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Music and Sound Quality -8 デジタルオーディオの音質

「音楽が持つエモーションをきっかけに、あと少し音楽へ近づくこと。そして、その音楽のエモーションの受け取りが、あと少しでも多く出来る再生音質の実現について、日ごろもろもろと思うところを書いていきます。第8回目です。」

(最初の投稿から1年が過ぎ、内容の見直しと加筆修正をしています)


今回は、今や当たり前となった、しかし、まだまだ分かりにくい部分も多いデジタルオーディオの音質について、日ごろ思う所を書いていきたいと思います。

デジタルオーディオの長所と短所

民生デジタルオーディオの先駆けとなったCDが発売されたのは、40年近くも前の1982年のことでした。そしてその後2001年のiPodの発売により、世の中は一気にデジタルオーディオへシフトしました。

このデジタルオーディオの普及により、圧倒的なノイズの少なさ、コピー時の劣化のしにくさ、検索性・操作性・ハンドリング性、そして特に民生機器では、解像度やS/N比やレスポンスなどの、音の特性の劇的向上という、大きなメリットがユーザーにもたらされました。


また信号処理ICを決められた通りに使うだけで、オーディオデータの中身の展開による、良い測定データ(音の特性)の実現が可能になったことで、デジタルオーディオでは機器開発の大幅な効率化が進みました。

さらには省コスト化と小型化が相まって、デジタルオーディオの普及が、日常の音楽体験の進化を牽引してきました。


レコードプレーヤーやテープレコーダーなどのアナログオーディオ機器には、メディア再生のための回転機構があり、その回転ムラに起因するワウフラッタと呼ばれる時間軸の歪が、音の特性へも大きな影響を及ぼしました。この特性の担保が、アナログ時代に直面した音質上の問題でした。

一方のデジタルオーディオ機器では、アナログ時代のオーダーで考えると、極めて正確な精度を持ったクロックの元でデータが処理されます。このために、アナログ機器のような音質変動は発生せず、時間軸変動問題は解決したというのが、デジタルオーディオ初期の共通認識でした。

今では信じられないことですが、「デジタルでは再生機器による音質差は発生しない」と、メーカーも含めて当時多くの人が大真面目に語っていたものでした。そしてそれからは、サンプリング周波数や量子化ビット数、あるいはビットレートで音質が語られる状況が続きました。


このようにデジタルオーディオでは、音の特性を中心として再生音質が大幅に底上げされました。しかしそのようなデジタルオーディオであっても、再生音と "原音" の間にある、リアリティのギャップを縮めるような高音質の追求は、今でも依然として難しい問題です。

その理由に一つには、デジタルオーディオのフォーマットでは通常考慮されない、データの中身以外の要素が影響する、「音の質」の追及が追い付いていない状態が、デジタルオーディオ機器のスタンダードとなってしまった、ということがあるのではないでしょうか。

なぜならば、数値的目標を重視する今日のエンジニアリングと、感覚的特性での判断が求められる音質とは、そもそも相性が良いとは言えないものだからです。そして、このような、デジタルオーディオ再生環境での音楽体験に満たされない気持ちが、最近のレコードの復活の要因の一つになっているようにも思えます。

データ上の音質変化とは

「デジタルオーディオデータの扱いにより音が変わるならば、そのデータにも変化があるはず。ならば、例えば文章のデジタルデータをコピーすると、その内容が変わるのではないか?」

このような、バイナリーが同一なオーディオデータでも、音質が変わるということに対する、逆説的な反論がされることがあります。

ここで言われている「文字が置き換わる」ということは、音楽で言えばピアノのドの音が、トランペットのファの音になる様なことです。それはすなわち、デジタルデータ自体が、別の意味を表す01の数列に置き換わるということです。

しかし現代のデジタル信号処理体系では、データとクロックのタイミングマージンは十分に確保されており、データが別の有意の数列へ意図せずに置き換わることは、原理的にあり得ません。またbit値にエラーが出た場合には、エラー訂正で修正される仕組みが組み込まれています。

私たちが考えているデジタルオーディオの音質の変化とは、デジタルデータの内容の書き換わりによる意味の変化ではないのです。


デジタル機器での時間軸精度

例えば、エクセルデータをPCで処理・表示するときには、時間的な縛りはありません。このように、通常のデジタルデータには時間の概念が含まれておらず、処理にかかる時間は、CPUをはじめシステム側の性能に任せられています。


しかし、音楽をデジタルで処理する場合は、この時間軸の精度が音質に対して大きな意味を持ってきます。オーディオ用クロックでは時間軸精度のコントロールは当然されており、精度にこだわったオーディオ機器では、1000兆分の1秒であるフェトム秒の単位でクロックが管理されています。

しかし一般的な音響機器ではナノオーダーや、良くてもピコオーダーの精度に留まり、多くの音響機器のクロック精度は実は決して十分なものではありません。


データ・クロック自体が持つ時間軸変動以外にも、様々なノイズが電源・GND・信号へ及ぼす影響や、更にはその影響の結果としてのエラー訂正やリトライ頻度増加などからも、更に言えばスピーカーの振動伝達特性やソフトウェア処理の仕方など、実に幅広い要因から時間軸精度は大きな影響を受けています。


時間軸精度について

時間軸精度の重要性について、もう少し続けて行きます。

人の時間軸の感度は、10μsecの変化を検知できると言われています。それに対して、CDの時間軸解像度はその400倍も粗い4000μsecもあります。これがハイレゾの192kHz/24bit音源になると、人間の検知限界にはまだ届きませんが、それでもCDの20倍精細な200μsecにまで、時間軸精度が高まります。


一般的には、「デジタルオーディオではデータは変化しないので、音も変化しないはず」、「バイナリーが同じだから同じ音であるはず」、あるいは「ロスレスだから音も変化しないはず」などといった、テクノロジーの表層的な理解や推測で考えられがちです。またデジタルオーディオの音質は、ハイレゾのようにサンプリング周波数と量子化ビット数のようなデータの”中身”で捉えられがちです。

しかし実際はデータ・クロックの時間軸精度のような、データの”中身”以外の要素が時間軸変調として現れます。そしてその結果として、歪率やDレンジ、S/N比などの音の特性に変化が表れ、最終的には音色などの音の質の再現性へ影響してきます。


少し専門的になるかもしれませんが、一つの例として、デジタルオーディオ信号の受け渡し用のI/Fレシーバ(DIR)のジッター性能の差だけでも、オーディオ特性に次のような大きな差が生じるという測定結果があります。

ジッタ表

そもそもデジタルとは概念や表現方法であって、半導体やデバイスや回路や線材の中で、電気が電位と電流という形で働くときは、アナログ的近似値で伝達されます。その時に同じアナログ的変動である様々な微細なジッターが、音質をアナログ的に変化させることに繋がります。


ハイレゾの音質について

次にハイレゾの音質について、もろもろと考えてみたいと思います。

ハイレゾというと、商品としての「ハイレゾ音源」や「ハイレゾ対応機器」のことが思い浮かぶかもしれません。しかし”ハイレゾ” とは、CDスペックを越えたビットレートを持つデジタルオーディオのことで、「ハイレゾ音源」や「ハイレゾ対応機器」のような商品や物ではなく、スペックや概念を指しています。


一方の商品としてのハイレゾ音源とハイレゾ対応機器については、それぞれ以下のような定義が業界団体で定められています

ハイレゾ音源定義:電子情報技術産業協会(JEITA) – CDスペック(44.1kHz /16bit)を越えるデジタルオーディオ

ハイレゾ対応機器定義:日本オーディオ協会(JAS) – 96kHz/24bit以上、40kHz以上再生、聴感評価「各社の評価基準に基づき聴感評価を行い、ハイレゾに相応しい商品と最終判断されていること」


ハイレゾとは "概念" なので、その意義も「情報量が増加したオーディオデータが民生オーディオ機器で扱える」という、技術進歩についての考え方になります。決して「高音質が約束される」といった、キャッチコピーのようなものではありません。実際問題として、音源そして対応機器にも、ハイレゾスペックは満たすが、音質は従来とさほど変わらないという商品も多く存在しています。


それでは、ハイレゾの核心であるデータの情報量の増加とは、最終的な音に対してどのような意味を持つのでしょうか。それは、音の精度の向上になります。音の三要素で言えば、音量/音程で表される定量的な「音の特性」部分の精度が、非常に細かいレベルで向上するということです。


ハイレゾの効果

ハイレゾのハイビットレート化メリットは、定量的なデータ情報量の増加であり、そのような情報量の増加が再生音にもたらす定量的な音の特性の違いは、20kHz以上の周波数帯域でしか、数値として簡単に変化を観測することが出来ません。

そのために高解像度の意味のハイレゾリューションでありながら、高周波数成分がフォーカスされるという状況になってしまっています。


しかしハイレゾ化による本当のメリットは、情報量が増加したデータにより音量や音程などの定量部分の精度が向上し、その結果として音色などの感覚的特性としての「音の質」の向上が、可聴帯域全てにおいて現れてくるということです。一般的に思われているような、40kHz以上の再生帯域が無いとハイレゾの良さは分からない、というものではないのです。

そしてそのような再生音の定性的な部分は、再生機器の資質に大きく依存しています。情報量はデータ内容に依存しますが、再生音質は再生機器の資質が大きく影響することから分かるように、情報量(データ)と音質(再生機器)はイコールではないのです。

定量的精度が向上したハイレゾ音源を再生するときに、再生機器の資質を向上することで、再生音がもたらす音色などの定性的感覚特性を、従来よりも更に高いレベルで実現するということです。

音楽データの情報量の差は、結局は再生機器での再生音質の差以外に、表現のしようがありません。ハイレゾ対応機器での聴感評価とは、音質にとってより重要な「音の質」を、感覚的判断をもって行うということなのです。


ハイレゾの音質と言えば分かりにくく漠然としたもの、というイメージが一部にはあるかもしれません。しかし、例えばハイレゾ音源データのフォーマットについても、PCMであればCDのパラメータを拡張した基本的には同じものであるように、ハイレゾとは決して何か別の特別なものではありません。


リアリティの再現程度に、ハイレゾの区切りが存在するなどということはありません。ビットレートが上がったとしても、目指す音の方向性はリアリティ再現度を上げるという、従来のものから何も変わるものではありません。ですので、ハイレゾと特に身構えることなく、今まで通り、リアリティが再現される音を求めていけば良いのではないでしょうか。


ハイレゾの意義

ハイレゾは文字通り高解像度を目指していますので、解像度を上げるためにサンプリング周波数を上げた結果として、周波数帯域が広がります。再生周波数帯域の拡大が第一義ではなく、高解像度化が第一の目的であることは、忘れてはいけないことだと思います。

では仮に、デジタルデータがサンプリング定理通りに、20kHz以下の可聴帯域において、完璧にアナログオーディオ信号に変換されるとします。その上で、より高いビットレートのデータ再生で音質向上が確認できたとすれば、20kHz以上の可聴帯域外成分が、音質向上に対して有意に働くということが出来るかもしれません。


しかしここで、定理はあくまで概念だということを再認識する必要があります。サンプリング定理ではジッターのない完璧なクロックや、理想的なローパスフィルタ特性や、1ポイント毎の過去未来無限のサンプル存在などが前提になっています。

しかし現実のシステムにはばらつきがあり、近似値への置き換えが行われ、また経済効果を考えたコストやサイズの制約から、様々な丸め込みも行われ、結果は誤差を大きく含んだものになります。単信号でもそうなので、複雑な音楽信号を扱う時の誤差は、本当に大きいと考えるべきです。理論通りに正確なデジタル/アナログの信号変換を、特に一般的な民生機器で実現することは、とても困難なものなのです。

そのような時に、高ビットレート信号に向けたより精度が高く誤差が少ないシステム構成により、可聴帯域のオーディオ信号の精度自体が向上し、そこにオーバーサンプリング等の信号処理的な効果が加わり、トータルとして音質改善が実現されてきます。


高解像度化による音質の改善効果が、仮に可聴帯域外の音からもあるとしても、音の判断が可能な可聴帯域内での改善効果の方が、圧倒的に顕著であるということは自明の理でしょう。さらにいえば、高周波成分の存在で音質が改善しているのであれば、それより更に顕著に知覚できるはずの、可聴帯域内の高解像度化による改善効果と、どのように識別できているのかという疑問もわいてきます。また、仮に高周波領域の音質が悪かった場合は、トータルの再生音質にも悪い影響を与えるはずですが、高周波数成分自体の音質についての議論は聞いたことはありません。

そもそもハイレゾが推進された理由が、ユーザー価値視点ではなく、オーディオ業界の活性化=利益確保機会の増大であったことも、ハイレゾの価値が中途半端に感じられる、大きな要因なのではないかと思っています。


ハイレゾは高音質での音楽再生を実現していく上で、とても有効な手段であることは確かです。しかし同時に、良く分からないまま勝手な憶測で語られることも多々あります。ハイレゾの効果ついては、より深い検証が求められていると感じています。



今回は、デジタルオーディオの音質について書いてみました。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

次回は、PCオーディオを中心とした音質改善について、あれこれと書いていきたいと思います。よろしくお願いします。




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