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愛のつめすぎ

どうせ食べるなら美味しい方がいいけれど、今、そんなことを考える余裕もなく作り置きのおかずを食べ続けている。
味わう暇もなくテーブルを埋め尽くす皿に箸を伸ばす。昨日の夜、1週間2人分の作り置きで冷凍庫をいっぱいにしてしまったせいで量が多い。解凍し終わった熱々のナスの肉味噌炒めをテーブルに運び、湯気の向かいで同じように一心不乱に食べ続ける女性に新しい取皿を手渡した。
「いつもこんなん作ってるん?」
沈黙が苦痛だとばかりに彼女が口を開く。
「御飯作るの好きだし、仕事で忙しいから週に1回の作りおきしてる」
美味しいわ…と言いながら真顔でどんどんおかずを食べ進めていく。
私達はお互いの存在は知っていたものの初対面。一人の男を介してその存在を薄っすらと知っていた。いわゆる二股をかけられていたというか…

「ね、彼のどこが好きやったん?あたしね、顔かなー。後は、美味しいお店をよく知ってるとこ」
「…美味しそうにご飯を食べてくれてやさしいとこかな」
「そうなんや。他は?…あぁ、あっちも上手かったやんか?」
「んぁっ…」
まさかそんな話になるなんて思ってもいなくて盛大にむせた。確かにそうだけど、そんな話をするかな、私に。
「あー、ごめんごめん!そういうのダメな人?同じ男を共有してたっていうのん?勝手に同士だとか思ってしまったんよ!」
残りはしめじのしぐれ煮とにんじんナムル、彼と二人で食べるはずだったちょっとお高いアイス。これで冷凍庫は空になる。
「あー、そのアイス、最近出たやつ!あたし、そっちの抹茶がええなぁ」
目の前の人はよく喋って自己主張が激しそうで、私とは真逆だなと思いながら残ったチェリーソースのアイスを口に運ぶ。その途端に、彼女のスマホが鳴った。彼女は、心臓がバクバクして固まる私に目配せをして玄関に向かって歩きだした。とにかく心を鎮めようとアイスの味に集中する。濃厚なバニラに甘酸っぱいチェリーのソース。できることなら彼と食べたかった。でも、もうそれも叶わなくなってしまったのだ…私のせいで。いや、彼の自業自得だ…
「もう、面倒だからこのまま2人と別れずにいるつもりなんだ」と酔った彼が言った。以前は他の女性とも付き合っている事をバレないようにあれこれ隠していたみたいだけど、最近は何も隠さなくなってしまったのが不満で彼に詰め寄った結果がこの一言。「みんな幸せだろ?」その言葉で頭に血が上った。気づいたら刺身包丁で左胸を深く刺していて、彼は動かなくなっていたのだった。

彼女に連れられて作業着の人が入ってきた。右肩には大きいバッグ、反対の手には小さめの黒いバッグを持ってニコニコしている。
「そうですね、作業の前に契約書を読んでいただいてサインを頂けますか?おわかりと思いますが、特殊な契約ですので。ま、早く済ませたいでしょうから、重要なところにマーカーで印付けてますんで、そちらをよく読んで頂くだけでも十分ですよ?あ、サインは連名でお願いいたします。」
「あ、はーい」
隣の人は返事をしながらすでにサインを済ませ、私にボールペンを渡してきた。何も読まずにサインできるのか…本当に何もかも真逆でひたすら驚かされる。契約書を慎重に読み、私はサインをした。
「それでは作業を開始させていただきます。工程をご覧になってもいいですが、大概の方はご気分悪くされるのでお勧めいたしません。お電話で伺いました話では全て半分と…まぁ、処理が終わりましてご確認いただいたほうがいいですね。では、お風呂場をお借りいたします。全体に養生等させていただきますので様々な心配は不要です。」
満面の笑みの目元がどことなく山猫に似ているなとぼんやりと思いながら、作業服の人を眺めた。


小一時間程度で作業は終わったらしく、風呂場に呼ばれた。
愛していた人がきれいにパーツごとに分けられて、作り物みたいに見える。それと同時に、彼を殺めた感触が両手に蘇って震えだした。それを見た彼女は私の右手を恋人繋ぎしてニッと笑った。「大丈夫やって!」と言われたが、何が大丈夫なのかはわからない。

彼女は顔は好きだけどこれを持ち帰るのは面倒やなとか、どうせなら左手がええかなとか言っていたと思ったら、不意に「やっぱ、ムカつくからいらんわ」と言い放った。
「あんたが好きなとこあの冷凍庫に詰めてええよ。残りは業者さんに処分してもらお?」
「はい。お願いします…じゃ、頭と左右の手と…あの…えっと…」
「えー、かわいいー!ナニやろ?やっぱり大事やんな?」
梱包を終えるまで彼女がうるさかったけど、これで私だけのあなたになると思うとゾクゾクする。
帰り際の業者さんに残りのパーツの処理をお願いすると目を輝かせて帰っていったのは妙に気になる…

これからはずっと一緒。会いたくても我慢しなくていい幸せ。そう、愛の真実は冷凍庫の中に。
冷たい彼の唇にキスをしてそっと扉を締めた。



愛のつめすぎ(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:しゃるろっと様(https://twitter.com/charl0tte_music)
『真実は冷凍庫の中に』
本文執筆:花梛




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