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サムシングブルーの君の香り。

僕は何度も夢を見る。
青い花畑、柔らかな日差し。
そして、あなたのこと。


大学生になったある日から、僕は繰り返し同じ夢を見るようになった。
出会ったことのない懐かしい風景というと不思議だけれど、本当に懐かしい。そんな場所の夢。

「前世からの記憶かもしれないよ?」
キャンパス近くのカフェでアルバイトをしている友人に、カウンター越しに言われて一瞬驚く。
「え?そんなの信じてるの?バチバチの理学部が?」
「だめなの?そういうのって面白いと思うんだけど…五感だけが覚えている遠い記憶ってかっこいいよね」
ラテアート練習中の友人から渡された、ハートのようなアートが施されたカフェラテ。歪なハートを微笑ましく眺めてカップをすすった。
「ね、どんな夢なのか詳しく教えてよ!」
興味津々の目とはこういうことなんだなと思わされるほどキラキラの視線が注がれている。

夢に出てくる主な人物は僕と「あなた」。夢の中に出てくるものの「あなた」と呼んでいる女性ははっきりとした姿はわからないのだ。
一面の青い花畑は優しい花の香を漂わせ、温かい風が吹いて心地いい。これから僕は遠くに行かなければならなくて、泣いているあなたをどうにか泣き止ませようと必死で抱きしめている。ふと思いついて、彼女の額に唇を寄せ「こうやって、額からゆっくりと君の中に僕の種を落として行くね。離れ離れになったとしても、君の中に育った花で僕達はまた出会えるから…それがこの生でなくても出会えるから…待ってて?」そう言って旅立つ。
その先を見たことはなく、毎回そこで目が覚めるのだ。

「よーし、懐かしい花畑を探そうか?」
その話から数日後、お互いに講義がなかった友人はうちに上がり込んでパソコンを開いている。
「花畑 青い花」とキーワードを打ち込んで検索を始めた。
検索を始めてから2時間、その他の検索ワードも思いつく限り入れて検索しても案の定、見つけることはできなかった。
「そんなので見つかるわけないでしょ?」
インスタントコーヒーが入ったマグカップを渡しながら苦笑いする。
「な、前から思ってたんだけど、お前の淹れるインスタントコーヒーってうまいのな。香りがいいっていうか絶妙なさじ加減?なんかコツあるの?」
「適当よ、適当!んー、強いて言えば…愛?」
「え?俺って愛されてるの?ほんとに?ヤバいな…いや、本当…幸せ…」
赤面して口に手をやる友人は、なぜだか透明感があって少女のように見えることがある。「お前、可愛いよな」と口から飛び出しそうになった言葉を飲み込んだ。

青い花畑捜索から数日して、僕はまた夢を見た。
今度は幼児から少女、女性になるあなたを側で眺めていた。
黒目がちの大きな瞳、柔らかい少し癖のある髪、笑うときれいに弧を描く唇。素直に伸びた手足の美しさ。これまでぼんやりとして見えなかったものが見え始める。
「やっとだね、私を見つけてくれてありがとう」
あなたの胸にぎゅっと抱きしめられる感触と安堵感。その夢の中で胸いっぱいに吸い込んだ暖かい花の香りが僕の最後の記憶だった。
目を覚ました瞬間、鼻の奥に香りが残っているような気がするのと同時に「知っている」と口に出してしまった。身近なところでこの香りをよく嗅いでいる気がしてならない。けれど思い出せない…瞳の色は違うけれど、あの瞳を知っている。穏やかだけれど内に秘めた好奇心は隠せないとでも言うようなキラキラとした瞳。喉元まで出かかっている言葉が出ないもどかしさのようなアレを感じながら布団の上を転がって「うー」とか「あー」しか声が出ない。
諦めて仰向けになって目を瞑る。ゆっくりと呼吸をしながら夢を反芻することにした。青い花とその香り、あなたの髪の手触り、温度…知らないのに知ってるこの感覚…あー、ダメだ意識手放しそう…
そう思っていたら気づいてしまった。まどろみかける瞬間に、ラテアートを手渡す友人の顔とあなたの顔が一致した。

飛び起きてスマホを掴んでメッセージアプリを起動させ、通話ボタンを押す。
「んー。おはよー。どうしたの?」
スピーカーから聞こえる寝起きの声。
「な、な、お前の使ってる香水ってなんだったっけ?たまにつけてるやつ」
「あー…どれかな?いくつかあるけど一番気に入ってるのは使い切っちゃったから最近つけてない」
「全部嗅がせて!遊び行っていい?」
通話から10分、怒涛の圧で友人宅に上がり込みスチールラックに並ぶ香水瓶を順番に嗅ぐ。いくつか嗅いでいると強めの香りに嗅覚が鈍りそうだな…と苦笑いしてしまったが夢の中のそれではない。最後に残った空の香水瓶に手をのばす。透明な薄いブルーの花が朝露に光る花畑を思い出させた。
「あー、これだわ!」蓋を取った瞬間に広がった香りに頭を抱える。
「どうした?それね、サムシングピュアブルーって…え?」
思わず友人の右手を取って口づけていた。無意識だから怖い。

「お待たせしました、姫」
やっと見つけたあなたが微笑んだ。


サムシングブルーの君の香り。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ執筆:花梛(https://note.com/hanananokoe/
胸いっぱいに吸い込んだ暖かい花の香りが僕の最後の記憶だ

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