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海の底から

私は、まだ祈り続けている。
まだ、ひとを信じる気持ちが残っていたのかと
今さらに気づく。
そんな力がどこに残されているのか
わからないままに。

あの方が、幸せでありますように。
あの方の背負い続けている荷物が、少しでも
軽くありますように。
あの方の安らかな時間が、少しでも長く
続きますように。

自分を畏れて、自分から離れたのに。
あの方の心清くあろうとしている人生に
少しでも沁みをつけてしまいそうなのが
怖くて。

それほどに、想う気持ちが強くなってしまい。
名前を呼ばれるたびに、より深く知られ、
視線を交わすほどに長くなる、目の奥に潜んだ
あの静かな、けれど力強い灰色の焔に
絡めとられて否と言えなくなる時が近づくのがわかって。

おそらく、留まれば程なく時が満ち
望まれれば、全てを差し出してしまう。

けれどそれは、赦されないこと。
罪に堕ちてしまう。

だから決して
その言葉を口にさせてはいけない。

そうして私は、自らを封印したのに。

いいえ、こうして決して届くことのない
この場所だから、
命を滾らせて祈ることができるのだろう。


ごめんなさい。
そうするしか出来なかったのです。

私は、祈ります。
祈り続けています。
けれど

いつまで祈り続けることが出来るでしょう。

あの方に、この言葉がとどくことは
決して無いというのに。

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