【ヴァサラ戦記ー外伝ー】絶望の支配者。ルートB【漫画あるある。他の作者が書く外伝漫画】

※この話は第一部で活躍していた船組の裏でイザヨイにいた隊員達の物語である。
ルートAと並行して読むといいかと。


その男は宿屋にいた。
炎のような赤髪を垂らし、背中には二メートル以上の大刀。
片足はなにか大きな戦いで失ったのか、吹き飛ばされており、ある方の足でバランスを取るように立っている。
さらには誰もがひと目見た瞬間死を覚悟するほどの殺気を放っていた。
放っているはずだった。
宿屋で日曜日のパパのようになっていなければ。

彼の名はエンキ。
かつてヴァサラ軍の十一番隊隊長『暴神』のエンキと呼ばれていた男だ。
入った当時は閻魔様の生まれ変わりと呼ばれるほど暴力的で好戦的だった男は、ヴァサラ軍で性格が変わり、今では孤児達の寺子屋を営んでいる。

そんな優しさにつけこまれたのか、今日はルナ営む孤児院の妖怪達と先にイザヨイ島に来ていたのだ。

「ねー!剣のおけいこしてー」

「だめだって、宿屋に迷惑だろ!」

「ボタン取れちゃったー」

「うん、付けるから待ってろよ、な?」

「ルナお姉ちゃんまだー?」

「もうすぐだと思うから、な?落ち着こうぜ?」

「宿屋のおじちゃんもどっか行っちゃったよ〜」

「なんか取り壊し予定の宿屋が二軒くらいあるらしくてな、老朽化がどうとか」

「ろーきゅー?」

「ふ、古くなったってことだ」

「エンキのおにいちゃん、刀もたせて〜」

「ダメダメ、コレは俺以外持てないくらい重いんだから」

「もてるもん!」

「ダメだって!コラ、離せ離せ!」

『ルナ〜早く戻ってきてくれ〜』

エンキは子どもたちをあやしながら心の中で嘆くが、化け猫の子どもの発言で表情を一変させる。

「戦ってるのかな?お姉ちゃん強いし」

「!!」

『ルナのやつ遅すぎるな…アンを送ってイザヨイ島に来るだけだが…まさか巻き込まれたか?』

「宿屋の用心棒はアイツに任せるか…」

エンキはイザヨイ島にヴァサラ軍が来ており、船組とは別に何名か別働隊がいることも知っていた。
宿はこの近く。だからこそこの宿を選んだのだ。
イザヨイ島別働隊の中にはかつて自分に喧嘩を売ってきたからくり師の隊員もいる。
アイツに任せようと思い立ったエンキは、近くの宿屋へ足を運ぶ。

『アイツ…子守とかできるかな…』

一抹の不安を抱えて…

宿屋の前にはどこかの兵たちがすでに大勢おり、いきなりエンキに襲いかかるが、それ見て不敵に笑う。戦闘狂の血は簡単に抜けないらしい。

「久しぶりに暴れるぞ…『ダンザイ』」

エンキは大刀の名前を呼び、構える。

「蹴散らすぞ!キンレン様のために!」

「ん?キンレン?この島統治してるのって、ルチアーノとか言うんじゃなかったか?」

ルチアーノ率いるユートピアの圧政を覆さんとする悪辣な組織がイザヨイ島にいること、その組織の数をできるだけ減らす命令がヴァサラ軍先遣隊に出ていることもエンキは知らない。

先遣隊は数人派遣されているらしいが、ユートピアの乱入により分断されていた。
そしてここには三人。

一人は天然パーマの緑髪にほんわかした雰囲気の男。見たところ『常に笑顔の人』というイメージが合うだろうか。

彼の名前はワグリ。二番隊の隊員だ。
今回の別働隊の一人に選ばれており、『自分に甘く、人にも甘く』がモットーのゆるい男だが、彼の使う極みは味方を癒やしたり、敵に様々な状態異常を付与する優秀な隊員だ。

しかし、彼が別働隊に選ばれた理由は他にあり、彼は聞き上手でヴァサラ軍の相談役として、色々な人が悩みを打ち明けに来る。

あのセイヨウすら彼を頼ることもしばしばだ。

「う~ん…困ったな…どうやら分断されたみたいだ…」

『これみんな無事かな?単独で引き離されたソウゲンさんは特に…』

ワグリは武器を構える集団に苦笑いを浮かべる。

彼らはユートピアですらないイザヨイ島の悪徳地主、ヤママユガの手下だ。
ユートピアと土地の利権を奪い合うのにヴァサラ軍は邪魔らしい。

「だったらもう突破するしか無いっしょ!!」

「うわっ!」

スケボーに乗った赤髪の少女が、ワグリの上を飛び越えた。
飛び越えたスケボーは器用に回転し、ピタリと止まる。
刀にスケボー、帽子という出で立ちの少女は十番隊隊員のミノア。
スケボーと剣技という独特の戦い方をする彼女は、国でも指折りと言われるスケボーの腕前を駆使し、抜群の機動力を誇る。

剣技はまだまだ発展途上だが…

「ルトっちの敵を減らすつもりでやらないとね〜」

ルトっちと言っているのは自分の隊の隊長、ルトのことだ。
この呼び名が許されるほどのコミュ力は隊内から羨ましがられている。
なぜなら彼女はヴァサラすら『ヴァサラっち』と呼ぶのだから。

「…敵の前で動き回るべきじゃないヨ、でも…賛成アル…」

ファンファンのようなカタコトの話し方に小さな声。
チャイナ服の腰にヌンチャク、ピンク色の髪を後ろで結わえ、キンポーから貰った中華風の髪飾りで止めている。
彼女は七番隊の隊員メイメイ。
普段は兄貴分のキンポーの後ろに隠れているような引っ込み思案な子だが、一度戦闘になればその拳は凶器へと変貌する。
彼女は拳法の才能が凄まじく、剛掌拳に関しては若き日のファンファンを彷彿とさせるほどだ。
そして、彼女は一度戦闘になれば饒舌、かつ攻撃的に豹変する。

「かかって来るアルヨ」

メイメイはヤママユガの手下に手招きをする。

「あのガキ…殺っちまえ!」

手下達は三人に向けて武器を構える。

「いいねぇ!勝負勝負♪」

「はぁ…穏便に話し合うのが一番なんだけどな…」

「「何甘いこと言ってんの(るアル)!」」

三人は戦闘態勢を取る。

場所は変わって取り壊し予定の宿屋。
その女性は派遣解体屋と呼ばれていた。

水色の肩まである長髪、不気味な黒い仮面を頭につけ、華奢ながら出るところは出ているスタイル。
ひと目見ただけではとてもじゃないが解体屋とは思えない。

それは解体屋を雇った男も同じなようで、上から下まで女性を何度も見直す。

「あなたが…コン…チュエ…さん?」

「…ン」

コンチュエと呼ばれた女性は言葉が曖昧なのか、少し声を出し小さく頷くのみだ。

「そ、そうでしたか!アハハ…解体屋なんていうからもっとこう…いかついおじさんみたいな…ね?」

男はコンチュエに解体が出来るのかとまだ不安なようで、さらに色々と聞き始める。

「ディギーさんから頼まれたこの宿…お願いしますね?わかってますよね?ディギーさんもあなたに説明したはずですし…」

「ペェイス」

「それはわかったって意味じゃないですからね!?変なの覚えないでください!」

ディギーという宿屋の男は独特のセリフ回しで喋るのだが、コンチュエはどうやらそれを『わかった』の意味で使うものだと勘違いしてしまったらしい。

男は、オホンと咳払いすると、解体始めるよう促す。

「アッアッラララァアァ」

「それも承諾の挨拶じゃないです!」

「…ン?」

コンチュエは難しそうに首を傾げると、廃宿に向かって正拳突きを放ち、一瞬にして粉々にする。

「は…?」

男も唖然とした様子でコンチュエを眺める。

それもそのはず、かつてコンチュエはヴァサラ軍の拳神ファンファンとの拳法対決でかなり拮抗した勝負をし、『拳仙』と呼ばれたた女性なのだ。
さすがにファンファンには敗北してしまったが、『拮抗した』という事実だけで恐ろしいものだろう。

「これならもう一つの噂もホントなのかな?あの、コンチュエさん…次は『健全解体』コースで…」

男の言葉でコンチュエの表情が変わる。

「『拳仙(ケンシェン)』解体?」

「はい!この島の暴力団。目が合えばすぐ暴力でおなじみの、ある意味ユートピアよりもたちが悪い『コガラシ一家』の壊滅を!」

「收到(中国語で了解の意味)」

コンチュエは男に指定された場所へと向かう。
その顔はまるで遊びに行くかのような無邪気な笑顔だ。

エンキと同じく、彼女もまたヴァサラ軍の掃討対象の敵と相対することになったのだ。


2.5話ルートB

その男はヴァサラ軍が運営する畑を訪れていた。
旅の薬師だろうか、着物を着用し、黒髪の長髪に腰には刀、薬入れとして使っているカバンを持ち歩いている。
彼の名前は廉。緑や猫のソラの仲間で、かつて何度かヴァサラ軍の手助けをしたことがあるほどの男だ。

「ようやく着きましたね。いや~、あなたのその乗り物は速い速い。いい乗り物ですね、アキラくん」

アキラと呼ばれた少年はおおよそ似つかわしくない宇宙服のようなものを着用し、真っ青なバイクにまたがっていた。

彼はセルリアという科学都市の出身で、あの都市ではこの衣装が普通であり、現代的な乗り物どころか未来にしか存在しないような乗り物すらある。

あの都市は国王や大臣に対した権力は存在せず、ハズキ、デオジオと肩を並べる三大科学者の一人、ジンバルド博士が権力を持ち、都市を自由自在に変えてしまうのだ。

しかし、そんな近代的な乗り物に乗っているアキラは疲れた表情をしている。

「速い速いじゃねぇよ!何なんだアンタ。バイクより速い人間なんておかしいだろ!しかも夜通し走る!?脚おかしいんじゃねぇか?」

「ほう、この乗り物はバイクと言うんですか…さすが科学都市、未来にいますね。素晴らしいです。」

「いや聞けよ!」

「ああ、走りの話ですか?私はそういう術を持ってるんです。そういうことにしておいてください」

「いまいち納得いかねぇなぁ…」

二人の口論を聞きつけたのか、二人の女性がこちらへ歩いてくる。

二人ともヴァサラ軍だろうか、刀を帯刀しているのがわかる。

一人は黒髪に猫耳のようなものがつき、現代で言うところのパーカーのようなものを来た女性。
猫のような挙動と耳、それだけでなく立派な尻尾も生えている。一番隊隊員のリンネだ。彼女は、その見た目通り素早く、短刀を駆使して戦う。
入隊当初は極みが発現していなかったものの、最近になり、極みが発言したらしい。ライバル視しているヒルヒルとの修行の成果だろうか。

もう一人も黒髪だが後ろで結わえ、腰には刀、肩には鍬を持っており、この畑はこの子のものだと一目でわかるほど土で汚れているのだ。
彼女は隊服をきっちりと着ているが、その腰には食料袋のようなものをぶら下げている。

彼女は三番隊隊員のヨモギ。
彼女の村はカムイ軍の下っ端に壊滅させられ、そこをヒジリに助けられたことをきっかけにヴァサラ軍に加入した新米隊員だ。
まだ極みは片鱗のみだが、その持ち前の体力と農業経験からの体力で、戦闘力はなかなかのものらしい。

二人は廉を指差してなにか言っている。

「あたしの畑に何か用があるべか?」

「あなたは?」

「私は廉、旅の薬師です。それよりこちらの畑にナス科の危険なもの…そうですね…チョウセンアサガオやハシリドコロの接ぎ木をと思いまして…あとジャガイモの芽、悪い土壌のとうもろこしを少々拝借しようかと…悪い土壌で作られたとうもろこしにはフザリウムというカビが付きます…これがまた凄まじい毒なんですよ」

廉の発現にヨモギの顔がみるみる強張っていき、リンネに目配せする。

「どんな悪いことに使うつもりだべ!リンネ、コイツを捕まえるだ!」

「うん!ヨモギちゃん、気をつけてね!」

二人は刀で斬りかかるが廉は自らの刀を抜くこともなく、白刃取りのような要領で、片手づつ二人の剣を掴むと、合気道のようにくるりと回して二人を転倒させつつ刀を奪う。

そして一言。

「落ち着いてください、これはヴァサラ総督にも言ってある大事な任務なんですから」

「「え?」」

二人はきょとんとした顔をする。
ヴァサラ総督に言ってある任務なら味方なのか、でも毒薬を作ろうとしているからこの人は敵なのか、敵ならなぜ、倒した時点で殺さないのか、やっぱり味方なのか、思考はぐるぐる巡り二人を混乱させた。

しかし、廉は優しい声で続けて自己紹介を始める。

「私の名は廉、旅の薬師をしています…これは言いましたね…何度かヴァサラ軍にも協力させていただいた事があるんですよ…ヨモギさんのとこの隊長、ヒジリさんとも知り合いです。リンネさんのところのラショウさんはどうですかね…私を知ってるといいのですが…そしてこちらの変な服の方は…「「待って待って!」」

マイペースに話を進める廉を二人は止める。彼はこちらの都合はお構いなしらしい。

「なんであたし達の名前知ってるのよ!ラショウ隊長まで知ってるし!」

「そうだべ!あたし達は新入りだ!知ってるはずないべ!…ヒジリ隊長はともかく…」

二人の猛抗議にも廉はニコニコとしたまま冷静だ。

「私の友人にネーミングセンス皆無の情報屋が居まして…そこの相棒の方は私の古くからの仲間ですし…その方に顔写真付き隊員名簿を譲っていただいたんです。その月の薬代や旅費まで根こそぎ取られたのは想定外でしたが、まぁそれは後で相棒にでも返済させるとします」

二人は納得したように頷く。
彼は飄々としており常にニコニコとしているが、胡散臭さはなく、妙な安心感さえ醸し出していた。
動物並みに直感の鋭いリンネもすでに話に飲まれている。
しかし、彼がなぜ毒を求めているかがまだわからない。

「で?野菜から毒を作ろうとしていた理由は何だべ?」

どうやらヨモギはそれが気になって仕方ないようだ。
いきなり自分の畑で毒を作れと言われればこうなるのも仕方ないが…

「ああ、では今回の敵の話でもしましょうか…今回の敵は科学都市セルリア及び、夢の薬『我道(マイウェイ)』です。」

我道とは最近話題の薬で、セルリアが作った夢の新薬と名高いものだ。
服用者はセルリアに移住し、毎日午後五時には投薬を受けなければならないが、あらゆる病気が治ると話題である。
更に良いことに、我道を他人に紹介すれば数万円ほどのキックバックが治療者にも手渡されるのだ。
このやり方でセルリアは住民を増やしており、まさにヴァサラ軍もカムイ軍も我道さえあれば恐るるに足らずといった様子だ。

その相手に対し、リンネは目を丸くして驚く。

「ち、ちょっと待ってよ!?ねぇ!悪いことをしてる剣士とかじゃないの敵!我道の会員数今どれだけいると思ってんのよ!それにあの薬のどこが悪いの?いいことしか聞かないじゃない!そうでしょ、ヨモギ?」

「う~ん、あたしは畑で取れた漢方薬煎じて飲んでるからなぁ…」

「そうだったわ、聞く相手間違えた。」

廉はこれまでだんまりだったアキラを前に出し、科学都市話をさせる。

「リンネだっけ?そこの猫耳。あの薬そんな大層なもんじゃねぇよ。毎日午後五時に投薬って自由がねぇのもだけどよ、俺はさんざん投薬拒否してたがなんともねぇ、胡散臭えんだよあそこ。効き目も成分も言いやがらねぇし…」

「そこで、私が調べてみたわけです!」

廉はアキラを押しのけてずいと前に出て人差し指を立てる。

「そしたらやっぱり幻覚剤や毒まみれ!毒を薬にすることもできますが、一朝一夕でやれるような事じゃない。で、その毒ってのが、さっきの野菜達の毒ってわけです!」

ヨモギは納得した様子で話を聞いており、リンネも『なるほど』と呟く。

「だからこそ実験がいるってわけね、そしたらさ、ヴァサラ軍に頼もうよ。ハズキ隊長なら力になってくれるだろうし!」

「そうだべ!畑なら今年駄目だったところの土ならいくらでも貸すから」

二人の提案を聞いてはいるが、廉はすこし残念そうな表情を見せている。
なにか問題があるのだろうか。

「ヴァサラ軍本隊には…頼めません、今色々大変そうですからね。かわりに私の友人に手伝っていただきます!旧隊長もいますので、あ、あなた達も手伝ってくださいね、何かの縁ですから」

「え…」

「ちょっ…」

「諦めろ、こういうヤツだ」

廉は二人の反論も聞かず勝手に取り決めてしまった。
科学都市から一緒のアキラだけが納得している。もう小慣れたのだろうか。

「では…まず…」

廉はいきなり現れた男の刀を受け止める。姿がよく見えないが、気づけば大勢に囲まれていた。
科学都市の光学迷彩だろうか、視認がし辛い。

「みなさん、戦ってみますか?いや、戦いましょう。訓練にはもってこいじゃないですか。」

廉はヨモギが休む用に作った切り株の椅子に座り込むと、二人に戦闘を促す。

「アキラくん、あなたは非戦闘員なので私の後ろへ…」

「おう…」

「ちょっと!この人数無理だって!」

「まだ新米隊員なんだべ!」

「だからこそ、ですよ…貴女方には強くなっていただかなければなりません…この程度倒せるほどにね、今すぐの話ですよ?」

「でも、今のままじゃ…」

「確実に死ぬでしょうね。この危機の中、極みをコントロールできるようにならなければね」

廉の目は本気だ。どうやら治療する気もないらしいというのが二人にわかるほどに。

「もう!やるしかないってこと!?」

「こ、こんなとこで死ぬ訳にはいかないべ!」

「がんばってください〜」

「鬼畜かよ…」

かくして修行?のようなものが始まる。


第三話
キンレンという女性は金瓶梅一家と呼ばれるマフィアのボスらしい。
エンキはわざと攻撃を受けながら情報を聞き出していた。

「これはちょっと予想外だな…」

エンキは硬いワイヤーのようなもので拘束され、肩を毒矢で射抜かれている。

「へへっ、なんだコイツ…刀がデカいだけじゃねえか」

「ダンザイは世界一威力のある刀らしいが使い手に恵まれなかったな!やっぱりキンレン様のものになるべきだったんだ!」

「キンレン様が持っていない刀はこれであと極楽蝶花だけになったな!」

「ん?極楽蝶花?」

ふとエンキは昔の仲間、元隊長の赤髪の女性を思い出す。そして一言。

「やめとけ、あいつは容赦ないぞ!俺みたいに優しくないから…首なくなるぞお前ら」

拘束されている男に言われても説得力がないとばかりに金瓶梅の下っ端達は笑い飛ばす。

「そうかそうか、ならお前より少しは骨があるかもな!死ねえ!」

下っ端の男が刀を振り下ろそうとした瞬間エンキは身体に力を込めてワイヤーを引きちぎる。

「なっ!?」

「じゃ、反撃と行くか…耐えてくれよ!オラッ!」

エンキは目の前の下っ端の顔面を拳で思い切り殴る。下っ端は一瞬で気絶した。

「…え?」

この結果にエンキは何やら不満そうだ。

「…ちょっと待って、あれでやられるのかよ…お前らダンザイ持ってみて?何人がかりでもいいから…うん…よろしく…うん…一人で持てたらそのまま持ってってもいいから…うん…」

残念そうに戸惑うエンキをよそに下っ端達は願ってもない問いかけに歓喜し、ダンザイを持ち上げようとするが、三人がかりでも上げるのがやっとのようだ。

それを見たエンキは目を向いて悲しそうにツッコミ始める。

「オイオイ、何も筋力だけが全てとは言わないが…久しぶりの戦いなんだから苦戦させてくれよ…だからあれだけ斬られたし、毒矢も受けたんだから…毒も中途半端で弱いしよ…俺はどうリアクションしたらいいんだ?」

エンキの愚痴とも取れるコメントに下っ端達は困惑する。
本来、戦いなど楽に終わるに越したことはないのだから。

「なぜ毒が効かない!!」

「体内の隅から隅まで炎で燃やして消毒すればこうもなるっての。大した毒じゃねぇんだからさ…ったく、勘弁してくれ…俺は今日苦戦の準備をしてきたんだぞ…」

苦戦の準備というものがどういったものかはわからないが、どうやら下っ端連中はエンキのお眼鏡に叶わなかったらしい。
エンキはため息をついて宿屋の上階を見つめる。

「クノエ、いるんだろ?お前に子守り頼もうと思ったけどやめる。帰るわ、俺…コイツら譲るよ」

上階からクノエと呼ばれた少年がひょこっと顔を出す。
頭に傘のようなものを被り、ダボダボの着物のようなものを着用し、白い紙に日の丸のようなフェイスペイントを施した一見幼い少女のような見た目をした少年は唇を尖らせる。

「え〜こんな弱そうな人たちいらないよ〜僕子守りでいいって、何なら留守番がいい。子守りも嫌だ!」

「わがまま言うなって…」

「いや、今はエンキ隊長の方がわがままじゃん!なんで僕!?」

「はぁ…わかったよ…」

「もう少し遊んでいってください♪」

歌うように喋った女性が突然エンキに掴みかかる。
エンキはその思い刀を持っていることからは想像できないほど素早い身のこなしで体を反転させ、その腕を回避するが、無い方の脚を隠していたズボンの裾が女性の手に触れた瞬間グズグズに溶ける。

「へぇ、毒手か…初めて戦うな、楽しみだ」

エンキの微笑みとともに拾い上げたダンザイに激しく炎が灯る。

「おいおい、落ち着けよダンザイ…こいつは二人の獲物だろ?」

「その刀、このキンレンがいただきますわ…その次は極楽蝶花…ああ、興奮します…その刀が私のものになると考えると…」

キンレンと名乗った女性は全身紫色の露出度の高い服を靡かせて顔を紅潮させ、腕に巻かれていた包帯を外す。
その手は人間の手とは思えないほど気持ち悪い赤紫色に染まっている。

「そんな手で持てるのか?ダンザイも極楽蝶花も…」

「ええ、もちろんですわ。刀には意志があります、私に従わせればいいだけの話ですわ」

エンキは小さく頭を掻くと、ダンザイを構え直す。

「仮に俺が倒せてもダンザイは従わないと思うけど…ま、いいや。少し懐かしい気分になってきたとこだ…極楽蝶花ねぇ…オルキスまだ使ってるのかな?俺の頃はあとカルノもいたっけ?あいつは変わらないだろうな…磁力でダンザイを投擲武器にされたときはさすがに頭に来たな…あとヤマイ、あいつ生きてんのか?途中で入院しちまって…強運野郎はまぁ…のらりくらりやってんだろ。隊長やりたがらない変なヤツだったな、隊長やりたがらないといえば十二番隊隊長…俺より先輩だし、一度も勝てなかったっけ…懐かし…「独り言が多いですわね…」

ブツブツと呟きながら思い出に浸っていたエンキにキンレンが掴みかかる。
エンキは器用に毒手ではないところを掴み、投げ飛ばすように避ける。

キンレンは服の袖から出した毒が塗られている仕込みナイフをエンキに突き刺そうとするが、ダンザイで受け止める。

「年取ると独り言言いながら思い出に浸りたくなるんだよ。邪魔すんな」

「良いでしょう、それは死後ごゆっくりと…」

エンキvsキンレン


ワグリはため息をつく。
一体何人手下がいるのかと。
三人はキリがないほど襲いかかってくるヤママユガの手下(もしかしたら社員かもしれない。)を蹴散らしながら、息を切らしていく。

「はぁ…疲れるな…これじゃ俺がイザヨイ島でお土産に買ったケーキが溶けちまうよ…」

「そこ!?」

「緊張感が無いこと言うのは良くないアルヨ」

「緊張感なくないよ!しっかりこうやってこの箱の中に入れてるんだよ!?科学都市で作られたやつで!丸三日は保冷が可能って言うけどさ…形崩れしちゃったら元も子もないでしょ?ね?」

ワグリの肩に背負われている箱のようなものを見た二人は呆れた顔をする。
この人はそれを守る片手間で戦っているから刀すら抜かないのだと。
普通に戦えば強いはずのワグリは滅多に本気を出さない。
とあるジャンルの敵以外には本気を出さないのだ。

「もう!普段からワグリ先輩にはお世話になってるからあんまり怒れないけどさ…でもちゃんとしてよ!」

「囲まれたアル…」

口論に夢中だった三人は、いつの間にかヤママユガの手下に囲まれていることに気付く。
絶体絶命の状況だが、三人は戦いを渋っている様子だ。

「ワグリ先輩…これ社員かもなんでしょ?」

「ワグリ先輩…ど、どうするアル?」

スケボーを手で抱えて攻撃の意志を示さないミノアと戦闘モードを解除してオドオドと喋るメイメイが共にワグリを見る。

「いやいや、なんで困ったときだけいつも俺!?」

「だって…」

「み、みんなの…相談…役…アル」

「だから誰が決めたのそれ!?最近やたらと相談来るけどさ…はぁ…まぁ、いいや。正当防衛だからとにかく大怪我させないようにね。もしかしたら業務命令で無理矢理…って人もいるだろうし」

二人はワグリの指示に解除していた戦闘モードに再び入る。
ミノアはスケボーに乗り、極みを発動する。

「よーし!水の極み『Catch the Wave』:フロントサイド・リップスライド!!」

ミノアが大きくジャンプしたところに水柱が出現し、その柱を滑走するようにスケボーが滑る。
滑って吹き飛んだ大量の水飛沫が、囲んでいた手下達を飲み込んでいく。

「ふうっ…完璧…」

「う、うわああ!!」

ミノアに恐れをなした手下の数人がやけくそに刀を振り回す。
着地したばかりのミノアは刀でそれを受け止めるが、必死に振り回した刀に振り落とされる。

「やばっ!」

「愛の極み『愛技・輝醒(マザ・テレサ)』:抱掌拳(ほうしょうけん!」

やけくそに振り回していた刀を優しく支えるようにいなすと、戦意を失ったように見えた敵に強烈な正拳突きを叩き込む。

剛掌拳と愛の極みの複合技らしい。

食らった相手は木に吹き飛ばされ、その衝撃で木が真っ二つに折れる。

「ミノア、残心がなってないアル。最後まで気を抜かないのが戦いアルヨ」

「いやいやいや…やりすぎだよ…メイメイちゃん…困ったな…甘(かん)の極み:甘菓子の雨(バイキングレイン)」

吹き飛んだ敵の周囲に雨が降る。
その雨は普通の雨ではなく、茶色く甘い香りのするもの。
いわゆるチョコレートだ。
怪我をしていた敵達だったが、その雨粒が落ちた部分の傷口がみるみる治っていく。

「う〜ん…殴り合いが強いのもいいんだけどさ…暴力ばかりじゃ駄目だよ…本当に強いってのは『余裕がある』ってことなんじゃないかなぁ…どんなときも動じない。なんなら相手にも優しさを見せる。そういうのが強いんじゃない?」

「う…間違いないアル…大先生(ヴァサラのこと)誰よりも優しいヨ」

「でしょ?」

「待って、何あれ?」

「え?」

「砂の極み『砂金の城(さきんのしろがね)』:砂嵐」

ミノアが見たのは巨大な砂嵐。
その砂嵐は全身金色の服に嫌らしい金歯をのぞかせた男の極みの口上により勢いを増して三人に襲いかかる。

ワグリは二人の前に立ち、改めて極みを発動する。

「甘(かん)の極み『皇族の焼菓子(ガレット・デ・ロワ)』:長春色の橘嵐(ピンクレモネード)!」

ワグリの刀からピンク色の液体が飛び出し、回転して斬ることで砂嵐を打ち消す。

「凄いじゃないか。こんなクズ社員のクビは切ろう。ワグリとやら。私と働かないか?私の名前はヤママユガ。聞いたことはあるだろ?」

ヤママユガは趣味の悪い金色のアクセサリーまみれの手を差し出す。

「やなこった…お前のような利己的で人を大切にしないやつが俺は一番嫌いでね。せめて自分のために戦った社員さん達をねぎらうべきだ。」

ヤママユガはこれ以上ないくらいに大笑いし、これまた金色まみれの刀を抜く。

「俺はな。経営方針にとやかく言割れるのが一番嫌いなんだよ!」

ヤママユガの斬撃とともに、明らかに社員ではない男達が影から数人飛び出す。

「二人とも、そっちは頼む!俺はこの自己中とやる。」

ワグリはいつになく真剣だ。
彼はこういう利己的で非人道的な人間が嫌いであり、先程の『唯一本気を出す相手』がこれに該当する。

ワグリとヤママユガは鍔迫り合いを始める。
ワグリvsヤママユガ


コンチュエが訪れたのはきらびやかな歓楽街。
宿屋解体時に依頼した男は震えながらついてきていた。
彼はこの島の自治会長らしく、ルチアーノ台頭から日々治安の悪くなる島について嘆いていたらしい。

「昔はここはこんな歓楽街ばかりじゃなくてひっそりとした島だったんですよ…ルチアーノが来る前は…それに乗じた悪徳地上げのコガラシ一家!ああもうメチャクチャだ!!」

「ジアーゲ…?」

「お金を無理矢理せびることの最上位だと思ってくれればいいです」

「…ン」

いまいち言葉が伝わっていないコンチュエも『すごく悪いやつ』という認識はできたのか深々と頷く。

「おいおい、何だ何だ?うちの一家の悪口が聞こえたなぁ…この『俺達の』歓楽街でよ?あ?」

自治会長とコンチュエのこめかみにコガラシの部下が銃を突きつけた。
脅しではなく今すぐ引き金を引こうとしているのは二人にも分かるほどに殺気立っている。

「おい、間抜け共…死んどk…」

男の言葉が言い終わらないうちにゴキンッという鈍い音が響き渡る。

「あれ?人質の野郎はどこだ?え?俺の背中が見える…」

男達は一瞬のうちに首を180°回され絶命する。今の光景は少しでも武の心得があるものしか見切れないだろう。
それほどまでに早く、鮮やかな関節技だった。

「ヨワイ…」

関節技を決めてコンチュエがポツリと呟いた瞬間、コガラシ一家の部下達の額に青筋が浮かぶ。

「殺す!」

あらゆる武器を構えて襲いかかる部下達の戦闘にいる男を合気道のようにいなし、その体を一回転させ、前方へ吹き飛ばす。

「夢水車(ゆめみずぐるま)」

水車のように回転する部下の身体に直撃した他の敵もドミノのように倒れていく。

「ニゲロ…マキコム…」

コンチュエはカタコトの日本語で自治会長に声をかけると、あわてて走り去る自治会長が逃げるのを待たず、攻撃の構えを取る。

「ああ?」

「まぐれがそう続くかよ」

「いきがるなよ、糞女が!」

「壊刺拳(スティンガー)…」

体を大きく捻ったコンチュエが放った拳の一撃は、真っ先に飛び出した手下の腹部を貫く。

「ひっ!ひいいい!」

手下たちはコンチュエに背を向けて逃げ出そうとするが、何故か逆方向。
つまりコンチュエのいる方向へと引き寄せられていく。
彼らが本気で逃げようとしているのは誰の目から見ても明らかだったが、それでも逆側へと押し出されるのだ。

「風…?」

コンチュエは木々のざわめきから、かなり強い風が吹いていることに気づく。
本来人が吹き飛ぶほどの風なので全く動かず、全く気付かないコンチュエの体幹がおかしいだけだが…暴風の奥からゆったりとした甚平のようなものを着た丸刈りの男がやってくる。
顔中におびただしい傷跡があり、両耳とも上半分がちぎれてしまっている男が持つモーニングスターのくるくる回っている鎖部分から、この暴風が起こっていることは明白だ。

コンチュエは楽しめそうだと察したのか、ニヤリと笑みを浮かべ、大きくジャンプし、殴りかかる。

「佰萬聖獣拳(ワン・ミリオン・モンスターズ・アタック)」

その名称はディギーから取ったのだろうが、威力は絶大。コンチュエは空中から避けられないほどの連続蹴りを見舞う。
その威力は地面がえぐれ、戦車砲でも放たれたかのようなクレーターがあちこちにできるほどだ。
しかし、丸刈りの男には届かない。男の纏う暴風がコンチュエの拳を弾くのだ。

「へぇ…荒々しい嬢ちゃんだ…このコガラシ様に向かってくるってことは売り飛ばされたいってことだな…」

コガラシと名乗った男は、モーニングスターに手を添え、極みを発動する。

「風の極み『纏風(まといかぜ)』:無傷の風圧」

更に強くなった風圧は体幹の強いコンチュエをも吹き飛ばし、尻もちをつかせる。
打撃も効かず吹き飛ばされる。普通はそれだけで恐れるが、コンチュエはさらに嬉しそうに笑う。

「…ツヨイ?」

そう呟いた彼女は一段と早くなる。

「当然だ!」

二人は互いの間合いへと突っ込んでいく。

コンチュエVSコガラシ


第3.5話Bルート「はぁ…はぁ…これじゃ死んじまうべ…」

「ニオイもわからなくなるくらい姿を消されたら…」

その場からパッと消えるようにいなくなる光学迷彩集団にヨモギとリンネは大苦戦していた。

ヨモギは片腕と腹に深い傷。
リンネは額から盛大に血を流している。
このままでは死んでしまうという状況だが、廉はニコニコと二人の戦いを眺めている。

「ほらほら、集中してください。死んじゃいますよ。」

「スカしてんじゃねえ!ヤブ医者が!」

光学迷彩を着た兵士が廉に斬りかかるが、廉は座ったままあっさり刀で受け止め、弾き飛ばす。

「私に気を取られてると二人が殺せなくなりますよ。」

挙句の果てには敵に優しくアドバイスをする始末だ。

「ヨモギさん、リンネさん、敵のみなさんも。集中しましょう。ね?」

まるで格闘技のセコンドのように振る舞う廉にヨモギは怒りを爆発させる。

「あんたさっきからどっちの味方なんだべ!ふざけてるならどっか行け!あなたも総督に恩があるなら手伝うべきに決まってるだ!」

「そうだよ!強いなら手を貸してよ!」

二人の猛抗議にも臆することなく廉は座ったままだ。
しかし、表情は真剣なものに変わり、二人にポツポツと話し始める。

「手伝うとか、手を貸すとか思ってるならヴァサラ軍やめたほうがいいですね…向いてませんよ…私がいなきゃ死ぬんですか?十二神将がいなきゃ任務失敗ですか?甘い。戦うときに助けなんてないものだと思ってください…万人が助けられるなら村や街が壊滅したり、事件なんか起こらないでしょう…?」

「言われてみれば確かに…」

「う…」

「私から一言言わせて頂くなら。『貴女達の戦う理由は何か』…ですかね?これはヒント過ぎましたか?」

「お喋り野郎!死ねやああ!」

「もらった!田舎娘!」

「くたばれ化け猫!」

光学迷彩集団が今にも刀を振り下ろさんとする刹那。ヨモギにはその光景がゆっくりに見えた。
まるで死の瞬間…いや、何かを掴んだようにも思えるほどにゆっくりと。

『そうだべ…あたしは…あたしの村が壊滅して…あんな人達を二度と作らないために…そのためにヒジリ隊長の隊に…』

ヨモギの体にオーラが現れる。

「ヨモギちゃん!それって!?」

「極みですか…おめでとうございます…」

「食の極み『碗飯振舞(おうばんぶるまい)』:麦の型」

ヨモギは振り下ろされた刀全てを体で受け止める。エイザンの極みのように傷一つつかないほど肌が硬質化しているのだ。
まるで踏まれても伸びる麦のように。

「なっ!」

「くっ!斬れない…」

「このガキ…」

ヨモギは力も増しているらしく、かかってきた光学迷彩の男達の刀の刃を素手で握り潰し、使えないようにしてしまった。

「すっご…ヨモギちゃん…ふんっ!あたしだってラショウ隊長のために、あの人のそばにいるために!捨て猫だったあたしを助けてくれたあの人のために戦うんだから!」

リンネは極みではなく短剣を三本、まるで『猫の爪』のように指の間に挟んだ独特な構えを取る。
その姿はいつもの小さな小猫のような容姿ではなく、大人の妖艶な化け猫のようになっていた。

一瞬のうちに敵の懐へ潜り込み、両手に備えている刀から巨大な爪の波動が現れ、それを前方の敵に斬り裂く波動として放つ。

「黒猫爪破(こくびょうそうは)!!」

「ぐわぁああ!」

「な、何だあの波動!こっちまで来て…じ、ジンバルド博士!退却を!退却命令を!うわああああ!」

奥で指揮を取っていた男だろうか無線で退却要請をしたらしいが、声が届く前に爪の波動で斬り裂かれてしまう。

「はあっ…はあっ…出せたべ…なんとか…」

「うっ…反動がすごい…もうだめ…」

極みと大技を繰り出した二人は、その場でガクッと膝をつき、肩で息をする。
それを光学迷彩の残党が斬ろうとするが、廉が立ち塞がり、行く手を阻む。

「おめでとうございます。二人とも百点満点で合格ですよ!あとは私にお任せを」

廉の刀が電気を帯び、電気メスのように高速で振動するやいなや、残党全てを一秒のうちに斬り裂いてしまった。

「死怨解剖(エンバーミング)」

「…ぐわあ!」

廉が技名を言い刀を鞘に収めた瞬間、残党達が倒れ込む。
あまりの速さに斬られたことすら体が気づかなかったらしい。

「え…」

「す、すごすぎだべこの人…ヒジリ隊長みたいな…」

二人の驚きをよそに、廉はマイペースに薬を調合し始める。

「あ、そっちのペースで進めるんだ」

「マイペースな人だべ…」

「さて…まずボロボロな二人の治療から。そしたら本題に入りましょうか…」

「え、自己紹介とかは。」

「そうだべ。名前しか知らないし…」

「自己紹介ですか…私は廉です。旅の薬師…言いましたよね?」

「「え?それも勝手に進めるんだ」」

「こういうヤツだ…」

戦闘で蚊帳の外だったアキラがため息をついて二人のツッコミをいなす。

この先に大きく関わる四人組…薬調合組とでも言うべきだろうか…ができた瞬間だった。


第四話 監獄の助っ人

ヨモギとリンネは廉に連れられ、覇王ヴァサラの部屋へと入る。
自軍の長であり、なおかつこの国の大英雄だ、二人の顔に緊張の色が浮かぶ。

「失礼します」

「おう、廉と…ヨモギとリンネか。どうしたのじゃ?相談ごとか?」

ヴァサラが末端の平隊員である自分達の名前を呼んだことに二人は驚く。
あれだけ人数の多い軍だ、自分達など忘れられているだろうと思っていたがどうやらこの男には関係ないらしい。

「なんじゃ?驚いた顔をして…大方儂が名前を忘れていると思ったのじゃろう…安心せよ、そんなことはない。なぜならお主らも大切な仲間だからじゃ。ヴァサラ軍に一人も『不必要な人間』などおらぬ。名前ぐらい覚えて当然じゃろう。」

ヴァサラの優しい微笑みは二人に『この人に一生ついていこう』と思わせるほど心打たれるものだった。

しかし、その雰囲気を廉がぶち壊す。

「あ、そういう話じゃないんですよ。」

「「せっかくいい雰囲気だったのに!!」」

廉は無視して話を続ける。

「科学都市の行動には目に余るものがある。強大な戦力が必要です…」

「ふむ…それは儂も思っていた…なに、充分すぎるほどの戦力を用意しよう。ちょうどこれからイザヨイ島に用がある。そこに来る者達は儂の仲間じゃ。強さは保証しよう。一国の王女、街の象徴、魔王と呼ばれる男、人間かどうか怪しい男女…は来れるかわからんが…」

ヴァサラは指を折りながら一人ひとり数え、廉を見る。まだ戦力が足りないかと問うように。

「…そうですね…戦力は多い方がいい…牢の鍵をお借りできませんか?」

「ろ、牢ってまさか!」

「どうしたんだべ?リンネ」

リンネの顔が真っ青になっているのを不思議そうに見ながらヨモギは首を傾げる。
どうやら新米も新米なヨモギはヴァサラ軍の隊舎のはずれに牢があることを知らないらしい。
基本的に一般隊員は隊長格と同行しなければ入ることはおろか、近づくことすら許されないのだ。

「ふむ…あの二人か…出すのはいいがヨモギとリンネに危険が及ぶぞ…」

「ま、ま、待ってよ!やだやだ!フクマを起こすつもり?あ、あいつは人間じゃないって!化け物だよ!いくらあんたが強くてもあいつを抑えるなんて無理だから!あ!だからアキラくんをハズキ隊長のとこに預けたのね!勘弁してよ…」

「落ち着け」

わあわあと大声で喚き散らすリンネを一言で黙らせる金髪にタンクトップの男。

一番隊隊長の『鬼神』ラショウだ。

「にゃっ!ラ、ラショウ隊長!?いつからいたにゃ?」

「リンネ、口調が猫語に戻ってるべ!」

「つ、ついラショウ隊長の前だと昔の癖がにゃ…」

「治ってないべ!」

「ホッホッホッ、二人とも落ち着くのじゃ…」

「ヒジリ隊長!」

ゆっくりと杖をついて現れる腰の曲がった老人。三番隊隊長の『聖神』ヒジリだ。
ヒジリはゆっくりと廉の前に歩を進めると、牢の鍵らしいものを差し出す。

「…そうだな、俺達は忙しい。お前らだけで行け、と言いたいところだがそうも行かない。ヒジリが同行する。総督(ジジイ)、それなら文句ないな?」

「ラショウ、どうやらお前も自分のとこの隊員が心配のようじゃの。」

ラショウはヴァサラの言葉に青筋を立て、否定する。

「そうじゃねぇ、どこかの馬鹿みたいな性格のあいつを叩き起こせば面倒事が増えるだろう」

「心配ないじゃろ…あの男はなかなか腕の立つ男じゃ…それに儂らの方…いや、お前のほうが骨が折れるぞ…イザヨイ島に行ったらこ奴らを探してほしい」

「おい、任務の前に人探しか。総督はどうする」

「儂は一度とある船に乗らなければならぬからのう…」

「では、行きましょうか!大丈夫。捕まってるうちの一人は私の『親戚』ですから」

『『絶対嘘だ…』』

廉はヴァサラとラショウのやり取りをさも興味がないといった感じに聞き流すと、ヒジリに牢への案内を依頼する。
彼の言う『親戚』というものに一抹の不安を抱えてヨモギとリンネもあとに続く。

牢は怪力男が10人居てもこじ開けられないほど厳重な鍵がかけられており、開けるのにも一苦労するほど重い。扉の張り紙には『極み持たぬ者、隊長格を除き入室を禁ず』と書かれていた。
危険な牢獄だ、極みを持たぬ者の入室を禁じるのは当然だが『隊長格を除き』が引っかかる。

「隊長格を除き?」

「ああ、いたんですよ昔。極みを持たぬ隊長が。剣術だけで数多の戦を渡り歩いた女性がね」

「そっ、そんなすごい人がいたんだべか!?」

ヨモギは廉の言葉に目を白黒させて驚く。
自分があれほど苦労して手に入れた極み。
その才能すらなく隊長に上り詰めた女性とは一体何者なのだろうか。

「ホッホッホッ、才なくとも戦える。強くなれるということじゃ…ヨモギ、お主もそうなれる時が来る。修行をつめばの。」

「いやいやいや、そんなので戦場なんか行きたくないから!そう思わない?ヨモギちゃん。丸腰みたいなもんだよ?」

「そ、そうだべ、極みがあっても苦戦するのに…」

「あ、そんなに戦い慣れてないならこの牢に入れるのやめたほうが良かったですか?」

「「だからそう言ったじゃん(べ)!!」」

廉のキョトンとした表情から繰り出された『考えてませんでした』とも解釈できる言い草に二人は大声でツッコミを入れる。
その声は牢内に反響し、囚人達を目覚めさせた。

「おやおや、皆さんお目覚めですね。大声出すからですよ」

「あんたのせい…え?」

目覚めた囚人達は騒ぎ立てるでも襲いかかるでもなく皆震えている。
よく見ると皆服がボロボロだ。

「も、もう悪いことはしないよ…しないからさ…」

一人の囚人が四人の元へ力なくヨロヨロと近寄る。そして、暗闇を見て絶叫する。

「あ、あいつらをあいつらを止めてくれええ!!」

「白雷の太刀(びゃくらいのたち)!」

白い雷を纏った刀を廉が振るとあたりは一瞬明るくなり、左右から来る男達に雷撃が飛ぶ。
一人は頭に奇抜な包帯のようなものをグルグル巻にした紫髪に少しピンクに近い色の瞳の中に狂気的な笑みを浮かべた男。

もう一人は顔の右半分にでかい火傷の痕が残る軍服を着た白髪の男。
男の顔にはなぜか漆黒の炎のようなものが灯っている。

「どうも、お久しぶりです。シロツメさん」

漆黒の炎を纏う男に廉はさも友人かのように挨拶を交わす。
シロツメと呼ばれた男は廉を見た瞬間これ以上無いほど苦い顔をする。

「お前との旅は断ったはずだが?」

「ええ、断られました。まぁ一回で諦めるつもりはありませんがね。」

「俺は世界を壊すつもりだと、そう言った…」

「ですから、それは旅が終わってからでいいじゃないですか!君あそこの出身でしょ?ゼラニウム街。七福さんは自由にのびのびやってますよ、だから一緒に旅すればいいじゃないですか」

「お前と一緒の時点で自由じゃねぇだろ…」

「それは思うべ」

「うん。囚人さんに同意だにゃ」

シロツメのぼやきにヨモギは大きく頷き、リンネに至っては普段の口調に戻って同意する。

「おや、なんか親戚なのに嫌われてますね」

「俺はテメーの親戚じゃねぇ、ラミア戦の後にお前が無理矢理勧誘したんだろうが…っていうより」

いつの間にかいなくなっていた紫髪の男は突然シロツメの目の前に現れ、眼球に突きを放っていた。

「『怨霊の黒炎』」

シロツメは素手で刀を握り、指が千切れる程握り込むと、その血液から漏れ出す黒い炎を男に浴びせる。

「あれぇ??血がドロドロだぁ♡避けなかったの?シロツメちゃん?」

「ふ、ふ、ふ、フクマ!『禁じ手』のフクマ!!逃げるにゃー!今なら間に合うから!!!」

扉の近くへ行こうとするリンネのそばにヒジリが寄り添う。
ヨモギにも近くへ来るようにちょいちょいと手招きする。

「ホッホッホッ…二人共貴重な戦力になるはずじゃ、だからこそ廉君が戦っておる。大丈夫じゃ、お主ら二人はわしが守る…」

フクマはヒジリの声がした方へぐりんっと顔を向けて満面の笑みをこぼした。

「聖神ヒジリ、本物だぁ♡」

腕が黒炎で燃えている中、フクマはケラケラと笑う。

「火、消さなくていいんですか?」

「彼の火は水じゃ消えないからね、こうやって燃やしながら暴れてもいいんだよ。だって消えないんだから!!」

「イカれた野郎だ、消し炭にしてやる。」

「かかってきなよ!シロツメちゃん!」

「憎(にくしみ)の極み『哭怨大禍(こくえんたいか)』:怨獄葬(えんごくおくり)」

「染(せん)の極み『禁染騙(きんせんか)』:脳内混濁」

漆黒の炎がシロツメを包み込み斬撃のスピードが増すが、フクマは満面の笑みで斬られながら頭を抑えて叫び声を上げる。
その叫び声は激痛のものではなく恍惚としたもので、瞳がピンク色に染まる。

瞬間、シロツメの目前へ飛び出し、凄まじい刀の連撃を加え、ガードが空いた首を噛みちぎる。

「速い…!」

攻撃は廉にも及び、刀でガードしきれなかった脇腹を深々と刺されてしまった。

シロツメは怯むことなく黒炎でフクマと邪魔した廉を焼こうと二人の顔面を掴み、地面に叩きつけじっくりと焼く。

「俺と同じ顔にしてやる」

「ハハハ、ヤッテミロ…♡」

「くっ…これは呑気にやってられませんね」

廉はふわりと浮き上がり大きく息を吸い込むと唇に人差し指と親指をくっつけて大きく息を吐く。

「『滅龍の息吹』」

廉が吐き出した息は業火になり、二人の体を焼く。

「こんな程度では足止めにもならない、雪姫、追撃しますよ!」

帽子のような形をした髪留めを外した廉はそれに声をかける。

「返事をしなさい」

優しい声とは裏腹に、その帽子に強烈なデコピンを見舞う。と、同時に帽子は喋り出す。

「いっったぁ〜『ついてくるだけでいいですよ』って言ったの廉さんなのに!何あの怪物二人!いやいやいやいや!あんなの無理だから!骸くんは?骸くんと会う前に死んじゃうよ!」

「「髪留めが喋った!!!???」」

ヨモギとリンネは二人に狙われるかもしれないのを気にすることなく大声を張り上げる。
目の前で無機物が喋りだしたのだから仕方無い…

「ああ、この子実は妖刀なので。まぁ、兎にも角にも刀になってもらえませんか?ほら、私が拾った刀は先程の二人の攻撃でポッキリと…」

廉の刀は無惨にも数か所がへし折れていた。

「ナマクラで俺の刀を受けるからだよ!!」

「いやいや、あなただけの力じゃないですよ、ホラ」

柄の部分はドロリと溶解し、そこから黒炎が立ち昇る。

「ね?」

「『ね?』じゃないから!あんなの受けれるの…私しかいないし…ダンザイ先輩と極楽蝶花ちゃんは!?嫌なんだけど!もう!!」

「感謝しますよ。『雹牙の驟雨(ひょうがのしゅうう)』!!」

刀になった雪姫から嵐のような雹が降り注ぐ。

「『慟哭炎』!!」

「『狂(きぐるい)』!!」

シロツメは雹そのものを焼き切り、フクマへカウンターのように打ち込む。

フクマはドーピングのようなものをしたのか雹も黒炎も弾き飛ばして大声の音圧で応戦する。

「やはり苦しい戦いになりましたね…『月禍煌嵐(げっかこうらん)』!」

身体から風圧のオーラを纏った廉は二人どころかヨモギとリンネすら暴風で尻もちをつかせる。

「ヒャはッ!!こレは俺も本気でヤらなきゃナ!染の極み『禁染騙』:死屍侵蝕(しししんしょく)」

フクマのオーラはピンクと紫が混ざったような奇抜な色になり、それに当てられたものは脳が全身針金の芋虫に脳を食い破られているような痛みが走る。

「お前らばかり良い思いか?今度は俺が虐げる番だ…憎の極み『哭怨大禍』:虐(くるしみ)」

シロツメの黒炎はダメージが入れば入るほど増大し、監獄のあらゆる場所を焼いていく。
その炎は本来消せるはずの水などでは消えず、逆に何か手を加えれば加えるほど燃え盛る。

暴風が、蝕みが、憎しみが監獄の中心でぶつかろうとしている。

「ホッホッホッ、頃合いじゃの…」

ヒジリはゆっくりと三人の間に入り、刀一本で攻撃を受け止める。

「挨拶はこのくらいでいいじゃろ…」

廉は攻撃する手を緩め、何かお香のようなものを出してフクマに渡す。

「お…なんだ?同行させるなら早く言ってくれよ…」

どうやらお香の匂いを嗅ぐとフクマは落ち着くらしく、正気に戻った彼は廉に苦笑いを浮かべた。

「ちっ、その状態のお前と戦ってもつまらねぇ。俺は帰…「あ、あなたも釈放です。同行してもらいますよ」

「…なんだと?」

「そうだそうだ!暴れ過ぎなんだよ!」

「よく喋るなその刀…」

シロツメは顔を歪ませるが、冷静になった今、喋る刀…雪姫に驚く。

「どうでもいいでしょ?行くの?行かないの?」

「あなたがやいやい言うことじゃないでしょう。あ、この子は雪姫。簡単に言えば妖刀です。普段は髪飾りに化けていますが…」

廉は雪姫を髪飾りに戻し、話を続けようとするが、ヒジリが全員風呂敷を広げおにぎりを出す。

「まぁ話は腹ごしらえをしてからで良いじゃろう。」

軽く二百個以上はありそうなそれを見て、三人は引きつった顔をするが、ヨモギだけは目を輝かせていた。

「ジジイ、バカにしてんのか?食えるわけねぇだろ」

「おかしいのは頭だけだって、胃袋は正常だよ!」

「さすがにこの量はちょっと…」

「わぁ!!これ全部食べていいんだか?」

「「「え?」」」

「リンネさん、あなたも食べましょう…無くなりませんよこ…何してるんですか?」

科学都市の兵隊から奪ったらしい光学迷彩をどう着るのか分からず四苦八苦しているリンネは、頭を通しただけの状態でシャンプーハットのように光学迷彩を頭にぶら下げたまま廉の方を振り返る。

「あ~、なんか奪ってましたね…一人のやつ…というかなんでそんな血だらけなんです?」

「あ~、弱かったからつい執拗に追いかけ回してちょいちょい引っ掻いてたから…で、弱ったところで身ぐるみ剥いだ!三人分あるよ!」

「わ、悪い癖だべリンネ…」

どうやら猫の習性らしく、自分より弱いとみなした相手を執拗に追い回し、身ぐるみを戦利品として持ち帰るようだ。
たびたびラショウから注意を促されているのだが…

「はぁ…よくないですよそういうの…っておにぎりあと8個しかないですけど!?」

「うおっ」

「いつの間に…」

「あー!!ヨモギ食べたでしょ!」

「み、みんないらなそうだったから…つい」

ヨモギは、顔にご飯粒をつけて申し訳無さそうに全員を見る。
ヨモギの大食いは隊では知られているが、監獄にいた二人と旅を続けている廉は知らなかったのだろう。

「おい、こいつら俺等より頭おかしくないか?」

「ああ、イナゴ女といたぶり女…こいつらも監獄出身か?」

「まぁまぁ、で、結局同行していただけるんですか?」

廉の問いかけにフクマもシロツメもニヤリと笑って見せる。ヨモギとリンネの方を見て。

「その女達の方が頭おかしいからね」

「珍しく話が合うな拘束野郎。俺もこいつらと比べりゃかわいいもんだ。暴力の隠れ蓑にさせてもらうさ」

「「あたし達はおかしくないにゃ(べ)!」」

「ホッホッホッ、心強い仲間じゃ…」

「では、アキラ君を呼びに行きましょう」

こうして三人に心強い仲間(?)が増えた。


第五話:救援

ワグリ達が戦っているイザヨイ島の南海岸付近に影が数名。

一人の女性は真っ黒なフード付きの服に腕組をしている両腕にはトンファー。
服の影から見える皮膚移植をしたようなひどい傷跡と、潰れてしまっている右目には巨大な刀傷。
左目には蝶の入れ墨が入っている。


この服、この構えはリンドウの民のものだが、彼女は女性用の青い暗殺服ではなく、男性用の黒い服を着ているのが異質さを際立たせる。

その隣りにいる顎髭を蓄えた灰色長身の男性は見るからに手練という感じだが、その女性と何やら話し込んでおり、まるで何か重大なやらかしをしたかのようにペコペコと頭を下げている。

「本当に…危機管理がなってなさすぎるわ!アマネとカスミは何処にいるのよ!!ウキグモ、地図持ってるはずでしょう?」

ウキグモと呼ばれた男性は申し訳無さそうに地図を開き、サイカのライブ会場への道を探す。

「なぁ、繭。あいつらなら大丈夫だろ。カスミはともかく、アマネは俺が全力で鍛えたんだ。」

「はぁ…軽く考えないでもらえる?今この島がどんな状態か…」

「ああ、お前は今ヴァサラ軍の九番隊にいるんだったな。何が起こってるんだ?」

リンドウの民の服装をしている女性の名前は繭。
九番隊に所属しているが、エンキの時代の十一番隊副隊長を務めていたほどの女性だ。

今日非番の彼女は過去の経験から、両親がいないアマネとカスミを親代わりに育てているウキグモと同じくらい二人を大切に思っており、自分の子どものようにかわいがっている。

遡ること昨日。
いつものようにウキグモの家を訪れた繭は、アマネとカスミが居ないことに気付き、所在を尋ねると、衝撃の答えが帰ってきた。

「ああ、あいつらならサイカのライブ当たったんで船でイザヨイ島いったぞ」

「…なんですって?」

繭は自分の頭からさーっと血の気が引くのがわかった。
人並み以上に体幹の強い自分が何かを支えにしなければ立っていられないほどに。

「どうした?」

「どうした?じゃないわよ。今サイカに殺害予告が出てたり、ライブ会場が一番危険なのよ?…行きましょ」

繭は呆れたようにウキグモを引っ張り、島へ行く手はずを整える。

「おい、行くったって船もねぇぞ」

「ああ、心配しないで、非番の隊員何人か連れて行くわ。その中に船持っている子もいるから」

というやり取りがあり、イザヨイ島に着いたわけだが、確かに何処か島が物々しい。ウキグモが後悔するほどに…

繭が連れてきた仲間と治安の悪い連中を蹴散らさなければならないなとウキグモが考えている時に、横からサラシを巻いたオレンジの髪の女性に話しかけられた。

「夫婦喧嘩もいいけどさ、とりあえず総督が言っていた『脅威』を排除するのが優先だと思うよ。ルチアーノの跡目争い、サイカの殺害予告、島本来の治安…懸念材料は大量さね。」

「そうね…深華、ここまで船ありがと。あとはイザヨイ島の状況を把握しつつウキグモと子どものとこ行くわ。ワグリ達と合流したらそう伝えといてくれる?」

深華と呼ばれたサラシを巻いた女性は独特の語尾で『そうも行かんね』と首を大きく横に振ると、刀を構えて上空を見る。

キーンという耳障りな音とともに空には得体の知れない機械が数機三人の周辺をぐるぐると旋回していた。

「ありゃ『戦闘機』ってやつだな…科学都市の最新兵器らしい。それにしても誰があんなに買ったんだ?相当金持ちじゃなきゃ科学都市の兵器なんか買えねぇだろ。」

ウキグモは睨みをきかせるように旋回し続ける戦闘機を眺めて呟く。
警邏隊をしている彼は、当然街を守る武器なども取り引きをすることがあるが、その中で戦闘機の存在を知ったのだろう。

「銭湯機?お湯で動いてるってことかい?」

「その『銭湯』じゃないと思うけど…戦う機械って事じゃない?となると海中でピカピカ光っているのも戦闘機ってこと?」

繭が指を差したのははるか先でわずかに海中で輝いている光。特別目がいい彼女には海の中まで見えるのだろう。

「脅されてるだけならほっとくか?イバンの帰りもまだだしよ。」

イバンというのは、全身白い服に身を包み、長髪を蛇の剥製でまとめた美しい女性だ。
この場合の『美しい』はとてつもなく男性的な意味だが…
彼女は男性と比べても格好良い容姿をしている、ともあれそのイバンという女性がイザヨイ島へ前乗りし、状況を見に行っているのだが、未だに何の音沙汰もない事から、下手に騒ぎを起こすべきではないと三人は考えていた。

しかし、その考えは一瞬でかき消されることになった。
突然現れた骨組みだけで組まれた粗雑な機械の大群に囲まれ、戦闘機から機銃の応襲を受ける。

「うおっ、これはやるしかねぇな…深華。お前は船を頼む!繭が見つけた連中のことだ!あいつらのとこから戦闘機が飛び立ってきやがる…沈めない限り無限に湧くぞ!」

「わかった!死ぬんじゃないよ!」

深華は危険だらけの海に刀一本のみで飛び込み、船の近くへ泳いでいく。

「ウキグモ、陸は任せるわ…私は空をやる」

「ああ、頼む…さて、久しぶりに暴れさせてもらうぞ、骨組み小僧共…雲の極み『流水行雲』:曇天(どんてん)」

視認性が悪くなるほど重たい雲が機械の兵隊たちにかかり、ウキグモを見失い右往左往する。

「浮浪雲(はぐれぐも)…」

刀身に霧状の雲を纏い、間合いと太刀筋を分かりにくくしたウキグモの斬撃は次々と機械兵を斬り倒していく。

「ま、この程度なら余裕だな…さて、二人は…」

「翅の極み『揚羽蜻蛉』:鬼蜻蜒(おにやんま)」

繭の背中にトンボのような羽が生え、高速で飛び上がり、次々とトンファーで戦闘機を撃墜していく。

「後ろ…」

背後にピッタリとつかれ、本来では気付かないはずの機銃の連射を一回転してかわすと、リンドウの民がやる腕組みをした独特の構えから繰り出される攻撃でその戦闘機を叩き落し、更にスピードを上げる。

「バカ野郎、お前の極みは突然変異型だろ!まだ使いこなせてないんだからそれだけスピードを上げたら…」

ウキグモの忠告と同時に繭の背中の羽が耐えきれず折れ、顔から地面に叩きつけられた。

彼女の極みはとある街の輸血により強引に引き出されたもので、完全に使いこなせてはいないため、ある一定以上の速度を超えると今回のように自爆してしまうのだ。

しかし、繭はムクリと起き上がると、額から血を流しながらケラケラと笑い出す。

「あっはっは。まだこのスピードきついかぁ…あー楽しかった。やっぱり怪我する寸前までスピードは上げるべきね。あっはっは」

「いやいや、めちゃくちゃだなお前…さすが元十一番隊」

「あれ?深華はまだ?」

「そりゃ一番デカい船倒すんだから時間かかるだろうよ」

「それなら私もあっちが良かったわ…」

「わがまま言うなよ…」

深華は潜水で船の近くまで行き、極みを発動する。

「海の極み『偽海潜航(さぶまりん)』:大烏賊(くらーけん)」

船の周りに巨大なイカの脚のようなものが纏わりつき、そのまま海底へ沈める。
深華は刀を構えて静かに一言呟く。

「ようこそ私の海へ…海の極み『偽海潜航』:投雷伝刀(とらいでんと)」

トライデントの名の通り刀が巨大な三叉槍へと変化する。

「波濤の一撃。」

波の力と雷の力が混ざったような突きが船底に巨大な穴を開け、船が破壊されていく。

「ぷはっ!さて、戻るとするかね。」

海から顔を出した深華はゆっくりと泳いで岸へと戻っていく。
途中、何か巨大なものに追い越されたような気がしたが、気にせず泳ぎ続けた。その巨大なものに捕まる見慣れた白い服が見えたからだ。

「ん?何だあれ?」

ウキグモは猛スピードでこちらへ近づく機械に眉をひそめる。
先程倒した骨組み軍団とは桁が違う大きさだ。

「ああ、皆さん。ただいま戻りました。もうすぐ終わりますのでしばしのお待ちを…」

白い服に蛇の剥製の髪飾り。彼女こそがイバンだ。彼女は身の丈以上の戦斧を振り回してその機械と戦うが、まるで発泡スチロールでも割るかのようにバキバキと機体を砕いていく。

「この機械は素晴らしいですよ。私の仲間を根絶やしにするために、『名前をインプット』されてるらしくて。ウキグモさんの名前出したらここまで連れてきてくれました。」

「なんで俺なんだよ…」

「女性の名前を出して傷つけるわけにはいかないでしょう。ま、ボチボチトドメと行きますかね。」

「『蛇の誘惑』(テンタツィオーネ・セルペンテ)」

斧を地面にダラリとたらし完全にスキを見せたイバンを機械の巨大な腕が掴みかかるが、その腕に掌底を叩き込み、がら空きになった身体に斧の一撃を加える。

「もう一発…『大蛇の牙』(ザンナ・セルペンテ)」

戦斧の一閃により機械は真っ二つに切断され、その場に倒れ込む。

「ふう、終わりましたね。終わりついでに優秀なお仲間と合流ですよ。」

イバンの視線の先に見えるのは敵と戦ったらしいワグリ、ミノア、メイメイ。

「ああ!強い人たちだ!良かった〜…俺もう傷だらけだよ…ふーっ。疲れた疲れた。イバンさん、繭さん、深華さんに…ウキグモさん!?何だって元副隊長が?」

「私が呼んだのよ。子どもの事でちょっと引っかかることがあったから」

「子ども!?二人って結婚してたんですか!?」

「バカ、誤解すんだろ。子どもっつーか俺が面倒見てる養子みたいなもんだ。繭も目をかけてくれてる。」

「あー、なるほど。あ、そうそう、こんな時のためにケーキを…」

ワグリが一歩踏み出した瞬間、グニャッという柔らかい感触が足に伝わる。

「ぐにゃ?」

「わ、ワグリ先輩!ワグリ先輩!ちょっ!ワグリっち!足元足元!!」

「け、ケーキ踏んでるアル!」

「あーーーーっ!!!」

ワグリがお土産で買ったケーキは見るも無惨な形でくっきりと足跡がついた砂糖の塊へと変わった。

「うう…せっかくのケーキが…」

「元気出すアル…」

メイメイは元気付けるようにワグリの肩をさする。

「待って!みんな上!」

ミノアの絶叫でそこにいた全員が上を向く。落ちて来るのは、廉、ヨモギ、リンネ、シロツメ、フクマだ。

「うわあああああ!助けて!あれ?ウキグモさんがいるべ。これどうにかしてほしいべ!!」

「なんでこうなるのよおおお!!あっ!ワグリ先輩!!助けてええええ!どうにかしてほしいにゃ!これえええ!」

「おやおや、皆さんお揃いで…というより、氷の橋で空を渡るのは無茶でしたね…あなたが舗装しないからですよ、雪姫」

「はあ!?あのバカ二人が暴れたから橋が壊れたんでしょうが!」

「おいおい、俺は一般人だぞ!助けてくれ!」

「アキラくんだけは危ないですね…雪姫、アキラくんだけでも保護してください」

「それくらいなら。」

狼狽え、助けを求めるヨモギとリンネ。どうやら氷の橋を作ったらしい廉。
その強度に対し雪姫に文句を言っている。この三人はまだわかるが、フクマとシロツメはこの状況でも争っているのだ。

「ギャハハハハハ!そのままひき肉になって死んじまえよシロツメ!!」

フクマはシロツメの首を掴んで受け身が取れないように地面に叩き落とそうとする。

「落ちる前にテメェを焼き殺してやるよ」

黒炎が満面の笑みを浮かべるフクマを焼く。

それを見てリアクションを取る、地上の七人。

「う、う、受け身!受け身アル!柔らかくフワッと着地するように片手をうまく地上に付けるアルヨ!七番隊で習っ「無理だから!無理!みんな格闘家じゃないし!みんな!滝作るからスケボーで滑っ…「そっちのほうが無理だよ!!ああもう!」

「じゃあ…」

「ワグリ先輩…」

ミノアとメイメイは一つづつ出した案を却下され、そのままワグリに委ねる。

「また俺!?ああもう!繭さん!何人捕まえられますか?」

「さっき翅痛めたから一人が限界よ?」

「俺の雲の極みで衝撃緩和はできるか?」

「海の極み『海上』:浸水の陣…これなら水に着地できるはずさね!」

「でかした深華。俺も…雲の極み『流水行雲』:逆風雲」深華が陸に小さな海を、ウキグモが強い逆風が吹く雲を発生させて全員のスピードを緩和する。

「お待ち下さい。レディは私に任せて。」

「「「お前は強いんだからあの喧嘩してる二人に決まってるだろ!!」」」

「やれやれ、気が乗りませんね…男性ですか。」

イバンは軽くあくびをして二人の着地点へ歩いていく。

「も~!どうしてこんなことになったんだー!!」

ワグリの悲痛な叫びが島にこだまする。ワグリはこう見えて強敵と戦った後なのだ。

それは数時間前に遡る。



第六話ワグリvsヤママユガ。そして合流

合流数時間前…

ワグリは塵旋風が舞う丘でヤママユガと戦っていた。イザヨイ島の富豪というだけありなかなか手強く、砂嵐の防壁でワグリの刀が届かない。
それだけでなく、無理矢理使役されている兵とは違うヤママユガを絶対的に信奉している部下たちの襲撃にも遭っているのだ。

「ワグリ先輩。ザコは私達がやるアル!」

「うん!まかせて!!」

「ごめん、助かる!来月のシフトは俺の方で優先させるようにするから!」

ワグリはヴァサラ軍のシフトを調整する役割も担っているため、ある程度休みの都合をつけることができる。
今回苦労させてしまっている二人にどうにかこうにか楽をさせてあげたいワグリの精一杯の配慮だ。

「それはありがたいアル!キンポーの師匠と買い物でも行くヨ…龍吐の一撃(りゅうとのいちげき)!!」

剛の構えを取ったメイメイの飛び蹴りが、数人を巻き込んで吹き飛ばす。
ヤママユガは品定めをするように顎に手を当ててまじまじとメイメイを見ながら極みを発動させた。

「砂金雨(さきんう)」

砂よりも重たい砂金の嵐が三人を襲う。
ワグリは二人をかばうように突き飛ばし、刀からコーヒーのようなものを出し、それを防ぐ。

「羅天(ラテ)!!っつ!!砂が多すぎて避けられないか…」

ワグリの体は服を貫通して大量の切り傷がつけられていた。

「ヤママユガだっけ…相手は俺だ?俺一人を狙ってくれないか?」

天然パーマの髪をクシャっとしながら苦笑するワグリはあろうことが敵に頭を下げる。

「相手は俺だからさ、頼むよ…な?」

「危ないっ!またそうやって敵に頭下げて!!今にも斬られそうだよ!『波斬り(なみきり)』!」

急襲する部下の刃をミノアが受け止め、波乗りの要領で斬り裂く。

「ありがと、助かった…でも仮にも社長だし…話は通じるかなって…」

タハハと笑うワグリに二人はため息をつくが、ヤママユガは「わかった」と微笑みながらワグリに近寄る。

「あいつらは狙わない。お前を雇用したい気持ちも本気だ。だからそれだけは聞いてやる」

「本当か!!ありがとう、ならこの戦いもやめたいとこだけどね〜」

「「ワグリ先輩!!」」

「あ、流石に無理かな、う~ん…無理かぁ…」

しぶしぶといった様子でダラダラ刀を構えなおすワグリの顔はふてくされているようにも見えた。
誰が見ても本気で戦うのが嫌なのが見て取れる。
どうやら穏便に済ませられると思っていたらしい。

「じゃ、続きを始めるか!!砂の極み『砂金の城(さきんのしろがね)』砂串(すなぐし)」

大量の砂が針状になり、ワグリを貫こうと飛んでいく。
慌てることなく懐から柔らかい餅のようなものを取り出し、ギュッと強く握るとそれはボヨヨンと巨大化する。甘の極み専用の応用アイテムらしい。

「甘の極み『皇族の焼菓子(ガレット・デ・ロワ)』:蕨餅(わらびもち)」

餅状のそれは砂の針を弾き飛ばし、無効化する。
ワグリはそれをヤママユガに向けて投げつけた。
どうやら拘束具としても使えるらしい。

「悲しいぞ、ワグリ!こんなくだらん技で俺を止めようとは!!」

ヤママユガは軽々とその餅状のものを弾き飛ばし、再び極み発動の構えをとる。

「連続蕨餅!」

「悲しいぞ…そういうのを馬鹿の一つ覚えというんだ!」

連続して放たれる餅状のものをあっさりと叩き落しながら砂で固めた巨大化した腕でワグリを殴り飛ばす。

「うう…腕折れたかも…甘の極み:黒蜜」

刀から黒い蜜のようなものが噴射し、ヤママユガの目を眩ませる。

「一時的に逃げたか…はははは!!これが狙いだったんだ!優れた営業とは他者を誘導させる事なり!!砂の極み『砂金の城』:砂金双璧葬(さきんそうへきそう)!」

砂金で固められた砂の壁がミノアとメイメイを挟み込むように迫る。
双方の壁には大量の棘があり、押しつぶされると同時に棘でひき肉になる技らしい。

「うそ…」

「ミノア!一瞬スキを作って二人で逃れるアル!愛の極み:双掌相愛(そうしょうそうあい)!!」

拳を重ね、渾身のパンチを繰り出したメイメイは両腕を棘で串刺しにされながらも砂金の壁を数センチ押し返す。
そのまま壁の近くにおり、足をやられたミノアを引っ張って迫りくる壁から逃れようとする。

「ありがと、メイっち。でも大丈夫。アンタだけ逃げて!水の極み『Catch the Wave』:波嬢王(サーフスタイル)」

メイメイをボードに乗せ、波乗りの要領で壁から出すとミノアはゆっくりと目を閉じる。

「二人共逃げなきゃ駄目だよ!」

ミノアを突き飛ばし、ワグリは砂金の壁に挟み込まれた。
しかし、砂は砂糖の塊のようなもので相殺されたらしく、ボロボロと崩れ、中から血みどろのワグリが姿を現す。
ヤママユガは失望したように盛大なため息をつく。

「ワグリ、なぜそんなゴミをかばう。お前は優秀…「黙れ」

先ほどまでとは違う鋭い怒気を含んだワグリの声にヤママユガの顔が引きつる。

「ここまでするなら容赦はしない、そのまま拘束するつもりだったが死なない程度に斬ることに決めたよ…」

「俺を斬る!?お前が?どうやって?俺はまだ無傷…」

ヤママユガは脚に違和感を覚え、足元を眺める。
そこには払い落とした蕨餅が足を拘束するトラップとなっていた。

「蕨餅といえばきな粉。砂で見えなかっただろう?アンタもう終わりだ」

「フン、俺には砂の極みが…な、なんだ?俺の砂と体が固まって…これはさっきの黒蜜?」

ワグリの黒蜜はセメントのようにガチガチに固まり、体全体を拘束する。

「甘の極み『皇族の焼菓子』:煌煌たる甘美酒(ピナコラーダ)!!」

「くそ…貴様ああああああ!!」金色のオーラを纏った刀の連撃がヤママユガを気絶させる。

「ワグリ先輩!」

「大丈夫アル?」

血だらけのワグリはいつものように優しく笑うと、「二人こそ大丈夫?」とつぶやきながら肩に手を置く。

「自分の心配するアル!とにかく仲間と合流しないとダメアル!」

「だね!ソウゲンっちとラスクっちを探さないと…」

「一旦休もう、体力の回復が必要だよ。」

ワグリは全員を治癒するために再び極みを発動する。そして新たな仲間たちと合流。
完璧な流れだった。
これ以上ないほど理想的かつ模範的なラッキーの流れだ。

そのはずだった…

「も~!どうしてこんなことになったんだー!!」

一難去ってまた一難、今のミッションは落ちてくる廉、ヨモギ、リンネ、シロツメ、フクマを大けがさせずに救うこと。ボロボロの自分にできるだろうか。

そもそもなぜ空から落ちてきたのか、それはさらに前に遡る。

「では、仲間がいる場所まで行きましょう。」

「仲間がいる場所?なんでわかるんだべ?」

「あ~…なるほどね」

廉の提案は他の隊員達の頭に?を浮かばせたが、元猫であり動物の言葉がわかるらしいリンネには何か思い浮かぶことがあるらしい。

「な~んかハムスターの鳴き声みたいなのでボソボソ聞こえたのよね~。紬(つむぎ)ちゃんでしょ?用意がいいわ」

「御名答、さすがですね。」

紬というのは零番隊に所属する情報伝達のプロで本来は人語を拡散することもできるが、敵に拡散されないようにハムスター語で廉に伝達していたらしい。

「あの子凄いわ。で?どこいくの?」

「そうですね…イザヨイ島へ極秘ルートから行きましょうか」

「イザヨイ島!?さすがにあたしたちだけじゃ無理だべ!いくら強いといっても…「いいとこだ、俺の怒りで燃やし尽くせる…」

「マフィあニおカねモチ…コわシタイやツガいッパイだァ♡」

「あ、こっちの方が治安悪くて大丈夫そうだべ」

シロツメと、フクマの狂った発言にヨモギが一瞬でクールダウンする。

「というわけでですね、雪姫」

「ハイハイ…」

「「彩氷の峡谷(ホワイトアウト)」」

廉が龍の舞のように美しく舞うと、空に透明で美しい氷の橋が形成された。

その橋は呼び戻したアキラの大型バイクすら軽々と乗せられるほど頑丈なものになっており、とても安全かつ美しい景色を堪能できるものとなっていた。途中までは…

「おい、ガキ。随分洒落たものに乗ってるな」

「ああ、科学都市で買える。シロツメさんだっけ?アンタ顔怖いのに見る目あるな」

バイクを褒められたアキラはウキウキした気分でシロツメに笑顔を向ける。しかし、それにつっかかっていくのはフクマ。

「あれぇ?シロツメちゃんなら、この乗り物燃やしてヤケド拡大した方がいいんじゃないのぉ?」

「…あ?」

ここから二人の争いが始まったのだ。そして二人はとんでもないことをした。

「くたばれよシロツメ!!」

フクマは氷の橋を刀で砕く。

「ちょっ!まずいよ廉さん」

「ですね…」

「お前がな!」

廉の静止は間に合わず、フクマは氷の大部分を焼き尽くす。

そして現在に至る。

深華が作り出した海で何人かは不時着できそうなものだが、何かおかしい。

常にスイーツを求め、舌と匂いに敏感なワグリは特にその違和感に気づいていた。妙に鼻に纏わりつく薔薇の香り。

『何だこの匂い…薔薇の花?この辺は枯れ木しかないはずなのに…』

ワグリの直感は当たっていた。突然地面から薔薇の蔦が伸び、ワグリの身体に巻き付く。

いや、ワグリだけではない。

そこにいた全員が蔦に巻き付かれているのだ。空中にいた全員すらも。

「これは、なんの攻撃ですかね。とりあえず蔦を両断…がはっ!!」

切り落とそうとしたイバンの体を解けないほどにギリギリと蔦は締め上げる。

「こ、この蔦…私の生命力まで吸っている。このままいけば全滅ですよ…」

「それなら極みで弾けば良いってことじゃないのかい!海の極み…え?」

深華は自分の発動した極みが蔦に吸われたことに気付く。

「極みも効かない?相当厄介な技さね。」

「そうね。どうやら極みは発動できないみたい」

「周囲に影響するだけの極みすら発動できねぇな…」

繭とウキグモも試したらしいが極みが発動しなかったようだ…

「イリョクのモンだイじゃナイノ♡…アーダメだ…コレはホントニイッちゃウよ♡」

フクマは何度も極みを試みたらしいができないらしく、絞め殺されそうになりながら恍惚とした表情を浮かべている。

「この蔦、攻撃しようとしたら極み吸収して巨大化しやがる…」

シロツメの黒炎を吸収してドス黒い色になった蔦が一層強く締め上げる。

「極みではない私の技なら…と、思いましたが、だめですね…雪姫…も発動しない…」

廉は窒息しそうになりながら新米隊員たちを見る。

「みんな何騒いでるんだべ?まだまだあたしらは大丈夫だ。」

「そうだよ。あたしもなんともないにゃ」

「むしろワグリ先輩のチョコで体力回復したアル」

「私も回復した…」

どういうわけか新米隊員組は蔦に締め上げられていないらしく、『ただ縛られているだけ』のようだ。

ワグリは窒息しそうになりながらその違和感を探すため周囲を見回す。

そこで見たのは自分と同じ隊の隊員。薔薇に捕らわれていない見慣れた緑髪。
彼…セイヨウは急いで全員の前に立ち大声で指示を出す。

腹部には痛々しい傷と止まっていないほどの出血をしている。

「皆さん!抵抗しないでください!たしかにこの力はここ周辺に影響を及ぼしていますが、先程までとは明らかに違う。極みの暴走状態なんです!抜ける方法はたった一つ、『何もしないこと』です!」

セイヨウの声が聞こえた廉、ワグリ、ヨモギ、繭は開放されたが、他に声は届いていないらしく依然としてピンチのままだ。

「大声だけで助かりゃ苦労はしねぇよな…亞人の極み:悪喰蝗(あくじきいなご)」

颯爽と現れたクガイは地面に手を置くと大量の蝗が蔦を食い破り、全員を助け出す。

しかし、クガイが標的として選ばれたらしく、一層太くなった蔦がクガイを絡め取ろうと襲いかかる。

「そうかそうか。俺を喰いたいか…悪いがそりゃできねぇ相談だ」

言葉と同時に蔦を両断し、完全に暴走を止めたクガイは、影に隠れていたスイヒにちょいちょいと手招きすると、新しい酒をぐいっと飲む。

「え、何だべ…今の…あの飲んだくれのお荷物が…」

「あの給料泥棒が…こんな…」

「今まで見せてたのは嘘だったってのかい?志低い人だと思ってたんだけどねぇ」

「大したことないザコだと思ってたアル…」

「うっそー…クガイっちヤバー」

「ね!コイツずっと隠してたのどうかと思うよね!おかしくない!まじで何なのって感じ!!はじめからやれよ!!!ほんとにさぁ!」

「みんな酷い言い草だなぁ…僕も驚いたけど…っていうかスイヒさん、一番酷いこと言ってるからね?自覚ないかもしれないけど…コイツって…」

クガイの強さを知らなかった新米隊員組は口を開けて呆気に取られていた。

それをセイヨウがうまく取りまとめ、自分の仲間を呼ぶ。

ソウゲンはゆっくりと、どこか上の空な様子でグループの輪に入っていく。
何箇所も刺されたらしく、きれいな体に傷が残るのではと不安になるほどだ。

「ソウゲンさん。無事に合流でき…っ…」

セイヨウは傷が酷いようで、その場にドサッと倒れる。

「セイヨウ。どうしたの?君がこんなにやられるなんて…」

「夢幻です。ワグリ先輩。邪剣の夢幻…何が起こったかわからないまま刺されてしまった…力も技も何一つわからないまま…すみません…」

「夢幻…アイツは…」

名前に反応したミズキがふらふらと現れ、倒れる。極みの暴走は彼女のものだったらしく、綺麗なな黒髪は真赤な薔薇のような色に変色していた。

そのまま血を吐き片膝をつく。暴走の反動だろう。

ワグリは小さくため息をつくと、その場でスイーツを作り始めた。

「甘の極み『皇族の焼菓子』:甘味の楽園(スイーツパラダイス)。アンが居ないから外科的処置は施せないけど、回復にはなるから。みんな食べよう。落ち着いて話そう。」

手際良く調理し、全員にスイーツを配ると落ち着きを取り戻した全員が押し黙りしんとした空気になる。

「『甘味は人を繋ぐ魔法』ってね。うう…だからこそイザヨイ島のケーキが悔しいよ…」

相当ショックだったのかワグリはガックリとうなだれて、ちびちびと自作のパフェを口に運ぶ。

全員落ち着いたからか突然皆がワイワイと騒ぎ出す。

「ラスクとは合流できなかったです。ごめんなさいワグリ先輩。あと、なんか懐かしい匂いがしました…その…あの人の」

「だからそれは幻覚かなんかでしょ、あそこにはあの男しかいなかった。私とセイヨウとあんたで見ただろ!」

「その言い方は良くないよ、七剣がいたのは事実なんだからさ」

「待って。まずあんた誰なのよ。あんだけの極み使えるなんて相当手練じゃない」

「繭に同意だな。正体が分からなすぎる、まぁ俺もか。俺は後で自己紹介させてもらうよ。怪しい者じゃねぇ」

「え?なになに!?この二人のこのビターな雰囲気。イケおじと未亡人!?アリアリ!全然あり!七オルに負けてない!キャーッ!こっちも最高!!」

「私が誰かなんて誰でもいいで「ですね、貴女が素敵である。これは不変の事実ですから。真紅の髪も、今の黒髪もどちらも似合いますよ…何より笑顔が似合いそうだ」

「ゴチャゴチャうるせぇ、よくもやってくれたな、テメェも焼いてやるよ」

「あれは暴走。事故みたいなものだから仕方ないだろ。わざわざキレなくてもいいんじゃないかい?」

「さ、さすが深華さん。大人の対応だべ…見習わないといけないべ…」

「ちょっと!とか言いながらあたしのタルトまで食べないでくれニャー」

「あ…あ…あの…その…私の…あげる…アル…格闘家たるもの…糖質制限…アル」

「メイっち戦闘後にキャラ変わりすぎ〜これは驚き案件?みたいな?」

「暴走する薔薇にシロツメちゃん、カムイ七剣に変な術師、海に翅に雲、挙句の果てには最強の元隊長…ハハハハ…コレはコうフんするナあ♡」

「おいおい、何が悲しくてフクマが出所してんだぁ?ああ…模範囚だったかぁ…」

「フクマさん、暴れないでください…クガイさんまた酔い始めてますし…はぁこれでは話せなさそうですね…困りました…」

「はいはい、ストップストップ!一回落ち着きましょう!ね?自己紹介から。互いをよく知りながらデザートを食べる。今日のところはそれでいいじゃないですか!」

ガヤガヤと色々な話が始まったのをワグリが必死でまとめる。
どうやらこの空気を一変するほどのまとめ役として彼は適任のようだ。
厳しく、規律を重んじるオルキスとは違うリーダー像。
ゆるく、自由に発言させる決して強くないリーダー。本人は嫌そうだが…

「ねぇ、もうさ、ワグリ先輩に纏めてもらわない?この状況」

「は!?」

トドメとばかりにミノアが提案する。

「「「「「「「「「「「「「「「賛成」」」」」」」」」」」」」」」

「ええ…?えええええ!!!」

森にワグリの絶叫がこだまする。


第七話:エンキvsキンレン。科学都市の夢の元素

「茶毒蛾(ちゃどくが)」

エンキはキンレンの拳をなんとかかわし、手に持っていた大剣で反撃する。
キンレンの攻撃は予想以上に早く、戦い慣れているはずのエンキが苦戦を強いられていた。

それだけではない、キンレンの剥き出しの猛毒はガードした場所が毒に侵され、使い物にならなくなる。

エンキはすでに片腕に触れられ、その腕をダラリと垂らしていた。

「たった一度で危険を認識し切るとは、流石ですわねぇ、ヴァサラ軍」

「俺は特別頑丈なんだよ。」

毒に侵された腕の一部を躊躇いもなく刀で切り開き、傷口を火で炙り毒抜きをするエンキは楽しそうに笑顔を浮かべる。

「随分楽しそうね、貴方。死ぬのが楽しみ?」

「違げーよ、その過程が楽しいんだ。死ぬ死なないなんてどうでもいい。この命のやり取りが楽しいじゃねぇかよ。久しぶりに気分が乗る。感謝してもし足りないくらいだ…」

「その言葉、自分が死ぬと思っている人からは出ませんもの…」

キンレンは再び毒手を構え、グッと力強く握り、変色した腕をエンキに翳す。

「させるか、火の極み『地獄火炎』:溶炎流(ようえんりゅう)」

現ヴァサラ軍四番隊隊長のビャクエンのような炎とは違う、ドロリとした黒色のマグマのような炎が刀に纏い、キンレンに斬撃を加えようとする。
しかし、燃え広がったマグマも斬撃もひらりと避けられてしまい、毒の弓で両足を撃ち抜かれてしまう。

「猛毒の陣:『矢毒蛙(ヤドクガエル)』。あなたの両足は死んだ。大したことない人です…遠距離から私を狙えば、少しはマシなはずなのに…」

「俺の極みに、遠距離技はねぇ…斬れなきゃつまらねえだろ?それより…気になることがある。『羅生門』!」

炎を灯した刀を地面に突き刺し、円を描くように二人の周囲に炎のリングを作成する。

キンレンは炎に手を触れ、火傷した腕の傷をナイフで切り開き、地面にぼたぼたと垂らす。
そこから毒が広がり、周辺は毒沼と化した。
エンキは、沼の毒液を吸い込んだらしく、麻痺した体で片膝をつく。

「やっぱりか…お前、土の極みに近い能力使ってやがるな?この沼がそうだ。いや、鍛えりゃ使えるレベルだ。それもかなりの練度で…」

「よくわかりましたわね…私には土の五神柱が宿っている。人間は生まれながらに五神柱のどれかが潜在的に宿っていると言いますが…私のは持って生まれた才能。それは自分でも重々承知しています。」

「なら極みを鍛え…「鍛える?これだから馬鹿は…暴力と言うのは才能が全てです。五神柱が使えるほどの力が私に宿っているのも才能。私は昔からその才能があった…だからイザヨイ島へ来たんですから」

キンレンは毒沼で立てないエンキの顔を握りながら、話をつづける。
エンキの顔は掴まれた部分から毒が広がり、片目が見えなくなる寸前だ。

「才能云々言うならなぜ極みを習得しない?」

「効率が悪いからですわ。五神柱すべての力があるのに極みを使い、更に独自の戦い方を編み出す努力をしたドリックという愚か者がいましてね…実にくだらない。暴力など『ほんの少しの激痛』を耐え忍べば才能あるものはいくらでも強くなれるのに。この毒手のように。」

エンキは少しだけ納得したかのように頷くと片目をゴシゴシとこすった。
毒が回り、片目が霞むのだ。

「なるほど、確かにあんたの毒手は強力だ。片目がいよいよ見えなくなってきた…でもそんだけだな…お前のセリフで分かったよ。お前は俺には勝てねぇ…」

刀身に灯る炎が勢いを増し、横薙ぎ一閃キンレンを吹き飛ばす。

「ぐっ!死に損ないめ、どこにこんな力が…」

エンキは立ち上がるのを待つかのようにゆっくりと歩を進め、刀の炎を増幅させていく。

「今の防げなかったか?お前が小馬鹿にする『極みの才能のない女』はその攻撃をしたら逆に下から払われて俺は負けたが?あれが剣道じゃなくて実戦なら死んでたよ。ソイツは剣技だけで隊長だ。」

「フン、戯言ですわね。」

「どうかな、火の極み『地獄火炎』:怨鬼(えんき)。」

増幅した炎は青色に変わり、刀を一振りした瞬間キンレンの体が大爆発を起こし火達磨にされる。
それでも戦いをやめる様子はなく、次の一撃を入れようと構えるエンキにキンレンは生まれて初めての恐怖を覚えた。

「いいこと教えてやるよ。お前の毒よりとんでもないウイルス持ってるやつ、毒そのものの力を盗むやつ、毒沼なんてしようものなら水を利用して強引に感電させてくるやつ、運気使ってお前の攻撃なんか当たらないやつ、それらすべてが効かないほど恐ろしい俺の先輩。こいつらみんな隊長だ。俺はそれに並んでた。お前はそいつらより弱い。だから俺より弱い。終わりだ」

エンキは刀を振りかぶる。
しかしその刀はキンレンに当たることなくピタリと止まり、くるりと背を向け、何処かへと歩いて行ってしまう。

「勝負ありだ。昔の俺なら斬ってたが、今はそういうキャラじゃねぇ…それに、ちょっと行かなきゃならないとこがあるんでな。」

引き攣ったような表情のエンキから、なにか嫌なことがあるのではと薄れゆく意識の中キンレンは思う。
そしてそれはすぐにやってきた。

妖怪の子どもたちを抱えたルナがエンキを睨んでいるのだ。

「ちょっと!子守りクノエ君に押し付けたでしょ!十一番隊の人はダメだって前にも言ったよね!」

「…はい」

「人の手が切れるほどの糸とか遊び道具と称して渡したり大変だったんだから!!なんで見ててくれなかったの!」

「なんか…騒がしくて…」

「なら尚更いなきゃだめじゃん!子どもたち居るんだから!もう!」

「はい、すみません…」

「でも、ここまで見ててくれたのはありがとね。せっかくだから一緒に島回る?」

ルナの説教に終始しょぼくれた様子のエンキは、今までの戦いが嘘のようにガックリとうなだれ、反省の言葉を述べる。
しかし、ルナ本人も感謝はしているようで、島を一緒に回らないかという提案をするが、キンレンとの一戦で疲れ果てていたため断るとルナを見送り、島を離れるための帰路につく。
未だに解毒されない体の一部を見ながら『自分も衰えたな』と考えつつ…

「ヒュッヒュッ。流石は『暴神』のエンキ。素晴らしい戦いだったよ」

どこからともなく反響したジンバルドの声の出処を探すため、視線をキョロキョロとする。

そこには指の第一関節程度しかない小型の機械がプロペラで回り、浮いていた。
どうやら声はここから聞こえていたらしい。

「僕は科学都市の名誉化科学者、ジンバルド。君の力見せてもらったよ、僕のところで働かないかい?」

「あ~…俺そういう難しいの苦手なんだよ。」

「おやおや、残念だ。せっかくその女も言っていた『ドリック』という男の力を見せようと思っていたのに。彼はすごい力の持ち主でね、体に全ての微細な五神柱が流れていたんだよ。僕はそこに注目した。彼が『ある男』と対戦したときの血液を採取し、五神柱の波動を計測し、微細な元素を作った。『ドリック元素』とでも呼ぼうか?これは凄いぞ、治癒にも極みの覚醒にも使える。何も知らない一般人の体に『強引に極みを発生させる』んだ!どこかの街のような副作用は無しでね。」

ジンバルドの長々とした解説に嫌気が差したのか、後頭部の長髪をポリポリと掻き、面倒くさそうにあくびをし、ため息をつく。

「んで?そのドリップコーヒーとやらは俺になんの関係があるんだよ。自慢話がしたいだけなら俺帰るぞ?」

「いやなに、お願いだよ。カルノとルーチェという二人の旧隊長とうちの試作ロボを戦わせた。素晴らしい力だ。他の旧隊長組にも投与したいから連れてきてほしい。君は先輩なんだろう?」

エンキはピタリと足を止める。刀には炎が灯っている状態だ。
そしていつでも斬れるかの如き殺気を放っていた。

「そいつは聞き捨てならねぇな、クガイ先輩以外は俺の大切な後輩だ。お前にゃ渡さねぇ」

「ヒュッヒュッ。交渉決裂かい?『ドリック元素』は素晴らしいのに。こんなふうにな!!」

小型の機械から炎が凝縮されたレーザーのようなものがエンキの腕に風穴を開け、背後の木にくり抜いたような綺麗な焼き跡を作る。

「これは『ドリック元素』の火を凝縮した力さ。素晴らしいだろう?小型のドローンでこの力。気が変わったか?」

「変わらねぇ、むしろ危険だとわかったよ。科学都市を本気で潰させてもらう。」

凄まじい動体視力でドローンを掴み、握力で握りつぶすと、それを粉々になるまで踏み潰し、科学都市へ向かおうかと考えながら穴を開けられた腕に包帯を巻いていると、ケガをしている仮面をつけた女性、コンチュエが綿菓子を頬張りながら歩いてくるのが見えた。
コンチュエとエンキはクガイ絡みで多少顔なじみがあるので、『なぜ彼女が頭から血を流しながら綿菓子を頬張っているのか』を考え、頭が混乱する。

「こ、コンチュエ?なんでここに?」

「エ…ンキ?好吃(おいしいの意味)」

コンチュエは言葉が通じなかったのか、それで頭がいっぱいだったのか、綿菓子を食べて美味しいとエンキに伝える。

『今日は変なやつによく会うなぁ…』

「綿菓子が美味しいのはわかったよ。それはいいからなんでここにいるのか聞いてんだが?」

「カイ…タイヤ…」

「飼いタイヤ?ああ、解体屋か。クガイ先輩がんなこと言ってたな。ってか怪我してんぞ。珍しく苦戦したのか?」

「…ヨワイ」

「ああ、あまり苦戦しなかったのか。流石に強ええな。」

「あっれぇ?隊長さんってこの人?島に来る隊長さんは全員ぶちコロ☆って言われてるから殺っちゃうか?隊長とか言ってたし。ご主人様が」

全身におびただしい縫い傷、いかにもチャラそうな喋り方、雨が降っていないのにさしている笠。
赤から毛先にかけてオレンジになっていく派手髪。
何より時々覗く舌には気味の悪いタトゥーのような模様が描かれている。

「というわけでぶちコロ☆でぃ〜す。俺はナム。ご主人様の命令で船乗ってる連中と関係者の隊長さんたちは殺っちゃうよん。」

ナムと名乗った男は真赤な錫杖を構えつつ、コンチュエにどくように手で払う。

「関係ない女の子はどいててねー。巻き込んで殺しちゃうから」

「…ツヨイ」

ナムのただならぬオーラにコンチュエは満面の笑みになり、構えを取る。

「ありゃりゃ?二対一?ま、いいか?あんたら傷だらけだし余裕っしょ」

「言ってくれるな。」

「…ン」

イザヨイ島での決闘が始まろうとしていた。

ここはカムイ軍の研究室。

『ドリック元素』の一部を盗み出した妙な笑い声のメガネの男は気分が高揚したのか舌なめずりをして笑う。

「ニョッニョッニョッ、これが噂の『ドリック元素』ジンバルドもなかなかいいものを見つけるネ。私ならこれをもっとうまく使えるヨ。まさか昔カムイ軍にいたただの蛮族がこんな力を持ってるなんてネ」

男はドリック元素を注射器に補充し、近くにいるメイド服で金髪の顔中ツギハギだらけの女性を手招きする。

「お呼びですか、デオジオ様」

「カムイ軍のケガ人と遺体をここへ持って来給え」

「はい。」

女性は表情一つ変えず戦で生まれた数々の遺体とケガ人をデオジオの前へ連れて行く。
メイド服の女性は首につけられているスカーフを揺らしてデオジオから離れ、食器をピカピカに磨き始める。
ものを磨くのはどうやら彼女の習性らしく、デオジオの部屋のものはだいたいピカピカだ。

「キャサリン…テメェ…今度は俺を実験台にするつもりか…」

ケガをしている男は傷だらけの体で息も絶え絶えメイド服の女性…キャサリンに問う。
デオジオの部屋では死者蘇生実験やパワーアップ実験などが日夜行われており、今回キャサリンに連れて来られたのも実験のためだとカムイ軍なら誰もが想像できる。
なぜなら彼は殺されてしまったカムイ七剣二人ですら蘇生しているのだから。

「騒ぐと死ぬヨ、すぐ終わるからネ」

デオジオは遺体とケガ人に容赦なく注射を打つ。

「これは『ドリック元素』と僕の科学力を合わせた薬だヨ」

けが人は嘘のようにケガが治癒し、力が増し、極みの力が増幅する。
そして、デオジオの薬の力なのか遺体はモゾモゾと動き出す。

ハズキはヴァサラ軍の研究室でマイウェイの薬を大量に出し、順番にロットを確認していく。
元々毒性の強いマイウェイのうち数個に得体の知れない元素が入っていることがわかり、これが廉の言っていた『ドリック元素』かと納得する。

「なんて強い五神柱の反応…こんなもの一般人に投与したら…」

いつもよりせわしなくタバコを吸い、灰皿の中に大量の吸殻がある時点でハズキの焦りがわかる。隊員達はすぐにヴァサラを呼び出し、ハズキの実験結果のレポートを差し出す。

「そのレポートが全部マイウェイの副作用よ。幸い一ヶ月二ヶ月効果は現れないみたいだけど…それでも脅威」

「ふむ…これは確かに市民の命を奪いかねんな…」

「おじいちゃん。船で行った仲間やイザヨイ島の先遣隊のみんなを科学都市に回せないかしら?」

「うむ、わしもそう考えていた。彼らには戻り次第傷を癒やし、しばしの休養後、科学都市セルリアへ向かってもらう!」

「ジンバルド…何が人々を救う夢の薬…こんな劇薬絶対に阻止してやるわ。」

ー劇薬の販売を防ぐため、ヴァサラは科学都市への軍の派遣を決意する。これは、かつての隊長達の話ー


第八話:新たな仲間、激闘のイザヨイ島

「なかなか強そうな女性じゃないか。コガラシの相手をしている仮面の子…」

自身の研究室でパソコンに向かいながら大量のカメラでイザヨイ島を見ていたジンバルドがコンチュエをズームし紅茶をすする。

「機械兵器の強化には技や筋肉の動きがしなやかな人間の検体がいる…彼女の肉片一部でも持ち帰れば…」

ジンバルドは現代で言うスマートフォンのようなものを取り出し、画面に出てくるドローンをタップする。

「イザヨイ島に大量の地雷原を仕掛けていたのが功を奏したね…コガラシ…?ああ、あいつは解析済みだから地雷で壊しても構わないかな…さて。」

もう一つのカメラに映るのはメガネの男。
そのメガネの男は服のチャックを上まであげ、綺麗…というより重苦しくも映る茶色い長髪のクールそうな男と二人イザヨイ島へ続く道を歩いている。

「君の極みは僕の科学力でさらに強くなれるのにどうしても拒否しようだなんてつれないな…ねぇ、陽ノ路一(ひのみちはじめ)クン。そして…」

メガネの男…一の顔からカメラのズームを横の長髪の男に移し替え、瓶の中に大量に詰め込まれているブドウ糖をかじりながら、試験管を揺らす。
試験管の色は振るたびに五神柱の各色に変わる。

「ドリック細胞は君のお陰で採取と増殖に成功した。例を言うよ、レジィ君。『穴』だなんだとオカルトチックな君の力も非常に興味深い。ヒュッヒュッ…泳がせれば近くにいる廉と合流するかな…科学都市で待っているよ」

ジンバルドはカメラの電源を切ると、研究室の奥へ戻っていった。

カメラで見られているとは知らない二人はイザヨイ島へ歩を進める。
彼らは特にイザヨイ島に行く用事など無いのだが一つ気がかりがあるのだ。

一は任務に出た深華を追って総督の許可で島の周辺を捜索しており、その際に野宿をしているレジィに合流。
過去にヴァサラ軍として戦ったことのあるレジィと打ち解ける(一がガンガン話しかけただけだが…)のはかなり早く、依頼する形で深華の捜索を手伝ってもらっている。

とはいえ今はその捜索を一時的に中断し、彼らはその『気がかり』について話ながらイザヨイ島へ向かっていた。

「それにしても驚きですよ。一さん、船持ってたなんて。」

「ああ、船自体は俺のじゃねぇがなんかお礼しなきゃだろ?まさかあれだけの人数のマフィアに襲われるなんて夢にも思わないしな。」

「だがそれもあの『水時計の義足の人』のお陰でなんとかなりましたからね。あの人的にはただ歩いていただけかもですが…」

二人は『水時計の義足』を持つ女性に助けられていたのだ。
彼女はただ歩いていただけなのかもしれないが、マフィア達は冷や汗をかいて逃げ出した。
その女性の強さは二人もわかるところで、明らかに勝てないと一瞬で悟るほどだ。

「目が視えないのに船乗りたいとか言うし、まぁあの人なら大丈夫そうだが…ちょっと船に改造施したよ。水時計の音がソナーのようになって、魚や荒波を検知する。深華がそういう技使うからやりやすかったな」

「いや、だからといって自動操縦の船をあっという間に作る一さんもこちらからすれば凄すぎるんですが…」

一はその女性が安全な航海ができるよう、深華の船に改造を施し、椅子に座ったまま自動操縦で動く船を作って渡したのだ。

「俺の改造なんかたいしたことねぇよ。乃亜造船の足元にも及ばない。あの船の原理知りたいぐらいだ…イザヨイ島が目的地らしいから、科学都市から伸びる道路と電車…?とかいうやつって手もあったが、なんかサングラスした派手な格好の女が暴れてるらしいからな。行かせるわけにいかんだろ。だからこうしてイザヨイ島へ向かってるわけだ。」

「責任持って最後まで送るべきでしたからね。強い弱い関係なく、今乃亜造船の船もないわけですから。豪華客船はありますが、払えるお金はないですしね…ところでサングラスした暴れる女ですか…?それ本当に人間なんですかね…?」

「人間か?と聞かれたらレジィ、お前もだろ。あの水時計の女性が言ってた『穴』って何なんだ?」

一とレジィがその女性に出会ったとき、『穴』についての会話があった。

「わらわを恐れないでくださりませ…というより、あなたの『穴』の方が恐ろしいです。」

「なんのことです?」

「あなた自身、気付いているでしょう?まるで深淵のような深い深い『穴』の存在を…」

レジィはその会話を思い出し、少し考え込む。
『もしこの蓋がまた開いたら』と。

「『穴』の話は終わったことです。気にしな「あれ?あんたレジィじゃない?」

「一!?何してんだいこんなとこで?」

話し込む二人に声をかけたのはミズキと深華。
レジィは知り合いに、一は探し人に会えたらしい。

「深華、それは俺のセリフだよ!今日非番なのに急に任務とか言ってどこか行っちゃうしさ。」

「あ~悪いね、ちょっと繭に頼まれてさ。子どもの捜索」

「子どもの捜索!?なんかあったのか?」

誘拐事件でもあったのではないかと一は訝しむ。
それならば自分も出なければならない。

しかし、どうやら話を聞く限りウキグモが預かっている子どもが単身イザヨイ島へ向かったという話らしかった。

それも充分危険だが…

「ウキグモが単身で子どもを島に送らなきゃこんなことにはならなかったんだけどね。」

「なぁ…悪かったって」

「ホントに反省してる?」

「してるよ、ただ、甘やかし過ぎじゃないか?お前。」

「あのねぇ…ちょっとしたチンピラじゃないのよ!」

「…夫婦?」

「一もそう見えるかい?」

繭とウキグモのやり取りに冷静にツッコむ一と深華。
そこへ飛び込むはスケボーの少女。

「あ!一っち!スケボーちょっと見て!戦いで破損したかも」

「あっ…だ、ダメアル…き、傷が開くアル…」

「ミノア!ちょっと待て、この人数だったらまず自己紹介させろ!」

「そ、それより、ひどい怪我アル…この漢方使う…」

「メイメイ、押さえててくれ。」

「了解アル!」

一はメイメイにミノアを引き渡すとメイメイはキンポー直伝の拳法でミノアを抑え込む。

もう一つの場所ではレジィについて話が始まっている。

「ミズキさん、知り合い?僕はセイヨウ。これからよろしくね。」

「あ、レジィです。よろしくお願いします。ミズキさんとは旅先で会って、野宿出来るところを何度も何度も教えてもらってて…」

「ほう、ミズキさんというお名前ですか…素敵だ。どうです?花の紅茶でも抜け出してご一緒に…」

ミズキの肩に優しく触れ、口吻をするほどの距離でイバンが口説く。
ミズキは眉間にシワを寄せ、顔を邪魔そうにどかすと大きなため息をついた。

「あいつは無視して。互いに寝床をね…ギブアンドテイクってやつ?」

「へぇ…なんか優しいとこあるね。ミズキさん。まぁ時々優しい部分もあったけどさ。」

『この人…モテるだろうな』

ミズキに過去の野宿先についてのお礼を言いつつ、セイヨウの返しに心の中で呟く。
そして、レジィは天然パーマの男性に気付いた。

「あれ?ワグリさん」

「ん?あー!レジィくん!」

「あのときはありがとうございました。道案内してもらった挙げ句、餡蜜まで奢ってもらって…」

「いいよいいよ、あのあんみつ美味しかったよね」

「ズルい!ズルいにゃー!!ワグリ先輩!あたしもあそこのあんみつ食べたいにゃー!」

「こ、今度奢るよ…ラショウ隊長も誘うから。ね?」

「あ、あ、あ、そ、それは…来てくれるか…にゃ、」

ズイズイとにじり寄ってくるリンネに苦笑いしながら、彼女にとって一番のご褒美とも取れる提案をし、難を逃れる。

しかし、ヨモギはそうはいかないらしい。
誰も止められないスピードでレジィの前まで駆け出し、あっという間に質問攻めにする。

「あ、あのあんみつ食べただ?どんな味だった?どんな食感だった?餅は何処産の物を使ってたんだべ?上に乗ってる果物は?お金はいくらだべ?」

「いや、あの…そこまでわからないというか…」

「道くらいなら覚えてるんだべ?」

「まぁ…覚えてますね…」

「今度案内してほしいべ!!」

「案内するくらいなら…できますけど…」

「やったぁ!これ御礼だべ!うちの畑でとれた米で作ったおにぎり!美味しいべ!」

ヨモギの怒涛の質問攻めに動揺するレジィだったが、なんとか落とし所を見つけ、そのお礼に何故か貰ったおにぎりを口に入れる。
そのおにぎりはたしかに良質な米で作られており、口いっぱいに米の甘みが伝わるほどだった。

「じゃあさ、ラショウ隊長入れて六人でいこうよ、また俺奢るから。ん~いや、今回色々頑張ってくれたソウゲンさんも一緒にどう?」

「私は自腹で払いますから…ワグリ先輩にお支払いいただくなんて悪いですよ」

「え!?奢りなら私も行きたい!」

遠慮するように苦笑するソウゲンとは逆に、奢りと聞いて飛びついたのはスイヒ。
彼女には何か違う考えがあるらしい。

『レジィさん、ヨモギちゃんに対して受け要素あり…ワグリ先輩総受け…ラショリン…誘えれば一深もあるわね…』

「え、俺も行きたいな。ワグリ先輩、俺半額払いますよ。…ってこんなことしてる場合じゃねえ!水時計の人探さないと!」

「え…」

「あ、そうでしたね…」

「ふ、ふたりとも待って!それってこの人よね?」

スイヒが出した写真には優しく微笑むその女性が映っていた。

「あ、この人だ」

「これ私の師匠。大丈夫大丈夫!本人嘘ばっかりだから多分回り道してのらりくらり島行ってるよ。サイカのライブ行くらしいし」

「え?深華の船乗ったぞ、車椅子で…あ、でも変なこと言ってたな。目が見えないのに『燃えるような髪の人と子ども数人に船着き場まで案内してもらったけど迷った』とかなんとか」

「燃えるような髪…エンキか?」

さっきまで黙っていたクガイが声を上げる。
クガイは酒を飲むのをやめ、素面の状態で話を続けた。

「イザヨイ島にはコンチュエもいるんだよ。ヘンテコな仮面みたいなのつけたスタイルのいい女。そいつも隊長格並みの強さ…あの島で何が起こってんだ?はぐれた奴らはまだ戦ってるし…「合流しましょう!」

クガイの話を遮り、廉が提案する。

「まずは、戦いまくっている方々と我々が合流し、空飛んで島行って二人と合流。完璧ですね。」

「当たり前のように空飛ぶ提案するなよな。」

「おや?アキラくんも飛んだでしょう?」

「ウフフ、水時計ノ強そウなヒト♡うふフフフ…」

「やめたほうがいいですよ、フクマさん。彼女の事はよく知ってますが、あなたでは勝てない」

女性の写真を見て廉は懐かしそうな瞳で微笑みながらフクマにどぎつい一言を浴びせた。

「コダマさん懐かしいですね…子供の頃から優しい子でした…こんなに立派になって…」

『??????…廉さんって歳いくつなんだろう…??』

スイヒの頭に大量の?が浮かび、目がぐるぐる回るほどに思考を回転させ、うーんうーんと唸り声を上げる。

「まぁ、とにかく。戦ってる人…誰でしたっけ?」

「オルキス隊長で…「待て。」

セイヨウの言葉を遮ったシロツメの目は、誰かを殺さんとするほど血走っている。
オルキスの名前が出た瞬間に急に豹変したのだ。

「オルキスだと?俺はあの女に煮え湯を飲まされてる。見つけたら焼き殺してやる。」

シロツメの額に黒煙が灯る。

「まぁまぁ、その辺はおいおいでいいじゃないですか。とりあえず行きますよ」

「またこの人はマイペースに…とりあえずそれに関しては一度置いておくとして、あまりそういう関係性がある人は離したほうがいいかもしれませんね。人が増えれば仲の良し悪しが出るのも当然ですし…」

廉の強引な取り決めに嘆息を漏らしながらソウゲンがしっかりと足りない部分を補足すると、全員でオルキス達と合流する道を辿っていく。

イザヨイ島の戦いは意外にもコガラシが優勢に進めていた。
コンチュエの打撃はコガラシに当たる前に彼が纏う暴風で弾き飛ばされてしまうのだ。

「…ン?」

「風の極みはこれ一つしか使うことができねぇが…充分だ…攻撃の纏風もある。」

コガラシの刀に風が宿り、鎌鼬のようにコンチュエを切り裂く。

「!!」

コンチュエは鋭い刃の風を、拳から出る拳圧で相殺しつつ大きくジャンプし、コガラシの首に強烈な蹴りを見舞う。

しかし、その蹴りすら届くことはなく逆に足を掴まれ、力いっぱい地面に叩きつけられる。

「纏風・風圧」

懐から出した囚人拘束用の鎖のようなものに石をくくりつけ、風による反動を利用しつつコンチュエの頭を潰すように地面との間に挟み込んだ。

挟まれた頭は派手に出血がみられ、額の一部は骨が折れたのか無惨にも変形している。

コンチュエはふらりと起き上がると、自分の額に滴る血を唇でなぞり、患部を手で触れゆっくりと笑う。

「…イイ」

「良い?何がいいたい?」

「…コウゲキ…イイ」

「?」

「…スコシ…ホンキ」

コンチュエのスピードは先程よりも速度が増した。
パンチ、キックどれもこれも驚異的なスピードだ。

「いくら早めても変わりはしねぇ。風はお前の打撃を押し戻す」

コガラシの言う通り、いくら打撃が早くても風に対応することはできず吹き飛ばされてしまう。

「…モット…ツヨク…」

コンチュエは握り拳を固め、渾身の打撃の連打を浴びせる。

「佰撥龍(ひゃくはちりゅう)…」

「百八龍?聞いたことあるな…龍の極みか…この女?」

「リュウ…キワミ?」

コンチュエの拳は風圧で皮がめくれ上がり、血を流しているにも関わらず止まることが無い。
そして風の防御は、拳によって突き破られることとなった。

「チッ。だが、弱くなったな…このくらいなら腕で防げるぜ。」

コガラシはスピードと威力が弱まった拳をガードし、スキを見つけ刀を突き刺そうとするが、舞い落ちる木の葉のようにひらひらと脱力したコンチュエにかわされてしまった。

「うまく避けたようだな、次は斬る…あ?」

突然腕がダラリと地面に落ち、その腕から立ち昇る激痛に違和感を覚えたコガラシは痛みの正体を探るべく、腕を見つめる。

その腕は赤黒く腫れ上がり、骨という骨が折れているのがわかるほどだった。

「…トドメ」

コンチュエは舞うようにくるりと回ると、その遠心力で渾身の回し蹴りを入れる。

「紅孔雀(べにくじゃく)…」

コガラシは意識を失い膝から崩れ落ちた。

「…ン」

勝利を確信したコンチュエはテクテクと島の出店の方へ歩いていく。
『依頼人に報告しないとな』と考えながら歩いていると、コンチュエの足元から警報音が鳴り、大爆発が起こる。
本来ならば足が無くなるほどの爆発だが、コンチュエは咄嗟に蹴りで爆風を緩和し、足の一部が出血する程度に抑え込んだ。

「…ン?」

その爆発で飛び散った肉片と血液を運び出す小型の虫のような機械を凄まじい動体視力で捉えたが、機械を知らないコンチュエは、それを不思議そうに眺め見送る。

イザヨイ島の街はコンチュエにとって楽しいことばかりだった。
ふわりと漂う甘い香りに誘われ綿菓子屋の主人に声をかけると、主人は顔の血を不思議そうに眺めて笑う。

「なんだ?姉ちゃん。旦那にDVでもされたか?そりゃキレさせたお前が悪いな。命からがら逃げて出店で腹ごしらえかよ」

「ギャッハッハッ!次は殴らない旦那を探すんだな!」

出店の男達の嘲笑も意に返さず、コンチュエは綿菓子に指を差す。

「ン。」

「え?」

「ン」

「あ、ああ…この虹色のやつか?女性人気一位だよ…ま、まいど…」

流れ出る血をものともせず綿菓子を指差す女性に若干引きながら出店の男は虹色の綿菓子を差し出す。

「…キレイ」

コンチュエはニッコリと笑うと綿菓子にかぶりつく。
大きめのそれを食べながら島を散策していると、見たことのある赤い長髪の男に出会った。

そして、今、その男と目の前にいるチャラい男との戦いに巻き込まれようとしているのだ。

コンチュエの胸はこれ以上無いほど高揚していた。
この男は間違いなく『…ツヨイ』。


第九話:イザヨイ島、もう一つの戦い

ナムとエンキは互いの武器をぶつけ、鍔迫り合う。キンレンの毒で痺れた腕で100%の力ではないにしろ初見の一発を見事に受け止められたのすら久し振りのエンキはこの男の強さを再確認する。

「ぐぐ…こ、これはこれ以上抑えてるとヤバいかも…押し潰されちゃう感じ?」

「このまま押し潰される程度で勝てる相手ならダンザイを正面から受け止めやしねぇだろ」

「でもさ〜、これ見てくんない?錫杖が今にも折れそうっていうかっ!」

潰されそうな体制から体をぐるんと回転させ、エンキの首に本気で蹴りを見舞う。

本来の人間なら今のでノックアウトだろう。しかし、彼の首にダメージを与えるのはこの程度の蹴りでは不可能に近い。
エンキは首を軽くさすり、刀を構え直す。
同時に額に違和感を感じ、刀を握っていない方の手を添える。

「あ?なんだ?血?」

自身の額からだらりと流れる血と痛む痣。蹴りは首に当たり効かなかったはずだとエンキは思考を巡らせる。

「ン…?」

コンチュエもエンキの出血に疑問を抱き、自身の順番ではないにも関わらず血が疼き軽めのジャブを放つ。
軽め…とはいえど一般人なら吹き飛ぶほどの拳圧だ。

「うわっ…強烈!!足怪我してなかったら鼻折れてるかも?みたいな?」

ジャブの踏み込みが足の大量出血で弱まったのか、ナムは攻撃を錫杖で受け止め、押し返す。

「…ッ!!!」

コンチュエは格闘家だ、やすやすと間合いに人を入れることも基本的にはありえない自信は本人の中にはもちろん、彼女の事を良く知っている人もそれは重々承知していた。

しかし頬にゆっくり、優しくナムの手が触れたのを感じ、コンチュエは錫杖を支点に合気の要領でナムを投げ飛ばす。

ナムが自身の足元に重力が無くなったと感じたときにはすでに遅く、後頭部から思い切り地面に叩きつけられた。

『さすがコンチュエ…だが…今あいつは両手を使わず触れた。いや、触れたように見えた…あいつの極みは一体何だ?』

ナムは痛む後頭部をゆっくりと触り、血がついていないことを確認すると、再び錫杖を手に取り、戦闘の構えを取る。

「困った困った…困ったなぁ〜…こりゃ骨折れるなぁ…みたいな?いててて…もう少し加減してやってほしかった「火の極み『地獄火炎』:火祭」

ナムがダラダラと喋るのをチャンスとみたエンキは極みの炎を纏わせた連続突きをナムに見舞うが、ことごとく見切られかわされてしまう。

「うおっ!服が燃えてる!あちちち!服燃やせるなら先に言ってくれよな…あちちち」

袈裟の一部に燃え広がった炎を燃えた部分ごと素手で破り取り、多少の火傷と引き換えに鎮火させ、慌ててエンキと距離を取る。

「その程度の火傷しか残らないってのはちょっとショックだな。火力やパワーには自信があるんだが…」

「わかるよ。マジでビビった〜火達磨にされるかと思っちった…袈裟破ってなきゃ死んでたって話よ?」

エンキは自身の愛刀をしっかりと両手で握り、『順番待ち』をしているコンチュエにそっと耳打ちする。

「コンチュエ、真っ向勝負のことは忘れろ。ヤツは強い。本当に二対一じゃなけりゃ負けるぞ。互いに手負いだしな。」

「ン…」

コンチュエ自身、先程『触れられた』ことでそれは理解しているのだろう、深々と頷く。
それでも一対一にこだわっていたのは彼らの性格的にそれを認めれば『武人』として『戦闘狂』としてのプライドが折られてしまったことになるのだ。

しかし、ナムはそれにこだわれないほどに強い。

二人はナムに戦闘態勢を取った。

「ありゃ?二対一…?しかも隊長クラスが?これは本気でやらないと俺も死んじゃうかも〜。ちょっち殺させてもらうわ。」

言動こそふざけているが、ナムの表情から笑顔が消え、掴んでいた錫杖を一閃エンキに向けて振り下ろす。

エンキは防御が間に合わず、頭を派手に割られ、顔からおびただしい血が吹き出す。
流石のエンキも久しぶりに意識がぐらつくのを感じガクッと膝をつく。

「もう一発」

「『天馬』」

薙ぎ払うように振られたナムの錫杖の力を逆に利用し、ナムを空中にふわりと浮かばせる。
先程の合気とは違い次は頭から落とすように。このままの勢いで叩き落されれば即死は免れないだろう。

「君の弱点はわかってるよ〜ん?」

錫杖を地面につき、強引に体制を整えゆっくりと着地すると同時にコンチュエの腹部を着地に使用した錫杖が貫く。

「エ…?」

臓器の一部を貫かれたのか、コンチュエは盛大に血を吐き出しよろける。
ドクドクと流れる血は肉片の一部が削げ落ちている方の脚にかかり、さらなる激痛を呼ぶ。

「エンキだっけ?お前は『剣の技術』が多分旧隊長の中で一番じゃない。我流の剣術とパワーのゴリ押し、コンチュエちゃんは『極み』を詳しく理解してない。どう?当たり?俺ちゃん分析力あるのよ〜こう見えてさ〜」

「大当たりだな…俺は剣技だけではオルキスに一度も勝てたことがない…なんならクガイよりも下だろう。でもな、俺は『極み』持ちの連中と何度もやり合ってきた…お前の極みはだいたいわかったよ…『事象の転換』だろ?」

「ケンスジ…ミエル…」

さすが元隊長と隊長格レベルの二人だ、一人は極みを、一人は剣筋をすでに見切ったらしい。
ナムは『あちゃー』とわらざとらしく頭を抱えると、奇妙な入れ墨が入った舌を出し、ついに口上付きで極みを発動する。

「業(かるま)の極み『六道(りくどう)』:空即是色」

ナムはどうやら本気になったらしく、はるかに速いスピードでコンチュエを捉え、錫杖で頭を殴りつける。

「ハヤイ…但是(中国語ででもの意味)」

コンチュエはその凄まじい動体視力で、錫杖の持ち手を掴み、腕を折りながら背負い投げを見舞う。
ナムの腕からは骨どころか腱が断裂したような本来鳴ってはいけない音が鳴り響き、そのまま地面に頭から叩きつけられる。

「こんなもんじゃ死なねぇな、火の極み『地獄火炎』炎ノ池地獄」

倒れたナムの身体を容赦なく刺し貫くと刺した傷口から炎が燃え広がり、ナムの全身を容赦なく焼く。

「ぐあああ!こ、これは予想外かも…転換しきれな…」

ナムの身体は炎に焼かれ、蒸発したかに見えた。

「ふ~っ。危ない危ない。かな~りダメージ喰らった系だわ。コエー」

エンキが貫いた刺し傷と、片腕をダラリと垂らしたナムがエンキの肩を掴み錫杖で身体を切り裂く。
どうやら極みの力で打撃武器の錫杖を斬撃武器のようにすることもできるらしい。

「口上を使った極みはそれだけじゃないよ〜ん?業の極み『六道』:解夏(げげ)」

ナムが地面に錫杖をトンッと突くと、コンチュエにも同じ刀傷が現れ、出血で目の前がぼんやりとする。

「ウ…」

「く…血が足りね…え?」

エンキは強烈な痛みを首と後頭部に感じ、触れるとまるで潰されたスイカのようにぐしゃぐしゃになった後頭部がそこにあった。
更に悪いことに、首の骨も綺麗に折れている。

「ちくしょう…脳と頚椎が機能してねえ…身体が…」

頑丈すぎるほど頑丈なエンキとはいえ、その強烈な痛みと脳の損傷により、地面に倒れ伏してしまう。

その痛みと損傷は『コンチュエに自身の力を利用されて本気で投げられた』時に似ていた。それはコンチュエも同じなようで、出血しているあらゆる箇所からエンキの炎が燃え広がり、全身を神経ごと焼かれる痛みが襲う。

「ウウウ!!!…アツイ」

酷い全身火傷による脱水で、とうとうコンチュエも起き上がれなくなってしまった。

「業の極み『奥義』因果。な~んてねぇ、それはお前が俺にしてきた痛み。ま、文字通り因果応報ってこと。人生時には諦めも必要だぜ?ま、これでオシマイ。ちゃんちゃん」

倒れている二人の体めがけて錫杖を振り下ろすが、エンキがとんでもない力で掴み、そのままゆっくりと起き上がる。
そして、コンチュエに何やら耳打ちをし、エンキは一人意識を刀に集中させ、力を溜める。

「ジュウ…ビョウ…」

「重病?あ~十秒ね。十秒その体で止めれる?錫杖も見きれてないじゃん」

ナムの言う通り、コンチュエの身体はもはや言うことを聞かずナムの錫杖の連打をあっさりと浴び、今にも倒れそうに膝が震える。

「その足じゃ止められないよな。」

「放弃(中国語で見切ったの意味)」

血と火傷だらけのコンチュエがナムの錫杖を掴み、あっという間に武器を叩き落とすと、そのまま顎に強烈な飛び膝蹴りを入れ、開いている腕でナムの関節を取る。

『な、なんだ…この技は…』

「禁術『虎王』…」

凄まじい蹴りの衝撃と一年は使えなくなったほど破壊された腕の激痛で意識が吹き飛びそうになるが、どうにかコンチュエを振り払い、極みの口上を述べるため、ゆっくりと口を開く。
同時に赤黒い炎に身を包んだエンキがナムへゆっくりと近づく。
その炎は周囲の木々を灰燼にするほどの勢いで、手当り次第近づくものが燃やされていく。

しかし、エンキの肉体がそれに耐えきれていないのか、血管からドバドバと出血していく。

「極みには『覚醒』ってもんがある。俺のはこんなふうに自分すら焼いちまう。昔はコントロールできたが衰えたよ…発動に数十秒。発動したらしたで今にも身体が千切れそうだ…悪いが、一瞬で終わらせてもらうぞ…獄の極み『閻魔炎(えんまのほむら)』羅生門!!」

赤黒い炎は閻魔大王の牙のような形に変わり、避けきれなかったナムの全身を焼く。同時にエンキの炎も切れ、力尽きるようにその場に倒れ込む。

『や、やったか…もう…動かねぇ…』

「はぁ…はぁ…とんでもなさすぎっしょ…」

今にも倒れそうになりながら、ナムはジリジリとエンキとコンチュエに近づく。

「嘘だろ…まだ立つか…」

「マケ…ナイ…」

血塗れのコンチュエは一人だけでも対抗しようと構えるが、ナムはそれを気にすることもなく身体を引きずり何処かへと向かう。

「これは…追加料金もんだよ…」

「ど、どうにか撃退できたってことか…」

「ン…」

ナムの影が見えなくなると同時に空から廉たちが降りて来た。

「エンキと、こ、コンチュエ!?お前らなんでここに!?」

「クガ…イ…你好」

「あれ、クガイ隊長…?なぜここに?それに顔見知りじゃない隊員達までいる…」
 
「あ~…まぁ話は廉から聞いてくれ。説明がだるい」

「まぁまぁ、詳しい話は後ででいいじゃないですか、あなた方二人がここまでボロボロにされるとは、相手はとんだバケモノですね…あ、エンキさんは『あの山』以来ですね」

廉はいきなり馴れ馴れしくニコニコと笑いながら血溜まりに膝をついている二人に話しかける。

「…ダレ?」

「あ~、まぁ人間みたいなもんです」

「ちゃんと自己紹介しろよ。お前は知ってるかもしれないけどコンチュエははじめましてだろ」

満身創痍であることを忘れるほど呆れた声で廉の意味の分からない自己紹介にツッコみ、エンキはその場にドサッと倒れる。

「ひとまず二人の治療ですかね。話はそれからです。」

廉はカバンから薬を取り出し、治療を始めた。


身体をズルズルと引き摺るナムの前に、扇子をもった胡散臭い関西弁の男と、女性と見紛う水色髪の長髪の男が立ち塞がる。

「なんや、ナム。派手にやられたなぁ」

次回、ルートB最終回



ルートB最終話:イザヨイカンパニー


ボロボロのナムに声をかけたのは和服に扇子を持った笑顔の胡散臭い男と、水色の髪をした女性的な雰囲気の美しい男。

折られた両腕と、火傷がひどい全身をズルズルと引きずりながら、ナムはいつもの調子で二人に話しかける。

「あっ…れえ?ハイカラちゃんにヒューちゃん?追手…みたいな?見て分かる通りそれどころじゃないっていうか…」

「あら、こら驚きや。ワイらの名前知ってんねや…なぁヒュー」

「元カムイ軍とはいえ横の繋がりはないはずだがな…」

「忘れるわけないっしょ?二人共キャラ濃いんだからさ」

「…お前に言われたくないな」

やっとのことで立ち上がったナムは錫杖を構える。胡散臭い男、ハイカラは両手を挙げて「勝てるわけ無いやろ」とぼやき、懐から札束を出す。

女性的な雰囲気の男、ヒューはハイカラに「その金額で足りるわけがないだろう」といった旨の事を何やら耳打ちしている。

ナムは何を考えているか分からない二人に対し、不審感を募らせると同時に、今の雇用主よりも低い金額を出してきたハイカラに呆れも覚え、今すぐこの場から去ろうと逆側へ歩き出した。

「ええこと教えたるわ、『乃亜造船』はもう終わりや。」

「へー、いきなり根拠がないこと言うじゃん?それ、社員の俺っちに言っていいの?」

乃亜造船はミトが経営する大企業だ。巷では世界一の大企業と推す声も少なくない。社宅を作るだけでは飽き足らず、街を一つ買うほどの計り知れない売り上げ。
そんな企業が終わるのかとナムは皮肉交じりに笑い飛ばす。

ハイカラはその胡散臭い糸目を見開き、片側の口角を上げて笑う。

「おたくの社長さん、けったいな悪癖しとんなぁ…先刻、ヴァサラ軍がミトの乗る船に隊長派遣したで。」

「!!」

「勘付いたようだな。察しの悪い馬鹿より話が早くて助かる。」

「そない言い方すなや。乃亜造船はこの国の商業の根幹や。そこが潰れたらどうなるかはわかるやろ?」

「ま、そんなのは俺っちには関係ないね。乃亜造船がそうなったらまた新しい雇用主でも探すからさ。金様沢山くれる」

「せやから、こうして話してんねやろ。ワイとヒューが雇い主。どや?金には困らせへんで?」

ナムは先程のはした金を見たことで二人を信用できなくなっていた。この程度の金額で自分を雇おうなどとくだらない考えをしているのかと。

乃亜造船の給与のせいで感覚が麻痺しているのもあるが…

「てかさ、君らカムイ軍じゃ〜ん?いいの?抜けちゃって、カムイ軍なら将来安泰。君らなら幹部よ幹部」

「果たしてそうかな?」

「せやなぁ…そないうまくはいかんで…」

ハイカラは馬車を呼び止め、イザヨイ島の中央にあるさびれた数坪の土地へナムを連れて行く。

「?」

「暴力の時代なんてもんは長く続かへん。結局時代は金を持つものが操っていくんや。そして、この土地はワイらの金策の第一歩や。」

「手始めにイザヨイ島の無法者を始末する。ナム、お前がやれ。そしてこの独立した島の経済的整備、歓楽街の整備…「ちょっ!俺っちやるなんて言ってないけど?」

「昔俺が遊郭で稼いだ金を全額やる。それでもやらないか?」

ヒューはさびれた土地の中央に『イザヨイカンパニー売約済み』の立て札を刺す。

「それなら無法者くらいはやるけど…そうじゃなくて。頭パニクってるっつーか。カンパニー!?話が飛びすぎっしょ?いや、言いたいことはわかりすぎるほどわかる。でも、そんなうまくいくか?てか俺っち、治療してもらいたいんだけど??」

ぶっ飛んだ話を聞かされたこと、そろそろ出血で意識が飛びそうなことの二重の意味でナムは二人の前で座り込む。

「せやなぁ…したら、これはどや?二年貸してくれへんか?お前さんの二年。それでイザヨイカンパニーが成長せえへんかったらワイとヒューの首を切り落としてくれや。どや?」

「二年間の売り上げは全てお前に譲渡する。」

売り上げの話を聞くと同時にナムは『乗った』と声を上げる。

「あんがとな。ナム兵士長。これからワイはハイカラ社長。こっちがヒュー副社長や。」

「働きに期待してるぞ、ナム」

「ハイハイ、で?俺っちこのまま治療なし?」

「隣の病院で診てもらえや。ま、医師免許は持ってへんけど。」

ハイカラはケラケラと笑い、病院にナムを放り込むと、ヒューとアイコンタクトを取り、前方の敵に視線を移す。

「ま、どんだけ理屈捏ねたところで今の時代、特にこの島は暴力中心や。この先信じられへんくらいボコボコにされんで、覚悟しときや副社長」

「俺に見捨てられないようにお前が覚悟しておけよ、社長。」

「なんだァ?俺はこの土地を売った覚えはねェぞ?」

「堪忍してや、ルチアーノさん。ワイら未来ある若者やで。若者を潰して楽しいか?言うてな」

ルチアーノは少し苛立った様子で背中の大剣を抜き、ハイカラに斬りかかる。
ハイカラは鉄扇でそれを受け止めるが、突然血を吐き出し、全身の神経が弛緩したようにその場に崩れ落ちたヒューを見て、思わず受け止める手を緩めてしまい、肩の骨に食い込むほどの一撃を受けた。

「こらぁ、アカンな…」

敢えて激痛が走るようにギコギコとノコギリで木を切るように肩の骨に刀を走らせるその激痛が軽症に思えるほど、ハイカラの全身に鋭い痛みが走る。
それはまるで神経を麻酔無しで直接鋏で斬られたかのような痛みだった。

「害の極み『幻覚幸福論』:死煙。俺ァ今、すこぶる機嫌が悪ィ…このまま隣の病院にいる連中も殺す。」

窓を開けて換気していた病院に葉巻の煙が入り込み、医者や看護師が次々と倒れていく。
ルチアーノはゆっくりと病室に入っていき、肺を潰されたような感覚で苦しみ悶えるナムを固定するかのように両腕をナイフで貫き、ベッドにくくりつける。

ハイカラとヒューはナムを助けるために動こうとしたが、死煙の効果が切れておらず、みすみすルチアーノを病室に入れてしまった。

「おいおい、起業計画はここまで?これはまずいなぁ…」

「そもそも許可は出してねェ。死ね」

手負いでなければ多少の抵抗はできただろうが、今のナムは自分でも分かるほど弱りきっており、ルチアーノの攻撃を受け止める自信がなかった。
自分の命もこれまでかと諦め目を閉じるが、いつまでも刀が振り下ろされなかったため、ゆっくりと目を開ける。

ドレッドヘアの体格のいい男がそれを受け止めていたのだ。

「ドリック…なんのマネだ?」

「なんのマネ?それは俺のセリフだぜ。この島来た時に『ここら周辺の土地と金』の管理の仕事をくれたのはアンタだろ。ここは俺の管轄だ。勝手に暴れられても困る」

ドレッドヘアの男、ドリックは筋が通らないのはお前だと言わんばかりにルチアーノの刀を必死で受け止めて説得をする。

「知るか。この島は俺が法律だ。テメェも反逆者として消せばいい。自分の立ち位置を見失わねぇ方が良いぞ…」

「相変わらず強引な市長さんだな…」

とはいえこれはまずいとドリックが考えていると、獣の毛皮を着たような男がドリックの加勢に入る。

「うちの弁当注文した医者がバタバタ倒れるんで食中毒でも出しちまったかと思えばあんたかよ…ルチアーノさん。ドリックに頼んだのは俺だ。棚卸しの食料を仲介する企業が欲しいって頼んでたんだよアンタに通さなかったのは悪いと思ってる。ただ、うちの食堂はこの島でも上位の人気だ。俺が死んじまったら客足も減る…それにアンタだって気に入ってくれてただろ?ここは引いてくれ…」

「バジンか…アンタそこそこ強かったんだな…」

「か、勘弁してくれ。こんな食堂のジジイを…受け止めるのも限界だ…じき死ぬぜ」

「…仕方ねェ…テメェの食堂の顔を立ててやる。」

ルチアーノは毛皮の男、バジンの懇願を聞き入れ、剣を収めてその場を後にする。

バジンもほっと息を撫で下ろし、長く使っていなかったらしい護身用の錆びた刀を鞘に収めて病院を出る。

「ドレッドヘアの兄ちゃん、助かったわぁ…ワイらも動けへんかったからな。」

「ドリック…元猛悟の部下か…」

「あら、ホンマか?自分同業者やんか。いつの間に抜けてん?」

「だいぶ前だ…そして恐らく、もうこの島には居られねぇ。アンタらも早く逃げたほうがいい。ルチアーノに目をつけられた。」

「ドリックは火薬の扱いに長けてる。せやろ?ヒュー」

「ああ、間違いない。こいつの技術なら島の興行に一役買える。」

イザヨイ島を出ろという忠告も、話も聞いていないのかとドリックは頭を抱える。それどころか自分自身がいつの間にかメンバー入りしているのだ。

「へぇ…じゃあ花火師ってことなのかな?ドリックちゃんは」

「は、花火師!?俺はお前らと仕事をするつもりは無いぞ。」

「ええやんか。自分今この瞬間から無職なんやから」

「ルチアーノが同じ待遇でお前を迎えるとは思わないからな。島の前で待ち伏せされればお前は死ぬ。俺達と組むのが最善だろう」

「どちらにしろ死ぬだろ…だが、無職になったのは事実か…仕方ない。これも成り行きだ。お前らと組んでやる」

「せやったら今日のサイカのライブ後の花火がイザヨイカンパニー最初の仕事…「花火を研究する時間はよこせ」

「その前に医者呼んでよ。オレっちもうもたないよ?死ぬって…」

ーイザヨイカンパニー。イザヨイ島にあるわずか数坪の土地から始まった会社はこの先数年で乃亜造船に迫る大企業に成長するのはまだ先の話ー


バジンは自身の営む食堂に戻り、サイカのライブ前で賑わっていた忙しさの山を越え、最後の客に料理を振る舞いながら病院で喧嘩に巻き込まれた。などと世間話をする。

「そうだ、バジンさん。店先に捨て猫が居ましたよ」

「捨て猫?ちょっと後で見てみますね。ありがとうございました」

「ごちそうさまでした」

客が勘定を済ませ、店から完全に見えなくなったと同時にバジンの表情が変わり、捨て猫は猫耳がある美少女の見た目に変わる。

「リッサ…凶に伝えろ。あいつらはいずれ巨大な金の王国を作る。攻撃は二年後。戦でしか生きられない俺達には天敵だ…イザヨイ島を獲るぞ」

「ニャハハ★久しぶりに退屈しなそう。楽しみ〜」

リッサと呼ばれた猫耳の少女は再び猫の姿に戻り、どこかへと駆けて行く。


「…二人共丈夫な体ですね…その怪我じゃまともに歩けませんよ…」

「キタエタ…」

「まぁ基本的に俺は頑丈な方だからな…で、オルキス達と合流するのか?いるんだろ?島の奥に」

「そうですね…ただ、移動手段が」

ワグリは人数的に、かつ怪我人がたくさんいる自分達を快く乗せてくれる船は無いかと周囲を見回す。

彼の性格上無理強いして乗ることはできない。

廉は空を見上げて何かを思い立ったようにニッコリと笑う。

「…飛びますか、もう一度。」

「ち、ちょっと待ってほしいべ!あの怖いのはもう二度と…」

ヨモギの静止も聞かず、廉は再びその場に散らばっている壊れた船や馬車の残骸を一の元へ持ちだし、即席のボロ船を作らせ、特殊な術式で空を飛ぶ。

「はぁ…この人本当に言っても聞かないな…この先が不安だよ…」

ワグリはまだ見ぬ科学都市でうまく連携が取れるのかとメンバーを見て大きなため息をつく。

即席で作られた龍船は、オルキス達の元へ飛んでいく。

絶望の支配者:ルートBー完ー







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