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15話 自然な自慢を

忙しく月日は過ぎ、気がつけば高校受験は終わっていた。受験戦争などと言われ自殺者のニュースが話題になる中、僕はそれなりに徹夜勉強で追い上げ、何とか希望する高校へと合格した。
受験も終わり、後は卒業を待つだけとなった僕は、ある理由でもんもんとした日々を送っていた。頭の中でくり返される思考が、ひとり言となって、垂れ流されてしまう。

「ああああああぁぁぁぁ~~~。ブルースハープぅ、誰かに自慢したいよなぁ~~!!」

僕はテンホールズハーモニカ独特のベンド音が出せるようになった事で、自分が哀愁をおびたイケメンにでも近づいた気でいた。この音さえ出せれば、周りのみんなが自分を見る目が変わるはずだと。
かといって、それは女子にモテたいなどの正常なものではなく、賢者のように敬って欲しいという、数段飛び越えたゆがんだ目標だった。

思考回路は、高校受験の時の数倍の激しさで、活発に動き続けていた。
「不自然なのはダメだ。自分が吹いているところに、誰かが自然に通り掛かってくれるのが格好いい。それとも先回りするか。それにしてもいきなりハーモニカ吹いていたらちょっと変だな。あとハーモニカを吹いていた理由だよな。なんとなく悲しい方がいい。ハーモニカだしな。あ、葬式!そうだよ、誰かが死んだとか。おじいちゃんとか。それは縁起でもないよな。外国の友達とかなら格好がいいよな、ジョージとかジャックとか。
でもさすがに人が死んだら、ハーモニカは不謹慎だよ。ペットとか。う~ん、大型犬ならなんとなく格好いいけどな。うちの犬、中型だし、まだ元気だし。もっと不幸度合を軽くしよう。カツアゲされたとか。いやちがう、失恋だ!!うん、そうだよ、失恋だよ。そうか、僕じゃなくてもいいんだ。誰でもいいから、失恋してくれないかなぁ~♫」

僕は長渕 剛が出演するテレビドラマの影響で、テンホールズハーモニカのベンドは誰かを慰めるためにあるという思い込みがあった。楽器を手にしてから早1年以上も経とうというのに、相変わらず「ハーモニカを自慢したいなら、普通に曲を演奏をすれば良い」という事に気づかぬまま、満たされぬ最後の中学生活が静かに終わろうとしていた。

そんなある日、ようやくそのチャンスが訪れる。よそのクラスの男子生徒が、女子にふられたらしいという噂を耳にしたのだ。「ごめんなさい、シャア大佐が好きなの」という最悪の理由で。
相手が「赤い彗星」なら仕方がないにしても、今いち悲しさが足りないのはいなめない。ほとんど付き合いのなかった奴だったけれど、他にフラれた人もいないので、この際贅沢は言えない。
クラスメイトづてになんとか話を付け「失恋の傷を癒やす長渕のようなブルースハープ」を吹く男という触れ込みで、なんとか接触を図る。

舞台は校舎裏、時間は放課後の夕暮れ時。ほのかにオレンジ色に染まる付き合いの薄い2人の男子生徒が、影をつなげて風に吹かれる。2人をつなげたクラスメイトは一歩離れて、その神聖な儀式を見守っていた。

僕は思いっきり得意のベンドを響かせて、長渕 剛がするように手をパタパタとやり、格好良く決めてみせる。それは長渕 剛の曲でハーモニカが出て来る、イントロの部分だけだった。
自分としては100点満点をつけて良いほどの見事なシーンだったけれど、どういう訳か、結果はまるでウケなかった。なんと、その男子生徒も女子にふられたくせに実際にはたいして落ち込んでもおらず、時期が時期なだけに、終わったばかりの受験や今後の進路のことで頭が一杯だったのだ。

何とも言えない気まずい空気の中で、相手は「自分の失恋情報」が、一体どれほど拡散されているのかを心配そうに聞いて来ると、僕のハーモニカに形ばかりの礼を言い、力なくその場を離れて行った。
紹介してくれたクラスメイトもはっきりと「計画が失敗した感」を共有していた。気まずそうに僕に近寄り、手の中で赤みを帯びて光る本日の主役であるテンホールズハーモニカを見つめ、ポツリと言った。

「上手いな、ハーモニカ。お前さ、歌える奴と、ギター弾ける奴を探せば?」
その言葉の意味がピンと来ず、僕がしばらくポカンとしていると、クラスメイトはさらに言葉を連ねた。
「お前さ、演奏とかすればいいじゃん?」

楽器ができるなら、演奏をすればいい。こんな当たり前の話が、僕には全く理解できなかった。ハーモニカを人に自慢する事と曲を演奏する事がどうしてもつながっていかない。僕の中で、ハーモニカはまだ「楽器」ではなかったからだ。

この数日後、僕らは皆、中学校を卒業し、春休みを挟んでおのおのの高校生活をスタートさせる。

つづく


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