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【劇場配布漫画あるある】全てを壊す男とヴァサラの呪い(下)

↑は主役のオーサムです。
提供:カヲル様



戦乱の世、この争いが多発する中、人を憎むなと言う方が難しいが、それに乗じて悪質な組織や宗教、果ては人種差別をするものもいる。

そういった人々を取り締まり、捕縛し、再教育を施すのがオーサム率いる『表現良化隊』だ。

今日も数人『違反者』を捕縛し、オーサムの再教育が始まる。

違反者二人の頭に手を置き、極みを発動すると、オーサムの言葉が強制的に脳に流し込まれる。

「繫(つながり)の極み『無垢心(むくのこころ)』:幸福の思考(ビジョン)」

『あなたは幸福である』
『あなたは幸福である』
『あなたは幸福である』
『あなたは幸福である』
『あなたは幸福である』

「うああああああ!」

「頭がッ…頭が割れる!」

「我慢してください。あなた方の膿を取り除いているんです」

二人は泡を吹いて倒れ、縛られていた縄に『再教育完了』の札を貼られ、どこかへと連れられていく。

「捕縛、ご苦労様でした。休んでください」

オーサムは捕縛に成功した良化隊員の元へ歩み寄り、一礼すると部屋へと戻る。

瞬間、オーサムは冷や汗をかいて倒れ込む。

人の脳を覗き込むということは相手の思考も流れ込んでくることも意味する。
違反者を毛嫌いしているオーサムには呼吸がしにくくなるほど辛いものだった。
その流れ込む思考は最悪の過去と自分の人生を狂わせたサイカの顔を思い起こさせる。

彼の過去は民を救うはずのヴァサラ軍に呪われ、それは今でも鋭い刀のように胸に刺さったまま離れない。


ここは、宗教町グラジオラス
かつて町長がヴァサラ軍に救われたことをきっかけに、ヴァサラの銅像に祈りを捧げれば救われるといった謎の言い伝えが街に蔓延していた。

オーサムの母親、シルフィはグラジオラスの町を作った町長の孫娘で、司祭をしている。
そんな彼女が頼っているのがオーサムだった。
生まれながら人の思考を読み取る極み『繋の極み』を宿しているオーサムをヴァサラの遣いと思い込み、その体に耐えきれないほどの虐待を行った。

シルフィは今日も町人達をかき集め、ヴァサラの像の前で聖書を読み、オーサムを全員の前に立たせる。

「今、我が子に覇王が宿った!お見せしよう!呪いを破る覇王の力を!呪の極み『呪詛怨恨(じゅそえんこん)』:罪の刻印」

「・・ッッ!」

オーサムは背中が熱されたナイフで切り刻まれる痛みを歯が折れそうになるほど歯を食いしばり、耐え忍ぶ。
声を出してしまえば、自分が神の遣いじゃないと思われれば母親に捨てられる。それだけを考えて耐え忍んでいた。

声を上げず耐えきったオーサムに町人が『覇王様!』と声を上げる。

思考が読めるオーサムの頭の中にもヴァサラに陶酔しているのが伝わり、吐き気がこみ上げるのを耐える。

ダチュラ町には学校があった。ヴァサラの為に尽くすことを目的とした学校。
オーサムはここの生徒ではあったが、特別扱いを受けていた。
司祭の子ども、神の遣い。そんな言葉ばかりが耳に入ってくる。

『背中、ヒリヒリする…バレないかな…』

朝母親に極みで刻まれた背中の痛みがバレないか不安がりながら、オーサムは授業の支度をする。
彼にはこの痛みすら耐えうる楽しみが存在した。
町外れの海で鍛える剣術だ。

彼が覇王の遣いと呼ばれる由縁の一つに、剣術の天賦の才があった。独学ですら町の兵士はおろか、周辺の海賊や山賊を単独で蹴散らしてしまうほどだ。
覇王の遣い、神の遣いという扱いを毛嫌いしていたオーサムだったが、剣術を褒められることは嬉しかった。

もう一つ楽しみがあった。学校帰りに『怪物の家』を訪れること。
その海の近くには家があり、近くには牢屋のような小屋があった。
小屋にはとてつもなく巨大な男がおり、そいつを恐れて皆『怪物』と呼んでいた。
しかし、心が読めるオーサムには彼が心優しい男だということを知っていた。
男の名前はディノ。言葉を話すのが苦手で特別力が強く産まれたことを親が恐れ隔離したのだ。

『ディノは何してるかな…』

授業中も無差別に流れ込んでくる思考を遮断するかのようにオーサムは考え込む。

しかし、その思考はクラスメイトの女の叫び声でかき消された。

「ギャァァァ!ろ、ローチに…ローチに筆触られた!寄生虫が伝染る!」

「ご、ごめん…落ちたから拾おうと思って…」

「や、やめて、こっち見ないで…気持ち悪い」

ローチという男は誰からも嫌われ、誰からも嫌がらせを受けていた。

オーサムと同じく産まれたときから極みを宿していたが、その極みというものが『寄(よりしろ)の極み』というもので、体液や体が寄生虫のようになるというものだ。
彼の片目はトンボのような複眼、身体からはフケのような白く細かい胞子が舞っている。

確かに容姿だけ見れば妖怪のようにも見えなくないが、それは彼の極みがそうさせているのであり彼のせいでない。
オーサムにとっては先天的に極みを持ち、特別な環境下にいるもの同士話したいこともたくさんあったのだが、彼へのいじめが始まった瞬間、全員の心の内にある底冷えするような悪意が脳に強制的に流れ込んでくるため、吐き気を催しトイレに駆け込んでしまうため、話すことは叶わないでいた。

「ローチ、お前がなんで拾うんだ?この筆も、学校も、世界も!ヴァサラ様からの賜り物だ。お前みたいな人間がヘラヘラ笑って拾っていいものじゃねえんだよ」

彼の名はアサヤケ。この町の宣教師の息子だ。
ヴァサラという『呪い』をかけられたこの町で、宣教師という職業はまさに上級職。
アサヤケという名前もヴァサラ軍の『天神』アサヒをもじったものだ。
彼は親の威光を借りてローチをいたぶる筆頭になっている。

「ご、ごめん…」

「ごめんじゃねぇよ。お前の体液が伝染ったらどうするんだ?いや、兵士の父親にはすでに伝染しているのかもしれないな…辞めさせるか?」

「そ、それだけはやめて…」

『やめねえよ、いつか辞めさせてやる』

「うっ…」

アサヤケの思考がオーサムに流れ込み、教室を離れる。

「ほら、お前のせいでオーサム様がまた体調を崩した!オーサム様!」

アサヤケはオーサムがうずくまるトイレへと駆け込む。

「オーサム様!大丈夫ですか!ここで祈りを…」

『ヴァサラ様ヴァサラ様、オーサム様をお助けください!』

「い、いい…祈りはいい、私は少し外を歩きたい。」

「だめですよ!祈らなきゃ治りません!」

アサヤケは先程のいじめの光景とは打って変わり、冷や汗を大量にかきながらオーサムに寄り添う。
寄り添えば寄り添うほど逆効果とはわからずに。

「私は大丈夫だ。」

『一体いつ終わる?この苦しい生活が…この呪いはいつ解ける?』

オーサムは辛い体を引きずりながら学校を後にする。


「それで、ここにまた来たの?」

「そうなんだよ、ディノ…本当に窮屈だ…それに僕はいじめ一つ止められない。無力な人間だ…逃げてばかりの無力な…ね。僕に覇王なんてついちゃいない。」

オーサムが訪れたのは『怪物の家』。
その小屋には厳重に鍵がかけられており、ディノとは目を合わせて会話することすらできないが、オーサムにとってそれは至福の時間だった。

純粋で心優しいディノの思考はオーサムの気分を和らげ、町から離れているここでは、他人の思考も入ってこない。

「一人称すら違うもんね。オーサム」

「僕は『覇王の遣い』だから性別は無いんだって母さんが広めたからね。見るからに男なのに…」

「檻から少し見えるけど、割と女性的な、いや、中性的な外見してるけどね。」

「そうかなぁ…?」

二人が他愛の無い日常会話を楽しんでいると、近くに人影が見えた。
傷だらけのローチだ。

「あ!」

「お、お、オーサム様!ごめんなさい、別の場所に行きます…」

「いい!大丈夫!ここに居てくれ!君とは一度話したかったんだ。」

「な、何を…学校やめろとか?」

「違う。君も僕も産まれつき極みを宿しているだろう?なんだか仲間意識を感じてね」

オーサムはローチに笑いかけるが、彼の反応はぎこちない。
オーサムに恐怖心を抱いているのもあるだろうが、話すことが見つからないのだ。

「ぼ、僕は…その、産まれつきこんなだし…片目は複眼で気持ち悪いし…」

「俺は産まれつき力が強すぎて、怪物と呼ばれここに閉じ込められた…なんかわかるよ。君のこと」

檻越しにディノが答える。

「ぼ、僕は君らと居てもいいのかな…」

「歓迎する。それに僕には夢がある。いつか協力してほしい。」

オーサムは海岸に向かって走り出すと、二人の方へ向き直る。

「この町を、いや、国中にこういう宗教じみた『呪い』や『悪辣な言葉』が蔓延っているはずなんだ。いつかそれを浄化したい。『表現良化隊』なんて名前はどうだろう?君らはその時幹部だ!どうだい?いい夢だろう?」

「う、うん…いい夢だ」

「俺ももちろん協力するさ。」

三人は秘密の約束をする。

しかし、その約束と友情はわずか一年で崩れ落ちてしまう。


ローチはオーサムと仲良くなってはいたが、違う絶望に打ちひしがれていた。

アサヤケの密告によりローチの極みを伝染病として受け止めた神官たちが、父親を騎士団から解雇したのだ。
それ以来ローチは父親からは苛烈な虐待を受けるようになった。
オーサムとディノと過ごす日常は楽しかったが、それ以上に学校のいじめと父親の暴力は激化しており、毎日消えない痣が増えていく。

事実を知ったオーサムはローチを連れ、この町で最も偉い自身の親、シルフィにローチの父親の解雇を取り下げる直談判を申し出る。

「母さん、ローチの体質は伝染病なんかじゃない!ただの極みの影響なんだ!僕と同じなんだ!」

「僕?その一人称を使うなといったはずです。それにそのローチという男。見るからに化け物や物の怪の類だ。ヴァサラ様はそういう者達を倒す力があった…オーサム、斬りなさい」

シルフィは取り合うことすらせず、ヴァサラ軍の伝説になぞらえローチを斬れと命令する。

ヴァサラ軍はそういった軍ではないのだが『強さ』という上辺だけで信仰しているこの町にその説得は通用しない。

「できるわけ無いだろ、母さん!ローチの顔の痣を見てくれよ!これが抵抗する人間の体か?そう見えるか?僕は見えない。彼は耐えているだけなんだ!悪いのはアサヤケとそれを信じた神官と騎士団じゃないか!」

シルフィはオーサムの言葉に怒り、刀を抜いて極みを発動する。

「呪の極み『呪詛怨恨』:五寸釘」

「うっ!!」

「がっ!!」

オーサムとローチの体を巨大な釘が貫く。
どうやらこの釘は刺された相手の血液に触れると引き抜けなくなるらしく、心臓を深々と刺された二人は意識を失う。

「オーサムの手当をすぐに!その物の怪は外に捨て置け!」

シルフィは神官に指示を飛ばすと服を着替えに奥へと引っ込む。

ローチが目を覚ましたのは自分の家だった。
目の前に父親のノクスがいる。
また殴られるのではとローチは身構えるが、ノクスはニヤニヤと笑い神殿の方を見る。

「ローチ、さよならだな。俺がお前に攻撃的になったのを解雇されたせいだと思ってんだろ?」

この男は突然何を話し出すのかと思いながらローチは黙って話を聞く。

「俺はこの間の遠征の時に見つけたんだよ、妖怪の里を。そこの淫魔(サキュバス)の女王。人間に優しくされたことないから少し優しくしたらコロッと騙された。あの女の美しさ見てたら、テメェなんかを愛して死んじまった間抜けな女房と醜いテメェが嫌になったんだよ」

ローチはノクスの言葉に深い悲しみを覚えたが、それよりもオーサムのいる神殿が騒がしいことが気になっていた。

今日はヴァサラ生誕祭とやらでオーサムはもちろんアサヤケ達も神殿にいるはずだが…

「神殿が騒がしいのはどうして?」

「何だお前、俺との別れよりヴァサラ様か?ホントに呪われた町だぜ、今日の生誕祭は盛り上がってんだろうよ、なんたって俺をハメたアサヤケってガキの父親が『カムイが復活するのを防げ!』とか言って火剣軍に奇襲かけたらしいからな」

「なんだって!?」

カムイとはヴァサラの無二の親友であり最大の敵。
この町では悪魔の代名詞的存在だった。
その最高幹部の七剣。
とりわけ強い火剣軍。
それほどの相手に奇襲を仕掛けたのなら当然復讐されるはずだ。

瞬間、雷鳴が神殿に直撃し、ノクスが高笑いを上げる。

「実はな…こっそり別のとこに奇襲したんだよ、騎士団服着てな。ライチョウ軍に奇襲してやったぜ。これでこの町は終わりだ!復讐も淫魔の女王も同時に手に入れる俺は天才だぜ!」

「なんてことを…なんてことをしたんだ!」

ローチは神殿へ駆け出す。
友達のオーサムを、それどころかアサヤケやオーサムの母親まで助けようとしていた。

『間違ってる…人の命をそんな簡単に奪うなんて…絶対間違ってる!』

「何急いでんだ?害虫」

神殿の近くに居たらしいアサヤケがローチを呼び止める。

「俺の手柄を取る気かよ?俺が父さんに言ったからこの戦は勝てるんだ。」

笑っているアサヤケを見てローチは絶望する。
あの強大な遠雷を見てもこの考えができるならめでたいものだ。
カムイが復活していないのにあの威力。しかも自分の父親がライチョウ軍を挑発したことを彼は知らない。

「いいから!どいてくれ!」

「そんなに神殿で巻き込まれて死にたきゃ、勝手に死ねや、害虫。」

アサヤケが町へ戻ろうとした瞬間、すさまじい雷鳴と共に長い金髪の男が立ちはだかる。

男は独特の関西弁でアサヤケに迫る。

「なんや?こんなガキがワイらカムイ軍、ひいてはこのライチョウ様に奇襲かけようとしたんか?ナメられとるなぁ…自分、死んだで?」

ライチョウと名乗った男は剣を抜いてアサヤケを睨む。

「ま、まずい…と、父さんを呼ばないと…父さん!助けて!」

「なんや?父親を呼ぶんか?ほな…」

凄まじい稲光がアサヤケを包んだ刹那、一瞬でライチョウに斬り裂かれアサヤケは倒れる。

「そういうくだらん親子愛、いっちゃん嫌いやわ、ほな」

倒れているアサヤケを無視し、ライチョウはそのまま神殿へと向かう。

「オーサム!」

神殿の外で火剣軍と戦っているオーサムを見つけたローチは彼のもとへ駆け寄る。

「ああ、ローチ。民間人は逃したから僕らも逃げよう。敵はあらかた倒した。」

「神官や君の母さんがいるじゃないか!」

オーサムは疲れ果てたようにその場にしゃがみ込むとローチに残酷な事を告げる。

「放っておいてくれないか、母さん達は。これで呪いが解けるんだ…わかってくれるよね?」

シルフィ含む神官達を死なせて、国を消そうという考えをしているらしいオーサムの気持ちはわかるが、ローチは命を見捨てられず神殿へ飛び込む。

「ギャハハ!英須様とライチョウ様に逆らった罪だ!斬れ!斬り伏せろ!」

「神官の方々、私のために戦えますね?」

「もちろんです!シルフィ様!」

「よろしい、呪の極み『呪詛怨恨』:死屍累々」

シルフィの極みは不発かのように思えたが、火剣軍の男がシルフィを斬り伏せると、別の男に傷口ができ、絶命する。

「よぉ、アンタ、随分タチの悪い技使うじゃねぇか…仲間を見捨ててテメェだけが生き残る?気に入らねぇなそういうの。」

派手な赤髪をした男がシルフィの背後に立ち、刀を抜く。

「何者!?私は生きることが使命なのです!」

「くだらねぇ、まぁ今回は見逃してやるぜ!俺は部下のバカ共と、落雷落としたキモロン毛に用があるんだ」

シルフィは部下という言葉を聞いて男に極みを発動しようとする。

「貴様が英須か!呪の極み…」

「やめときな」

英須は切っ先をシルフィ喉に向け脅す。
おそらく身代わりがいるだろうシルフィは極みの詠唱を続けようとしたのだが、別の男の極みの発動によりかき消される。

「寄(よりしろ)の極み『奇蟲増殖』群生生物(チャツボボヤ)!!」

無数のローチが神殿に群生し、シルフィ諸共負傷兵を運ぶ。

死んでしまっている人は神殿の庭へ、生きている人は町の病院へ手際よく運ぶ。

「へぇ、この町にも仲間思いの野郎はいるもんだな…それに、喧嘩を売ってきたバカ親子は殺れた、目的は達成した」

英須は自分に絡んできたアサヤケ似の男を神殿庭に引きずり下ろすと、部下とライチョウの所へ足を運ぶ。

「ご苦労さんやったなぁ、英須くん。ワイらと君の部下がほとんど片付けてしもたで…申し訳ないなぁ…」

英須は突然ライチョウの胸ぐらをつかむ。

「ここまでやる必要ねぇだろ?喧嘩を売ってきたのはバカ親子だけだ、あいつらだけ殺れりゃ終わりだ」

「なんや恐いなぁ…勝ったんだからええやろ過程は」

「俺にも気に入る勝ち方と気に入らねぇ勝ち方があんだよ…次同じマネしやがったらてめぇも斬るぞキモロン毛…」

ライチョウと英須の間に火花が散っているのを、マントをした男が止める。

カムイ軍筆頭の夢幻だ。

「まぁまぁ、落ち着いてください…これだけの死体があればカムイ様の栄養になります…喧嘩はカムイ様が蘇ってからでも良いのでは?」

二人は舌打ちしながら剣を収める。

翌日、ローチはオーサムに呼び出され、神殿へと行った。
オーサムの顔は怒りと裏切られたような悲しみに満ちていた。

オーサムはローチの心が流れてこないように大声でまくし立てる。
彼の心の内など今は聞きたくもなかった。

「どうして?」

「ねぇ、どうして母さんを助けたの…?」

「僕がどれだけの傷や呪いを背負って生きてるかわかるだろ?」

「どうして僕だけこんな目に遭わなきゃならない!教えてくれ?」

「もうこんな生活嫌だ!うわああああ!!」

オーサムの絶望したような怒号が神殿に響き渡る。

ローチは一言『ごめん』と呟き、神殿を後にする。

ローチは悲しみに打ちひしがれたまま、神殿の門を開けようとした瞬間、自分が助けた神官達に刺される。

「え…?」

「お前の姿を神殿で見たぞ!化け物!」

「やはり我々を殺すつもりだったのか!」

「ヴァサラ様の命により、貴様を殺す!」

「く…そんなこと…僕は…寄の…極み…『奇蟲増殖』不死(しなずの)害虫…」

息も絶え絶えにローチが極みを唱えると、大量のゴキブリに分裂し、素早く神殿から逃げ出した。
神官はそれを必死に潰すが数匹に逃げられてしまう。

そのうち一匹のゴキブリがローチの家に着き、元の姿へ戻る。

無傷になっていたローチだが、彼は涙すら出ないほどの強い絶望に襲われていた。

『僕は…友達を裏切ってしまった…父親もいない…裏切ってまで救った人には化け物扱いされて…僕にはなにもないんだ…いや、はじめから何もなかったんだ…』

ローチはここから数年暗い部屋で孤独に過ごすことになる。
それが破られるのは自殺を決意し、誰が読むでもない遺書をしたため屋上へ行ったあの日、偶然聴いた歌声。
それまで彼はその家の重たい扉を閉ざす。

変わったのはローチだけではない。
親の呪いが継続することを知ったオーサムは自力で良化隊を作るため、水面下で準備をするようになる。

『今のままじゃだめだ…従順に…僕は…いや、私は覇王の遣い…表向きは従え、一人称も矯正しろ…』

『私の理想の世界を作るために!』


あれから数年。
剣の腕も凄まじく成長し、覇王の遣いとして町からも信仰の対象として見られるようにしていたオーサムは立派な青年へと成長していた。

そしてこの日は、コツコツ集めていた別の町にいる自身の思想に賛同した者たちと本格的作り上げた良化隊の副隊長になるべき男を迎えに行く日だった。

副隊長になる男は、かつて『怪物の家』と呼ばれていた小屋にいる男。ディノだった。

ディノを閉じ込めている檻は固く、凄まじい剣技を習得し、力も強くなったオーサムでびくともしないのはもちろん、産まれつきの脅威の怪力と、オーサムが教えたとある『極み』を宿しているディノすら壊せないものだった。

しかし、今回は檻を破壊できるだろう男をオーサムは連れてきていた。
短い黒髪をなびかせ、少し異国の訛りがある男の名は翠蘭。
強さを追い求め、あらゆる町の強者を屠る男とされており、自分が強くなるための行為なら言い値で引き受けてくれる男。

もっとも、彼は一匹狼で誰の下にもつかないのだが…

「この檻カ?」

「はい、壊せますか?」

「简单的(中国語で簡単の意味)」

翠蘭が小屋の檻を蹴り飛ばすと、簡単に檻が吹き飛び、柱が数本ひしゃげ、中からとてつもない大男が姿を現す。

「ダメダ…武の極みはもっと強くなるはずダ…ファンファンと戦うときまデ…」

翠蘭はお礼も聞かずブツブツとなにかをつぶやきながらその場から居なくなってしまった。

オーサムは一瞬翠蘭の行動に呆気にとられたが、すぐにディノと向き合い、固い握手を交わす。

「ディノ、良化隊に来てくれるか?僕と一緒に来てくれるか?」

「オーサム、一人称変わってるぞ」

「君の前でくらい昔のままでいさせてくれ。」

「ああ、いいぞ…へへっ、握手って暖かいんだな…」

ずっと閉じ込められていたディノにとって、人と触れ合い、向き合って話すのは初めてのことだった。

そして、人の暖かさを教えてくれたオーサムと一緒に戦っていきたいと改めて感じていた。

「行くよ、ディノ…この町を獲る」

「ああ…」

二人はいよいよ町を獲るために動き出す。

「皆、聞いてくれ!彼が前から言っていた副隊長のディノだ!」

「おお!あの人がディノ!」

「すごい大柄な人だな…強そうだ」

「お、俺が副隊長…?」

「皆にも昔から言っていたから納得してくれている!」

「いや、いきなり言われても…」

「ダメか?」

「フッ、強引なやつだな…」

「それは同意してくれたと取っていいのかい?」

「ああ、どうせそのつもりだろ。」

「ありがとう。皆、作戦を説明する!私の母親の目を覚まさせる為の力を貸してくれ!神殿に入るときは騎士団や神官と戦うことになるが、武器を奪い沈静化せよ!命までは奪うな!」

「作戦か…これ?」

「申し訳ない、これは僕が母と向き合うための作戦でもあるんだ…だから侵入とかじゃなく正面から行きたいんだ…」

「大丈夫っすよ、隊長。俺たちはあんたの味方です」

「ありがとう…」

良化隊の隊舎へ戻り隊員たちにディノの紹介と作戦を話し、神殿へと向かう準備をする。

準備中にオーサムは脳内に叫び声が聞こえ、外へ出る。
そこには大量の人々が知らない歌を歌いながら武器を持ち神殿へ向かっている光景があった。

「作戦変更だ!すぐ神殿に向かうぞ!群がる人々を捕縛!いったん騎士団と共闘するんだ!」

オーサムは良化隊を引き連れ、神殿へ駆け出す。

「あの男が俺たちを自由にしてくれた!」

「あの歌が俺たちを自由にしてくれた!」

『男…歌?何を言ってるんだ』

オーサムの脳に無差別に流れる思考も全く同じ。
まるでヴァサラを信仰しているときの町の人々そのものだった。

『永遠なんてないくせに 永遠なんて言葉を作って無常さにむせび泣く我ら後悔も弱さも涙も 声高に叫べば歌になった涙枯れぬ人らよ歌え(amazarashi:リビングデッド)』

「皆どうしたんだ!何だその歌は!」

オーサムは峰打ちで群がる人々を気絶させていくが、突然体に刺し傷が浮かび上がり、吐血して倒れ込む。

「おかえりなさい、オーサム、この町は終わりよ。私のために犠牲になってね」

極みを使ったらしいシルフィが微笑み、そのまま姿をくらませる。

「僕は…母さんにとって身代わりでしかなかったのか…」

母親の最後の思考を読み取り、絶望の中命を投げ出そうとした。

瞬間、水色の髪の男が神殿へ侵入する。

「氷の極み『大寒獄』:絶対零度!」

神殿のあらゆるもの、群がる人々、オーサム以外の全てが凍っていく。

「ヒムロさん…」

「勘違いするな、お前には私兵を借りた恩がある。それだけだ…協力はこれきりだ」

ー数日前ー

「お前らが最近話題の良化隊だな?」

かつてヴァサラ軍に在籍していた男、十三番隊隊長の氷神:ヒムロはオーサムの元を訪れていた。

「『あまり派手に動くな、今はヴァサラ軍が活発に動くと困る…』ですか?」

オーサムは思考を読み、ヒムロの言葉を先回りする。

「わかっているなら何もするな…」

「私達も国を良くするべき思想があるんでね、どうです?私の国の騎士団をあなたの『氷の軍勢』にお貸しすることで手を打ちませんか?」

『私は氷の軍勢って名乗ったか?こいつ…何を隠している…』

「私兵を貸す程度で交渉ができるとでも…?」

「思いませんよ、ただ私的に兵をお貸ししたいとは思ってます…大切な人を失った『呪い』にかかっているあなたに…」

言い終わらないうちにヒムロは切っ先をオーサムに向ける。

「私の前でその話をするな、二度とだ!」

「落ち着いてください、だからあなたを助けたいと言っているんだ、僕以外に呪われる人なんか見たくない…あなた方ヴァサラ軍と戦う近郊の良化隊も引き上げさせます。どうですか?」

「僕…?まぁ、それならいいだろう。私はお前の兵も新しい世界に連れて行くことを約束しよう。」

オーサムの一人称が変わったことで、本音を言っていることがわかり、ヒムロはオーサムの元を後にする。

ー現在ー

「はっ…はっ…何なのよあの部下は…私の極みが効かないなんて…氷漬けになるとこだったわ…なんとか…助かった…」

シルフィは命からがら街を抜け出す。手足は凍りつき、ひどい凍傷にかかった状態だ。

「ヴァサラ様、ヴァサラ様…お助けくださいヴァサラ様…」

シルフィは祈りながら歩を進めるが、いきなり目の前の赤髪の老人に頭を捕まれる。

「何…がああああっ!」

シルフィがいたはずのその場所には服だけが残り、赤髪の老人はそのまま去っていく。

「ヴァサラは神などではない…」


神殿の事件からさらに数年が経ち、今や良化隊の名は国中に知れ渡っていた。

しかし、オーサムには頭を悩ませる存在もいた。

歌人のサイカだ。

あの日の事件で人々が口ずさんでいた歌もサイカのものだと知り、オーサムは恐怖とその歌の危険性を感じ取り、サイカを捕らえることに必死になっていた。
しかし、いつも神殿にいたような過激なファンに防がれてしまう。

そして、今の悩みは目の前の男だ。
片目の奇妙な複眼、身体から飛び散る真っ白な胞子。
あの時から連絡つかずだったローチが良化隊の基地のしかも最奥の自分の部屋にいるのだ。

「な、何だあいつ…いくら刺しても生き返ってきやがる…」

「命を奪うなって言われてもあんな戦い方されちゃ無理だろ…」

「こんなのが君の目指していた良化隊なのか?あれじゃ君の親と変わらない、ただの洗脳じゃないか」

確かにローチの言うとおり、オーサムの脳内にある言葉を相手の『脳に直接流し込み』浄化するという方法をとってはいるが、それには目的があった。

「久しぶりに見たら随分立派になったね、ローチ。あの時、君に言ってしまったことは謝りたいと思っていた…けどそれとこれとは別だ。なぜここにいる?」

「あの時はお前の事を考えられなかった俺にも責任がある…それに俺は君のやり方を肯定することができない。」

「サイカをはじめ、そういうのに賛同する人達はこういう手段を取るしかないんだ。もう対話じゃどうにもならないところまで来てるんだよ!」

オーサムは次の目的地へ行こうとするが、ローチに剣で阻まれる。

「僕は君を斬りたくはない。引いてくれ」

「俺も同じだ。だが、サイカに救われた人もいる。俺もその一人だ、だからあいつを消すことを許すことはできない…」

オーサムは交渉うが決裂したことを悲しみながらも、剣を収める。

「なら、互いに干渉しないというのはどうだい?僕はどうしても君を斬れない」

「その干渉しないってのがサイカを斬ることなら…あ?何だ体が痺れて…」

ローチは体を痙攣させながら倒れる。

「害の極み『幻覚幸福論』:脳髄麻酔、救いだなんだと耳障りな野郎だなァ」

大柄の葉巻を吸った男がローチの頭に触れていたらしく、背後から姿を表す。

男を取り巻くように六人の仲間を引き連れている。

「ローチ!」

「喚くな、死んじゃいねェだろ?心を読め…いや、読めやしねぇか…」

オーサムは初めて心や脳内が読めないという状況に置かれていた。
ローチが気絶したことは関係なく、この男の近くにいると『バグ』を起こしたように極みが使えない。

「あなたは…ルチアーノだな。マフィアの…私になにか用か?」

「手を組まねェか?サイカ暗殺までよ」

オーサムは悩んでいた。
こんな男と組むのは論外だが、サイカの歌でまた町や村が崩壊するかもしれない。
それは避けたかった。

「お前が本気で俺の脳内を探ろうとすれば読まれちまうだろうからな。言っといてやる。今回の一件が終われば目障りなお前を殺すつもりだ、だが、イザヨイ島に二度とこないと誓えば何もしない。イザヨイ島にお前以外の良化隊員を置くことも許可してやる。どうだ?」

「確かにサイカは危険だが…」

「そういうわけだ、利害は一致してる…協力しろ」

オーサムはこれ以上はないほど嫌な顔をしながらも了承する。
歯ぎしりの音が他の六人にも聞こえそうなほど食いしばっている。

「その前にローチを解毒しろ」

「安心しろ、極みは解いている。数時間経てば起き上がるだろうよ」

「私はあなたを認めることはできない。たくさんの命を奪い、この世界を汚したあなたを…今のあなたの心の声だけで吐き気がする…」

どうやら極みの力を強めているらしいオーサムにはルチアーノの心の声が聞こえているらしい。

「ならテメェらだけであの群衆の中、サイカを狙えるか?いいんだぜ?俺が力を貸さなくてもよ」

「今回だけだ…あいつだけは…サイカだけは私の手で…」

「フハハハハ!好戦的なんだなお前もよ!綺麗なこと言っときながら戦いが好きなわけだ、フハハハハ!」

これ以上ないくらいに笑い飛ばす姿を見ながらオーサムは血がにじむほど刀を握りしめルチアーノを睨みつける。

「睨むなよ、相棒。仲良くやろうや、その前に…テメェの副リーダーが強ええかテストしてる…外で俺の下請けマフィアがな…」

オーサムは慌てて外へ飛び出す。

「安心してくれ、オーサム…この程度なら…古(いにしえ)の極み『恐竜楽園(ジュラシックパーク)』:超巨大恐竜(アルゼンチノサウルス)」

元々巨きな体をしていたディノの体が更に巨大化し、恐竜の皮膚のようなものが浮かび上がり、ルチアーノの連れてきた部下達を薙ぎ倒していく。
ルチアーノのもその力に驚いていたが、オーサムは優しいディノの力に目を丸くする。

「こんなに強かったんだね…」

「お前と共闘するためにな」

ディノは極みを止め、オーサムの元へとやって来る。

「合格だな、サイカを獲ろうや」

ルチアーノはオーサムの肩に手を置くと、自分の部下と良化隊に指示を出す。

「テメェら!大勝負だ!今日サイカを消すぞ!ヴァサラ軍も来ると思うが今回は良化隊も組む…ヴァサラ軍、恐るるに足らずだ!」

ルチアーノの喝にオーサムが言葉を付け足す。

「これは我々の聖戦である!目標はサイカ一人!ヴァサラ軍の命までは奪うな!見つけ次第捕縛せよ!」

『それでも…僕は斬れるだろうか…いざオーサムと対峙したときに刃を向けられるだろうか…』


同時刻

ヴァサラ軍の基地にてヴァサラとラショウが話し合っている。

「総督、良化隊はどうする?」

「ふむ、奴らにはこれといった悪意がないからのう…生活で歪んでしまった部分もある」

「崇拝されてたのは総督だろ…」

「あの町は外部からの情報を消しておった…故にそうなっているとは気づかなかったのじゃ…それはわしのミスじゃ…」

ヴァサラは頭を抱えるが、すぐにラショウに向き直る。

「だからこそ救うのじゃ!誰一人命を奪ってはならん」

「あんたらしいな…」

ラショウは十二神将を集めるため、隊舎へ戻った。


〜全てを壊す男とヴァサラの呪い(下)〜
〜終わり〜

本編:【劇場版ヴァサラ戦記:イザヨイ島の歌人】へ続く

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