【禍話リライト】五つ石仏

 とある洞窟の話だ。
 といっても、実際に存在する洞窟ではなく、特定の地域に住む人が見る夢に出てくる、洞窟である。
 それも、老若男女が見るのではなく、小学四年生だけ、など特定の世代だけが見る夢に出るのだという。

 これは、その洞窟にまつわる話の一つだ。
 体験者であるAさん曰く、なにせ小学生の頃の事なのでどこからどこまでが夢か現実か分からないそうだ。
 それも、かなりショックな出来事であったらしく、Aさんの記憶は輪をかけて判然としない。
話半分でもいい、そんな出来事の話だ。


 小学校三、四年の頃、友人のBくんの家で二人で遊んでいた時のことだ。
 最初はファミコンで遊んでいたが、当時はパーティゲームなどはなかなか無く、Aさん達は飽きてきてしまっていた。漫画も粗方読み切ってしまい、さてどうしようかと二人して悩んでいた。
 そこで思い至ったのが、Bくんの祖母の部屋だった。
 当時Bくんの祖母は既に老人ホームに入居していたのだが、その祖母の部屋には、二人がまだ読んでいないような古い漫画があったのを思い出したのだ。
 人の部屋を漁るのは普段なら憚られたものの、家にはその時Bくん両親はおらず、AさんとBくんのみであったため、半ば宝探しのような心地で二人は祖母の部屋に向かったのだった。
 祖母の部屋にあった段ボールを開けてみれば、予想の通り古い絵本などが沢山入っている。いつの物かは分からない、きっと親が読んでいたのであろう絵本が、どの段ボールにも詰まっていた。

 Aさんは、そんな段ボールの中から一冊の絵本を見つけた。
「○○県のこわいはなし」といった具合に、二人の住む地域が大きくタイトルとなっている。
 既に絵本を読むような世代ではなかったのだが、絵が異様に恐ろしく、おどろおどろしいものであったので興味が湧き、AさんとBくんはその絵本を読んでみることにしたのだ。

 今から考えると、そこまで怖い話でもない。
 侍が何人か、洞窟にいる化け物を退治しに行く話だ。
 村で毎年化け物に生贄を出していて、今年も娘が一人犠牲に──だから生贄の箱に隠れて、化け物を退治しようじゃないか。
 そんなよくあるパターンの話だった。
 普通なら、そこで遭遇するのは鬼やら猿の化け物やらだが、侍たちが隠れた箱から出てきたところ、彼らは既に化け物に囲まれてしまっていた。
 その化け物も随分グロテスクな容姿で、体があちこち欠損しているような気持ちの悪い化け物が、相当リアルに描写されていたのだった。
 侍たちは刀を抜いて化け物たちを斬りつけたが、何体かを斬りつけたら血や脂で切れ味が悪くなり、斬れなくなってしまったり刀身が折れてしまう。
 それでも石などを使って応戦するが、どうしても刀よりも効果は薄く、倒しても暫くしたら化け物は起き上がってきてしまい、どうしようもない。
 やがて劣勢になり侍たちは逃げ出すが、続いての見開きのページでは、侍たちを凄まじい勢いで追いかける化け物が描かれていた。
 逃げるうちに侍たちは方向を間違えたようで、彼らは滝に出てしまう。前門の滝、後門の化け物といった様相だ。

 これからどうなってしまうのか?と緊張しながらページを捲ると、そこにあったのは凄まじい形相の石仏の顔だった。

 石仏の顔は確かにさっきまでの侍たちの顔そのものだが、ページには何の説明もない。
 しかしAさん達は、侍たちは結局助からず化け物に酷い殺され方をし、申し訳なく思った村人達が彼らを弔うために石仏を作ったのだと、そう解釈した。
 見開きに描かれた石仏の顔はこれまたリアルに、いずれも苦悶の表情に歪んでおり、そこで絵本は終わった。

 言ってしまえばバッドエンド。
 随分気持ちの悪い絵本だったなぁ、どうしてこんな本を大事にとっていたのだろう?
 なんてことを話しているうちに、Bくんの母が帰ってくる時間が近づき、流石に怒られてしまうと二人は絵本を片付けた。帰ってきた友人の母親はもちろん二人が部屋を漁っていたなどは知らず、お菓子でも買っておいで、と気前よく二人にお小遣いを持たせてくれた。
 二人して喜んで近所のスーパーに向かったのが三時か四時のころ。そろそろ暗くなるだろうか、といった時間だった。
 お菓子を買って、意気揚々と帰っている最中、二人は前方からやってくるサラリーマンの集団と行き合った。
 仕事終わりの時間帯で、住宅街。
 決しておかしな状況ではないのだが、そこでAさんはあれ?と気がついた。 

 四、五人居たサラリーマンの集団うち全員とは言わないが、二、三人が同じ顔なのだ。
 絵本で見た、あの随分リアルな侍たちの顔と。

 主役級の侍ではないが、モデルとなった人物ではないかと思うほどに、その二、三人は侍たちの顔とよく似ていた。戸惑ったAさんは「ちょっと、前から来るサラリーマンの顔さ、」とBくんに尋ねたものの、「何が?」と全く気付いていない。
 サラリーマンたちはこちらへ歩いてきているので、嫌でもすれ違うことになる。
(どうしよう、どう見てもあの顔だけど、Bくんは何も気付いていない!)
 Aさんの不安に反して、サラリーマンの集団は何事もなく二人とすれ違った。何か言われることも、掴み掛かられることもない。
 ホッとしたAさんは足速に家に向かい、最後に着いてきてたら嫌だな、と思いながら振り返ると、サラリーマンのうち二人が、引き返してこちらへ向かって来るところであった。
 どうやら二人に何かあるという訳ではなく、会社に忘れ物をしただとかであるようなのだが、それがよりにもよってあの石仏の顔に似た二人だった。
 Aさんは慌てて、未だ何もわかっていない様子のBくんを急かして家に入った。
「分かんないのか、さっきの人、絵本の顔とめっちゃ似てただろ」
「えぇ?全然?」
 釈然としない様子の友人に、Aさんは絵本が怖過ぎて、自分が気にしすぎなのかも知れないと思い始めた。たまたまあの絵本が自分の恐怖の琴線に触れてしまったとか、そういうことなのかもしれない。
 お菓子を食べたり遊ぶうちに、やがて恐怖心は薄れていき、時間になるとAさんは何事もなくBくんと別れて家を出た。
 出てすぐ、Aさんは不意に自分が忘れ物をした事に気づいた。馬鹿な話だが、宿題やら入ったランドセルをそのまま忘れてしまっていた。
 やばいやばいとBくん宅に戻ると、おかしなことに玄関が開け放されていて、そこに一人の男が立っていた。
 顔は見ていないが、サラリーマンのようだった。
 そのサラリーマンが、Bくんの耳元に何か話をしており、Bくんは「はい、はい!」と頷いているようだった。
 ぎょっとして、Aさんはとりあえず居間の方へ、確か掃き出し窓が開いていたからとそこから入り、「ランドセル取りに来ました〜……」と一声だけ掛けると、ランドセルを引っつかんで家を出た。
 不審だったのは、Bくんの母親が何も言わなかったことだ。
 普通、誰かが玄関でなく居間から入ってきたら何かしら反応する筈だ。さらには自分の息子が玄関で「はい、はい」と誰かと話しているにも関わらず、母親は何のリアクションもなくただ台所で作業をするのみであった。
 Aさんは帰宅してからも、どう考えても父親でないあのサラリーマンのことや、母親の反応が気持ち悪く、それを家族に話せないでいた。
 Aさんの記憶では、夕食までそのことでずっと部屋で悶々としていたとのことだった。普段は七時ころの決まった時間に入っていた風呂にも入らず、ふと入らなきゃと気づいた時には三十分ほどが経っていた。
 Aさんはいつもなら風呂で機嫌よく歌ったりしているので、それで家族もAさんが風呂に入っている事が分かるのだが、その日は歌うような気分にもなれず、とにかくいつもと違う時間に風呂に入り、出たとのことだった。
 そういえば風呂に入ってる間電話が鳴っていたな、とAさんが思っていると、Aさんの母親が、「Bくんから電話があったわよ」と言う。
 聞いてみれば、母親が電話に出たところBくんだったから、「今Aはお風呂入ってて、」と伝えたところ、「あぁ、知ってます」と答えたらしい。
 知ってますって何だよ、いつもと時間ずれてるのに、と思いながらさらに話を聞くと、Bくんは伝えてくれたらいいからと、伝言を残していたとのことだった。
 私は意味がわからなかったんだけどね、今日やった遊びか何かの内容?と、母親が律儀にメモに書き残してくれた言葉は、こうだった。

「お侍の数が五人で、最後の石仏の数は六人だった。つまり一人多いって意味は分かるかな」

 うわっ、となった。
 母親は呑気にあと一人余ってるぞとかそういう意味かしらね?と笑っていたが、Aさんはどうにも気分が落ち込み、その晩は食欲も出ず、父親にも心配される始末だった。

 そして夕食中、俄かに外の方が騒がしくなった。どうやらBくんの住む地区で何かがあったらしい。

「ちょっと行ってくる!Bくんの住んでるとこだから!」

 危ないぞと制止する父親の声も聞かずに、Aさんは家を飛び出した。
 大変だと走って走って、辿り着いたBくんの家の前には、人だかりが出来ていた。
 事件だと慌ててAくんが人混みを掻き分けると、中は随分と静まっていた。
 え?と戸惑いながら家の中に入ると、真っ暗な居間の中で、Bくんと彼の両親が皿を囲んで座っている。どうしてこんなところで飯を、と思ったところで、Aさんはその皿には何も載っておらず、皿だけである事に気づいた。
 よくよく見れば皿には水がひたひたに注がれており、三人は水面を指先で撫でたり、耳を当ててみたりと、各々水に身体の部分を触れさせているようだった。
 何してるの、と尋ねても三人は答えない。
 さっき電話した?と聞くと、初めてBくんはしたよ、と答えた。
「気づいてた?」
「気づいてた?」
  Bくんのみならず、父親もそう尋ねてくる。
「え、いや、石仏のことなら、最初見た時は全然気付かなくて──」
 そうAさんが答えると、「なぁんだ気づいてなかったのか」と、三人ともが落胆しながら、再び身体のいろんな部分を皿に張られた水に付ける。
 もちろん眼前の状況は尋常でないのだが、Aくんはそこで、これは別に事件じゃないじゃん、と気がついた。
 じゃあ、あの家の前の人だかりは?
────そういえば、大人の男ばかりが五、六人だったな。
 思い至った瞬間、Aさんは恐ろしくなり慌てて居間から離れた。

 ここを出なきゃ、そう思い門まで戻ると、そこには絵本で見た通りの顔の男たちが、それぞれ苦悶の表情でずらっと並んでいた。
 スーツ姿ではあるが、間違いない。
 あの石仏と全く同じ顔の男たちだった。

「気づいてなかったんだね、君は」

 男は目を血走らせた苦悶の表情のまま、声だけ普通の声でAさんに語りかけてきた。

「君があの絵本を読んだ段階で、一人足りないな、石仏が一個多いな、ということに、口に出さなくても心の中で本当に気づいていなかったなら、この家から出てもいいよ」

 やたらと難しい言い回しで、そのようなことを男はAさんに尋ねた。
 初めは子供故に何を言っているのか分からなかったのだが、男はそれに怒るでもなく、同じ内容を分かるまで繰り返しAさんに尋ねた。その間も、男の顔は例の凄まじい形相のままだ。
 やがてAさんも子供なりに問いかけの意味が分かり、「は、はい、本当に気づかなかったんですけど」と答えると、男は「帰っていいよ」とでも言うように手で指し示す動きをした。
 そしてAさんは、その男たちをすり抜け、泣きながら家に帰った。
 そこまでが、Aさんが記憶していることだ。


 Aさんはこの記憶を誰にも話すことができなかった。高校生の頃引っ越して地区を移り、別の交友関係が出来た高校三年のころ、Aさんは漸くこのことを親に話した。
「笑えるかもしれないんだけど、小学校の頃友達のBくんがさ……」
「あー……Bくん、可哀想なことしたね……」
 可哀想なこと、という言葉に、Aさんの頭には疑問符が浮かんだ。
 Aさんの記憶では、翌日Bくんは普通に登校したものの、気まずいままでそのまま距離を置くようになり、中学で学校が変わったのを機にBくんとは関わらなくなった、というものだった。
 戸惑うAさんに、母親はさらに続ける。
「あの時はさぁ、私たちも自分の子供に友達が亡くなった時どう声かけてあげたらいいのか分からなくて……」
「え、亡くなった?」
「亡くなったじゃない、可哀想にねぇ……あーでも、あれもよく分からない事故でね……」
 Aさんは何と返したものかと迷ったが、とりあえず自分の記憶があやふやである体で、母親に何があったのかを尋ねた。

「詳しく言ってなかったもんね、新聞にも載ってなかったし……。急に夜中に家を飛び出しちゃってね……家族で何かあったのかもしれないけど、お母さんとお父さんと仲が良くて……それで飛び出してったBくんを車で追いかけたお母さんお父さんが、轢いちゃって……」
「──え?」
「病院に運ばれてご両親も気が動転してて轢いちゃったとかで……轢かれた時は意識も取り戻してそんなに大した怪我じゃなかったんだけど、その後容体が悪化してね……傷にばい菌が入ったとかで、すごく苦しんで亡くなったんだってね……」

 Aさんは困惑しながらそうだっけ、と尋ねても、母親は「あんたもわんわん泣いて大変だったじゃない」と答えるばかりだ。
 よくよく話を詰めていくと、まず、Aさんが風呂に入っている時に電話などなく、夕食中を食べ終わって寛いでいたら救急車やらがBくん宅の方へ向かっていったとのことであった。
 確かに、Aさんも思い返してみても、自身の記憶では救急車の音などしなかったし、よく考えれば騒がしいだけで隣のBくんが住む地区で何かが起きているなんて分かるはずがない、という事に気がついた。
 なのに自分は飛び出したし、確かにその記憶があるのである。

 Aさんが「○○県のこわいはなし」で見た洞窟は、その地域には存在しない洞窟だ。
 ショッキングな出来事故に、記憶が曖昧になっている可能性も大いにある。
 にも関わらず、この洞窟にまつわる気味の悪い話がいくつか寄せられているのだという。
 なお、この洞窟の話を聞いたCさんが、知人のOさんに事のあらましを話したところ、その後Oさんはひどく魘されたという。
 Oさんが見た夢は次の通りだ。
 夢の中で砂利道を歩いていたところ、道端に大きな仏壇が置いてある。
 夢なので、「あぁ田舎にはこんな風習があるのだなぁ」と通り過ぎようとすると、仏壇からすごい線香の煙が出てくるのだという。
 煙たいな、と思っているとその煙が次々固まって大量の手となり、Oさんに纏わりついてくるのだ。
 気持ち悪いと振り払うと、手はシャボン玉のように消えてしまうのだが、仏壇では盛大に線香が焚かれているため、無限に手が出てくる。
 やがて「仏壇を閉めたらいいのか!」と気づき、扉を閉める直前、仏壇に飾られた遺影が目に入ったのだという。
 それは、ひどく苦悶した表情だったらしい。
 そして砂利道の途中に建てられた標識には、「←○○洞窟」と記されており、Oさんはそこで目を覚ましたそうだ。

(出典:シン・禍話 第三十六夜「五つ石仏」「仏壇のけむり」)

洞窟の話について

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。

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