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「武満徹・音楽創造への旅」立花隆

2017.10

作品を好きなのか、どの程度知っているのかと問われると口ごもる。オーケストラや室内楽、器楽曲、すべてを聴きこんでいる訳ではない。映画音楽が好き。SONGSはやっぱり石川セリのものが好き。合唱曲も好き。翼と小さな空と島へを歌ったことがある。ギター作品も好き。文章やスケッチも美しい。小沢征爾との対談に感動した。長らくその程度のファンだったが、なぜ自分がこんなにも武満徹に惹かれ続けてきたのか、読みすすめていくうちにその理由がとてもよくわかった。わかりやすすぎる音楽は好きではない。感傷過多なメロディは嫌い。アイデアのあるものが好き。戦争にはうんざりだが思想的な話を声高にしたくない。

太平洋戦末期の勤労学徒時代、見習兵にこっそり聴かせてもらったシャンソンを聴いて感銘を受け音楽をやりたいと思った始まり。アカデミックな教育は受けず独学で作曲を学び、楽器を買えないため紙の鍵盤を持ち歩いていたこと。早坂文雄の映画音楽制作の助手をしていたこと。知り合う前の黛敏郎にピアノを譲られたこと。瀧口修造との師弟関係。小沢征爾がニューヨークフィルのためにノヴェンバーステップスを委嘱したこと。すでに神話化されたそれらのエピソードに細かく踏み込み、その時本当はどのような状況だったのか、なぜそのことが起きたのか、武満自身はどんな気持ちだったか、周りの人々は、反応は、影響はどうだったのか。延べ100時間に渡る本人への取材、関係者への取材、文献、演奏記録、すべてのことを綿密に照らしあわせていく立花隆の熱い仕事ぶりにひたすら圧倒される。 

立花はもともと現代音楽が好きで、学生時代から演奏会や上野文化会館の音楽資料室に趣味で通い音源を聴きこみ、文献調査をしていたそうだ。さまざまなムーヴメントが起きた玉石混合の現代音楽界で、数少ない「本物」と呼べるものを探っていくなかで武満の音楽と出会い、実際に演奏会に足を運び、その楽曲に現場で触れる中で自ら選び取った。その自負を持ってのインタビューであり、すべてのことがらに優先しての仕事だったという。

それはもう100%の愛であり、武満自身も周囲の人々もそれをじゅうぶんにわかって誠実に応えている。ただでさえ文字で表すことが難しい現代・前衛音楽や邦楽の構造や形式、状況や現象に深く分け入っての考察により、武満が何を目指していたか、どのように世界の音楽家に受け入れられていったかを、武満自身の肉声を聞くかのような臨場感を持って知ることができる。

武満徹の楽曲を聴くのには少し勇気が必要だった。カンディンスキーが「厳しい(濃密な)音楽」と呼んだように、聴くものへの覚悟を強いるような佇まいの音楽。でも、これからはこの本を手元に置いて、武満さんの肉声や思いを感じながらひとつずつ、くりかえし、聴いていくことができる。立花さんの中にも、読んでいる、聴いている人間の中にも武満さんは生きている。これからもずっと、永遠に。それは、書かれた人も書いた人も、読者にも、なんと幸せなことだろうと思う。

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