物語「一畳漫遊」 第一話 一喜一憂GISTの乱⑧

 グリベック。この薬、妙な名前ね。

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 朝、飲み始める薬を手に取って見ていると、急に涙が溢れてきた。昨夜、娘に説明した時は平気だったのだけれど、今朝は溢れ出す涙を止めることができなかった。がんばらなくては、と思いながらこれまでやってきたけれど、命の期限の短さを突きつけられたような気がして、様々な思いが一気に溢れてきたようでした。

 出勤前の娘が私の姿をみて、肩にそっと手を乗せてきてくれた。私は思わず娘に抱きついた。娘は私の背中を優しく撫でながら、「薬が効くと信じて進んでいこう。」と言ってくれた。まだ娘の事は放っておけない、なんて偉そうなことを言っていたけれど、今や私の方が支えられているんだ。娘の成長を感じて、ちょっと嬉しく感じた。そして気持ちも落ち着いていった。

 1ヵ月後に薬の効果判定を行う予定となっている。娘が言うように効果が出ることを祈りながら、そして信じながら、とにかくきちっと薬を服用していこう。

 そうこうしているうちに、お薬開始からもうすぐ1ヶ月。薬の副作用なども説明してもらっていたけど、特に大きな問題はなく服用を続けることができた。日常生活はそれまで通りだし、体調にも大きな変化はなかった。CT画像で見せられた、肝臓にたくさん咲いた転移の花が現実のものとは思えないような気がしてきた。何とか効果があると良いのだけれど。

 手術を受けて以来、娘のための月々の積み立てを、ほんの少し増やしてやってきた。グリベックは高価な薬。今は後発品も出ているようだけどそれでも高いみたい。服薬治療が開始となったときにひょっとしたら積み立て額を減らさないといけないかなぁなんて思ったけれど、医療費の個人支払い上限額があるおかげで出費はそれほど増える事はなさそう。病院で説明をうけて、高額療養費支給申請書を提出しておいてよかった。どうやら娘のための貯蓄は続けていけそうだ。そうそう、少しは葬式代も必要かな。まだ平均寿命の半分ちょっとなんだけどなぁ。予想外だなぁ。

 今度の外来受診、嫌だなぁ。検査結果を待つ間、とても何か口に入るような気もしないなぁ。こんな時だけすみませんが、神様仏様どうか力をお貸しください。

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