幸福の誕生日会

スチームパンクのような服を着てゴーグルを頭に乗せ、指に777のタトゥーがある女性は、巨大な邸宅にせっせと飾り付けをする。

「イザベラ、なんで私の家なの…」

メイド服の上から明らかにサイズの合わないファーコートを着た緑の三つ編みに紫に染めたメッシュ、独特のセンスのキャラクターの小さな人形がぶら下がったピアスをした女性はスチームパンク服の女性、イザベラに困ったように尋ねる。

「広いから」

「当たり前じゃん」とでも言いたげな様子でイザベラはあっけらかんと言う。

「あのねぇ…パパも居ないし少し困るんだけど?」

「そう?あたしは困らんけど?」

「こっちが困るつってんの!!アホか!」

「なに?アイリスはイネスお姉ちゃんの誕生日祝いたくないん?お世話になってるんに!」

「そ、そうじゃないけど…イネスは昔から仲良しだし、寺子屋でも色々助けられたから感謝してるよ。」

「じゃあ文句言わずに飾り付ける!」

「いや、自分の家でやったらいいって話…「もう観念せんと」

メイド服の女性、アイリスはイザベラの暴論に押し負け、広すぎる部屋に一生懸命飾り付けをしていく。

「それに、なんで今日かって話じゃんよ、本チャンの明日はうちの家族みんなが祝うから先手を打ってこうして祝うんでしょ」

「それに関してはそうだね。私もイネスは祝いたい。」

「芽キャベツ浮かれてケーキ作ってたもんね」

「芽キャベツって呼ぶな!でも、久々に合うからね。楽しみで楽しみで」

屈辱的なあだ名で呼ばれたことに憤慨しつつも、イネスという女性に久しぶりに会える嬉しさを噛み締めてアイリスの顔は綻ぶ。

「うわっ!なにこれ!?」

ガチャリとドアが開く音と共に赤毛の女性が驚いた声を上げる。

「お姉ちゃん!?早いよ!!ちょっと!!」

「イネス!まだ準備が…」

赤毛の女性、イネスはあわあわと騒ぎ立てる二人に苦笑しながら、『誕生日おめでとう』と書かれた大きな垂れ幕と、豪華すぎる料理に嬉しさをにじませる。

「ありがと。明日だけどね、誕生日。」

「知ってる。お姉ちゃん明日は家で祝われるし、明後日は料理教室の人達のとこ行っちゃうでしょ?だからさ」

「イネスと会いたかったしね〜私も」

「アイリス、わざわざこんなとこ用意しなくても…「それはイザベラの独断」

何かを言いたげな顔でじとっとイザベラを見つめるイネスに少したじろぐが、いつもの説教はない。

イネス自身も嬉しい気持ちが大きく、自然と笑みがこぼれてしまうのだ。

「二人共ありがと、せっかくの料理が冷めちゃうといけないわ、食べましょ?」

イネスは飾り付けられた席に腰掛け、いただきますとしっかり手を合わせて言うと、いつかのクリスマスで食べた七面鳥にかぶりつく。

「しかし、めちゃくちゃ成長したよね、イネス。もうすっかり軍の中枢を担う医者って感じ」

「医者じゃなくて看護師、それに私なんてまだまだ。」

「うっそだ〜。お兄ちゃんも褒めてたよ?」

「え…うらやましい」

「アイリス、本音が出てるわよ。私からしたらオルフェは本当に優秀だから、そう言われると嬉しいわ。彼みたいに出世してないし…」

「でも、お姉ちゃんがいなきゃ戦場は地獄でしょ?お姉ちゃんみたいに治してくれる人がいるから皆戦えるんよね」

「ふふ、ありがとう。アイリス、イザベラ」

「そんなお姉ちゃんにプレゼントがあります!」

ガラガラと重そうに台車を引っ張り、山盛りのプレゼントを運び込むイザベラに思わず頭を抱える。
彼女の悪いところは大切にしている相手に物を買いすぎるところだ。
今回のプレゼントの量。
明らかに数十万、いや、数百万はくだらないだろう。

「イザベラ…」

「イザベラ!?聞いてないんだけど!?待ってこの量何!?いや、プレゼント持ってくるとは言ってたし、やけに時間かかるなと思ったけどさぁ」

アイリスの発言にイネスは大きなため息をつく。またどこかから金を借りたのだろうかと不安になるのだ。
イザベラは家族や友人を大切にしており、どこかへ行けば必ず大量のお土産を買ってくるのだ。嬉しい反面、彼女の貯金が気になる。

「あ、私からプレゼント無いと思った?ちゃんと用意してるよ!!こんなに多くないけど、隊舎の近くの数坪の空き地にイネス用の休憩スペースを…」

ここ数日隊舎の近くで大きな工事があったのはそれかと納得したように頷く。
この妹にして、この友人かと苦笑する。
アイリスは所謂『この街で一番偉い人』の娘だ。
お金に困っていないことは分かる。しかし、彼女のやることは基本的に突拍子もなくめちゃくちゃだ。
子供の頃はそれに巻き込まれてよく怒られたなとイネスは想起する。

「ありがとうって素直に言い辛いわ。次の誕生日に私はどうやって返したらいいかわからないもの…」

「お返しはいいよ!」

「うんうん、好意なんだから!」

「イザベラ、あなたは心配だわ。またお金借りてない?」

「借りてないよ〜。普通に食費とかを切り詰めて一日一食以下で…「それもダメでしょ!!通りで私より食が進んでると思った…で?何を買ってくれたの?」

血が繋がっていないとはいえ、イザベラはイネスにとって大切な存在だ。無茶をされると心配になると何度も言っているがどうやらまだわかってくれないらしい。
後で説教だなと考えつつプレゼントの中身について尋ねる。

「まず、お料理教室用の新しい包丁。古くなったって言ってたから、で、これが欲しがってたズボン、これがあたしおすすめの料亭のお食事券、これが旅行券、これが新調した看護服、薙刀もレントウさんに見せて研いでおいたから…」

「多い多い!!!多いから!!すごいありがたいけど多い!!去年も言ったけど少し節約してもいいんだからね?ホントに!!」

「ったく、イザベラは限度がわからないんだから…」

「いや、アイリスがそれ言う!?あなたも大概よ?家まで欲しいなんて言ってないわ。」

『本当にお返しどうしよう』と思い悩みつつ、大きくてふわふわのケーキを一口食べる。

「あれ?これ?」

腕利きの料理人が作った豪華すぎるケーキではなく、どこか懐かしい味にイネスは二人を交互に見つめる。
アイリスが作ったものでもイザベラが作ったものでもない。
寺子屋で何度も食べた懐かしい味。

「やっぱり気付いた?」

「当たり前でしょ。懐かしいわ。サクラ先生の作ってくれたケーキの味」

「誕生日の話したら大急ぎで作ってくれたんよ。まぁ…その慌てて…」

イザベラは少し申し訳なさそうに潰れたケーキを机に置く。

「最後の飾り付けで…先生が躓いて…」

「あはははっ。変わらないなぁ…サクラ先生。」

ケーキの一部が歪な形で切り取られていたのはそれかとイネスは大きな声で笑う。
同時にあることを思い出す。

「って、サクラ先生ケーキ直したかったんじゃないの!?あの人の性格なら…」

「作り直してたけど、両方持ってきちゃった。先生らしいの持ってきたくて」

「はぁ〜…先生かわいそ…絶対見られたくないわよ、こんなの。」

寺子屋の生活を懐かしみながら、『他の子達は何をしてるのかしら』と不意に生徒たちに会いたくなってしまった。

「イザベラ、アイリス。ありがとうね。ちょっと色々思い出しちゃった。寺子屋久々に行こうかなぁ…」

「あ、じゃあ私も行く。メディも誘おっか」

「行ってらっしゃい。明日うちで誕生日会だろうから、遅れないでね。」

「大丈夫よ。あ、それとイザベラ、あなたはちょっと寺子屋行く前に話があるから外で待っててね?」

「げっ!絶対プレゼントの件じゃんよ!」

「待ちなさい!いつもいつも心配かけて!」

「お姉ちゃん、許して〜」

察したイザベラはアイリスの家の長い階段を素早く逃げ去っていく。
イネスはそれを急いで追いかけていった。


ー幸福の誕生日会ー
おわり

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