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3話 テレビで見かけた楽器 ③

「おっ、広瀬、ハーモニカじゃん。首に下げてたらジミーじゃん。なんか吹いてよ」
「そうだよ、ジミーの吹いてたやつじゃん。広瀬、ハーモニカ吹けよ」
そこにはいつもの数人の仲間が集っていた。学校帰りによく寄っていた友達の家は、団地の上層階にあり、兄弟が多かったために贅沢にも隣り合わせで別にもう1部屋を借りていた。そこが僕らの漫画を描くための、都合の良い集会所だった。

「うる星やつら」マニアの「ラムオ」、絵は上手いけれど反戦運動ヲタクの「デモタロー」、絵は下手で口ばかりの「ウンチク」といった典型的な負け組3人。4人目の僕はこれまであだ名すら無かったけれど、これでようやく「ハーモニカ」か、あるいはそのまま「ジミー」となるのだろうか。

僕は、テレビで見掛けたヒューイ・ルイスの事などすっかり忘れ、コスプレのように紐で首からハーモニカを下げ、描きづらいまま漫画を描いていた。自分は「ハーモニカを下げた漫画家だ」とでも言わんばかりに。
それはおのおのの漫画を描く時のキャラ付けのようなもので「赤いバンダナを巻きながら」とか「手首にサポーターを巻きながら」など、自分が決めた装飾を常にまとう事で、のちに有名になった際の手塚治虫や松本零士の「帽子」のようなトレードマーク効果を狙っていたのだ。

僕もヲタク仲間達も、ハーモニカを楽器だとは思っていなかった。全員音楽には興味がなかったし、音楽の話ができる男子はよく女子とつるんでいたので、もてない側には「音楽は不良のジャンル」くらいの位置付けだった。
みんなで集まっている時も音楽などはかけず、常にテレビをつけっぱなしだった。基本はアニメで、たまにニュース番組でも始まろうものなら、1秒と待たずに全員がテレビに飛びかかりチャンネルを変えたものだ。

そんなアニメ・漫画ヲタクもテレビドラマはOKだった。当時「長渕 剛」が大人気で、彼の歌う曲はのきなみ大ヒット、俳優としてもテレビに映画にと引っ張りだこだった。中でもドラマ「親子ゲーム」は人気があり、僕らもよく集まってはボリボリと菓子をバカ食いしながら観ていた。

その日もいつものようにテレビを流し、それを見ていた友達が突然、僕に言う。
「おい、広瀬、長渕もハーモニカ吹いてるぜ」
そう言われた僕は、漫画を描く手を止め「えっ、なんだって!?」という、やや腹立たしい調子でテレビに視線を移した。アニメキャラならまだしも、現実世界でハーモニカに関係のある人は要注意だ。自分の特徴とかぶってしまうからだ。
見れば、確かに長渕 剛は手にハーモニカを持ち、なにやら少しだけ音を出してみたり、手の中でコロコロと転がしたりしてみたりしているところだった。どうやら演奏している訳ではないようだ。
「おー、なんか吹いたな。おい広瀬、長渕とハーモニカかぶってるじゃん」
「どうする、広瀬。ハーモニカ変える?長渕、人気あるぜ。マネじゃん、って言われるぜ」
僕は自分のキャラ付けにも関係のある事なので、みんなよりも、そのテレビドラマを真剣に見つめていた。

何気なくみんなで観ていたそのシーンは、長渕剛ふんする主人公が世話をしている少年が、さまざまな問題に直面し、河原で泣く姿を見掛け、慰めながら合間合間にハーモニカを吹くというキザなものだった。
僕は、その音が「普通のハーモニカの音」でない事にハッとした。ヒューイ・ルイスとはまた違う音色だったけれど、あの「ポワ〜ン」という感じに、通じるものがあったからだ。
集中して画面を見つめ、次にハーモニカを吹くシーンを待った。
(う〜ん、なかなか吹かないな。もう1回くらい、吹かないかな、あっ!ああっ!?)
次の瞬間、顔がアップになったため、ひと目でそのハーモニカの特徴に気がついた。自分のハーモニカとは比べ物にならないくらい「小さかった」のだ。
手ですっぽりと覆い隠すように吹く様は、まるでヒューイ・ルイスと同じだった。音色こそ違うものの、手をパカパカと開くと時折「ポワ〜ン」というあの音が聴こえる。

間違いない。このハーモニカだ。長渕 剛がどれくらいの身長かはわからないけれど、一緒に出ている子供と並んでいるのを見ると、巨人などではないはずだ。とすれば、吹いている人が大きいのではなく「ハーモニカの方が小さかった」のだ。
僕はその事にとても驚いた。音楽や楽器などなんの興味のなかった自分からすれば、ハーモニカなんて1種類しかないと思い込んでいた。ましてや色違いなどではなく、その大きさが違うものがあるなんて。

友達は口々に言った。
「なぁ広瀬、長渕のハーモニカって、ちぃせぇーよな?」
「だよな。広瀬のよりちぃせぇーよ。あれ、なんか違うのかな?」
僕もみんなに合わせ「ちぃせーな」と言おうとした矢先、唐突にこの会話は終わりになった。その場に集まる誰もが、明らかに音楽にも楽器にもまるで興味がなかったからだ。

みんなはそのままテレビドラマに耳だけは向けていたけれど、意識はもう漫画を描く方に向かっていた。けれど、僕だけはぼんやりとテレビ画面を見つめ、場面が変わってからも、あの小さなハーモニカの事だけを考えていた。もちろん音楽を演奏したいという訳でも、小さな子供を慰めるという格好の良いシーンを再現したという訳でもなかった。
とにかく、ただあの「ポワ〜ン」という、なんともいえない印象的な音を「自分で出してみたい」と再び思ったのだ。

とりあえず、その後しばらくはそのドラマを欠かさず観るようにはしたものの、あの小さなハーモニカが登場するシーンを観れた事は無かった。それからもアニメを見ては、ヲタク仲間と漫画を描き続ける日々は続いた。季節が変わっても、相変わらず僕はクラスメイトからは相手にされず、給食も離れて孤独に食べていた。
特に楽しい日々ではなかったけれど、漫画を描ければそれで良かった。僕は漫画家を真剣に目指しているのだから。

そして数ヶ月後のある時、僕は自分でも驚くほど、いきなり決心する。
(よし、あの小さいハーモニカを、買ってやるぞ!)と。

つづく

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