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娘に会いたい

昨年の終わり頃から今日までずっと、長女に会えていない。

このご時世、県外に独立している彼女とは会うのを控えている。
(長女の住んでいる所は現在緊急事態宣言中)

娘が家を出て行ってから

長女が巣立ってからもう数年になる。
引っ越し直後、私は毎日泣いていた。
いつも一緒に暮らしていた娘がいないのは、こんなにさびしいものなのか。喪失感がはんぱなかった。
仕事帰りのスーパーの駐車場で、思わず泣いてしまうこともしょっちゅうだった。
あんなに早く自立してほしかったのに、私はなんて勝手なんだろう。

彼女と一緒に暮らしていたことが、まるですべて夢だったんじゃないか?
そんな錯覚すらあった。あんなに幸せなことはなかったと。
ぷくぷくしてて薄い髪の毛の赤ちゃん時代も、泣いた顔も、運動会でがんばった笑顔も、悩みを打ち明けてくれた夜も、みんなみんな夢みたいな、まぼろしだったのかと…

今でも病気にかかってないかな、無事に家に帰ったかな、変なのに絡まれてないかな、などと日々心配はつきない。
でもひんぱんに連絡してしまうと重荷になるかと思い、我慢してあまり連絡はしなかった。

空っぽの子ども部屋

長女がいなくなった子ども部屋を見るのは辛すぎた。

そこで大規模な模様替えを行った。
残していった壁のポスターを外し、机の引き出しの中の物も、すべて片付けた。
そうしないと自分を保てなかった。
寂しさで押しつぶされそうだったのだ。

それでも長女が使っていた就活用のバッグは、なぜかそれがまるで彼女そのもののように見えて、大事に取ってある。
もと子ども部屋で、今私は寝ている。

我が家は現在、夫と下の娘と私の3人で暮らしている。
下の子はまだ小学生だ。今でもまだ私に甘えてくれる。
でもこの日々も、きっとあっという間に過ぎていくんだろう。

幸せに、いつもあとから気づくのはなぜだろう

今も幸せだなあ、と思うけれど、ずっと時間が経ってからの方がより鮮明にその輝きに気づくのはなぜなんだろう。

それがその時のわたしにはもう手が届かないところに行ってしまってから、より深く幸せを感じるのはなぜなんだ。

幸せはあとから気づくものなのか。やめてくれ、そんなの辛いよ。

ああ長女に会いたいなあ。

いつも想っているよ

「今どうしているかなあ?」

「仕事忙しいのかなあ?」

「このふるさと納税品、○○ちゃんが来たときに食べさせよう」

いつも夫とそんなことを話している。(ほとんど私が一方的に喋っているのだが)

先日、母の日の前夜に長女からこんなメッセージをもらった。
「明日の母の日のプレゼント、届けるだけでもと思うんだけど…今は行かない方がいいかな?」
夫と色々話し合った結果、地域の感染状況も考えて今回は見送ることになった。

本当は一瞬でも会いたいし、長女からのプレゼント、その気持ちを受け取りたかった。
だけど、遠いところ貴重な仕事休みの日にわざわざ来てくれるのに、すぐ帰らせるのはしのびなかった。

美味しいものをいっぱい食べてほしいし、野菜いっぱいチャージしてほしい。
お風呂に入って、疲れをとって、ゆっくり休んで寝坊していってほしい。
翌朝駅まで送って、さよならしてさびしい気持ちをまた味わって。
少しの時間でも、全力で尽くしたいのだ。

私と夫の親が施設を利用していることもあり、お互いのリスクを考えて今回は見送ったが、ゆっくりまた会える日を心待ちにしている。

ふるさと納税で貰った美味しいものを食べてほしい。
だがごめんよ、あふれ出る食欲を我慢できずに結局みんなで食べちゃった。
反省しています。
今度返礼品来たら必ず残しておくからね。待ってるよ。

(昔、おばあちゃん家に遊びに行くと「これでもか!」ってくらいご飯&おやつ攻撃をうけたが、あれは愛だったんだなあ。おもてなしは愛の言葉だ)


↓どうしようもなくさびしい時に心を癒してくれた曲です

折坂悠太 「さびしさ」

頃合いをみては
ここでまた会おう
乱れ飛ぶ交通網を縫って

(中略)

風よ このあたりはまだか
産みおとされた さびしさについて
何も 語ることなく歩き始めた
この道に吹いてくれ

(引用:折坂悠太「さびしさ」)



サビの最後、叫ぶように歌うところがわたしの心の声を代弁してくれているような気がして嬉しかった。


最後までお読みいただきありがとうございました。

あなたの明日が素晴らしい日になりますように。

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