
他人軸VS自分軸とか、
外的なモチベーションVS内的なモチベーション
っていう違いがあるのかな。

幸福感やウェルビーイングだけが、人生の目的?


私はずっと、戦争や紛争で傷ついてきた人を癒したいって思っていて、
そんな想いが日々の強い原動力になってます。

最近はパレスチナで行われている虐殺のニュースを見るたびに
怒りと悲しみと絶望で、体の力が抜け、行き場を失った感情が
どんどん私の心に溜まっていきます。

声をあげる、あげない、という選択肢がある私。
ニュースをうけとる、うけとらない、という選択肢がある私。

たくさんの選択肢に恵まれている私だからこそ、
出来ること、やるべきことは何だろうってずっと考えてきた。

今もずっとその問いのなかで生きています。

「それをすることでワクワクする?」
「どんな達成につながる?」
「どう自分の幸せに繋がる?」
という問いも、とっても大切。

でも、きっと博愛主義で正義感が強い人は、
「どうやって自分の責任を全うできるか?」
っていうことが大きな基準だったりするのかも。

少なくとも私の場合は、そう。

それが必ずしも、ワクワクや幸福感に
繋がるものではないのかもしれない。

だからといって、それをしないことは、
自分の倫理観を抑圧することになる。

誰になんと言われようが、
そんなことは絶対に、できない。

私が、私らしくあるために
必要不可欠なことだから。

それが私の生きる意味にも
繋がってたりするような気もする。

たぶん。

うーん、人生経験23年の私には
答えがあまりにも程遠い問題ですわ_φ( ̄ー ̄ )

なにかCan't help以外に、
「こういう言葉にあてはまるんじゃない?」とかあれば
教えてください〜〜〜〜

ではでは、まとまりのない文章をここまで読んでくれて
ありがとうございました〜👏

Have a great day!

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