見出し画像

足湯礼賛


今年の冬は足湯をたくさんした。ちょうど年末から自宅でデスクワークをしていたので、「足湯依存症」という言葉が浮かんでくるくらい、足がふやけてくるくらいに足湯をした。

 きっかけは年末に美容室で足湯をしてもらったこと。私は以前訪問看護の仕事をしていたことがあり、訪問先で利用者さんを足湯しながら身体を拭いたりする事は多かった。また、母が圧迫骨折で入浴できなかった時にも足湯しながら身体を拭いたが、自分が誰かに足湯してもらうのは初めての経験だった。それがとても気持ちよくて、身体も心もほぐれていくように感じた。美容師さんは「自分でもよく足湯します。」と話されていたので、早速私も自宅で、自分のために足湯を始めた。

 朝、犬の散歩を済ませて、洗濯や掃除を終えると、足先が冷えているのを感じる。朝食の準備をしてからバケツに厚めのお湯を入れて、足湯しながら朝食をいただく。冷えた足をお湯につけた時の何とも言えない、いい気持ち。足先から身体全体がほっとした、暖かさに包まれていく。足先が喜ぶと心もホクホクしてくる。災害に遭われて避難している方々に「足湯ボランティア」というのを見かけることがあるが、その意味がとてもよくわかる。お湯が冷めてくると熱いお湯に変えて、仕事しながら午前中は2時間くらい、午後も足の冷えや違和感を感じたら適宜足湯をしていた。足が白くふやけることも度々あった。

 私は昔から足の裏、特に踵が角質化していつも冬になるとヒビ割れして痛くなるので、軟膏やクリームが欠かせなかった。父も同じなので、遺伝したのだなと思っていた。ところが、今年は足湯効果で、足の裏がすべすべで気持ち良い。踵は少しヒビのような線が薄くできているが、痛みもなく、軟膏もクリームも使っていない。

足湯をするようになって、足が冷えていることに敏感になったと感じている。毎日毎日、たっぷりと足湯をし続けたので、私は今生の分の足湯を終えて、今は過去生の分の足湯をしていると感じている。ずっと、足が冷たいことにも気がつかないほどに必死で生きてきた。家族や人との関係やら、仕事やら、日々の喜びやら、悲しみやら、怒りやら、不安やら、焦燥やら。そんないろいろなものでいっぱいにして夢中で生きてきた。足が冷たいことにも気がつかないで。

 世界には飲み水が満足に得られない人たちがたくさんいる。いま、この時に命を失う恐怖に怯えて心が張り裂けそうな人たちもいる。「足湯」とは、何と贅沢なことだろうか。

 それでもわたしは足湯をして、自分を温かいもので満たしていく。許していく。愛していく。どこか、深いところでヒトの意識は繋がっているのではないかと感じているから。この温かさで満たされたありがたさが何か小さな変化につながることを祈りながら。

 
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?