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追悼・田中邦衛さん

 田中邦衛さんが亡くなった。享年88。老衰だったという。

 劔樹人さんがツイッターで「私が一番好きな俳優」と書いていたが、それはまったくもって私も同じ。なんだったら「小野田衛」という名前の中に「田中邦衛」と同じ漢字が2文字入っていることを誇りに感じているくらいである。

 それから同じくツイッター上で「田中邦衛が『北の国から』だけで語られるのは違和感がある」という意見もあったが、これも完全に同意。個人的には倉本聰の押しつけがましい北海道愛の描き方が苦手なので、「邦衛の魅力はそこじゃないんだけどな~」という気持ちがどうして強くなってしまうのだ。

 では、田中さんの代表作は何か? これは非常に難しい問題である。『若大将』シリーズの青大将はイメージを決定づけたハマリ役としか言いようがないが、『仁義なき戦い』シリーズの槙原政吉が見せたコスっからさも&イヤらしさも「これぞ邦衛!」と喝采を浴びせたくなる怪演のオンパレード。それからボルサリーノ2役で登場する『トラック野郎・爆走一番星』はシリーズ最高傑作だと私は信じて疑わない。他にも『県警対組織暴力』、『網走番外地』シリーズ、『ダイナマイトどんどん』、『学校』など挙げていったらきりがない。とにかく自分の好きな映画にやたらめったらと出てくる役者……それが田中邦衛さんに対するイメージだった(人によっては太田漢方胃腸薬のCMが田中さんの代表作だという主張もあるだろう。それも否定しない)。

 こうして田中邦衛さん好きとしては人後に落ちない私ではあるものの、田中さんが俳優として実力派かというと、そこは微妙なのかもしれない。個性派俳優なのは間違いないが、しゃべり方からビジュアルに至るまでやたらとアクが強すぎて、“脇役感”がまったくないのだ。たとえば『若大将』シリーズでは完全に若大将(加山雄三)の存在感を食ってしまっている。気がつくと青大将のことばかり目で追ってしまい、全体のストーリーが頭に入らないほどである(単純に俺がバカなだけかも)。

 それから「何をやらせても田中邦衛になってしまう」という問題もあった。ヤクザになっても、肉体労働者になっても、田中さんは田中さんでしかない。それだけ絶対的な個性とキャラクターを持っていたということだろう。そういう役者としての一種の不器用さが、好きでたまらないポイントでもあった。

 思えば菅原文太さんが亡くなったときもショックを受けたものだが、今回の田中さんの死は「俺たちのヒーローがいなくなった」という感覚とは別の意味での喪失感を覚えている。田中さんの全身から醸し出される男の情けなさ、セコさ、お調子者さ加減、そしてブルージーな味わいは、現在のスマートな若手俳優たちに求めるべくもない。またひとつ昭和の火が消えたという事実に打ちのめされるばかりだ。

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