見出し画像

50話 再び学園祭にて②

数週間が過ぎ、徹夜続きからフラフラになりながらも、学園祭の当日を迎える。
僕はカメラメーカー主催のコンペへの出品とその飾り付けで、早朝から登校していた。制作スケジュールがぎりぎりの為、裏からは見せられないハリボテのような凄まじい手抜き作品での出品になってしまいつつも、ひとりで2点もの出品を実現させた僕は、他の生徒から少なからず注目をされていた。

作品展示作業が終わり、出品者全員が実行委員から審査の時間など段取りの説明を聞き、一旦その場で解散となる。
シノギを削る仲とはいえ、出品した仲間同士お互いの作品を前にワイワイとやりながら、他の企画展示部屋をいち早く見られる特権を楽しむ。
ほとんどの部屋が何かしらの企画展で使われていた。どの部屋にも泊まり込み組がおり、気だるそうに着替えたり、だらしなく歯を磨く姿が目立つ。クリエイティブ系の学校らしい、何とも生活感に満ちた学園祭の光景だった。

それから数時間後、館内放送が流れると、いよいよ学園祭が始まる。
各所の学生達の企画展示と合わせて、僕が出品していた大手カメラメーカーの関係者達も来訪し、コンペ審査も始まった。
コンペの関係者は学園祭のお祭り騒ぎはそっちのけで、その様子を真剣に見守る。卒業後の就職にもかかわる事なので無理もない。その集団の中に僕も混じってはいたのだけれど、僕の頭の中は将来の事より、すぐこの後に控えていた「ライブ演奏」の方で一杯だった。

ライブ演奏前の緊張と落ち着かなさに耐えきれず、作品の展示部屋を出てライブスペースの方へ移動した僕を「落ち着かないな。広瀬はこのカメラのコンペによほど賭けてるんだな」「そりゃそうだよ。2点も出してるんだから」と、クラスメイト達はたいそう気に掛けてくれていたというのを、後でW子づてに知る事になる。

ライブ会場の方はそれなりに盛況で、大音量の中でにぎわっていた。すでに決められた予定の時間を遥かにオーバーしつつ、それぞれの生徒の参加するバンドが、熱い演奏を繰り広げていた。
実行委員スタッフは、イベントのトリを務めるゲストが当時有名だった「ラッパー」だという事で朝からてんぱっており、慌ただしく走り回り、出演者の僕を見るなり「5分ほど短めにしてください!あと、責任者は全体の撤収時、必ず参加を!じゃあ!」とだけ一方的に言うと、こちらの返事など聞かず、そのまま走り去って行った。

有名人を呼べるなんて、さすがは大人の学園祭だと感心しながらも、後の出演者は時間を詰められてしまうのなら、早い出番の方が「やったもん勝ち」で良かったのかな、なんて僕はのんきに考えていたりもした。なんにしても「最後の撤収は必ず参加」というのはくどいほど言われていたので、出品していたコンペの審査結果発表と講評会の時間と合わせ、その撤収作業だけは頭に入れ直した。

僕はコンペ会場での接客対応の割当て分の時間が済むと、他の教室の展示なども軽く見て回り、購買部で買ったパンで軽い食事を済ませ、自分の出演時間よりかなり早めにライブ会場の方へと戻った。

Q君とW子の2人はすでに会場入りをしていた。朝の軽い音響リハーサルではすでに顔を合わせていた後なので、僕はQ君に「どう、あの後、色々観れた?」と聴くと、彼はライブ会場からは全く出ていないとの事だった。まぁ人の学校の学園祭なので、独特の気まずさもあるのだろう。
W子はあとわずかに迫る自分達の出番を前に、早くも気もそぞろな様子だった。僕は少しだけ余裕を見せてやろうと、必死の演技を披露する。

「今日はよろしくね、W子。なんかバタバタで、僕、全然練習できなかったから迷惑を掛けるかもしれないけどさ。それにちょっと、今日は音も言う事を聞かないみたいだしね」
もちろんこんなのはデマカセもいいところだ。僕のハーモニカの練習は十分だったし、自信もあった。「音が言う事を聞かない」というセリフは今さっき音響スタッフ達がしゃべっているのを聞き、格好が良いのでマネただけだ。僕のこういうとろはまるで成長していなかった。

W子は緊張から息を弾ませて言う。
「広瀬くんは大丈夫だよ!!だってハープ、超上手いじゃん!!プロじゃん!!心配なのは私だよ。失敗したらごめんね。時間、クラスのみんなに教えといたよ!!みんな今日、観に来るってさ!!」
この話を聞いた僕は少しだけ身構えてしまう。前にハーモニカについて手痛いひやかし方をして来た嫌味なクラスメイト達はそのほとんどが違うコースへと進んではいたものの、まだ数人は授業などで関わりがあった為、またちょっかいを出されるのではと気になったからだ。

今回のトリオ演奏では僕がリーダーという立場、つまりハーモニカが中心となるバンドだ。もちろん衣装だって、上から下までばっちりあこがれのブルースマンのポール・バターフィールドっぽく決めて来ていた。曲決めから自分が主導権を持ち、打ち合わせや練習の時もワンマンにやって来た。そんな誰の目にもわかりやすくやる気満々なだけに、やはりかつてのように歳が上の生徒達からひやかされるような状況が起きれば、前以上に怒りで震え出し、いつまでも固まって動けなくなってしまうかもしれないと心配になる。
まぁそうは言っても、今回はライブなのだから「なにマジでやってんの?」だの「上手いよ、上手い、凄いねぇ~」なんてひやかしは場違いなはずだ。元々がそういうものを見せる場なのだから。

自分がリーダーとはいえ、ライブの選曲はボーカルを担当するQ君が中心になるようにしていた。それでもどの曲も僕のハーモニカ・ソロが全面にでるような構成になっていて、自分が吹きたい曲を彼に歌ってもらうという曲の決め方だった。
ハーモニカのインストゥルメンタル(歌が無い)曲も1曲だけ入れてみたけれど、それほどテクニックで目立つようなものではなく、ハーモニカらしさを出す上での選曲だった。自分がリーダーだからハーモニカ中心のバンドと説明をするために、あえて入れたようなものだ。そしてQ君への気遣いから、そのインスト曲のイントロや間奏はあえてギター・ソロにもしていた。

このトリオは、結成を決めてからこのライブ当日までの間、全てがうまく行っていた。今まで練習でも1度も揉める事もなかったし、女の子がひとり入ったおかげで、場の空気も常に和やかだった。僕はそんな日々に心から満足していたし、その延長線上にあったこのライブも、素直に何よりも楽しみにしていた。

そしていよいよ僕ら3人の出番となる。「急げ」とばかりに実行委員会と音響のスタッフさん達がセッティング変更をして行く中、僕らはステージに上がる。そして司会が慌ただしく出演するメンバーの紹介などをし、いよいよ僕ら3人の演奏は幕を開けた。

学校の中で一番大きな教室を締め切って作られたライブ会場は薄暗く、ステージ上から客席側は大ざっぱな人数くらいしかわからない。W子の話ではこの観客の中にクラスメイト達も何人かいるらしく、見た感じは結構な人数でなかなかの盛況ぶりのようだった。
僕の隣にはQ君が緊張の面持ちでいた。ライブ演奏自体が高校の学園祭の時以来なので、また2人で並んでいるのが不思議な感じがして来る。そして斜め後ろには、キーボードの前に座ってガチガチに緊張しているW子がいる。その様子からは、アイコンタクトすらとれそうもなかった。

今日の僕はすこぶる運が良かった。音響の委託業者からスタンドマイクと別にギターアンプと手持ち用のマイクも借りられた事で、今回のライブでは「カントリー・スタイルの生音ハーモニカ」と、ポール・バターフィールドばりの「エレクトリックハーモニカ」の両方を吹ける、贅沢な状況となったのだ。
そんなお膳立てバッチリの今までの集大成のような演奏を、大勢の前で聴いてもらえる恵まれた機会に、僕は鼻息を荒げていた。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?