見出し画像

hanaike Books #6 『スッタニパータ』

暮らしに添えていただきたい書籍を、リレー形式で紹介いただくhanaike Books
今回のライターは、ガーデンデザイナー、フラワーアーティストの塚田 有一さんにご紹介いただいた、民間文化施設「犀の角」代表、演劇プロデューサー・制作者荒井 洋文さんです。

上田市の中心商店街にある古いビルをリノベーションし、劇場とカフェ、ゲストハウスを備えた民間の劇場を運営して5年目に入った。10年間働いた公共劇場を辞め、地元の上田市に帰省したタイミングで、商店街の中ほどにある3階建てのビルと、そのオーナーとの出会いがあって小劇場を始めることになった。
当時は、それこそ冷やかされるようなこともあったが、最近はなんとか演劇やライブパフォーマンスがコンスタントに上演され、旅行者が集まり、カフェには近隣のお客さまが訪れてくれるようになった。
コロナでそれもストップしてしまったけれど。

街に人が集まり、演劇を観賞したり、何かを創作したり出来る場=「劇場」が必要だと思う人が以前より増えているように思う。特にコロナ禍にあって、上演の機会は減っているけど、数少ない機会に訪れてくださる観客の中にとても熱心な方がいて、そうした方の存在がとても大きいと感じている。私について言えば、何より、自身が人生や日々の暮らしの中でそうした場を求めている。だからこそ、この街で、このビルに出会った時に、才能とか資金の有無とかを考えずに、劇場主の役割を演じることを引き受けたように思う。

劇場は「犀の角」(さいのつの)と名付けた。ブッダが弟子に伝えた言葉をまとめたといわれる「スッタニパータ」(「ブッダのことば」中村元訳)の「犀の角の章」から引用している。

「犀の角のようにただ独り歩め。」

仏教に興味はあったけれど、特に専門性があるというわけではない。たまたま本屋で見かけた雑誌の表紙にみつけた言葉だったが、「これだ」と思った。当時「つながり」や「コミュニティ」といった、それこそわかりやすいイマ風の言葉をもじったネーミングも候補にあがっていたけれど、「劇場」にはその根底に精神的な、あるいは人知を超えた領域を含んでほしいと感じていた。
「犀の角のようにただ独り歩め。」は人が集まるようなこととはむしろ逆の、孤独を想起する言葉ではあるが、同時に芸術家のもつ崇高さも含んでいるように思う。 孤独を恐れず、自らの世界を掘り下げていった根底で、文化の違いを超えて理解しあえる地平が広がることをイメージしている。

最近気が付いたことがある。犀の角のごく近所に、伊勢宮という神社がある。その昔、境内には立派な社務所があって、大正時代には全国的な広がりにつながった「上田自由大学」という民間の学びの場があった。その後、その社務所は芝居小屋になり、最後は映画館になり、20年ほど前に老朽化して解体された。

よく考えてみれば、神を祀る場所に、娯楽を提供する劇場や映画館があるというのは場違いなことではないか、と思えたりするが、実際はごくごく自然に共存していたことが実に興味深い。神社は氏子の集団や自治会など地域の人々が守り、地域の人々が祭りをし、後世に伝えていく。演劇や映画や学びの場も、みんなで守り、みんなで楽しむもの、という意識が当時の社会にあったからこそ、社務所が劇場になり得たのではないだろうか。また、目に見えないものを祀りあげるという点において神も芝居や映画(=芸術)も共通点があるように思う。

余談だけれど、その映画館が解体されることが決まったとき、何だかいたたまれない気持ちになり、しかし、当時20代後半だった私は、若すぎて誰にもその想いを伝えることができず悶々としていた。解体工事が始まる前日の深夜、独りでラジカセを持って映画館に忍び込み、ある音楽を大音量で流した。「スターウォーズのテーマ」だ。今思えばひとりよがりな行為だし、それが取り壊される劇場へのオマージュになっていたかどうかはわからない。しかし、そうした気持ちにさせる何かがその劇場にはあったように思う。

「犀の角」は「犀の角」という名前のおかげもあってか、私の個人的な思いやらを超えて、独り歩きを始めているように感じている。それはよいことだと思う。そもそもこの建物に出会って劇場にしたことも、「犀の角」という名前にしたのも私の意志ではなく、どこかの誰かに振り付けをされているように感じることがある。それでいいのだと思うし、この流れにしばらく身を任せてみたいと思っている。

ブッダのことば1

ブッダのことば: スッタニパータ (岩波文庫)

次は、上田市の奥座敷、野倉地区で「森のくすり塾」を主宰する、日本で唯一のチベット医である小川康さんをご紹介します。

writer
荒井 洋文(あらいひろふみ)
民間文化施設「犀の角」代表
演劇プロデューサー・制作者

画像2

長野県上田市出身。大学在学中に京都市で演劇活動を開始。公益財団法人静岡県舞台芸術センター制作部に所属後、上田市で文化事業集団「シアター&アーツうえだ」を発足。街中や里山での演劇を軸とした文化芸術活動のプロデュース等を行っている。2016年、上田市中心商店街の空き店舗をリノベーションし、演劇やライブ等で使用できるイベントスペースとゲストハウスを備えた民営文化施設「犀の角」をオープン。様々な表現活動や地域住民・アーティストの交流の場として運営している。近年はアーティスト・イン・レジデンスに重点を置いた事業を展開。上田街中演劇祭を2016年より開催。一般社団法人シアター&アーツうえだ代表理事。


いつもサポートありがとうございます。 いただいたサポートは、花代や、取材時の交通費として使わせていただきます。