【禍話リライト】忌魅恐NEO「黒い額縁の部屋の話」

 すみません、証拠はないんですけど。

 Aさんはそう言って、語り始めた。
 写真はもらったのだと言うが、一連の出来事の際にビビって消してしまったらしい。

 大学二年生の時の話だ。
 当時Aさんは体育会系のサークルに所属していたのだが、サークルには普段あまりやる気のない、飲み会でしか来ないような先輩が三人居たのだという。
 しかしある時から、その三人がぱったり飲み会にも来なくなってしまった。

「これ、誰かガチで説教したんじゃない?」
「ここは飲みサーじゃねぇ!的な?」

 ところが誰も説教なりした覚えはなく、さらにはある日突然、三人が退部すると申し出てきたのである。
 三人のうち二人は、退部届だけ出してそそくさと出て行ってしまう。普段は下ネタやくだらない話で大騒ぎしていただけに、そんな人たちが名前だけ書いてひどく凹んだ様子で立ち去っていくのもおかしな話だった。

「あの、なんかあったんすか」
「うん……大学も辞めるかもしれない」

 もしや犯罪にでも手を出したのかと、残った一人の先輩に「何かやっちゃったんですか?」と仄めかすと、どうやらこの地域自体が嫌だ、怖いという話らしかった。
 さらにどういうことかと問うと、先輩は携帯に保存された写真を見せてきた。
 傷んだ襖や、畳の重なった廃屋の写真だった。どうやらそこは廃旅館らしく、聞けば少し前に、先ほどの二人を含めた三人で行ってきたとのことだった。
 さらに先輩は写真をスクロールしていく。
 廃墟の写真は何枚かあったが、そのうちの一枚で先輩は手を止めた。

 畳の上に、黒い額縁だけがいくつも積み重なっている。

 額縁の中に写真はない。
 パソコンのモニター程度の大きさの空の額縁が、ざっと十や十五個ぐらい乱雑に積まれたり、襖に立てかけられたりしている。

「いやこれ何すか?」
「うん、まあこれなんだけど」

 どう思う?

 要領を得ない問いかけだった。
 ぱっと見、傾いたり倒れたりした額縁は、将棋倒しかその途中には見えたのだが、それを言ったところで仕方がない。
 なのでAさんは、とりあえず「……気持ち悪いすね」とだけ返した。

「あー、うん、正解だ」
「はぁ?」
「気持ち悪いとかそれ以上に何も思わなかったんだろ、ならそれで正解だ」

「この額縁に元々何が入ってたとか、何が入る予定だろうとかは、思わない方がいいんだ」

 そう言って、先輩は廃旅館に行った時のことを話し始めた。

 この額縁の重なった光景を見た時、先輩は単に「何だろうな、いっぱいあるな」ぐらいしか思わなかったそうだ。
 しかし同行したうちの一人、仮に田中という先輩は、「写真でも入っていたのかな」と思ったらしい。

「まぁ、別にその場では特に言わないよな」

 ただ頭の中で、この額縁は写真用なんだろうか、等と思っただけ。
 しかし廃墟から帰った翌日、田中と連絡がつかなくなったのだという。さらに次の日、買い物に誘っても「都合が合わない」と言って、二人には会おうとしない。大学の講義にも出ていないようで、その翌日も同じだった。
 埒があかないので、二人は田中の家に行った。
 家には、普通に田中がいたらしい。

「お前、何してたんだよ」
「いやいやちょっと忙しくて」

 家に上がると、先輩はふと、本棚にアルバムが増えていることに気づいた。
 アルバムといっても本格的な製本されたものではなく、写真屋で現像したらもらえるような、ペラペラの薄い簡素なものだ。
 田中がトイレに行った隙に、先輩はアルバムの中身を見た。
 入っていた写真は、どうやら家の中のものを何でも適当に撮ったものらしかった。慌てて撮ったのか、ピントの合わないブレたものも何枚かある。
 そんな写真が、五冊ほどのアルバム全部に入っていた。
 トイレから戻ってきた田中は、明らかに先輩がアルバムを見たことを分かっているだろうに何も言わない。なので先輩はあえて真正面から、これは何かと田中に尋ねた。
 田中の答えは、釈然としないものだった。
 何やら説明をしているのだろうが、そのことを説明しようとすると急にうまく話せなくなっている。
 何度も田中の話を聞いてようやく分かったのは、

「あの大きな額縁を埋めるにはとにかく写真を撮らなきゃいけない」
「自分は写真を大きくするとか拡大とかよく分からないし、あの何十個の額縁を埋めるには、とりあえず量を撮らなきゃいけない」

ということだった。
 この話も、三十分ほど根気強く噛み合わない話を聞き続けてようやく分かったことだ。
 他の話題なら齟齬なく話せるのに、写真の話題になると急に田中の説明が分からないものになったらしい。

「んで、とにかく田中がヤバいことになってるからって、地元のこと知ってそうな奴とか教授に聞いてみたんだよ、あの廃墟のこと」

 分かったのは、あの建物自体には何もおかしな事はなく、ただ所有者が金が無くなって夜逃げした、程度のことだった。
 しかし、人がいなくなってからのことについては、二つ説が分かれていた。

 一つは、業者らしきものが、大量の額縁を運び込んでいた、というもの。
 もう一つは、髪の毛ボサボサの夫婦のような男女が運び込んだ、というものだった。

 どちらの説にしても、あの建物が廃墟になった後の一室に、何者かが大量の額縁を運び込んだらしい、とのことだった。
 この話の時点でもかなり気持ちの悪いことだが、実際に廃墟に行って額縁を見ると、今度はその額縁の中身がなんなのかという考えに取り憑かれてしまうのだという。
 気持ち悪い、と思うだけなら問題ない。
 しかしその額縁が何なのか、額縁のことを考えてしまうとダメらしい。

 過去には、少し潔癖症ぎみの人が額縁の部屋に行き、「床が汚いけど、額縁は廃墟の年代より新しいから、額縁の上を歩けばいいかもしれない」ということを考えた。
 するとその考えに取り憑かれ、家から出られなくなった。布団からも出られず、友人に「家から出られない、額縁をいっぱい持ってきて、その上じゃないと歩けない」などと電話し、何の話だと突っ込まれたことで、ようやく我に返ったそうだった。

 そういうことがあるからヤバいのだと言われ、先輩はもう勉強にも何にも手がつかなくなってしまったらしい。

「正直、田中もずっと様子がおかしいままだし、家族に事情話して実家に帰るんだよ」
「なるほど……」

 Aさんは、先輩の話をうけて改めて額縁の写真をしげしげと眺めた。
 特に何とはない、気持ち悪いだけの写真だ。
 ふと、Aさんは写真の一部を拡大した。
 画像の奥に、将棋倒しになったような額縁の最後が立っている。
 他の立っているような額縁は、どれも古びた襖にもたれかかっているが、その一番最後の額縁だけは、後ろに襖も何もない。

(古い畳に、額縁が刺さってんのかな)

 写真は見切れてしまっていて、どういう原理で額縁が立っているのかはよく分からない。
 しかし取り止めのない考えだ。
 Aさんは場を明るくするぐらいの気持ちで、軽く言った。

「一番奥の、立ってるこの額縁は、刺さってんすかね」
「ああそれ、杉下が見えないとこで支えてんだ」

 杉下は、連んでいた三人のうち、一番小柄な先輩だった。写真の角度的にできないことはないが、意味がわからない。

「なん、で杉下さんが支えてるんすか?」
「何でって……額縁の部屋に行ったら、将棋倒しっぽい一番最後のが倒れてるから、杉下がじゃあ俺が支えるから、って……」

 そう考えたら、何で支えてるんだろうな!

 先輩は、至極明るく笑って言った。

「あっ、ハイ、わかりました……とりあえず、これ、退部届はもらっとくんで……」
 そうして先輩が帰って行った後、退部届を確認すると、書かれた名前全てが「杉下」だったらしい。

 その後、Aさんは他の人にも額縁のある廃墟の話を尋ねてみたのだが、どの人に聞いても「額縁はそんなに沢山ない、五、六個程度だ」とのことだった。
 しかし写真で見た部屋には、確かに十五個くらいの額縁があった。

「誰かが運び込んでたのかもしんないすけど」
 それ以降、Aさんは額縁が怖くて仕方がない。

(出典:禍話アンリミテッド 第十三夜 余寒復活回)

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
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