【禍話リライト】死人の来る家

 ヤバい場所というのは、例え死んでしまうとかそういったことがなくても、何かに魅入られてしまう。
 それが霊感のある者とは限らないし、かといって全く心霊を信じずバカにするような者とも限らない。
 全ては、向こう側のさじ加減なのだ。

 Aさんが大学四年生の頃の話だ。
 Aさんは、夏頃に早々に地元で就職が決まっていた。所属のゼミには卒論はなく、単位もきちんと取っていたため焦って授業に出ることもない。あとは残りの青春をサークルなり何なりで過ごすような、そんな時期だった。
 夏ということで、サークルではどこか怖い所に肝試しにでも行こうと盛り上がっていたのだが、たまたまその時行ったスポットが、全然雰囲気がなくて怖くないとか、有名で人が多すぎて怖くないとかで、不発になっていた。
「やっぱ最後の夏だし、怖いとこ行きたいよなぁ」
 ぼやくAさんに、真面目な後輩の一人が「じゃあ俺探してきますよ!」と名乗りをあげた。
 先輩の最後の夏を楽しませようという後輩の心意気をありがたく思いつつも、Aさんはそんなマジになんなくていいからね、と冗談めかして笑った。

 しばらくしたある日、その後輩が飲み会で「いやぁ、怖いとこ見つけましたよ」と切り出した。

 後輩によれば、そこは昭和の頃に女の人が死んだという家らしい。
 あたりがどんどん開発されて、ビルができたり道路は新しくなるのに、その一軒家だけが残されている。
 ビルはいずれも一軒家に背を向けるようにして建っており、家に辿り着くには細い路地を通り抜けていかなくてはならない。地元の人間でも、そこに家があるとは分からないくらいだ。

「でもそういうとこって、知らないだけで結構あるらしいんですよね」
「大通りからは絶対見えなくて、でも残ってるっていう、そんな家があるんですよ」

 後輩の話に、Aさんは若干引き気味だった。
 怖い所とはいえ、それは流石に怖すぎる。
「いやダメだよお前、呪怨とかの世界だって」
 Aさんは笑って流し、その時はこれで話は終わりだった。

 さて、夏休みということもあり、Aさんは短期のバイトを入れていた。たまたまそのバイトとバッティングする日に、「この間の飲み会で話題になった家に行ってみよう」という誘いのメールが来た。今日が一番人が集まるから、ということであったが、Aさんはどうしてもバイトを外すことができない。
 どうやら他の四年生は行けるらしく、Aさんとしてはそれほど乗り気ではなかったため、「いいよ、お前らだけで行ってこいよ」と、後輩に断りの連絡を入れた。
「いってきまーす!」などと呑気な返信が来たのを見て、Aさんはバイトへと向かった。

 Aさんの入れていたバイトというのが、夜通しの仕事で、終わるのが午前二時、三時頃のことであった。とりわけ後輩らに「どうだった?」などとメールを送ることもなく、携帯を確認しても後輩らから着信なりメールなりが来ることもなかった。
 Aさんがようやく帰宅したのは四時頃で、疲れ果ててそのまま眠ってしまった。
 そこでAさんは、変な夢を見たのだという。

 夢の中で、Aさんは自分の部屋で目を覚ました。
 自分が寝た時と変わらない暗い部屋だが、Aさんは何となく「これは夢だろうなぁ」と気づいた。
 枕元に放っていた携帯の場所にも変わりはない。
 ふとAさんが携帯を確認すると、そこにはありえない数の着信が入っていたのだという。二、三十人もの着信で、その件数からして「やっぱり夢か」とAさんは思った。
 履歴はスクロールしても終わらず、表示される名前は知らない人間のものばかりだった。「のりのり」などとハンドルネームのようなものまで混じって、一体何秒刻みで電話をかけているのかと、Aさんはいっそ面白くなってきたのだという。
 ふと、スクロールされる大量の名前の中に、知っている名前があった。
 それは丁度、怖い家のことを話した後輩のフルネームだった。
 Aさんはその後輩のことは名字で登録しており、いよいよAさんはこれが夢だと思い苦笑いした。
 バイト中に電話かけてきてやんの、などと思っていると、後輩からの着信には留守番電話が記録されていることに気づいた。
 タイミング的に肝試しの最中だろうか。一体何の用だったのかと、Aさんは再生ボタンを押した。

「あ、どうも、○○ですー」
「いやね先輩、ここは本当に人が死んでる家ですねぇ……来なくて正解ですよ、ほんとに」
「俺今ね、来なきゃよかったなぁ来なきゃよかったなぁって後悔してますよ」
「今、俺家の中にいるんすけどね、音もしないし声も聞こえないですよ?でもね、死人の気配がするんですよ」
「死人がね、俺ね、一階にいるんすけどね、こっちに向かってくるのが分かるんですよ」
「姿は見えないですけどね?分かるんですよ」
「いやぁ先輩、ここはね、本当に人が死んでますね」

 ぎょっとした。
 後輩は留守電で、「ここは人が死んだ家だ」ということを繰り返していた。
 Aさんは慌てて切ろうとしたが、夢の中だからか、どこを触れば留守電が切れるのか分からなくなっている。電源を切ればいいのだろうが、そんな簡単なことも分からなくなっていた。
 やがてスピーカーホンにでもなったのか、部屋中から後輩の声が聞こえてくる。

「先輩ね、死人の気配がするんですよ。二階の方にいるんだなぁ死人が」
「死人がね、俺が本当は一階にいるって分かってるんですよ?でもね、わざと歩いてる感じがね、足音はしないんですけどね、俺には分かるんだなぁ」
「いや俺はね、ほんとに来なかったらよかったなって」

 スピーカーのように響く後輩の声はなおも「死人が」と繰り返す。
 軽い混乱に陥った中でようやくAさんは電源を切ればいいということに気づき、電源ボタンを押した。
 画面は暗くなり、携帯の電源が切れたようだった。Aさんは思わず携帯を放り投げた。
 しかし後輩の声は止むことはない。

(あっ、違う、電話じゃない)
(後輩は、この部屋にいるんだ、この真っ暗な部屋のどこかに)

 そう思い至ったところで、耳元で後輩の声がした。

「先輩ね、本っ当に来なくてよかったですよ」

 Aさんは叫んで、夢の中で失神した。

 次にAさんが目を覚ましたのは朝の十時頃だった。
 夢のせいか全く疲れが取れていない。
 ふと枕元を見ると携帯がなく、見回すと最後に夢で失神する前に投げたあたりに携帯が転がっている。
 どこまでが夢で、どこからが現実かわからない。
 着信履歴を確認するが、夢で見たような着信は一切無い。しかし携帯を投げたのは事実のようで、薄気味悪さだけが残った。

 昼頃になって、Aさんは昨日例の家に行ったであろう他の同期に電話をかけた。

「ほら、お前昨日肝試し行ったじゃん、ヤバそうな家の」
「あぁ、うん……」

 要領を得ない、歯切れの悪い反応だった。

「何だよ、何か怖いことでもあった訳?」
「いや、それがさ、俺だけかもしれないんだけどさ、五、六人で行った訳よ、車出してもらって」

「記憶がないんだよね」

 話によれば、あの後輩が地図などを用意して率先して案内をしていたとのことだった。
 最寄りのコンビニがここだから、さあ行きましょう、となってから記憶がなく、次の瞬間「お疲れ様でした!」と走り去る車に会釈していたのだという。

「一切記憶ないんだよね、行ったはずなのに。酒とかやってた訳じゃないしさ」
「こうやって記憶が飛んだこととかないし、怖くてさ……全然寝れてないんだよね……」

 Aさんは怖くなって、他のメンバーにも確認した。車を出したのだという三年生は、コンビニで「行きましょう!」と後輩に肩を叩かれてから記憶がなく、気づけば後輩を家まで送り届けて、「お疲れ様でした!」と見送られるところだったのだという。
 結局、その日肝試しに行ったメンバー全員が、家に行った時のことを覚えていなかった。
 最寄りのコンビニに着いた時から、解散する時まで、ぽっかり記憶が抜け落ちているのである。

 そして肝心の後輩には、連絡がつかなくなっていた。
 電源は入っているようだが、着信にも出ないし留守電にも切り替わらない。
 後輩は実家暮らしだというが、他の肝試しに参加したメンバーは、怖くて行きたがらない。 結局、二、三日後にAさんともう一人の同期で訪ねてみることになった。
 道すがら、記憶をなくしたという同期がぽつりと話した。

「俺さぁ、記憶なくしたの怖すぎて、どうにかここ最近頑張って思い出そうとしてたんだけどさ……」
「いやいいよ思い出さなくて……」
「去ってく車に、まぁ相手後輩だけどノリで、『お疲れ様でしたー!』って言ったんだけど、そしたら空いた窓から、『お疲れ様でした!』って高い声が、俺を労ってくれたんだよね……あれ誰だったんだろ……」
「やめろよ……」
「肝試し行くっつったのも野郎ばっかだしさ……女の子いなかったはずなんだけどな……誰かが無理に高い声出したのかな……」
「やめろよそういうの!思い出さなくていいって!」

 後輩の実家に着いた二人は、すぐに異変に気づいた。

 表札の上に、白い紙が貼られている。

 紙にはうっすら字が透けており、読めないことはない。
「何これ……」「知らねぇよ……」
 とりあえずインターホンを押すが、反応はない。車は無いようなので、もしかしたら出かけているのかもしれないと思っていると、家から軽い足音が聞こえ、やがて「あ、どうもー」と後輩が姿を現した。

「お前さ、電話しても出ないから、肝試しの後何かあったんじゃないかと」
「あぁ、すみません、家の都合で忙しくて」
 反応は至極普通だ。立ち話もなんですし、などと促されるまま、二人は後輩の家に上がった。
 家でも普通に麦茶を出され、落ち着いたところでAさんは切り出した。
「ところでさ、表札、白い紙貼ってたけど何かあるの?」
 何でも無い調子で尋ねたはずだったが、後輩はわりあいキレ気味に答えた。

「いやいやいや、白い紙貼っておかないと、誰が住んでるかバレるじゃないですか」

 こいつ何言ってるんだ。
 Aさんと同期は顔を見合わせた。

「結局ね、あの家で俺らは、名字でしか呼び合ってないから、名前まではバレてなくて」
「向こうは名字しか知らないから、名字さえ隠せば大丈夫なんですって」
「お前何言ってんの?向こうって何?」
「わっかんねぇかなぁ……だから向こうは」

 後輩はさらに苛立ったように貧乏揺すりを始める。
 その様が普段の後輩ではないようで、早くご家族帰ってこないかな、などと思いながらAさんは後輩から視線を逸らした。
「おい、おいっ」
 同期がAさんを小突く。促されるまま見ると、食器棚とテレビの二箇所に張り紙がされている。

『14日の夜の話をしない させない』

 14日はくだんの肝試しの日だ。
 その字は、どうやら後輩が書いたものらしい。
 さらにあたりを見回せば、冷蔵庫やら机やらあちこちに、メモ書きで『14日の話は絶対にしない』などと貼られている。
 これらを見たAさんは、耐え切れなくなったように後輩に尋ねた。

「なぁ、おい、これお前の字だよな、どういうことだよ」
「俺たちさ、正直あの時の記憶がないんだよ、冗談じゃなくて俺たちだけじゃなく、皆さ」
「何かやべぇことが起きたんじゃないの、聞きたいからさ、何かあったんでしょ、14日に!」

 捲し立てるAさんたちに、後輩は変わらず苛立った様子だった。

「いや、書いてあるから分かるでしょ、しない、させないって」
「そうだけどさ、こんなあちこち書いてあるって普通じゃねーよ、ご家族とかどう思ってんのって」
「俺らもちゃんと聞くよ、何があったんだって」

 そこでようやく、後輩は根負けしたように話し出した。

「あーもう……いや結局、誰も行かないって言い出して、下向いちゃって……」
「だから俺行ってきますよ、って、一人で」
「そん時に、あーもう、ちょっと待ってくださいね……」

 説明するのも煩わしいように、後輩は言葉を切って部屋を出る。そのまま二階に上がって行ったようだった。その足音はキレたように荒く、階段を上がりながら「先輩、電話したでしょ!!」と怒鳴る声がした。

「えっ、お前、電話したの?」
「いや、いやあの、ややこしいんだけど……」

 二階から引き出しなどを乱暴に開け閉めする音がするのを聞きながら、Aさんは同期に着信の夢の話をした。

「それお前言えよ……めちゃくちゃ怖いじゃん……」

 二階からは「あーもう!!」と怒った声がする。やがて何かが見つかったのか、再び乱暴な足音で後輩が降りてくるのが分かった。
 Aさんたちのいる居間の扉がガチャリと開いて、

 入ってきたのは、若い女だった。
 呆気に取られる二人をよそに、女はかぱっと口を開いた。

「ほんとに死人の気配なんて分かるのかなぁ。わかんないと思うけどなぁ私は」


 ふっと気づいた時、Aさんと同期は終発も過ぎたバス停に座り込んでいた。
 後輩の家に行ってから六、七時間は経っている。

 足音荒く降りてきた何者かが居間に入ってきた。
 それが全然知らない若い女だった。
 女が「死人の気配なんて分かるわけがない」などと、三回ぐらい繰り返した。

 二人が覚えていたのは、そこまでだった。
 さらには、女の髪型こそAさんと同期で一致するものの、Aさんの覚えでは部屋着のような格好で、同期の記憶ではセーラー服のような格好だったのだという。


「死人の気配なんて分かるわけがない、って女が繰り返したじゃないですか」
「あれね、多分確認されてたと思うんですよ」
「それから二年くらい、俺も同期も鼻がダメになっちゃって。医者じゃ、何か精神的な問題だって言われて。最近やっと治ってきたんですけど」

「多分あの時、俺たち何か嗅がされたんだんでしょうね」

 後輩がどうなったのかは、Aさんも含めてだれも確かめてはいない。


出典:ザ・禍話 第二十夜

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
 三次利用については、こちらをご確認下さい。

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