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櫻来記【小説】

今日のことを忘れないように、

なんて、

その時34歳だったお祖父ちゃんは云って、

未来の孫である16歳の私に

その桜の携帯ストラップをくれたのだった。

だから、私は忘れないようにこの日記を書こうと思う。

お祖父ちゃんはその頃からお酒に弱くて、
500mlのキリン一番絞りの缶を半分くらい飲んだところで
もう酔っ払っていた。
家から一番近いローソンにそれを買いに行って、
そのすぐ側の公園に夜桜を観に行こうなんて、
急に云い出したのだった。
もうお風呂も入ってパジャマだった私は、
とりあえずズボンだけ履き替えて、
あとは丈の長い淡いブルーのスプリングコート(当時のお祖父ちゃんのなけなしのバイト代で買ってもらった)を羽織って
一緒に出てきたのだ。

この世界のお祖父ちゃんはまだ34歳で、
でも、酔っ払った時の笑い方とか
語尾を伸ばして喋る癖とか
すぐ唇を尖らせたりするとことか
いつも見てた75歳のお祖父ちゃんとあんまり変わらなくて、
そんな酔ったお祖父ちゃんをみるのが私は結構好きなのだった。

適当な桜の木の下でベンチに座って、
舞い落ちる桜の花びらを眺めていたら、
今が実は、
自分のいる時間軸じゃないってこととか、
もうすぐ元の世界に戻るタイムリミットが近づいてて、
お祖父ちゃんとお別れしなくちゃいけないんだ、とか
淋しい、とか、切ない、とか
そういった気持ちの諸々がどうでもよくなった。

桜はきれいに咲いていたし、きれいに散っていたからだ。

そんな私の気持ちを見抜いたかのように
お祖父ちゃんは不意に口を開いた。

以下、お祖父ちゃんと私の会話。
(私の記憶の記録だから多少曖昧。)

「こうしてるといろーんなことがどうでもよくなるなぁ」
「それ以上どうでもよくなってどうするのよ。ただでさえだらしないのに」
「なーんかさ、忘れたくないことをちょっとずつ思い出したりしてさ。
 まただーいじにしまいこんだりして。
 それでまたなーんにも考えなかったりさ」
「それって結局忘れてるんじゃないの?」
「ちがうよー。
整頓してるんだよ、頭の中を。
 洋服をさ、こう、
タンスから全部出すでしょ?
 そんでまたたたみ直して、
きれいに分けて、そろえて、
 タンスにしまい直すでしょ?
 こんな服あったなぁ、とか、
これは今度着よう、とか、
 思うでしょ?そういうの。
そういう感じだよ」
「普段、そんなことしないじゃん、おじいちゃん」
「子供にはわっかんないかぁ」
「おじいちゃんはただの陽気な酔っ払いだよ」
「酔っ払いですよー、どうせ。子供はどうせお酒飲めないもんね」
「私が一緒にお酒飲めるようになるまで、生きていてくださいよ」
「それ、今から何年後のことなの?」
「・・・ひみつ」
「ひみつかぁ」
「そう。ひみつ」
「未来人はひみつだらけだねぇ」
「そうなの。ミステリアスなの」
「♪ミステ~リアスガ~ル」
「なんの歌?」
「そっかぁ、知らないんだぁ。まちはきらめくパッションフルーツなのにねぇ」
「はぁ?」
「あ、そだ。これあげる」
「なにこれ」
「携帯ストラップ」
「ケータイストラップ?」
「え?なに、まさか、未来にはもう携帯なんて、ないとか!?」
「…ううん。なんでこんなものくれるのかな、って思っただけ」
「今日のこと、忘れないでよ、34歳のお祖父ちゃんと一緒に過ごした今日をさ」
「お祖父ちゃん、どうしたの?」
「もうそろそろ、帰っちゃうんだろ?元のとこに」
「……それは、ひみつ、だよ」
「それも、ひみつかぁ」
「うん」
「ほんと、未来人はひみつだらけだなぁ」
「うん。ねぇお祖父ちゃん」
「なに」
「ありがとね、大切に、する」
「うん」
「……ねぇ、これ、厄除け房付きって書いてあるんだけど……」
「いいでしょ?すばらしい効能じゃない?」
「お祖父ちゃん、今、34歳だよね?」
「うん」
「……お祖父ちゃんのこういう趣味って、
 年とったからとか、そういうんじゃなかったんだー……」
「なに?」
「なんでもない」
「そ?」
「うん」

 

 

なんだか書いてきて、切なくなってきたので
今日はこの辺でこの日記をやめる。
これから、病院に入院してる今のお祖父ちゃんに会いに行ってくる。
目を覚ましてくれているといいな、と思う。

 #小説 #櫻来記 #1話完結 #よしこの作り話

 

しろくまʕ ・ω・ )はなまめとわし(*´ω`*)ヨシコンヌがお伝えしたい「かわいい」「おいしい」「たのしい」「愛しい」「すごい」ものについて、書いています。読んでくださってありがとうございます!