【禍話リライト】中の叫ぶ顔

実在しない洞窟と石仏の話と、同地域で語られた話だ。

 当時小学生だったAさんの近所にはもうすぐ取り壊されるアパートがあった。
 Aさんの友人にはそのアパートに住んでいるお兄さんがいたのだが、同じ地域に実家があるのだという。
 大学生のお兄さんはどうやら一人暮らしをしてみたかったとのことだが、どうにも意味がない。Aさんは子供心に、家族と折り合いが悪いのだろうか、と思っていた。

 そんなお兄さんの家に行くのに着いてきてくれないかと、友人に誘われたことがあった。
 ボロボロの、しかも自分の兄が一人暮らしをする家にどうしてわざわざAさんを誘ったのかと尋ねたところ、友人曰く「なんだか気持ち悪い」とのことだった。普通はそんなことを言われれば嫌がるものだが、友達想いのAさんは友人について行ったのだという。
 三人ぐらいで行けばいいだろと、他の友達も連れて行っていいかと聞けば、友人は快諾した。
 遊びに行けばお菓子くらいは出るだろうと件のアパートへ行くと、そこは既に外階段はボロボロで、二階に行けるかも怪しいものだった。お兄さんは、まだ一階は無事だからとそこに住んでいるとのことだった。
 お兄さんの部屋も外見に違わず酷いもので、台所にはソースやら油やらが乾いてこびりついた皿が積み重なっていた。コバエ取りで取りきれないほどのコバエに、乱雑に置かれたゴミ袋。
 酷いもんだと辟易としながら中へと入ると、お兄さんは「よう」と軽い調子でAさんたちを迎えた。
 家には当時のテレビゲームなどもあったのだが、Aさんはいよいよもってどうしてこの人が家族と離れて暮らしているのかが分からなくなった。

 お兄さんや友達と話すうちに、Aさんはふと、部屋の中に異様にゴミのない一画があることに気がついた。
 そこは押入れの前の空間で、押入れの襖が開けられるよう綺麗に掃除されていた。
 全部これくらい綺麗にすれば良いのに、と思ったが、それには触れない方がいいような雰囲気であり、Aさんは気にせずテレビゲームなどを続けた。
 お兄さんの部屋で過ごすうちに、Aさんは段々体が、特に肌がむき出しの部分が痒くなってきた。それは汚い部屋という生理的なこともあったろうし、ダニのような害虫が居たのかもしれない。
 落ち着かなげなAさんの姿を勘違いしたのか、お兄さんは「座布団出そうか」と押入れを開けた。
 そこで押入れの中が見えたのだが、下段に座布団や布団などが入っている一方、上段には仏壇のようなものが入っているのが見えた。観音開きの黒塗りで、押入れに収まるような小さいものなのだが、詳しく見る前に押入れは閉じられてしまった。
 Aさんは小学生ながらに、家から位牌分けのように持ってきたのだろうか?と思ったが、それは写真が一個置けて終わりのような大きさで、言ってしまえば仏壇のような、用途のわからない何かだった。
 しかしAさんは、その黒塗りの入れ物が仏壇であると感じたのだという。

 しばらくして、お兄さんは「お菓子が切れたから買ってくる」と言って外へ出た。この辺のことは分かんないだろうし家にいていいよ、とお兄さんに言われ、家にはAさんと友人たちだけになった。
 丁度いいと弟である友人に、「さっきちらっと見えた押入れのあれ、何なの」と尋ねたが、彼は「分かんない」と答えるばかりだった。
「こういうの聞くのあれだけど、家でやってる何かの宗教だったりする?」
「いいや?ウチは浄土真宗。引っ越した時はなかったはずだよ」
「え、そうなの?」
「うん。ある時期から急に気がついたらあったんだけど、無言の圧みたいで聞けなくって……」
 聞けば友人も、中に何があるのかは見たことがないという。
 子供の好奇心故に中身が気になるが、どうせお兄さんもすぐ帰ってくることだろう。
 そう思っていたが、三十分経ってもお兄さんは帰ってこない。
 ──ワンチャン、見れるんじゃない?
 アパートはボロボロで、誰かが歩いてくれば足音で簡単に分かる。ドアもよく軋むので、もし帰ってきてもすぐに閉めてしまえばいい。
 そうと決まればと、Aさんたちはそっと押入れを開けた。
 中には、先程見た通りの黒塗りの入れ物が入っている。
 三人は恐る恐るその観音開きの扉を開け、その瞬間、うわーっと悲鳴を上げた。

そこには、もの凄い絶叫した顔のイラストがあった。

 まさに断末魔、といった形相で、誰の顔かは分からないが相当にリアルなものだ。
 脅かすにしては悪趣味で、三人は思わず扉を閉め、襖も元通りに閉めた。
「えっ、え?今の何?」
「何?」
「分かんない……」
「お前のお兄ちゃん大丈夫か?」
「ちょっと分かんない……」
 弟もまた、自分の兄の得体の知れない趣味を垣間見てしまい動揺しているようだった。

 その間にもお兄さんは帰ってくることなく、一時間ほどが過ぎた。
「全然帰ってこないね」
「知り合いにでも会ったのかな?」
 その時、突然もう一人の友人が、「おい、おい!」と二人の肩を揺さぶった。
 慌てた様子の友人が指し示したのはボロボロのベランダだったが、さらにその外に、誰かが立っているのが見えた。

 それは、出かけていたお兄さんだった。
 お兄さんは、こちらをじっと見ていた。

 その手に買い物袋などはなく、恐らくは買い出しに行ってすらいないようだ。
 絶妙に開いたレースのカーテンの隙間から、三人の方をじっと凝視している。三人が気づいてもなお、お兄さんは視線を逸らすことはなかった。
「お、お前なんか言えよ、お前のお兄ちゃんだろ」
「いや、えっ、でも……」
 ベランダは、開けるのも不安なほどに劣化しているし、かといってわざわざ外に出て声をかけるのも躊躇われる様子で友人が右往左往していると、不意に玄関から「ただいまー」という声がした。
 それは間違いなくお兄さんの声で、でもさっきはベランダから……と思い確認するも、こちらを凝視していた姿は居なくなっていた。
「知り合いと会っちゃってさぁ、ごめんね」
 などと言いながらお菓子を出してくるが、三人は動揺でそれどころではない。
 確かに外にいたのは見間違いではなくお兄さんだったし、かといってそんな速度で玄関まで来られるとは思えない。
 結局、門限があるからと適当な嘘をついて、三人はそそくさと家を出た。
「よく分かんないけど、お兄さんどうやって帰ってきたんだろ?」
「やめとけよ、そういうこと言うの」

 帰宅してからもAさんの気は晴れず、今日の奇妙な出来事が頭にこびりついたままだった。
 そして風呂に入っている最中、Aさんはふと思い出した。
 
(あの絶叫してる絵の顔、怖くてすぐ閉めちゃったけど、若干お兄さんに似てたな)

 考えているうちに、家の電話が鳴った音がした。誰かが出て、すぐに話は終わったようだった。
 風呂から上がると、Aさんの母から「○○くんから電話があったわよ」と声をかけられる。友人である、弟からの電話だったらしい。
「なんだった?言ってくれたらすぐ出たんだけど……」
「伝えてくれるだけで良いって言ってたわよ」

「『あれは、人から貰った絵本の一部を切り取ったものだ』ってお兄ちゃんが言ってたって、伝えてくれたらいいです」って。

 何言ってるんだ?とAさんは思った。
 そんなことわざわざ電話で伝えなくても、明日学校で言ったらいいのに、と。

 しかし、翌日から彼が学校に来ることはなかった。なんでも、体調を崩してしまったらしい。
 最初の一週間はただの体調不良だった。
 次の二週間は病状が悪化したとかで、彼は設備が整った場所に移されることになった。
 以降、Aさんはその友人に会うことはなかった。

 ちなみに、お兄さんの家に着いて行ったもう一人の友達にも、Aさんと同様の電話があったらしい。
「僕だけどさ、」と切り出された声は、どう聞いてもお兄さんのものだったそうだ。



 この話を聞いたCさんは、かつて住んでいたK荘に住んでいる夢を見た。

 夢の中では、K荘が取り壊し寸前だからと隣の家の住人も引っ越すところだった。
 荷物を引き払ったはずの隣室には、なぜか黒塗りの小さな仏壇が残されていた。これには大家さんも困った様子で、とりあえずと空室にぽつんとそれが置かれていた。
 その後夢の中で何時間か経ち、Cさんも他の友人らと引っ越しの算段を話していると、話の流れで友人の一人が押入れを開けた。
「あれ?Cさんこんなの持ってるんですか?」

 そこには、隣にあるはずの仏壇があった。

「これ、Cさんのですか?」
「違うよ、これ俺のじゃないよ」
「でもCさんの部屋から出てきたんだからあんたのものでしょ」
「違う違う」
「開けてみましょうよ」
 そこで、Cさんは目を覚ました。

(出典:シン・禍話 第三十九夜(聞き手の鬼登板回)「中の叫ぶ顔」)

洞窟の話について

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。

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