【禍話リライト】隔離小屋

「普段は車無いし、他の奴におんぶに抱っこで連れてってもらってるんだけどさ、そこだけは誰も行ってくれなくてさぁ」

 皆気持ち悪がっちゃって。だから連れてってくんない?
 Aさんは友人の廃墟写真マニアに、そんな風に話を持ちかけられた。
 初めこそそりゃ断るだろ、と拒否したものの、「昼なら!昼ならどう?」「ガソリン代も出すからさぁ」と、ガソリン代にしても些か多い額を提示され、Aさんはうっかり話に乗ってしまったのだという。

 着いた場所は、鬱蒼たる森の中だった。

 「大丈夫お前?途中までは行ってやるよ」

 熊こそ出ないかもしれないが、猪ぐらいの野生動物は出るかもしれない。そうして、Aさんと友人は、掻き分けたら人ひとり通れる程度の道を進んだ。
 道の先には確かに噂通り、何らかの建物が四、五戸点在していた。
 そこに辿り着くまでには建物や人工物の痕跡は一切なく、突然ぽつぽつと打ちっぱなしの小屋が現れる。
 多分、そんなに大人数が過ごす事を想定していないような、言ってしまえば、一人を閉じ込めておくために建てられた小屋だ。

「いや気持ち悪いし、もうお前行ってこいよ、待ってるから」

 今のところ、野生動物の危険もなさそうだ。
 友人には、何かあればすぐに逃げられるように車でエンジンかけて待ってるから、と言って、Aさんは一人車で待つことにした。
 携帯の電波も届かない山の中。
 暇を持て余したAさんは、いつの間にか寝てしまっていたのだという。

 Aさんは夢を見ていた。
 夢の中で、コンクリート打ちっぱなしの建物の中を歩いている。
 目の前には、例の廃墟マニアの友人が歩いていた。
 何ともなしにその後ろ姿を見ていると、Aさんは友人の首、盆の窪あたりに、赤い斑点のようなものがあることに気づいた。
「おい、ちょっと止まれって。何か付いてんぞ」
「ええ?そう?」
 友人が立ち止まる。
 びっしり付いた赤い斑点は、その光沢とつぶつぶとした立体感が、まるでてんとう虫のように見えた。
「うわお前、首にめっちゃてんとう虫付いてるぞ」
「うえ〜、取って取って!俺虫とか無理だって!」
 皮膚の上でひしめく赤い粒に、流石に素手で触れるのは憚られた。ハンカチを取り出し、払おうと粒に触れる。

 ぷちゅ、と、潰れた感触がした。

(違う!これは虫じゃない!血液だ!)
 まるで、針で刺した時に出た血が固まる前に、ぷつりと丸くなったようなもの。
 ソレが、友人の盆の窪にびっしりと付いている。
「うわお前!これ!血だよ!」
 何の出血かは分からないが、尋常では無い。驚いたAさんを尻目に、友人は振り返ることなく「ハハッ、まじで?血かよぉ」と軽薄に笑っている。
「いやいやお前、笑ってる場合じゃないって!なんか刺されたの?」
 いよいよ慌てるAさんだったが、友人はゲラゲラ笑うだけだ。
「いやいやいや、大丈夫だって」
「何でだよ!だってこれ最悪……」
 死に直結するんじゃないのか、と夢の中ながらAさんは思ったのだという。
 首の後ろからの出血だ。原因は分からないが、命にかかわるかもしれない。
「大丈夫、大丈夫だって!」
「だから何でって……!」

「お前も同じ状況じゃねえか」

 ハッとして、思わずAさんは自分の首の後ろに触れた。
 ぷちゅり、という触感。
 慌てて手を見れば、たった今固まりかけの血を潰したように、てらてらとした赤いものに濡れている。
 (うわ!!何で!?)
 目の前では、首が血塗れの友人が、振り返ることなくゲラゲラ、アッハッハと笑っている。
 何を笑ってるんだと友人を見やると、夢の中だからか、Aさんはいつの間にか友人が病院着のような白い服を着ていることに気づいた。
 笑い声はどんどん大きくなる。
 あれ、これ声デカすぎないか、と思ったところで、目の前の角から、見たこともない男たちが何人も笑いながら現れ──

 そこで、Aさんは目が覚めた。
 運転席から飛び起きたAさんは全身汗みずくで、思わず首に手を遣ったが、何もない。
 時刻を確認すれば午後四時頃で、山の中だからか空は既に薄暗くなってきている。
 空いたままの窓から、Aさんは廃墟にいるであろう友人に呼びかけた。
「おい!!遅えよ!!何やってんだよ!!」
 届くかは分からなかったものの、Aさんはどうにも車から出たくはなかった。
 もし、探しに行って、建物が夢で見たものと一緒だったら。
 そう思うと恐ろしくてならない。
 幸いにして、やがて遠くの方から「おーい、車どこだっけー!」と、呑気な友人の声が聞こえてきた。
 Aさんはほっとして、いつの間にやら切ってしまっていたエンジンを掛け直し、ライトを点ける。
 暗い森の中で、友人がどこから来るのか見当もつかない。Aさんも、窓の外に「こっちだ!」と呼びかける。
「俺さぁー、もうさー、さっきから背筋がゾクゾクしてさー、帰りたいよ」
 藪の中から、参ったような声が近づいてくる。それが夢とリンクするようで、Aさんはさらに「そりゃ良くない、帰ろう、帰るぞ」と呼びかけた。
「車乗りゃ帰れるから、ほら、早く」
「もう俺さぁ、意味もなく背筋がゾクゾクすんだよ、さっきからずっとさぁ。帰れるかなぁ?帰れるかなぁ?」
「帰れるって、だからほら、大丈夫だから」
「お前さあ、帰れる帰れるってさぁ」

「具体的にはいつになったら帰れるんですか!!」

 そこでようやく、Aさんは近づいてきたのが友人の声ではないことに気づいた。

「帰れる帰れるって言うけどさぁ、いつになったら帰れるんですか!?!?具体的に日付を教えて下さいよせんせい!!!」

 勿論Aさんは先生と呼ばれる立場でも、あだ名でもない。
 遠くから近づいている声は確かに友人のものだと思ったのに、今している声は知らない誰かのものだ。

「具体的には、いつなんですかぁ!?!?」

 すぐ側の茂みから、全然知らない、病院着の男がこちらに走ってきた。

 悲鳴も上げられず凍りつくAさんをよそに、男は車の周りをグルグル回り出す。

「帰れる帰れる言うけどねぇ!」
「具体的にはいつになるんですかぁ!?」
「教えて下さいよぉ!!!」
「いつになったらぁ!!!」

 声と共に、車体がバンバン叩かれる。
 車の周囲を回るものだから逃げようにも逃げられず、Aさんは頭の中が真っ白になった。

 友人のことなどもはやそれどころではない。
 知らない病院着の男は、なおも凄まじい形相で叫び車を叩いている。

 限界を迎えたAさんは、何かを男に答えなくてはと思い、こう叫んだ。

「そ……んな状態ならねぇ、当分無理です!!!!」

 Aさんの答えに、激昂した男がさらに叫び出す。
 極限状態の中、ついにAさんは気を失ってしまった。

 次にAさんが気づいたのは、午後七、八時になってのことだった。
 周囲はもう真っ暗で、人の気配はない。
 未だ友人が居ないのは確かなので、仕方なくAさんは大きな懐中電灯を持って廃墟へと向かった。
 廃墟の中で、友人は気絶して倒れていた。
 丁度そこは夢で友人と話した場所にそっくりで、一刻も早く廃墟を離れたかったAさんは、友人を蹴り起こして車に戻り、這々の体で帰ったのだという。
 友人が撮った写真は、昼間にもかかわらず現像しても真っ黒だったらしい。

(出典:THE禍話 第28夜)

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
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