【ヴァサラ戦記ー外伝ー】絶望の支配者。ルートC(特別編)【漫画あるある。他の作者が書く外伝漫画】

第一話:ここから集まる

ヴァサラ軍の隊舎の近くにある寺子屋。
そこにはボブカットにピンク色着物を着たの優しく微笑む先生がいる。

彼女の名前はサクラ、その優しい笑顔と端正な容姿で近くの家に住む大人達、果ては子供を預けに来た男達まで虜にしてしまうのだ。

しかしサクラは非常に悩まされていた。
問題があるのは寺子屋の机を小器用にぴょんぴょんと飛び跳ねる少女。

「こら!アイリスちゃん。お勉強もしないと!!」

三つ編みの緑髪に紫の目、メイド服のようなカチューシャ、垂らした前髪の一か所が紫、手には趣味の悪い人形、走りにあわせてゆさゆさ揺れる上着のファー。

アイリスと呼ばれた彼女はかつてヴァサラ軍と対峙し、街一つをかけて戦った敵、ラミアとその部下で四天王の一人だったリピルとの間にできた娘だ。

ヴァサラとの戦争後に、自分のようにならないようにと願いを込めたラミアがサクラの寺子屋に入塾させたのだ。

しかし、アイリスはそんなラミアの心配からかけ離れるほどお転婆に育ち、今日も元気に寺子屋を飛び跳ねていた。

「アイリスちゃん。もう11歳なんだから少しは勉強もしなきゃだめよ。あなたの極みは勉強しないと心技体が揃ったことにならないんだから。」

「だって勉強嫌いだもーん。それに極み出てるし、パパもママもすごい極みなんだから!」

アイリスはお茶の入っていない湯呑みに向かって指で銃を撃つような構えを取る。

「ばんっ、ばんっ、ばんっ、ばんっ!ホラぁ〜!!」

四回目の「ばんっ」で指から空気砲のようなものが飛び出し、湯呑みを砕く。

「はぁ…それは極みじゃなくて『片鱗』が出てるだけよ…それにあなたのは「あ~!またサクラ先生原始人だか文化人だかの話をしようとしてる!」

「『原子と分子』ね。それ理解するまで極みは無理よ…」

「剣は寺子屋で一番だし心技体なんてすぐに決まってるってば!勉強なんて大っ嫌い!!」

サクラは困ったようなため息をつき、横においてあった栗饅頭を食べる。

「元ヴァサラ軍の一番怖い人に頼もうかしら…」

「伝令ですッ!」

ヴァサラ軍の伝令係がすっかり困り果てたサクラの前で跪く。

「あら?何かしら?」

「総督がお呼びです」

サクラは不思議そうに首を傾げるとゆっくりとお茶をすすり、ゆっくりと腰を上げ、隊舎へ向かう。

「仕事中にすまんのう。」

少しパーマのかかった銀髪の老人、背中のマント、誰もが憧れる男『覇王』ヴァサラがサクラの労をねぎらい餡蜜を机に置く。

「あら、これ食べたかったの〜。ワグリくんが言ってたやつ!!」

「食べながらで良い。一つ頼まれてくれるか?」

「ふぁのふぃ?」

餡蜜で口をいっぱいにしながら聞くサクラはまるで少女のようだ。
ヴァサラは気にせず続ける。

「うむ、わしらは今カムイとの戦で人が回らぬ、そこでじゃ。科学都市に行ってはくれんか?時期にイザヨイ島から帰ってくる者達がおる。そいつらと合流し、科学都市へ向かってほしいのじゃ。ハズキが少し恐ろしい情報を掴んでのう…先のタイミングで廉と言う薬師も科学都市の薬の話をしておった…」

「うーん…力になりたいですけど…今回はお断りします。私の寺子屋にちょっと手を焼く生徒がいまして、勉強嫌いというか…」

「わしがそいつを勉強させれば手伝ってくれるか?」

「それならいいですけど…」

サクラとヴァサラは寺子屋へ向かい、机を飛び回るアイリスの近くへ座り込む。

「ほう。ラミアによく似ておる。特に髪色じゃ。…あいつももう41歳か、時の流れとは早いものじゃのう。」

「あー!ヴァサラ総督だ!ねぇ!総督だって剣技だけで強くなったんだよね?勉強なんてしてないよね?」

普段ならここで『戯けがッ!』と拳骨が飛んでくるとこだが、ヴァサラは『ふむ…』と顎に手を乗せて何やら考えている。

「とある街の話じゃ…その街は強引にでも極みを会得することが美徳とされておった…町人も肯定しておった…外部の街の風習を学ばなかったからじゃ。また、とある国は鎖国をし続け、外国の文化を学ばなかった…学ばないというのは外に目を向けぬということじゃ…『閉鎖された場所』から外へ出るには知恵と勇気が必要じゃ。小娘、今のお前はそいつらと同じじゃ…『自由が欲しいなら自由になるべき学び』を得なければならぬ…」

「…」

ヴァサラの話が刺さったのか、アイリスは机の上の参考書をパラパラとめくり始めた。

「三日坊主じゃなきゃいいですけど」

サクラはクスリと笑い、科学都市に行く決意を固めた。

「あら?総督。そういえば隊舎で待機してる子達は?極東の子たちにも会いたかったんだけど…」

「ああ、奴らにはちとおつかいを頼んでいてのう。」

「おつかい?」

「うむ、以前ビャクエンが助けた海底王国から三人の部下が帰って来んのじゃ…『現状把握』という簡単なものじゃが…あの三人に行かせたのは間違いじゃったかのう…」

「三人組…なるほどね」

ヴァサラは困ったように顎をさすり、三人組の名前をサクラに告げる。
サクラはヴァサラにお礼の紅茶を淹れつつ、片手間に話を聞く。
三人組といえばだいたい察しがつくからだ。

「ジョンとガリュウとラディカじゃ」

「…やっぱり、そっか〜仲良くできなかったか〜…あの三人…うーん…そっか〜」

サクラはブツブツと呆れ声でつぶやきながら紅茶を淹れていくが、手元に集中していなかったらしく、紅茶はコップからドバドバと溢れていった。

「サクラ、手元から紅茶がこぼれておるぞ!」

「えっ!?キャア!大変!!雑巾雑巾!」

ヴァサラは慌てて、溢れていることを指摘し、サクラを我に返らせ、大きなため息をつく。

「仲良くしているといいのじゃが…」

「…ですね。まぁ極東組に任せましょ。きっと戻してくれますから。多分…きっと…うん…頑張れば…多分…」

サクラはせっせと床を拭きながら、なかなかに大変な任務だなと極東組の苦労を憂いた。

「あら、服にまで紅茶が…まぁ…紅茶染めなんてものもあるから、きれいな紋様が入ったと思えばいいのかもですね。」

「サクラはポジティブじゃのう…」

サクラは床の紅茶をきれいに拭き取り、白い床に漂白剤を撒いていく。

「こうすると取れるんですよ。知ってます?」

「ふむ…そうなのか…家庭的な事はまだまだお前に教えてもらわんとのう、サクラ先生。」

「授業料はおやつでお願いしますね」

「そうじゃの…もうすぐ食事じゃ、給仕係のメスティンにでも声をかけるとするか。」

ヴァサラは寺子屋を出ると、そのままヴァサラ軍の食堂棟へと消えていった。


この世界に似つかわしくない鋼鉄の潜水艦。
その中にいる三人の男女。

一人は片目を隠した銀髪の少年。
もう一人は火の点いていないタバコを咥えた眼鏡の女性。
その後ろで飛び跳ねる金髪をピンクのリボンで片側のみ結んだ少女。

「凄い凄い!ホントに海底に進んでますよー!」

「ツボミ、あんまり飛び跳ねないでください…いかに技術部のものだとしても深海に行くことなんて前代未聞なんですから。何が怒るかわかりませんよ」

「神楽、冒険ですよ!冒険!ね、」

ツボミと呼ばれた少女は、困り果てたように諫める神楽という少年の静止を聞くこともなくはしゃぎ回っている。

「夏姉さん…なんとか言ってくださいよ」

「師匠もそう思いません?」

神楽は眼鏡の女性。繰森夏葉に同意を求めるが、被せるようにツボミも夏葉に同意を求める。
しかし、夏葉はどこか上の空に潜水艦の計器をぼーっと眺め、咥えているタバコを遊ぶように口でプラプラとさせていた。

「夏姉さん…?まさかまだサイカのライブの件引きずってます…?大ファンなのはわかりましたし、チケット外れたのは仕方ないじゃないですか。いや、まさか有休取ったら警護任務になるなんて思わなかったですけど…」

夏葉は自分の過去からサイカの歌に共感しやすく、初めて聴いた頃から大ファンなのだが、チケットは悲しいほどに当たったことがないのだ。
今回もわざわざ有休を取り、チケットを購入したが見事にハズレ。
逆にヴァサラ軍がサイカの警護をしたというのだから、本当に縁がない。

それを最近まで引きずり、聞きたかった歌を神楽達の前で熱唱するのにほとほと呆れていた。

しかし、夏葉は計器の青く光るランプを指差して首を傾げているのだ。

「いや、流石にもうひきずってないヨ…てかなんだっけ…?これ?」

「せ、生命体反応!!海底王国オニバスには古代生物がいるとか言うから…近くにいるはずだ…巨大な魚とか…」

「あー、さっき仕留めたこの子かナ…?なんかカジキマグロみたいだったから食べられるかな〜と思って頑張って船に括ったんだけど駄目だったのかね?」

「師匠!流石です!凄い!」

そういえばさっきから左側が暗い。
薄っすらとヒレのようなものが見えるのはそのせいか。

「いやー、魚雷?とかいうのは扱いにくいね…何度か練習したんだけどなかなか倒せなかったなぁ…」

「魚雷撃ったんですか!?普通にやれば勝てたでしょう?いや、確かに深海は深海ですけど…」

「うん、試しに…」

「私も撃ちたいです!」

「ダメダメ!ああ…まずいなぁ…技術部から緊急時以外は撃つなって言われてたのに…」

「まずいって…神楽もさっき『仮面』で一匹倒したじゃん。なんか大きい鮫」

「あれは倒さないと深海に入れなかったじゃないですか。って論点はそこじゃないんですよ!まず、魚雷はむやみに使っちゃいけないって言われたでしょう?」

技術部からの誓約書をずいと見せつける神楽の顔は少し青い。
帰ったら何を言われるのかと不安になっているようだ。

「そもそも、ぶつかった魚雷の瓦礫が海底王国に落ちたらまずいんですよ!ほら、こんなところに灯台があるでしょう?危なかった…」

神楽は目の前の光を指差して夏葉に詰め寄るが、その指をゆっくりと下げて首を傾げる。

「…?こんな灯台…さっきあった…?」

瞬間、その光はゆらりと揺れ、大きな口が姿を表す。

「生命体反応ってこれだったんじゃない?でっかいアンコウ!!びっくりする〜」

「ウルトラはりきりますよー!!!」

ツボミは指で銃の形を作り、魚雷の発射口に手を添えて極みの弾丸を放つ。

「華の極み『華弾』:紅の愛(レッドローズ)!」

指先から放たれた花弁の弾丸はアンコウの大きく開けた口を貫き、見事に倒す。

「師匠師匠!こっちのほうが美味しそうですよー!」

「おーっ!確かに!じゃあこっちを晩御飯に…うわっ!」

突如として潜水艦が揺れ、とてつもないスピードで海底へ落下していく。
どうやらアンコウの歯が一部の計器を破壊していたらしい。

「まずい!落ちる〜!!」

「船!?今日は二隻も来るなんて珍しい…ってそうじゃなくて!あのままじゃ沈んじゃう!鬼道『水召精霊(セイレーン)』:泡沫囲(うたかたのあみ)!」

夏葉達の乗っていた潜水艦は、和服を着た花冠の女性が祈るように手を合わせることで泡に囲まれ、ゆっくりゆっくりと海底の王国へ下降していく。

「大丈夫ですか?お怪我は…?」

「大丈夫大丈夫。助かったよ。なんか凄い術持ってるんだねぇ…もしかしてビャクエン隊長が言ってた海底王国オニバスの女王、エリアスって君かい?」

「あ、はい…私です…ところで、あなた方もヴァサラ軍ですか?ビャクエンさんの話をしてましたし…」

「そうですね。『も』ということは…」

「先にお三方…「そう!そいつら!『海底王国の現状を見に行くだけ』の任務で何日かかってるのさ」

「え…?任務…なんか言い争ってましたけど…?」

「「「やっぱり…」」」

夏葉、神楽、ツボミともにキャラを忘れて同じ言葉で大きなため息をつく。

「とりあえず、その三人はヌシカジキのステーキを貝見しながら堪能していただいてます」

「ぬしかじき?かいみ?なんですかー?それ?楽しそうです!」

興味津々で目をキラキラと輝かせるツボミに優しくほほえみ、周囲に群生している貝を指差す。

「あの貝がチリシンジュガイと言って、体内で平たくした真珠をハラハラと地面に散らせるんです。それがまた幻想的で…ヌシカジキっていうのはとてつもなく巨大で凶暴なカジキで…あなた方の潜水艦にくっついていたやつです。あんな様々な武器や極みを駆使して倒す生き物をどうやって仕留めたかは…わかりませんが…」

「夏姉さん…」

「いや、魚雷でドーンって」

「ぎょらい?」

エリアスは先程のツボミと同じように首を傾げるが、「まぁそこは詮索しません。」と言うと、焼けたヌシカジキのステーキを近くのテーブルに置く。

「せっかくですし、皆様も貝見してください。ヌシカジキのステーキは絶品ですよ。」

「おーっ!せっかくだから食べよっか」

「おいしそーです!」

「…ですね。いただきま…「こりゃうまそうなヌシカジキだぜ!ヒック…」

貝見で酒を飲み過ぎ気が大きくなった酔っ払いが神楽のステーキを素手で奪い取り指を特製ソースまみれにしながら、乱暴に口に運んでムシャムシャと喰らう。
男の足は酷い千鳥足で、呂律も回らずひたすらに暴れている状態だ。
着崩した騎士団服はまだいいが腰には刀。
いつ抜いてもおかしくない。
しかし、三人のリアクションは、まるで痛い人を見るかのように『無』そのものだ。

「あちゃー…ベロベロだネ。後で黒歴史になるからやめた方がいいヨ」

「ああ?なんら?お前…?オニバスの三等騎士に向かっれ…」

「言葉通じてませんよ。」

「なんか変な人です?」

「変じゃないヨ。ちょっと気が大きくなってるだけ。無視無視。」

三人は話にならない酔っ払いを『ほっとこうか』と示し合わせたように無視していたが、エリアスの腕を乱暴に掴んだ瞬間、三人は戦闘態勢に入る。

「お姫様〜、結婚しましょ〜」

「お、落ち着いてください。水飲みますか?」

「あ?俺が嫌いだってのか?俺はオニバスの三等騎士!剣技だって最強ぉ〜」

酔っ払いは刀を抜き、エリアスに振りかぶる。
瞬間、夏葉も同じように刀を抜き酔っ払いの刃を受け止めて睨む。

「それはやりすぎだよ。酔い任せで剣なんか抜くもんじゃない。」

「あ?うるせえよ、女。俺はオニバスの三等騎士…「閃花一刀流…『薺』!!」

再度振りかぶった酔っ払いの刀に夏葉は自身の刀の刃を強くぶつけ、相手の腕の感覚を麻痺させて刀を落とし、ロープで拘束する。

「これ得意なんだよね〜オルキス師匠に教わった閃花一刀流の中でもサ」

「え?ええ!?えええええ!!今ただ鍔迫ろうとしただけじゃ「ないヨ。鍔迫り合いと同じ歩法、同じ速度で当てる力だけ強くして、今ツボミが言ったみたいにそういう『思い込み』で受けた人の腕を麻痺させる技。」

「師匠!割り込んで喋らないでほしいですー!」

ツボミは両手を空に上げて精一杯の大声で夏葉に不満をぶつけるが、夏葉はハハハと笑いツボミの頭に優しく手を置く。
彼女の掌から伝わる優しい温もりにツボミは抗議をやめ、無邪気な笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「よーし!もっと強くなりますよー!」

「強くなるのもいいですけど、今は…面の極み『北斗七星の面』:真珠星(スピカ)」

神楽は突然大熊に北斗七星が描かれたきらびやかな面を被り、何故かセイヨウと全く同じ極みを発動する。
たちまち星明かりが海底をキラキラと照らし、目的地を煌々と照らす。

「ここはセイヨウの極みが無難だよね〜便利だなぁ…これ。神楽連れてきて正解」

「お喋りしてる暇はないですよ夏姉さん。僕は彼のように星の流れなんて読めないんですから。借り物の力、目的地を照らせて3分です。」

「ダッシュしましょー!」

三人は光指す方へ軽い短距離走くらいのペースで走っていくが、途中で足を止める。
聞き慣れた喧嘩の声が聞こえてきたのだ。

「なんでお前とステーキ食わなきゃいけないんだ?ラディカ?」

「こっちのセリフよ、ジョン」

「おーい、喧嘩はやめようよ。『くえすと』は達成して海底王国平和だったんだからさ。この何とかいう魚の肉を貰う『さぶいべんと』も達成したし。」

「「お前は黙ってろ!!」」

「な、なんでそんな…とりあえずステーキ食べようよ…ね?」

「この声は…」

夏葉達は声のする方へ歩いていく。


ここは和の都。
船頭が櫓で漕ぐ和船に乗っているのは胸に十字架をつけたおおよそ似つかわしくない牧師の男性。
スタイル抜群のレイピアを携えた女性。
二人は船頭に深々と頭を下げると、近くにいた桃色髪の和装の女性に声をかける。

「おまたせ、迎えに来たよ。ミコト。」

「ジャンニさん、サンヨウさん。」

「長旅お疲れ様でした随分大きな戦いだったみたいですね色々と話は聞いていますよその傷だらけの体はしっかり然るべきところで療養するべきです六番隊の隊舎へいきましょう」

「句読点が全くない喋り方だけど、どうやら心配してるだろうことは伝わりました…でも、サンヨウさんってこんなに喋りましたっけ…?」

「今のは会話みたいな独り言だよ。会話だと思って『声を拾った』みたいだね…紬」

レイピアを携えたスタイルのいい女性、サンヨウの肩に牧師の男、ジャンニは両手を添え、何かを抱えるようにすっと優しく持ち上げる。

そこには両手に収まるほど小さなハムスターがちょこんと乗っていた。
ハムスター、紬は和服の女性、ミコトに何かを伝えようと口をモゴモゴと動かし喋っているが、ミコトがいくら耳をそばだてても何を言っているか聞こえない。

紬は声を拾って拡大する力があるが、自身はかなり引っ込み思案のため、ボソボソ喋る。
それでいてハムスターの小ささだ。聞こえるはずがない。

「あの…間違えて声拾っちゃったけど、怪我は治すべきだよ…と言ってます。」

『『なんで二人は通じ合ってるんだろう…?』』

ジャンニとミコトは顔を見合わせて同じことを考え、小首をかしげる。
とはいえミコトはかなりのケガだ。和の都でさらにケガをしたとの情報はあったがここまで脚に酷い怪我を負っているとは思わなかった。
脚のケガはそれより前に負っていたような気もするが…
それなら尚更悪いだろう。過去の古傷が悪化したなら後遺症が残るかもしれない。

ともあれジャンニはミコトに肩を貸すとゆっくり船に乗せた。
一刻も早く六番隊に、ケガが骨まで達していなければハズキ、骨まで達していればアンに見せるのが賢明だろう。

「しかしそんな強い相手だとは…これで生き返ればまさに『神』というものだ。あまり認めたくないけどね」

「…」

「…」

「…」

「…え?まさか…いいや、深い詮索はやめよう」

「とにかく…無事で良かったよと、ミコトさんの肩で紬が言ってます」

「サンヨウ、君もそれは思っているだろう?」

「もちろんです…でも言うまでもないかなって…みんな言ってるし…」

ジャンニはやれやれと首を横に振ると、応急処置としてミコトの脚にギプス代わりの棒と包帯を巻きつける。

「ありがとうございます。」 

「ミコトさん、あなたの命(みこと)が無事で良かったと心から思います。…字が違いますがね。」

「あとはこの船旅が苦難なく終わりますように」

ジャンニは牧師らしく天に祈りを捧げる。


時は戻りサイカのライブ前。
ヤマザクラ島は今日もサーファーとボーダーで賑わっていた。
この島の特徴はなんといっても優しい下町と商店街の人々。
そして波乗りとスケートボード。
新鮮なしらすをまぶした名産品、しらす丼。
街では馬車よりもボーダーが目立つほどだ。

『馬がボードで興奮するから』と馬車を使わない者すらいる。

ヴァサラ軍の十番隊隊員のミノアという少女はスケボーを駆使して戦う。
それは彼女がこの街の生まれであり、誰よりもスケボーに打ち込む時間が長かったからだろう。
極みの発現に関しても剣術よりこういった部分の心技体が伸びたからかもしれない。

そんな島に似つかわしくない巨大な飛行船。
その飛行船は近くの波がえぐれた岸壁に停泊しており、中はもぬけの殻だ。

その持ち主は近くの食堂にいた。
どこかの国の女王だろうか、高貴な佇まいに綺麗な服。プラチナブロンドの髪と瞳は見るものの心を浄化するほどだ。
その机を囲む四人は従者だろうか皆特徴的な見た目をしている。

一人は奇怪な仮面に二メートルはあろうかという長身の男。
一人は石膏のような見た目の少し人外に近い男、
一人は露出度の高い服を着たスタイル抜群の眼鏡の女。
一人は晴れているのに傘を持ち、じめじめとした文意を漂わせる女。

その四人は出されたしらす丼に手を出すこともなく、女王の周りを固める。

女王ははむはむと幸せそうな顔でしらす丼を頬張っていた。

「美味しい〜♡このためにわざわざヤマザクラ島へ来た甲斐がありましたわ〜みんなも食べましょ?」

「へ、陛下!口調が!そ、それに我々が陛下のおごりで食事などできません!」

陛下と呼ばれた女性は口調を指摘され、ハッとした顔をした後、軽く咳払いをすると全力で否定した石のような男を屈託のない笑顔で「まあまあ」と制する。

「わたくしが皆さんと食べたかったの。だから…ね?ほら。」

女性は机に置かれたしらす丼を男性が食べやすいように前に出すと、いたずらっぽく笑う。

「まぁ、食べないと作ってくれた人に失礼よね…とはいえ陛下が食べきるまで食べるのはやめましょ…それでいいわね?ミラ」

「そうだな、マギアの案が一番いい。ってなぜ食べている!レイン!」

眼鏡の女性、マギアの意見に賛同した石の男、ミラが器をゆっくりと机に戻し、ふと横を見ると箸でちびちびとしらす丼を食べる傘を持つ女性、レインが目に入り激怒する。

レインはビクッとなり、ゆっくり箸を置いてオドオドとし始め、ブツブツとなにか言い始めた。

「その…陛下が…一番美味しい時に…」

「そうですよ?聞いてなかったんですか?陛下の言葉を聞き逃すとは…やはり耳に石膏が詰まっているのでは…?」

「ホロウ…貴様…」

少し大きめの木製スプーンでもぐもぐと食べながら(箸ではなくこっちが本来の食べ方)ピエロの男、ホロウはミラを挑発し、二人の間に火花が散る。
一触即発の空気を変えたのは、食堂の扉を乱暴に蹴り開けるチンピラだった。

と同時に5人のやり取りを微笑ましく眺めながら談笑する客の声がピタリと止む。
皆気まずそうに目を逸らし、そそくさと食事を済ませようとしているのだ。

そういえば待機列があるにも関わらず、角の五人席は誰一人として座っていない。
まるで『誰か専用の席』と暗黙のルールがあるように。
それがこのチンピラ達だというのは誰の目から見ても明白だ。
本来一国の王女が来店する場合、人払いをしなければならないが、『みんなで食べたほうが美味しい』という彼女の好意のもと、店は通常開店なのだ。
チンピラ達が異国の王女が来ているからと引くような常識ある人物にも見えないが…

チンピラはテーブルに座り、酒をガブガブと飲むと王女に絡み始める。

「おい、アンタあの飛行船から出てきた女だろ?」

「こ、こら!彼女はエタンセル王国の王女、プラチナ様だぞ。いくらなんでもなんて無礼な!」

「無礼〜?この国じゃただの余所者だろ?なぁプラチナちゃんよ、俺らと遊ばないか?この後」

「ぜひ!わたくしあの立って乗るボードやってみたかったので、教えてくださる?ほらほら!早く食べて行きましょう!みんなでこの方に教わりましょう!」

何が気に障ったのか、チンピラの男は王女、プラチナの返答に青筋を立てる。

「おい、遊ぶってのはそうじゃねぇだろ?バカにしてんのか?あ?」

リーダー格らしい男は脅すつもりで酒瓶を振り上げようとする。瞬間、五人のうち四人が床に組み敷かれ、刀を突きつけられた。

「陛下に数々の非礼…死で償ってもらうぞ」

「バカな連中ですね、陛下のご行為に気づかないとは…」

「ナメやがって…クズが…」

「みんな落ち着いたら、店の人に迷惑にならないように静かに消さないと駄目よ。」

プラチナは手をパンパンと叩き、四人を注目させる。

「お止めなさい。とりあえず相手の非礼は聞かなかったことにします。一緒に波に乗るやつやりましょう、それでいいですわね?それに瓶投げても別にいいですけど、効きませんわよ?わたくしに。」

チンピラは開放されると、大量の冷や汗とともにその場に跪いた。

「命拾いしたわね…陛下のご好意がなければあなた達は死んでたわ。それに瓶投げようとしてたけど、陛下は私達より強いから…」

マギアはリーダー格の男の肩に手を置き優しく微笑み彼にだけ聞こえるように呟く。
リーダー格の男が恐ろしさのあまりその場にへたり込もうとするがプラチナはそれを軽々と抱え上げ、すとんと椅子に座らせる。
小柄ながらすごい力だ。

「ご飯食べ終わったらみんなで海に行きましょう。仲直りですわ!」

「…はい。」

「陛下、イザヨイ島に行くまでには波乗りやめましょうね。」

「もちろんですわ!」

「陛下!口調口調!また戻ってます!」


ここは国一番の歓楽街、昼夜合わせてありとあらゆる娯楽が目白押しイザヨイ島だ。
そしてここはたくさんの船が停泊する港。

今日は特に人が多い。

それもそのはず、今日は国一番の歌人『歌人のサイカ』がライブをするのだ。
まるで押しくら饅頭のように船着き場には船が大量停泊している。
イザヨイ島は本来恐ろしく治安が悪い。いや、『治外法権の島』という方が正しいだろう。
怪我人を見たら『ダサい』や『面白い傷だ』と嘲笑う人々がほとんどで、医者を呼んでくれることなどまずあり得ない島(ごくまれにいい人もいるが…)である。

しかし、今日は違う。サイカにケガをさせまいと最高警戒態勢だ。
彼の関係者は派遣社員やその親元の会社と共に会場設営、物販、音響チェック、誘導、警備、チケット確認、挙句の果てには船着き場の交通整理まで行わなければならない。

そしてどうやら交通整理は機能していないらしく、どんどんと船が溜まっていく。
しかもイザヨイ島だ。先程からあちこちで『割り込むな』だの『殺すぞ』だの怒号が飛び交っている。

交通整理を眺めるのは、和服に片方だけ伸ばした髪を三つ編みにした緑髪のオッドアイの男。
金髪に紫のメッシュが入り、白目の部分が黒目の男。
メイド服に身を包み、頭蓋骨を特別なケースに入れて首からぶら下げるピンク髪の女。
緑髪の男と同じ髪型にふわふわとしたファーコートに身を包んだ男。
丸眼鏡に薄い赤髪、スーツのようなものに身を包んだ女。
の五人だ。
そのうち四人はイライラと爪を噛む緑髪の男を落ち着かせようと声をかけていた。

「ねぇ、乃亜造船の船とか船室の多い船を優先的にこの港に誘導するように僕言ったよね?なんでこんな事になってるの?」

「落ち着きなよ、ラミアくん。仕方ないと思うよ?これだけ港がごった返したら誘導なんかできないよ。まさか『どうせ僕の言うことなんて聞きたくないんだ』とか思ってる?」

ラミアと呼ばれた緑髪の男は丸眼鏡の女性の反論を『いや、そうじゃなくて』と軽く否定し、文句を続ける。

「最低限やるべきとこはやろうよ、これじゃ明らかにトラブルになる、それはメアもわかるでしょ?」

「だから手伝いに来たんじゃないか。マネージャーだからってやらないのはおかしいよ。これだけ規模が大きいライブなんだからさ」

丸眼鏡の女性、メアはラミアにそれだけ言い残し、船着き場から降りてくる客の誘導をする誘導員の手伝いに向かう。

しかし、メアの横にいたメッシュの大柄な男はラミア以上に苛立った表情で船着き場から降りるガラの悪い男を突如としてガッと掴み、ものすごい力で列から引きずり出す。

「マ、マクベス!?いきなりどうしたのさ!!!」

「拾いなさい。」

「…え?」

「この雑踏ならバレないと思った?食べ終わった弁当のゴミ捨てたでしょう?拾いなさい。港を汚すことは許さないわよ」

「あ~…そういう…」

「ったく、みんなポイポイ捨てるんだから…全員締め上げる。」

「あ、あんまり手荒なことはしないようにね!!」

メッシュの男、マクベスはゴミを海逃げ捨てていく一番治安の悪い港へとラミアの忠告を聞かずにズンズンと向かって行ってしまった。

そんな事はお構いなしにぐうぐうと寝息を立て、コートのファーを枕にして眠る男。
ラミアは大きな溜息をついて男の体を揺さぶり目を覚まさせる。
男は眠そうに片目だけ開け、二度寝に入る。
ここでのトラブルはまるで他人事だ。

「セキア…元々君が管轄じゃなかったっけ…?」

「あ〜…そうだった…ような?」

「ようなって…ちゃんと指示出した?」

「ん〜なんか適当に…」

『これは僕が戦犯だったな…ああ…やってしまった…』

ファーコートの男、セキアのあまりに怠惰な返事、対応にラミアは強く自戒する。
やるときはやる男だから据えたのが間違いだったらしい。
ラミアは今後の反省として強く心に刻んだ。

「はぁ…困ったな…娘も心配だし…リピル、僕もう娘の顔が見たいよ…」

「弱気なこと言わないでください、旦那様。わたくしはずっとあなたの味方ですから。誘導に参加して少しでも楽に…「ダメダメ!熱中症で倒れたりしたら心配なんだから!もっと軽い仕事をしよう!誘導は僕がやるからリピルは木陰で休んでて!」

ラミアはメイド服の女性、リピルに大量の飲み物と日傘を渡すと、小走りで誘導へ向かっていく。
彼女はラミアの妻でとんでもなく溺愛されている。
毎回毎回仕事をラミアが肩代わりしてはこうして休ませるのだ。
彼女としては有り難いが、リピルもラミアを溺愛しているため、無理をしていないのかと毎回毎回不安になる。

ラミアが誘導に参加した数分後、港にギャングの怒声が響き渡った。
列が進まないことにとうとうしびれを切らしたらしい。

声はラミアの方角から聞こえ、他の四人もゾロゾロと集まり出す。

「おいこの三つ編み野郎。いい加減に進めろや」

「もしかして女なんじゃね?」

「確かにな」

「確かめてみるか?」

「おい、全裸で土下座しろよ。そしたらー」

最後の男の言葉が終わる前にギャング達は四人の武器により体の自由を奪われる。
一歩でも動けば間違いなく殺される。殺気がどうとかのレベルではない。自分らをこの場でバラバラにすることを誰一人としてなんとも思っていないと感じたギャングは慌てて逃げ出す。

人垣に躓き、逃げ遅れたギャングにメアはそっと耳打ちする。

「助かったと思いなよ。わたし達がああしなきゃ、死んでたからね、君たち。行きな。ホラ。早く」

メアがギャングを逃がすと同時に通行禁止になっていた老朽化した橋が崩れ落ちる。
橋を支える部分がまるで『異空間にでも行った』かのように綺麗さっぱりと無くなり、崩れたのだ。

橋の崩落は港の客をパニックにしたが、対象的に四人は大きな溜息をつく。

「ラミアちゃん、こんなことでトップがいちいち怒らないの。」

「俺は別に怒ってない、でも殺そうとは思ってるかな。」

「もういいじゃん…充分ビビったよ…皆」

「暴れた噂が娘に入ったら悲しみますよ…」

「あのくらいでいちいち騒いでたら身が持たないでしょ?向こうも炎天下の中並ばされて少しイライラしただけだよ。君だってそういうこともあるでしょ?心が狭いなぁ…」

「う…」

四人からの反論(特にメア)にラミアは押し黙ると、改めて皆を配置につけて誘導を再開する。

『これ僕悪いかな…?』

などと心の中で思いながら。


第二話:729

「あ、そのお皿はそっちですね。それにしても数日も何してるんだろ?深海の生き物で料理したいからたくさん調味料買ってきたのに。」

カラの鍋をクワンクワンと回しながら唇を不満そうに尖らせるコック服に紫のツインテールにそばかすの女性。彼女がいる巨大な場所はヴァサラ軍の食堂、サクラはこれから集まるらしい人数の食器をいそいそと運んでいる。

「メスティンちゃん大変ね〜毎日こんな人数の…いや、それより多い量のお皿なんて並べて。」

「ううん。私はみんなが食べてるのを見るのが幸せだから、この仕事合ってるんだ〜食べてる時は敵も味方も思想もない!胃袋掴める人が最強なんだから。でも今日はやりがいないな〜、美味しい美味しいって食べてくれるヨモギちゃんも、スイーツオーダーメイドのワグリ先輩も居ないんだもん…春巻き二十本を二分で平らげた伝説を持つエイザン隊長もいなくなっちゃったし…」

コック服の女性、メスティンは『はぁ〜』と大きなため息をつく。

「せっかくだからサクラさん、なんか食べてく?」

「え〜悪いわよ!ん?それになんか食材傷んでない?」

「大丈夫!傷んだものは…こうすればいいのよ!」

メスティンの体にオーラが出る。

「料(ちょうり)の極み『絶品料理(フルコース)』:再食!」

彼女がかざした手から発せられる光は明らかに変色していた野菜や果物、果ては腐っていた生ものまでみるみるうちに新鮮なものに変えていく。

「ヨモギちゃんに傷んだ野菜すすんで貰ってるの。食べれるのに捨てるのはもったいないよって」

「はぇ~びっくりだわ。じゃあお言葉に甘えていただこうかしら。そしたら、抹茶のドーナツ…「サクラ先生!」

パタパタと食堂へ走ってくる少女が三人。先程まで勉強に打ち込んでいたアイリス、レッサーパンダのような耳と尻尾をした少女、きれいな赤髪の少女だ。息を切らしながらサクラに何かを伝えようとしているのを察し、三人が息を整えるのを黙って待つ。

「チョウザキがまた来た…」

「え〜、また…ほっときなさい。あそこの教育方針には絶対間違ってると思えばいいのよ。それよりせっかくだからアイリスちゃんもフウカちゃんもイネスちゃんもなんか食べてく?」

「えー!じゃあアップルパ…「そんな場合じゃないでしょ。先生、メディがチョウザキの寺子屋に連れてかれちゃったの。なんとかしないと大変なことになるわ」

食べ物のいい匂いに反応したレッサーパンダの少女、フウカの逸れかけた興味を赤髪の少女、イネスが元の話に引き戻す。
こういう時にしっかり者の彼女は本当に頼りになるなと、サクラは話を聞きながら考えていた。

チョウザキといえば、何かとサクラの寺子屋に絡む『自称ヴァサラ軍養成学校』の教師だ。彼の思想は子ども達の自主性を阻害し、差別意識を高めるようなものが多く、正直な話あまり絡みたくないなと常日頃思っているのだが、向こう側からするとサクラの寺子屋は目の上のたんこぶらしい。

さらに今回連れて行かれた(チョウザキ自身はサクラの寺子屋から子どもを連れて行く事をより良い軍人になるための『特別補修』と言っている。)のはメディという少女。

彼女は元六番隊隊長であるヤマイという男と彼を看病していた看護師の間にできた子どもで、『ヤマイの体質』を一部受け継いでいることがサクラにもうすぼんやりとわかっていた。だからこそ何をしでかすかわからないチョウザキに渡す訳にはいかない。

「メスティンちゃん、ちょっと待ってて。」

「あ、じゃあみんなが来るまで作るの待とうかな」

「ごめんね〜」

サクラは子どもを引き連れ、トタトタと可愛らしく小走りでチョウザキの寺子屋へ向かった。

「え〜、皆さん。この剣の訓練をしたら、必ず極みば使えるようになります!!!」

七三分けに分厚いノートを持った男…チョウザキは今まさに独特な訛りと大きな声で寺子屋の生徒達に謎の持論を語っていた。
ドアの前にいたサクラは、『また始まった』と深い溜息を吐く。

「この特別補修で、優秀な成績を収めれば必ず『副隊長』いや、『隊長』になれます!」

『そう簡単になれないわよ…極み出すことすら難しいのに…』

サクラは心の中でとりあえず反論することに決めたらしい。

「しかし、この特別補修で『極み』ば出せんようなら、必ずヴァサラ軍に落ちます。」

「いや、落とします!」

「落ちてほしい!!」

『落ちて欲しいとか普通生徒に言わないから!』

「あの…」

両腕に包帯を巻いた女の子はおずおずと手を挙げる。

「極み出なくても…隊長になれた人…しって…ます。」

『ナイスメディ!流石私の教え子!』

キャラが崩壊する勢いでサクラは包帯の女の子、メディの返答にガッツポーズをする。

「なんば言いよっとか!よかや?剣術で飯は食えんとぞ?」

『ああ…この人…何言っても駄目だ…』

サクラは教室の扉をゆっくりと開けた。

ジャンニ達の和船の旅は難航していた。いや、難航というより『全く進んでいない』というのが正しいだろうか。
どれだけ漕いでも陸が見えてくる気配すらない。ミコトの言葉が確かならものの十五分ほどで小さな街に着くはずだが、もうかれこれ一時間は漕いでいるのだ。

「困りましたね…こんなはずでは無かったのですが…」

「何かが起きている…?誰かの極みで迷わされている…とか。」

「どう思いますか?サンヨウさん。」

「…」

ジャンニとミコトの会話を聞かずにじっと海を見つめるサンヨウは何かが気になるらしく振られた意見を無視し、そのまま黙々と船を漕ぎ続けた。

「…あの?」

「呼んでますよ、サンヨウ。」

「!」

ジャンニに肩をぽんっと軽く叩かれ、身体をビクッとさせて聞こえるか聞こえないかの声で「は、はい…」と返答する。

「何か気づいたんですか?」

「いや…その…海面が…動いてる…気が…して…」

「紬もそう見えるかい?」

紬は口をパクパクと動かしなにか喋っているが、全くもって聞こえないため、慌ててサンヨウが通訳に入る。

「ずっと海面を見てるとゴムみたいに地面が引き伸ばされているように見える…と言ってます」

相も変わらず句読点のない喋りの早口通訳だったが、ミコトはなにか気づいたらしく、聞き取れない音量でポツリと一言つぶやく。

紬は慌ててミコトの肩に乗り、その独り言を全員に拡散する。

「きさらぎ…?」

「如月とは?暦の話かな?」

「いや、違います。ジャンニさんの故郷にもありませんでした?そうだな…例えば…海に絶滅したはずの恐竜がいるとかです。」

「ああ、都市伝説とかいうやつだね。」

「はい。私達が聞いたことのある『きさらぎ』の都市伝説は、特殊な磁場と常に土地が動き続け、人を迷わせてしまう特殊な海域…」

つまりここのことを言いたいのだろうとジャンニは察する。

「『極み』や『超神術』、果ては『鬼道』とかいう特殊な力があるんだから、都市伝説もあるということですね。」

「それしかない火のない所に煙は立たない…と、言ってます。」

「過去の次は都市伝せ…いや、あのときの戦いで…過去への磁場が大幅に乱れ、私達が迷っているとしたら…」

ミコトはつい最近過去へ行き、とある鬼道使いと戦ったことを思い出し、その『過去への分岐』が『きさらぎ』の磁場を刺激し、迷い込む海域が増えたのだと考えていた。しかしまとまりかけた考えは、突然空中に現れた巨大なブラックホールのようなものにかき消された。

ブラックホールから出てきたのは下品な青髪の長髪に、下品なサングラスをした50代の男。

男はミコトとサンヨウを見て、突然よだれを垂らす。

「あのマッドサイエンティスト、俺を実験に使いやがって、恨もうかと思ったが…へへへ。いい女のいるとこに落ちたじゃねえか。しかも一人は怪我人。へへ…」

「君、随分とお喋りだね。女性に対してそういうのはあまり感心しないな。」

「へへ、いいんだよ。俺はノクス。俺の雇い主の博士がここからの出方を知ってんだよ。教えてやるからよ。女を差し出せや」

「私達気にするより、ボロボロの顔の傷を気にしたら?」

ノクスの顔にはおびただしい数の悲惨な刀傷が刻まれており、それを皮肉るようにミコトが告げる。

「いいのか?姉ちゃん。そんなこと言ったら脱出の方法を教えてやらね…「意地悪は良くないなぁ…」

ノクスの胸ポケットの万年筆から光が飛び出し、ホログラムのような形を形成し、眼鏡にそばかすと白衣を着た男が現れる。

「ヒュッヒュッ。僕はジンバルド。世界最高の頭脳を持つ科学者さ。君達、ここから出たいのなら僕の実験に付き合ってくれたまえ」

「実験?」

「そうさ、ここ『きさらぎ』には特殊な磁場と特殊な土地の形成と5分遅れのうるう時間…とでも言おうか…が重なり合った場所だ。何しろ『とある龍』が壊滅させた村の跡地だからね。ここの土地の時間の進み具合を計算し、割り出せば、理論上未来にも飛べる。似たような経験がある人がいるんじゃないかな?」

ジンバルドはミコトに『すべて知っている』かのような目を向け、同意を求める。しかし、ミコトの経験した『それ』はジンバルドの言い分とは違い『もっと特殊な何か』であることに本人は気づいていたため、首を横に振った。

「おや、残念だ。ノクスをこの特殊な土地へ『転送』することはできたが、君の過去への逆行も同じ理由なら、仮説立証だったのに…ま、いいさ、仮説には実験が必要だ。君らの体でね。」

ジンバルドのホログラムが消え、同時にノクスが来たときよりも遥かに大きいブラックホールのようなものが三人と一匹を吸い込まんと巨大な暴風が発生する。飛ばされやすい紬はジャンニのポケットにササッと隠れ暴風を遮断していたが…

「へへ、俺と一緒に向こうへ行こうぜ…ぐわあ!」

うまく動かないミコトの足を掴んだノクスの腕をサンヨウがレイピアで貫く。その痛みで手を離してしまったノクスは一人ブラックホールに吸収され、姿を消す。と、同時にけたたましい警鐘が鳴り響き、荒波によって船は『きさらぎ』の街へ投げ出されてしまった。

「マズイかも…しれません」

「え?」

「あ…それ、私も聞いたことあるかも…『きさらぎ』の伝説」

「「警鐘が鳴ったら、外に出てはならない」」

「そっか、それはまずいな。ひとまず伝承通り建物に入ろうか。」

ジャンニの提案に賛同し、雨露が凌げる大きな集会所だったらしい場所に入った。ポツポツと雨が降り始めたのを見て、濡れなくて良かったと考えふと窓の外を見ると、異質な光景が目に止まる。

降り注ぐ雨はまるで誰かの血液のように真紅に染まっていた。


2023年、アメリカ。

ノクスはジンバルドの仮説通り未来に来ていた。いや、未来というのは少し語弊がある。ジンバルド曰くここは『別の世界』らしい。

実際ジンバルド達の世界ではものの五分しか経っていないにも関わらず、こちらの世界では五年が経過しているのだ。

その事を報告するため、ジンバルドには定期的につけている腕時計で資料を流し込む。ノクスにとっての五年分の資料をジンバルドは一瞬で読み解き、ノクスに次の指示を与えていくのだ。

ジンバルドの指示は時代を見てくるだけなので他は悠々自適に暮らせる。

この男の悠々自適とはやはり女絡みらしく、マフィアに拾われたノクスは大量の女を犠牲に確固たる地位を築いていた。

ジンバルドの手紙には『調子に乗りすぎるな』と書かれていたがそんなことはすっかり忘れ、組織の金を500万ほど横領し、タワーマンションで女とともに風呂に浸かりシャンパンをあおる。

自分の人生は最高だと考えながら。

「へへへ…次は組織の女を遊んで売り飛ばすか」

「ノクス様。私達は売り飛ばさないでね?孕ませるのも他の子まで。」

「あたしも〜。他の女が殴られてもどうでもいいし」

捨てる神あれば拾う神あり、ノクスのようなどうしょうもない男も好きになる女がいるのだ。組織や金の繋がりなのかもしれないが…

新しいシャンパンを開けようとした瞬間、部屋のインターホンが鳴る。

「なんだよ、新しい女か?今日はもういいぜ。へへ」

「あたし見に行くね〜」

玄関まで走っていった女がドアを開けた瞬間、ズガンと銃声が響く。

「なんだテメェら!」

女を銃殺し、入ってきたのは高級スーツに身を包んだ長い髪をちょんまげのように結わえた男と、アフロに無精髭を蓄えた男。

「ごきげんよう。俺たちが誰だかわかるか?えーと…ノ…ノックオンじゃなくて「ノクス」

「そう!ノクス!と、その女」

「さっきの女もお前の女か?挨拶しといてやったよ」

ただならぬ雰囲気を漂わせながらも、二人の男はノクスと陽気に会話を続ける。

「おいおい、女とお楽しみはいいがハンバーガー食わないともったいねぇぞ。しかもインアンドアウトのハンバーガーじゃねぇか!俺の大好物だ!貰っていいか?」

「お、おう…」

アフロの男はハンバーガーにがっつき、氷が溶け切った飲み物まで飲み干してしまう。

「うめえじゃねえか、冷めてなきゃもっとうめえのに、もったいないぜ。なぁバレンタイン。」

「そうだな、食材に失礼だ。」

ちょんまげを結わえた男、バレンタインは何かを探すように乱暴に引き出しや戸棚をバタバタと開けながら適当に返答する。

「ところでよ、ノクス。うちの組織の金が500万ほど足らねぇんだ、何か知らねぇか?」

「そ、その件なら敵対組織のボスに罪をなすりつけられて…」

「敵対組織のボスってのは…こいつか?」

バレンタインが重たそうに手に持っていたボストンバッグを机にドカッと置き、中を覗くとつい最近まで敵対していたボスのバラバラになった遺体が入っており、ノクスの顔は青ざめる。

「青白いツラしてねぇで金を返してほしいもんだな。」

「ちょっと!さっきからなんなのよ!」

「いつテメェに喋っていいって許可したよ顔面ラズベリー賞!テメェは黙ってソイツのナニでもしゃぶってろ!」

「ま、待ってくれ!ゆ、ゆっくり話そう。な?」

『こ、こいつ…仮にも俺は戦乱の世で裏金とは言え騎士団長になった男だ…こんな奴らに負けるわけねぇ…』

ノクスはゆっくりと腰の日本刀に手を添えようとするが、アフロの男は一緒にいた女を射殺し、再びノクスを脅す。

「おい、腰にジャパニーズチトセアメでもつけてんのかい?」

「斬れよ、斬れよ、ホラ。」

バレンタインはノクスの眼前へ行き、無抵抗を示すように両手を挙げるが、ノクスは怖気づいて刀を抜くことができない。

バレンタインは大きくため息をつき、アフロの男より後ろに下がる。

「ガッカリだぜ、チャールズ、もうとっとと片付けちまおう。」

「ま、待ってくれ!500万は倍にして返す!俺が経営してる女の奴隷市場がいい感じなんだ!こ、この時代じゃねえが博士が繋いでくれる!だから、倍にして返す!いや、一緒にやって億万長者にならねえか?」

ノクスの見苦しい命乞いを聞いてバレンタインとアフロの男、チャールズはゲラゲラど笑い出す。

「HAHAHAHAHAHA!聞いたかバレンタイン」

「HAHAHAHAHAHAHA!傑作だな!」

「じゃあ何か?俺たちは殺し屋を引退して奴隷商売をお前とやれば良いわけだ?HAHAHAHA」

「あ、ああ…悪い話じゃ…」

ノクスの言葉が言い終わる前に二人の殺し屋は彼の全身に向けて銃を乱射する。ノクスの体は蜂の巣と形容するのが生易しいほどに全身に穴が空き血塗れになって絶命する。

「っ!ああ!こいつの返り血が俺のバレンチノのスーツに付いちまったじゃねえかよ!この肉欲野郎!」

その返り血はバレンタインのスーツに付着し、怒りに任せたバレンタインの銃撃はノクスの顔を醜く潰した。

「回収した金でクリーニング代は出しておこう。ところでよう、バレンタインこのカレンダーおかしくねえか?」

「ああ?7月29日?」

「な?おかしいだろ?今は6月28日だぜ?約一ヶ月後だ。」

「カレンダー破りすぎたんだろ?いや…違えか…」

二人は日本の東京に観光へ行ったときの事を思い出す。『久しぶりにこちらへ戻ってきた』などという女性と話した事を。

「これって東京旅行したときに会ったあの子が言ってた日付けだろ?」

「ああ、タツコ・ツカハラか。あの子なんか言ってたな『7/29』に世界が混ざり合ってどうたらこうたら」

「よくある陰謀論かと思ったがちょっと違うらしいな。」

「ああ。」

「なぁ、バレンタイン。俺達都市伝説テラーに転職するか?何か巻き込まれてる気がするぜ」

「バカなこと言ってねぇで帰るぞチャールズ」

殺し屋達はカレンダーに違和感を覚えながらもノクスを始末しタワーマンションを後にする。

その様子を覗いていたのはジンバルドだ。絶命したノクスを経由しあらゆる場所に超小型のドローンを飛ばし、街の景色を眺めている。映像には『自分がいる時代』『ノクスがいたアメリカ』『凶悪な殺人鬼が人を喰らう瞬間』『ケンカやバスケに青春を燃やす少年達』そして『一人の女性』が映っていた。

ジンバルドは映像を見ながらほくそ笑む。

「7/29興味深い日だね…何が起こるか楽しみだよ…」

ドローンで映されていたカレンダーは全て7月29日だった。


第三話:深海の怪物

喧嘩する二人と仲裁する一人、その言い争いのボリュームは次第に大きくなっていく。
夏葉はどんどんとヒートアップするその諍いを恐れることなく間に入る。

「コラコラ、喧嘩しな〜い!帰ってこないと思ったらやっぱりこんな事か…皆待ってるヨ」

「あ、な、夏葉…さん…こ、これは申し訳ない…」

顔におびただしい傷跡と、サングラスから覗く白濁した眼球が特徴の男は夏葉の顔を見るなりどぎまぎと顔を赤らめてしおらしく返答する。

「だっさ、相変わらず女の子には貧弱な態度ね。ジョン、好感度あげようとしてるのまるわかりでキモいわよ」

先程まで言い争っていた☓印のようなものがあしらわれた髪留めに真っ赤な瞳の女性が蔑むようにケラケラと笑う。

「夏葉さんはラディカとかいうどこかの巨人と違って美人だからな、緊張するんだよ。」

「や、やめよう。ほら、夏葉さんたちも来てるから…ね?」

ケラケラと笑うラディカの頭をペシペシと小突き、ジョンが挑発し返すのを『水』と書かれた前掛けが特徴の少年が諫める。

「「引っ込んでろ!ガリュウ!」」

先程までいがみ合っていた二人は、ガリュウに怒声を浴びせ、再び喧嘩を再開しようとするが、夏葉が間に入り、二人を食い止める。

「ほら!みんなびっくりするから!ご飯食べに来たんでしょ!!」

「そうです!いただきましょー!」

「お騒がせしました。エリアスさん。」

神楽はペコリとエリアスに頭を下げ、二人の間に座る形で食事を始める。

エリアスはほっと胸を撫で下ろし、改めて給仕を呼び、食事を出させる。

海底王国の食事はどれもこれも独特なもので、明らかに地上とは違う生物の料理がずらりと並べられた。

「「「「「「いただきまーす!」」」」」」

先陣を切るようにガリュウが目の前のサンドイッチにかぶりつく。

「うまい!これうまいよ!」

「いや…うまいだけじゃなくてサ…こう…どううまいとか同一味だとか色々あると思うけど…」

「ガリュウにそんなボキャブラリーがあるわけ無いでしょ、それにサンドイッチなんてどこにでもあるんだからそんな大袈裟な…うま…!!え!?何このパン!?レタスよりみずみずしいのに変な食感って感じは全くて、しっかりとパンの味も残ってる…!こ、これはホントにうまいかも!!塗られてるトマトソースも美味しい…やや酸味が強いんだけど、それがうまーくバランスを取っていて…」

ラディカは己のキャラクターを忘れて饒舌に食レポをする。神楽は『そこまで美味しいかな?』と疑問に思いながら、メインのステーキを口に入れる。

「こ、これは…食べた瞬間に口から無くなる上物の刺身の食感に、ステーキのような味…かといって臭みもなく…美味しすぎる。」

「お、大げさですよ神楽さんまで…果物とかは普通に地上にもあるんですから。ほら、これなんてさくらんぼみたいじゃないですか」

神楽の食レポを笑い飛ばしたツボミは、キラキラと光るさくらんぼのようなものを食べる。

「え…これ美味しすぎません?嫌味な甘さじゃなくてフルーツ本来の優しい甘みというか…毎日でも食べたくなりますね。あ!これで作ったチェリーパイも最高…」

「喜んでいただけて良かったです。それは先程言ったヌシカジキのステーキ、ミズクサムギとトマミズタマのサンドイッチ、サキランボのチェリーパイですね。どれも名産品なんですよ。あと…あのへんの食べ物も美味しいです。」

「あ、あの辺…は…」

五人はエビに奇妙な触手が生え、ウヨウヨと気味悪く蠢く『それ』を見て青い顔で笑う。
到底美味しそうに見えないそれは、ムニエルにされて、バイキング用の大皿に載せられていた。

「あれはグロブスターって名前の怪魚ですね。少し見た目は悪いですが、海底王国では人気なんですよ!」

「あ、あはは…さすがに…ねぇ…夏姉さんもこれは…」

「うっわ!!これバターが効いててめちゃくちゃ美味しいネ。エビに近い食感だけど、触手はプルプルのコリコリでまた違ってて。ん〜!!ちょっとこれはやめられなくなりそうだヨ」

「「「「「いや普通に食ってるー!!!!!」」」」」

五人は眼球がポーンと飛び出しそうなほど驚いた表情で、自分のキャラも忘れるほど大声でツッコむ。

夏葉の口からはビチッビチッと触手が暴れる音が聞こえ、それがまた食欲を減退させる。

「あ、あの…夏姉さん…見た目とか平気なの?」

「食事は見た目より味だからネ。」

「よーし!俺も食ってみるぞ!いただきま〜す。固ッッ!な、夏葉さんどうやって噛んだんですかこれ…」

「ガリュウくん。殻ごと食べたらそりゃ固いでしょ…」

「あ…」

殻をゆっくりなれない手つきで剥き、グロブスターを口に持っていき、その美味しさに感想を言おうとした瞬間、エリアスはガシャンと大きな音を立てて、バイキングの机に倒れ込む。

「え、エリアスさん!大丈夫ですか!」

エリアスはゴボゴボと泡を吹き、何か口を動かしている。

「みんな、その人をお願いネ。食事の中に…何か…」

エリアスは王女ということもあり、一人だけ違う食事をしていた。
料理の解説をしながらつまむには最適な片手で食べられるようなものだ。
彼女が食べていたのはハンバーガー、ヌシカジキの肉をバンズに挟んだ『いかにも』なものだったが、どこかの店で適当に購入したものではなく、ちゃんと料理人が作ったものだ。
ましてや王女の食事なのだから毒味をしないわけがない。 

夏葉は、皆が食事に夢中だったときに料理人から聞いた話を思い出していた。
彼女は一度聞いたことや見たものは忘れない。そういう力があるのだ。

「まさか…」

ハンバーガーのバンズを外し、微量の血がついているのを確認すると、エリアスの体を抱え上げ、ラディカに渡す。

「ヌシカジキの血にやられたみたい…微量でも発熱と、全身の痙攣、意識の混濁が現れる…ラディカ、治せるかな?」

「治すのは無理。私のは相殺。毒を中和するだけ。蝕の極み『冥狂死衰』:氷蝕症(ひょうしょくしょう)」

ラディカはエリアスの腕に刀の切っ先を突き立てそこからジワジワと何かを入れる。
それは体内に菌のようなものが入っていくようにも見え、高熱を出していたエリアスの体温を見る見るうちに下げていく。

「あとはゆっくり寝かせておけばなんとかなるでしょ。」

「その前にやることがあるけどネ。この料理に毒を入れたのは…ッ!!」

突然地盤が大きく揺れ、六つの頭を持つ骨だらけの龍が現れた。

「やい、てめぇ達。ヴァサラ軍だな。その女を気絶させてくれてありがとよ、忌々しい封印が解けたぜ。このディヴィ・ジョーンズ様を封印したビャクエンとかいう野郎もここにはいねぇ…まだ力は完全じゃねえが…記念に消してやるぜ!ヒャハハハハ!」

饒舌に喋る怪物は口からエネルギーの弾を発射し、エリアスのいた場所を吹き飛ばす。
間一髪ガリュウがエリアスを抱えて飛び退いたためケガはなかったが、かわりにガリュウの背中に大きな傷ができる。

「かすっただけでこんな威力か…」

「どうやらやるしか無いな…本気で。」

ジョンは帯刀している刀のうち一本を遠くに投げ、五つあるうちの頭の一つへ斬りかかる。

「爆の極み『爆天』爆撃の日(ニトロデイ)」

首の一つに刀をぶつけ、そこを起点に周囲が爆発する。生身の人間ならばこれだけで致命傷を負うほどの威力だろう。
その一撃で、骨組みの一部が砕け中から怪物の肉体が現れる。

「あの威力で外骨格が欠けただけか…随分難儀な敵だネ。犯人を追うのは後回し…一人一首(ひとくび)で戦わなきゃ…」

夏葉は刀を構え、違う首へと斬りかかる。

「閃花一刀流…『菊一文字(ガーベラ・ストレート)』」

神速の剣が横一閃、覆っていた骨組みを切断し、現れた肉体の一部に深い傷をつけた。

「俺の体に傷をつけるとはなかなかやるな…だが…」

大した傷では無いのか、怪物はその首を大きく振るい、夏葉とジョンを纏めて吹き飛ばす。
避けきれないほどの速さで振るわれたそれは二人を近くの岸壁へ叩きつける。

「いっった…これは最悪死ぬかもね…」

「び、ビャクエン隊長はこれと単独でやりあったのか…」

肋骨が折れたらしい夏葉と脚を引きずるジョンがゆっくりと立ち上がったところに怪物はビームの二発目を溜める準備をしていた。

「させない!水の極み『明鏡止水』:澪疾風(みおはやて)」

刀に纏われた圧縮された水と共にビームの発射を食い止め、さらにもう一つの首へ追撃を加える。

「我流海剣・雨突(うづき)!!」 

「…ん?その足の運びって…」

その斬撃は固い骨に弾き飛ばされたが、どうにかこうにかヒビを入れることに成功した。
そしてガリュウの動きに対し、夏葉は何かに気づいた様子だ。

「その調子ですよ、ガリュウさん!華の極み『華弾』…」

ツボミの指にメラメラと赤黒い炎が灯る。それは『華』と言うにはあまりにも暴力的な色合いをしていた。

「エンキ師匠直伝!:獄炎弾」

「エンキさんの技にそんなのなかったと思うナ…」

ツボミは元十一番隊隊長のエンキに弟子入し、波動の使い方を学んでいた。
だからこその黒炎なのだろう。元来、ツボミの極みは火の派生であり、同じタイプのエンキは師匠にうってつけなのだ。
彼は黒炎を弾にすることはないが…

その地獄の炎のような弾丸は、ヒビが入った部分に命中し、見事に骨を砕く。

「あ〜あ。二人がかりで一個壊すのはなんか未熟って感じ、内部破壊すればこんなの簡単なのに…蝕の極み:侵食」

ラディカがぶつけた部分はじわじわと脆くなり、パキンっと骨が砕ける。

「骨の外骨格はあと一つ…神楽…は?」

「面の極み『狂演怒濤』招き猫の面:『日々是好日』六面賽(チンチロリン)」

三つの爆薬を同時に投げ、一つが外骨格の致命的な部分に運良く当たり、内部ごと爆散する。

ツボミは神楽が隊長の極みをいきなり使ったことに口をあんぐりと開けて驚きを隠せない表情を見せた。
神楽の極みは反動がひどく、隊長クラスの極みを使うのは基本的に一度だけ。
それでも再起不能になる可能性を孕んでいるのだ。

しかし、神楽は傷一つ負わず、大きくため息をついた。

「だめだ。全然駄目。使いにくいことこの上ないですよ、『運の極み』せいぜいじゃんけんが100%になる程度の能力しか出せない。こんな力を七福さんは使いこなしてるなんてすごすぎます。」

「え?あの人『運で最強になれる』とか言ってたヨ」

「そんなわけない。これを独学で鍛えた?そんなバカなことありませんよ。使ってみてわかりました。やっぱりあの人嘘つきだ。どんなときでも極みを制御出来るように、『鍛えた師匠』は必ずいます。夏姉さんに対してのオルキスさんみたいにね。」

「今のは効いたぞ、仮面のガキィ…」

ズズズと地面が揺れ、地面から巨大な口が姿を表す。
今まで首だと思っていた六つの首はその生き物の触腕らしく、巨大な口から放たれたビームは全員を勢いよく吹き飛ばした。

真正面にいたガリュウは水柱の盾で防いだものの、ほぼ直撃を受け、その場に倒れ込む。

他の五人もヨロヨロと痛む体を引きずり、立ち上がる。

「まず一人…「一人?こんなんであいつが死んだら私がとっくに殺してるわよ」

「なめんなよ、ゴキブリガリュウを」

「ご、ゴキブリって…ひどいよ、ジョン…」

ガリュウはゆっくりと起き上がり、刀を構える。

「ごめんネ、防御が間に合わなかった…でも。ここからはみんな本気で行かないとだめなのわかるよね?ジョンくん、あの投げた刀借りるヨ」

「えっ、あっ。はい…」

「女の子に反応やわいですね…」

思わずツッコんでしまったと神楽が口を抑えはにかむ。

「はぁ…じゃあ共闘ってこと?こいつらと?」

「あ、あの…僕らと共闘って考えればなんとか…その…」

神楽がラディカの機嫌を取るようににこやかに話しかけ、どうにかこうにかその場を諌める。

「怪物くん、話を待ってくれたのかい?随分優しいネ…」

「てめぇらが死ぬのには変わらねえからだ!死んだら俺のロッカーコレクションに入れてやるよ!」

「海の底に見えた気持ち悪い金属の箱はそれか…悪いけど、ここからみんな本気だ。私は刀を二本使わせてもらうヨ」

夏葉はタバコに火をつけ、刀を二本握る。

「おれも、本気でやらせてもらう。」

ジョンは懐から取り出したボロボロのヘッドフォンをゆっくり耳に当てる。

「よーし!俺も!」

「待った!」

ガリュウが刀を構えるのを夏葉が制止する。

「君の足の運び…閃花一刀流を習ってるネ?」

「えっ…ま、まぁ…オルキスさん強いって聞いたことあるから…弟子入して…」

「我流海剣じゃなくて、閃花一刀流を使うんだ。いいね?」

「えっ…でも我流の方が…」

「君の我流は明確な流派じゃないだろう?流派にするっていうのはね…『0から1を作る』みたいなもんなんだヨ」


サクラは寺子屋に設けた道場でチョウザキと対峙する。
サクラの表情は少しも苛立った様子はなく、どこか楽しそうだ。互いの寺子屋の生徒が見守る中、二人の試合が始まる。

「それではこれから、いかに剣術が大切かをお教えします。まずは虎月一刀流から。聖神ヒジリの剣術ですね。どちらかというと責めの剣なので、このように大きく構えて…」

「はぁ…そんな技だけでうまくいくワケなかやろうが。」

流石腐っても教師と言うべきか、案外早いチョウザキはサクラへ間合いを詰めるが、それよりも早く頭に竹刀が打ち下ろされる。

「虎月一刀流:唐竹割!っと。責め気の性格の子はこれがいいかもしれないね。もう一つは…」

癇癪を起こし、わけの分からない叫び声をあげて襲い掛かるチョウザキの攻撃をいなし、胴に強烈な一撃を見舞う。

「狙いすました一撃を与える防御の剣。閃花一刀流:一輪花。まぁ…この二大流派が現状強いかな。閃花一刀流は虎月一刀流と比べて少し脱力するのも大切かな。みんなもやってみる?」

ノサれたチョウザキを尻目にサクラは授業を進める。
チョウザキの生徒らしい一人が、大きく手を挙げ、当てられる前に話し出す。

「サクラ先生、二大流派できるなら最強じゃん。」

「ん〜、『できる』のと『習得する』のは違うから…私が教えられるのはあくまで基本的な構えまで。それ以上はちゃんとした師匠に教わらないと…」

「え?じゃあさ!二つ合わせて最強の流派作ればいいじゃん!我流で!」

「うーん…それは一番難しいかなぁ…『流派』を勝手に名乗るのはできるのかもしれないけど、それが通用するのはまた別問題だからね。流派を作るっていうのは『0から1を作る』のと同義なんだよ。流派を習った以上は未熟なうちはそっちで戦うべき!さ、練習練習!」

サクラは全員に優しく微笑むと、基礎剣術の素振りを始めた。


「0から1…おれもいつかそうなれるといいな…今は」

ガリュウは閃花一刀流の構えを取る。

「あ~あ、火ィ点いちゃって。私も本気でやるか。また酷い傷が体についちゃうのも癪だし。行くわよ。村正」

ラディカが抜いた禍々しい気を放つ刀は、怒りに呼応するように斬れ味が鋭くなり、怪物の身体に大きな傷をつける。

「バカラディカ!村正なんかこんな場所で振り回しやがって!おれまで巻き込む気かよ!特にこのヘッドフォンは大切なもんだってのに…って!何だこの風圧…は」

怪物は六人を食い千切るために周囲の建造物ごと吸い込み、噛み砕こうと大きな口を開ける。

「爆撃の日(ニトロデイ)・轟音(ジェット)」

口内で斬り裂いた部分が先程と同じ技とは思えないほど激しく爆発し、さらに爆発から生じた音が音響機器が破損したかのような歪な爆音に変わり、怪物の鼓膜を破る。

「へぇ…すごい技だネ…神楽、今のうちにツボミのケガを診てくれる?」

まだまだ幼いツボミは、先程のビームので他の五人よりも重症を負ったらしい。
神楽は服につけていたポーチから血止め薬と骨折に効くらしい漢方薬を出し、ツボミの治療を始める。『ホントは無茶しないようにアンさんから僕が貰ったやつなんですけど…まさか役立つとは…』

「そっちは任せたよ。あと、ガリュウくん。さっきみたいなこと言っておいて申し訳ないけど…今こそ、私の流派を作るとき!!」

夏葉は二本の刀で閃花一刀流の構えを取る。

「閃花二刀流…」







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