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降水確率50%の出会い。

PCの電源を切り、この日の仕事を自室で終えた。
ほんの少し前までは寝るだけの無機質な部屋だった。
コロナが世間を忙しくさせ、テレワークが始まり、
早2ヶ月が経過しようとしてる。当初は始業1分前までお布団にいる、だらしなさっぷりを発揮してた。
生活リズムの変化に戸惑ったが、今では始業1時間半前の起床となり、テレワークにもだいぶ慣れたものだ。

しかし、僕の自粛生活は
靴を履かない生活に限界が来ていた。

靴を履いて、外に出たい。今すぐに。
風を感じて、走りたい。ただ無心に。

抑えられない欲望から窓に目を配らせると
鉛色の層積雲。しかし、間から覗き込む青空に希望を見出し、近代文明が生み出したSiriを頼る。

「Hey Siri.今日の天気は?」
「今日の…〜…降水確率50%〜…。」
(賭けをするにはフェアで悪くない数字だ。)

「少しランニングするだけなら、大丈夫だろう。」
独り言にしてはただならぬ覚悟で呟き、靴紐をキツく結んだ。ほどけた靴紐を直す時間すら惜しい。






















雨が降った。












これでもかと降った。















鬱陶しいぐらいに。
夏休みの宿題の催促をする母親の如く。













青空が覗いていた層積雲は、
いつの間にか一面を覆い尽くし、
分厚い雲から堰が切れたかのように
水の飛礫が溢れた。

大粒の飛礫が全身を打ち付け雨雫となる。
それが頬を伝う度に紛れもない事実を知らせる。

降水確率50%の日。僕が賭けに負けた事を。

それは敗者の雨であった。
敗因は雲の動きを読みきれない経験の無さと
傘を持ち歩かなかった事だ。

タダでは済ませない!と思い、
普段動画編集を趣味にする僕は、徐ろにカメラを構え、目の前の出来事を●RECした。

無数に降り注ぐ飛礫は、この世の鼓動として弾け、
雨雫となっては互いに連鎖し、刹那に、
確かな足跡を残す。
まるで1粒1粒の雫に命が宿しているかのように。

耐え切れず、すぶ濡れのまま
高架下で雨止みをする僕。

雨は止む事を知らない。終わりの見えない夜行列車。
今のご時世と重ねた。終息が見えないコロナ。

すると、

ホームからピッチャーマウンドぐらいに離れた
家の玄関の引き戸が開いた。
あずき色のカーディガンを着る婦人の姿が見えた。
右手に傘を広げて、
左手には折り畳んだ傘を持っていた。


















この世界は優しさで回っていた。


















傘をくれた婦人は笑みを残し去って行った。

家路につくと雨は弱くなっていた。
玄関横に咲く鮮やかな薄紅色のツツジに
ふと目をやるとミツバチが1人
せっせっと仕事をしていた。
雨に打たれながらも、
健気に働くミツバチの頭上に傘をそっと貸した。

すると足元にひやりとしたものを感じた。
気が付けば僕の右足は
雨跡が作る水溜りの中心に踏み込んでいた。

その波動と同時に5歳の記憶が蘇る。
あの日も今みたいな雨景色のお盆の日。

家族で大好きな祖父と祖母の家に来てた。
挨拶した後、お寺へご先祖様のお墓参りに向かう。

境内のご先祖様へ会いに行く途中に
蜂の巣が1つ出来ていた。
ミツバチの巣だった。

「静かに歩けば大丈夫だよ。」
祖母の一言が信じられるず
あまりの怖さにその前を駆けた。

脇目を振らず雨間を縫うかのように駆けた。

案の定襲われた。
ミツバチの大群が
敵と認識した僕の右手を目掛けて
一斉に襲いかかった。
そして、右手は赤く腫れた。

それ以来、
ハチに対する恐怖心が僕の心の中で芽生えた。
誇張されては脳に蔓延り、やがてトラウマとなった。

たかが、ミツバチ。

今読んでいるあなたはそう思ったに違いない。
しかし、5歳の僕には強烈すぎる体験だった。

それが、今や、
トラウマの生みの親に傘を貸している。

僕もこの世界を優しさでほんの少しだけ回せた。
婦人の優しさがくれた勇気。ありがとう。

仕事を終えたミツバチはいっぱいの蜜を
大事そうに抱えどこかへ飛び立ったていった。

25歳となり年齢だけを見れば
世間的に立派な大人になった僕は
たかが、ミツバチ。されど、ミツバチ。

そういえばTwitterでバズってた
ルンバに吸い込まれし
名も知らぬスズメバチを思い出しては

いつかはスズメバチの頭上に、傘を貸せる日が
来るのだろうか…と淡い情景を描いた。

たかが、スズメバチ。
たかが、虫…。














いや、無理だ。
命の危機しか感じない。

スズメバチ退治用にルンバを購入しとこう。
あと封印する炊飯器のお釜も。


今はなきスズメバチに想いを馳せ
寝室兼仕事場となった自室に戻った。
降水確率50%の日には素敵な出会いがありました。