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いつでも、なんどでも。

「さあ、我々は主のもとに帰ろう。

主は我々を引き裂かれたが、いやし
我々を打たれたが、傷を包んでくださる。

二日の後、主は我々を生かし
三日目に、立ち上がらせてくださる。

我々は御前に生きる。

我々は主を知ろう。
主を知ることを追い求めよう。

主は曙の光のように必ず現れ
降り注ぐ雨のように
大地を潤す春雨のように
我々を訪れてくださる。」

**ホセアの予言6.1-3 四旬節第3土曜日**
 
どれだけ神さまから離れてしまったとしても、わたしたちが心を決めさえすれば、いつでも、何度でも神さまのもとへ立ち返ることができるし、神さまもきっとそれを受け止めてくださるのではないでしょうか。

このあとの続きは、

“わたしが喜ぶのは愛であっていけにえではなく、神を知ることであって焼き尽くす献げ物ではない。”

という言葉で締めくくられています。

恵みの雨で、今日もたっぷりと心を潤せますように。

かつては長崎の神学校や修道院で受け継がれてきた、手編みのロザリオ「長崎編み」。伝統を受け継いでいけるよう、ひと目ひと目、祈りを込めて編み続けたいと思います。