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キウイとレーシック手術

食べる話には「思い出型」があるとラジオで高橋源一郎が言っていた。「あなたが今まで食べた中で一番おいしかったものはなんですか」という問いに対する答えには「お父さんが夜中に作ってくれたホットケーキ」「登山の後のラーメン」など、「必ずしもおいしくはないが、シチュエーションと共に覚えている」(そして、大抵の場合は母の手料理ではない)特徴があるのだという。
あなたのおいしかった記憶はなんですか?

キュウリとキウイ


幼い頃のある日、私はキウイを食べたくなった。数日前に母に半分に切ったキウイをスプーンですくって食べることを教えてもらったのだ。プチプチ触感の種と爽やかな酸味、そしてすこしふんわりとした甘みを思い出し、まだ冷蔵庫にあるかな、と料理をする母に声をかけた。

「ねえママ、きゅうり、ある?」
「あるよ、お味噌もつける?」
「うん」

母が冷蔵庫からキュウリを取り出す。立派なキュウリ。

だが違う、これじゃない。これじゃないのだ。でもキウイって名前が何となくキュウリに似ていたから、母になら通じると思った。しかし、どれだけ血のつながりがあっても考えていることがすべて伝わるわけではない。この時、この世に「キュウリ」という名前の食べ物が存在していることに私は絶望してしまった。

へその緒のようなヘタを取って、お味噌をつけてくれたキュウリを受け取り、丸のままシャクシャク食べる。そんな私を母が眺めている。シャクシャクシャクシャク。おいしい。違うけど。これじゃないけど!

すべて食べ終えた私はもう一度はっきり言った。
「キュウリ食べたい」
母は不思議そうにしている。
「まだ食べるの?」
「キュウリじゃなくて…キュウリを食べたい…キュウリ…」

母も何かおかしいと気づいたようである。「もしかしてキウイのこと?」と丸っこくて毛が生えたキウイを出してくれた。母が不思議そうに眺めるのを横に、私はあの甘酸っぱくて食べにくいキウイをむしゃむしゃと食べた。

そこから数十年経った今でも友人に「サーキット手術ってある?レーシングと似てた記憶があって」とか訊いている。どうやら初めて聞いた単語の音だけで「あ、これと似てるな」と他のものと結びつけて記憶するのが癖なのだろう。ちなみにこの問いの正解は「レーシック手術」であった。視力が弱いので覚えておこうと思っている。

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