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戦国武将好き向きかも。毛利氏発祥の地『三島神社』神社紹介#1

 おはようございます。華です。
 暑い日が続きますね。体調を崩してなどおられませんか?

 毎年、この時期になるとセミの鳴き声を煩わしく思っていましたが、今年は「あ! セミの声!」と、その声に出会えたことを嬉しく感じる私がいます。
 というのも、今年の夏はちょっと変? セミの声を滅多に聞くことが出来ないのです。
 皆さまお住いの地域では、煩わしさを感じるほどセミの声を聞かされていますか?

 さて、早速ですが、今回は神社のご紹介をしてみたいと思います。

 記念すべき第一投目は、躊躇なくこの神社に。
 神奈川県厚木市に鎮座する『三島神社』です。

早朝の三島神社。朝日をその背に神々しさが増しています。
狛犬たちも夏らしい朝日の昇り具合に嬉しそうでした。
とてもカラフルな鈴緒が垂れています。
何度も参拝している三島神社ですが、まだ一度も鈴を鳴らしたことはありません(^^;)

【三島神社】
<所在地>
 神奈川県厚木市下古沢659

<ご祭神さいじん(どんな神さまを祀っているのか)>
 大山津見神オオヤマツミノカミ事代主神コトシロヌシノカミ二柱ふたはしら
(神さまのことは一人、二人ではなく、一柱ひとはしら、二柱と数えます)

 ちなみに、二柱を合わせて三嶋大神ミシマノオオカミと呼ぶそうです。

<一柱目のご利益>
 オオヤマツミノカミ=山の神
  ≪五穀豊穣・商売繁盛・金運上昇»

 オオヤマツミを主人公にしたエピソードは、古事記には登場してきません。彼は「私のお父さんはオオヤマツミです」と、子どもが名を出してくれるだけという珍しい形でしか登場しないのです。
 良いお父さんなんですよ、彼、オオヤマツミは。「子は親の鏡」といいますものね。良い子ばかりを育て上げたオオヤマツミ、彼も良い人……いえ、神さまに間違いありません。 
 オオヤマツミはたくさんの子を持っておられるのですが、その中で特に印象的なのが、娘・木花之佐久夜毘売コノハナノサクヤビメの存在。
 とても美人で気立てが良く、しかも精神的にものすごく強い!
 次の段落で少しコノハナさんに触れるのですが、詳しく語るのはまた別の機会に。

 オオヤマツミには、二つの別名あり。
 ①酒解神サカトケノカミ=酒造りの神
  ≪商売繁盛≫
 娘・コノハナノサクヤビメが、火の海に包まれた産屋の中で、無事出産を遂げたことを喜んだオオヤマツミ。その喜びのあまり、彼はお米を使ったお酒(天甜酒あまのたむざけ)を造り、八百万の神々に振る舞ったそうです。この行為が穀物からお酒を造った始まりだとして、サカトケノカミ、と呼ぶようになったのだとか。

 ちなみに……。
 古事記をご存知の方に質問です。
 日本書紀には「穀物からお酒を造った始まり」だったり、「酒解神」という別名が記されているようなのですが、古事記にはそれら、出てきませんよね??? 日本書紀、早いうちに読んでみたくなっています。

 ②和多志大神ワタシノオオカミ=海の神
  ≪商売繁盛・海上安全祈願≫
 オオヤマツミが住むところ(?)が渡船場にあり、百済から渡ってくる異邦人をもてなすための市でいつも賑わっていたため、海の安全を守る神としてこう呼ばれることもあったそう。

 こちらも、ちなみに……。
 古事記には、百済うんぬんって話、出てきませんよね?
 確かに海の向こう側の国について触れるシーンが何度かあった気はするのですが、渡船場が市で賑わっていたという場面が記憶に全くなくて。

 次回からはこういうあやふやな記載はしないようにしようか、はたまた、ネット情報を信じてこうして書いてしまおうか、悩むところです(^^;)

<二柱目のご利益>
 コトシロヌシノカミ=託宣たくせんの神・豊漁の神
  ≪商売繁盛・豊漁祈願・金運上昇≫
 神さまの声を聞き、その神さまの言葉を素直に伝える能力を備えた神さま。
 ……って、あれれ? コトシロヌシ自身も神のはず。
 あ、ただ……。コトシロヌシは「国津神くにつかみ」なんです。

 神さまの世界にもスクールカーストのようなピラミッド型階層があります。
 底辺に属するのが国津神くにつかみ。地上にある神の国出身の神さまのこと。
 ちなみに、地上にある神の国を葦原中つ国あしはらのなかつくにといいます。

 その上に天津神あまつかみ。天空にある神の国出身の神さまのこと。
 天空にある神の国にも特別な呼び名があり、高天原たかまのはらといいます。
 この天津神はその中にも階級があり、その頂点におられるのが『別天津神ことあまつかみ』です。

 コトシロヌシは国津神ですから、「神=別天津神」の声を聞いておられるのかもしれませんね。

 最後に。
 この神社は、まさに住宅街の一角、地域の自治会館の敷地に建てられたこじんまりとした神社です。

早朝、昇ったばかりの朝日が大樹の向こうから顔を覗かせています。
鳥居に向かう参道というのはなく、市道沿いにひっそりと建っているのでした。

 でも、神社仏閣好きだけではなく、歴史好き、戦国武将好きの方ならば一度は訪れてみて欲しい神社です。
 なぜかって?
 それはね。

 戦国時代、安芸を中心に中国地方を治め、西国の覇者と呼ばれた武将・毛利元就。彼のご先祖さま、しかもその毛利氏初代を名乗った毛利季光のお屋敷があった場所がこの地なのだそうです。
 大江季光改め毛利季光に。ある意味、英断ですよね。

 毛利季光の屋敷跡であることを示す石碑が建立されているのですが、それ以上に「初代毛利を名乗った」に重きを置いた石碑となっています。

『毛利氏発祥の地』という言葉に、なぜかとっても胸がドキドキします。
 こんな気持ちを味わわせてくれる三島神社、一見の価値ありでしょう?

【毛利氏発祥の地】の石碑。
その石碑は、大きな大きなクスノキの根元に建っています。
今回の記事の見出し画像に使ったのはこれ。
「毛利氏発祥の地」の石碑を見守り続けている大樹・クスノキ。

 では、今回はこれにて。

 ……神さまの紹介を古事記からしようと思っていたのですが、古事記ではご利益まではわからなくて。
 ネットで検索しているうちに、初めて知ることがたくさんあり驚きました。
 ネットの情報をうまく取り入れながら、この神社紹介チャレンジを進めていきたいなと思っています。
 このあとの第二弾、第三弾と楽しみにお待ちいただけると幸いです。

 最後までお読みくださりありがとうございました。

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