デートはハナタバで
「あ、ルーチェ!」
「ルノ君!遅れてゴメンね!その…服選びに時間かかっちゃって…」
ニッコリと笑って覗いた歯が全てサメのように尖り、すっぽりとフードを被った男、カルノは、過激に臍を出し、太腿が殆ど出ているミニスカートを着た褐色の女性、ルーチェに声を掛ける。
ひどく息切れしている彼女を見て、「本当に急いでくれたんだろうな」とカルノは幸せな気持ちに浸る。
「まだ船がつくまで15,6分あるから大丈夫だよ。ルーチェ?」
「うん…もう少し…息整えさせて…こんなに走ったの閃花の修行以来…」
「…」
「…」
「・・・・・・・・」
「いや!長いよ!!どんだけの距離走ってきたの!?」
ゼエゼエと息を切らし続けるルーチェに思わずカルノは大声でツッコミを入れる。
「に、20キロくらい…ダッシュで…馬車が捕まらなくて…」
「そんな長距離をダッシュで!?君の能力は走る系じゃないからやめたほうが良いよ!!」
「閃花でよくやってたケド…まぁまぁ厳しいメニューの一つだったな…」
「あ〜…って閃花で厳しいメニューをデートでするのやめなよ!ほら、髪も乱れてるから。」
カルノはルーチェの髪を優しく手櫛で梳かし、「行こ」と手を差し出す。
「うん!」
ルーチェは迷わず恋人繋ぎをし、船着き場へ向かう。
ー数日前ー
カルノの家に招かれたルーチェは楽しそうに足をばたつかせ、武器を作っているその後ろ姿を眺める。
「最近互いに忙しかったからなんか久しぶりだね。こうやってゆっくり会えるの。この仕事が終わったらゆっくり話そうね。」
「うん。こうやってルノ君の仕事見てる時間も幸せ〜♡」
「あ、あんまり集中できなくなるようなこと言わないでよ、もう!」
顔を赤くして照れるカルノをかわいいなと思い、悪戯心が芽生えたルーチェは後ろから抱きしめようとこっそり近づいていくが、「そうだ!」という突然の大声にピタリと足を止める。
「今度また二人共長期のオフがあるからその時デートしよう!」
「え?え?珍しくルノ君からのお誘い♡?イイヨ!ナニがシたい?リクエストお願い〜なんなら今から…」
目が♡になり、サキュバス特有の角と羽が生え、口から涎を垂らしたルーチェがカルノに飛びかかる。
カルノはそれを両手でなんとか受け止め、ギリギリとルーチェを必死で引き剥がす。
「そう…いうのじゃなくて…たま…にはっ…な、何て力だ…」
どうにかルーチェを落ち着かせ、カルノはルーチェと向かい合って座る。
「たまにはどこか行こう。ハナタバの村行ってみたいんだよね、僕。仕事で使える優秀な銀とか銅とか採れるみたい。食べ物も美味しいし、だめ…かな?」
「あっ!そこアタシも行きたい!行こ行こ♡」
「うん、じゃあ船取っとくね。」
「あ、その辺はアタシがやっとくよ。船は店の都合で何度か使ってるし、割引もきくから。多分航路によって値段も違うし、所要時間も違うから。ハナタバは治安もいいから基本安価だとは思うケド、しっかり思い出に残る旅にしたいじゃん?」
「あ、う、うん。なんかごめんね色々…ありがとう。」
さっきまでギラギラの目で自分を押し倒そうとしていたルーチェとのギャップにカルノは少したじろぎながら返答する。
子どもみたいにはしゃぎ回る彼女は、その性格からは想像もつかないほど気が利いて頭の回転が早い。
今は少し動揺してしまったが、そういうところも好きだなとカルノは小さく微笑む。
「よ~し張り切って予約するぞ〜」
ー現在ー
引いてしまうほど派手な豪華さはなく、それでいてきちんと旅が楽しめそうなきれいなベッドと個人の船室が確保された船は、波に揺られゆっくりとハナタバへ向かう。
「知ってる?この辺の海域は潮の流れが読み取りにくくて何度も何度も船を周回させるんだよ?」
ルーチェは何かが書かれた紙を自慢気に取り出しカルノに見せつける。
「見て、こんなふうにハート型に動くんだよ。だから恋人に大人気なんだって。予約に苦労した〜。これで船もいい思い出になったネ」
カルノはルーチェが自分のために船の経路すら真剣に選んでくれたことに愛しさを覚え、ルーチェを抱き締める。
「ル、ル、ルノ君!?」
「もう!かわいい事ばかり言うんだもん!こうもなるよ!ありがと、ルーチェが彼女で幸せだ。」
「アタシもだよ!」
「じゃ、船もっと楽しも!釣りも出来るみたいだし!よーし!どっちが釣れるか勝負だ!」
「負けないよーっ」
二人はハナタバに到着するまで釣りを楽しんだ。
その結果は…
「「ふ、二人合わせてぼうず…」」
自分達にはまるで才能が無いのかとがっくりと肩を落とす。
カルノはつい最近ヴァサラ軍の隊員に船釣りへと誘われ、その時もぼうずだったことを思い出した。その後巨大な戦いに巻き込まれてしまい、まるでその事を覚えていなかったが、悲しい記憶がフラッシュバックするのを感じる。
「よ、よーし!今度素人でも釣れる釣具を作るぞ!」
「そ、その意気だよ!!さ…気を取り直して…」
『ようこそ!はじまりの村、ハナタバへ』と書かれた大きな門をくぐり、商人や出店が立ち並ぶガヤガヤとした街並みを練り歩いていく。
「うっわ!この素材やっす!!え!?マジ!?いいの?」
「こんなもんじゃないの?銅の相場って?」
「全然違うよ!こんないい銅素材なら、ゼロがもう二個つくよ!!」
「ハナタバは冒険者の村だからな。特別価格だ」
「取り置きとかできる?」
「取り置き?兄ちゃん、背丈に似合わず、獰猛すぎるくれぇの体とオーラだから持ち歩けんだろ?」
「うーん…持てるは持てるんだけど…後日に回せないかな?」
商人の男はカルノの注文したものをしぶしぶ『予約』と書かれた場所に置き、予約表に料金と名前を書くように促す。
「はいはい、ペンある?」
「ルノ君、宛名間違ってるよ…?」
「え?」
書く場所を間違えたかなと不安になったカルノからペンを借り、宛名に『七福』と書き込む。
「ちょっ!?ルーチェ!?」
「請求はこの人にヨロシクネ、素材屋のおじさん!」
「あ、ああ…」
「ルノ君散々悪徳請求されてるからたまにはね。今日は全部あいつの金で遊ぼ!」
カルノは悪い笑みを浮かべ、欲しかった素材を次々と購入する。
「他の店も回ろう、ルーチェ。」
「アタシお腹すいたなぁ…」
「じゃあいいとこあるよ!『冒険者食堂』ってとこ!!」
「行く行く!」
冒険者食堂と古ぼけた木の看板がかけられている大衆食堂なのか大衆酒場なのかわからないそこは、いかにもゲームから出てきたかのような冒険者で賑わい、見たことがない形の酒や、漫画にしか出てこないような骨付き肉がテーブルに置かれていた。
二人は目を輝かせ、二人掛けの席に座り、店の主人に注文する。
「僕、あの骨付き肉…こんがり肉Gとかいうやつかな?とレインボープリン。」
「アタシ、マーボーカレーとかいうやつ。てか料理名が馴染みないものばかり…ホントにあるのかな…こんなの?」
「あるよ」
強面の主人はその一言だけ言うと、ササッと厨房へ入ってしまった。
「なんだか怖そうな人だねぇ…」
「あはは…こういうとこの人無骨なイメージあるよね。」
「・・・・・・・」
強面の主人はあっという間にこしらえた料理を二人の眼の前に置く。
「「はやっ!」」
「あ、じゃあ樽ジョッキのビール追加で」
「アタシも」
「あるよ」
サービスだろうか樽ジョッキのビールはすでに二人の眼の前に置かれていた。
「ええええ!?」
「頼んでなかったよね!?…いないし!」
「ま、まぁ…気を取り直して…今日は楽しもう!乾杯」
「乾杯!」
カルノはさっそく極上の焼き加減の骨付き肉にかぶりつく。
ルーチェは呆けた顔でそれをボーっと見つめている。
「どうしたの?」
「…いや、ルノ君が好きとかそういうの関係なく、骨付き肉似合うなぁ…って」
ギザギザの歯で力いっぱい引っ張って頬張る骨付き肉。
確かに彼よりもその光景が似合う人はいないだろう。
このシーンだけ宣伝ですよと言われても100人が100人納得してしまうほどにカルノと骨付き肉はベストマッチだ。
「み、見られてると食べづらいなぁ…」
「夫婦になったら今以上に見ちゃうんだケドなぁ」
ルーチェは樽のジョッキに入ったビールをぐいっと呷ると、カルノにキスをし、そのまま酒を流し込む。
カルノは顔を真っ赤にし、動揺した声を上げる。
「ル、ル、ルーチェ!?な、な、なに!?」
「ん~?こーんなことも毎日しちゃうかもしれないからさー」
「うう…」
「おーおー。見せつけてくれちゃって、二人共」
「姉ちゃん、羨ましいぜ、俺にもしてくれよ」
筋肉の鎧を纏ったような男達が二人のテーブルに座り、ルーチェに絡み始める。
ルーチェは怒りを見せるような様子もなく、持っていた何が入るのかわからないくらい小さなカバンのポケットから大量の13girlsと書かれた割引券を取り出し、男達に渡す。
「それでしたら、うちの店に来てください!可愛い子いっぱいいますから!それ渡せば指名料無料になりますよ!それでこの店の特徴は〜」
「は、はぁ…」
ペラペラと営業トークを繰り広げるルーチェにナンパ目的だった男達はぽかんと口を開けて話をただただ聞き続ける。
カルノは営業モードに入ったルーチェの名前を大声で呼び、肩を強めに二度ほどポンポンと叩く。
「というわけで、13girlsには…ハッ!また営業もーどに…」
「みんな引いてるよ…」
「ご、ごめんね。」
恥ずかしくなったのかルーチェは、手を付けていなかったマーボーカレーをかき込む。
「辛っ!!結構辛口のやつだった!!!水!水!」
「あるよ」
「さ、さすがこの店の主人…はやい…」
落ち着きを取り戻したルーチェは水を飲み干し、再びマーボーカレーに手を付ける。
「ん〜、米と合わないかなと思ってたけど、合う!マーボーの辛味とルーのスパイスがベストマッチ!違うものと違うものが重ね合わさって出来た絶妙なハーモニー!これは通っちゃうね!」
「食レポみたいになってるなぁ…そんなに美味しいんだ。一口ちょうだい?」
「うん!食べて食べて〜」
カルノはルーチェの皿から一口掬い、自身の口にマーボーカレーを運ぶ。
「あー!!これは美味しいね。『カレー』ってジャンルじゃなかったら絶対お土産にしてる。ルーがこぼれず腐らず持ち帰れる水筒みたいなのがあるといいんだけどなぁ…」
「あるよ」
強面の主人はピタッと蓋が閉まり、真空パックのようになる鉄製の筒を差し出す。
「あんの!?」
「ハハ…この店なんでもあるね…」
二人は強面の主人に驚きつつも食事を済ませ、サービスで貰ったソフトクリームを頬張りながら、ルーチェの店の装飾品に使う電飾の店へと足を運ぶ。
「ん~…」
「どうしたの?」
「いや、こういう店の形式ありだな〜って。」
「形式?」
「いや、なんというか…沢山の専門店が、同じ土地にあって、一個一個が離れてるんだけど、地図もあってさ、デートで行ける店、家族で行ける店、もちろん一人でも行ける店、美味しいお店とかがその土地に集まってるみたいな…うーん…うまく説明できないケド。そういう大型の買い物ができる場所があるといいな…って」
「確かにいいけどさ、それってあちこち行かなきゃならなくて不便じゃない?」
「いや、そこがいいのかなって…こうやって今みたいに食べ歩きながら他愛ない話をしてさ…そういう時間って楽しくない?大切な人となら。アタシはこういうの好きだけどなぁ…嫌い?」
「嫌いじゃないよ。幸せ。」
「でしょ?大切な人と居るときに多少不便なことって案外幸せに繋がることもあるのかなって。」
「あ〜もう!ルーチェかわいい!ソフトクリームつけながら話すのもかわいいし。」
話に夢中になっていたからかルーチェは自分の鼻にソフトクリームがついているのに気づかなかったらしく、恥ずかしそうに騒ぎ出す!
「ひ、ひどいよ!ちゃんと言ってくれないと!!もう!すごい恥ずかしいじゃん!」
「そうかなぁ?」
カルノはルーチェに顔を近づけて、そのまま鼻に付いたソフトクリームをペロリと舐め取る。
「ルーチェも食べられて僕は幸せだけど?」
「うう~…今のは反則!!」
「じゃ、気を取り直して行こ!」
「うん!」
二人のやり取りを嬉しそうにうんうんと頷きながら眺めるサソリのような髪型をした女性。
その女性はベンチでピザを頬張りながらその光景を見て幸せそうだ。
そして、一言
「こりゃもうすぐアタシがおばあちゃんと呼ばれることになりそうだぜ」
デートはハナタバで
〜終わり〜
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