見出し画像

「淋しい」はどこからくるのか

今日で右肩のリハビリが終わった。昨年の6月から右肩を痛めて、「整形外科に行っても痛み止めと湿布だけだから。」と思って様子を見ていたがだんだん痛みがひどくなり、8月にはほとんど動かなくなっていた。ちょうど父が具合悪くなり休職したのを機に整形外科を受診した。何回か痛み止めの注射をして、山のように湿布も処方されたが、私が以前受診した時と比べて理学療法がめっちゃ充実していて驚いた。

担当の先生は24歳の若い女性だった。「学校で習ったことは本当に基本で。実際的なことは卒業してから講習などに通って勉強した。」と、よく勉強されていて、身体の感じを確認しながら的確に治療してくださる。治療で力を入れるのでご自分も肩が痛くなり、「毎日ストレッチしないと翌日は調子が悪い。」と言われていた。

わたしの右肩痛は、おおもとにはいわゆる猫背や首の硬さが関係しており、これは長年かかって硬くなってきているので自分では感覚がなく、動かせない。1回20分あまりの治療だが、毎回治療前より治療後の方が動きがよく、軽くなっており(次回はまた固くなっていたりするのだが)、週2回の治療が楽しみになった。

治療中の何気ないお話も楽しくて、「海外の一点ものの古着が好きでよく京阪神に買い物に行っていたがコロナで行けなくなって残念。」とか「音楽が好きでよくコンサートやライブに行っていたのに行けなくなった。それで、自分でドラムをやってみたくなって昨日買っちゃった。YouTubeで勉強しているけどめちゃ難しい。」「ドラムをやり始めるといつの間にか1〜2時間経っちゃう。どうしてもできなくて、2〜3日練習しなかったらできるようになっていた。」とか。「コロナでできなくなったこといっぱいあってとっても悔しいけど、コロナがなかったら気がつかなったこと、やろうとしなかったことはあるな。」など話した。

だんだんと動きが良くなり、治療が週2回から週1回になって、6月頃に「回数を減らしますか?」と提案された。ちょうど田植えの始まる頃だったのでまた悪くなるのが心配で、「もう少しこのままで。」とお願いして、7月中旬になって、安定しているので1ヶ月開けてみた。

今日の受診で動きは良く、自分でできるリハビリを教えていただいて卒業することにした。約1年間、本当にありがとう。身体だけでなく、心もずいぶんやわらかくしていただいた。「長い間お世話になり、ありがとうございました。」の後に「先生、お元気で。」と会えなくなる淋しい気持ちが言葉に出た。先生は「まだ何年かは生きていますよ。」と笑って、次の患者さんを呼んだ。

「先生、お元気で。」は言わなければよかったな。単純に「ありがとう。」とかで返ってくると思っていたのが「まだ何年かは生きていますよ。」と返されたのが、胸にヒリヒリ痛く、痛みがしばらく続いた。何か拒絶されたような感じかな。どこかで先生に依存するようなところがあったのかな。わたしにとっては先生は一人だけど、先生にとっては大勢の患者さんの中の一人だし、余計な気持ちは重いのかなとか、考えた。

「まだ何年かは生きていますよ。」を痛く感じるのは、もともともっているわたし自身の傷が疼くのだろう。わたしは痛みを認めて、そんな自分をやわらかい、あたたかいもので包んでやりたい。

物忘れが進み、難聴も進んで、人の話を理解することもだんだんと難しくなってきた88歳の父が、先日「さみしい。」と言って涙ぐんだ。さみしくない人がいるだろうか。身体の芯のところにあるさみしさを誰もが抱えて生きていくのではないだろうか。ひとのさみしさを癒すことはできないけれど、自分のさみしさを認めて、その痛みを愛していきたい。言葉にすることも痛みを愛することだと感じている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?