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第11回 商標登録と自己責任論

商標登録がされていなかったのか?という疑問に対して 

 今回、LDHが商標出願した2022年8月29日時点において、バンドの「MOON CHILD」は商標登録をしていませんでした。海外のネオソウルバンドも日本で商標登録をしていません。商標は設定登録の日から10年で終了しますので、更新申請しなければ消滅してしまいます。過去に登録があったのかもしれないと思い、調べてみましたが、そのような形跡も見つかりませんでした。

 とにかく、2022年8月時点において、大分のかばん屋さん以外にこの名称を登録していた人がいなかったということに間違いありません。そのため、「商標登録を怠っていた側の自己責任である」とのご意見があるのも仕方がないかもしれません。

複数の異分野の事業者により使われてきた「MOON CHILD」


 今回、過去の履歴を調査する中で、「MOON CHILD」という商標が、過去に複数の異分野の事業者によって繰り返し、登録されては権利消滅してきたことが判明しました。
 ちょっと意外なんですが、人気の商標なんですかね・・・?
 その経緯をご紹介すると次のようになります。

① 1982年1月、ゲーム会社の株式会社ナムコ(現株式会社バンダイナムコエンターテイメント)が「産業機械器具」等を指定商品として出願し、1985年2月登録査定。その後1995年4月に同社が「遊戯用器具」等を指定商品として出願し、1997年10月登録査定。1回の更新を経て2017年12月存続期間満了により権利消滅。

② 1994年11月、東京都内の個人が「貴金属製食器類」などを指定商品として出願、1997年2月に登録査定、その後同年7月に出願却下処分。

③ 1996年11月、エステー株式会社が「せっけん類、歯磨き」等を指定商品として出願し、1998年5月登録査定。2008年7月存続期間満了により権利消滅。

④ 2011年1月、大阪府内の有限会社が被服などを指定商品として出願。①の株式会社ナムコの登録を理由に拒絶されるが、指定商品の範囲を変更し、2011年8月登録査定。2016年9月権利消滅、2017年5月閉鎖登録。

⑤ 2015年9月 大分県の個人が、かばん類及び袋物の小売又は卸売の業務を指定商品、役務として出願。④の有限会社による登録を理由に拒絶されるが、指定商品、役務を変更して2016年4月登録査定。現在も権利存続中。

 最初の株式会社ナムコによる出願は1982年になされています。株式会社ナムコの「ムーンチャイルド」はおそらくゲームの名称なのだろうと想像しますが、具体的にどのような商品であったのかについては、インターネット上を探しても情報は見つかりませんでした。

 現在、登録がある大分のかばん屋さんは、おそらくこのブログ主様ではないかと思われます。「moonchild マルアール(登録商標)」と書いてあります。ハンドメイドの小物作家さんなのですね。

 

その後登録する機会があったのではないか?との疑問に対して

 次に、「デビュー時に商標登録しなかったとしても、その後、時間がたくさんあったのだから、登録する機会はいくらでもあったのではないか」との意見もあるだろうと思います。

 しかし、特許庁では、すでに有名になったアーティストの名称は、CDやDVD等を指定商品とする場合に、商標登録を認めない、という運用をしていますので、登録のチャンスはデビュー前後の無名な期間だけであったということができそうです。

 「え?なんで?」と疑問に思う方もいるかもしれませんが、これについては、LADY GAGA事件と呼ばれる有名な知財高裁判決があります(平成25年行ケ第10158号)。

 この事件は、米国の有名な歌手であるレディーガガさんの事務所が、第9類(CD等)を指定商品・役務として商標登録しようとしたところ、特許庁から拒絶されたという事案の訴訟です。レディーガガさん側が特許庁の審決の取消しを求めたところ、裁判所は、商標をCDのジャケットなどに記載した場合、消費者はその記載を見て、その商品が誰の商品であるかを認識するのではなく、商品の品質(内容)を表示したものと認識するから、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ず、商標登録はできない、としてレディーガガさん側の請求を棄却しました。 

 この判例から、特許庁では、CDやレコード等の商品については、出願にかかる商標が歌手名や音楽グループ名として広く認識されている場合には、その商品の「品質」を表示するものと判断し、商標登録を認めないという運用がされるようになりました(商標法3条1項3号)。

 つまり、いったん有名になってしまうと、商標登録の出願をしても拒絶される結果になります。他方で、まだ有名になっていないグループが同じ名称を出願した場合には、登録が認められる余地があると解されており、なんともおかしな運用がなされています。

 この知財高裁判例の趣旨、つまり、歌手名やグループ名は、CD等が誰の商品なのかを識別するものではなく、CD等の品質を表したものに過ぎないという論理にはやはり批判が多いようです。

 しかし、特許庁としては、知財高裁でこのような判決が出された以上、これに反する見解をもって登録を認めることはできません。そして判例というのは、具体的な事案があって初めて作られますから、次の紛争が起こって、その事案が裁判にまでなって、異なる判断がなされるまで、特許庁はこの運用をし続けることになります。


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