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13話 テンホールズハーモニカ専用マイク

ある日、運悪く漫画雑誌で見てはいけない物を目にしてしまう。それは「テンホールズハーモニカ専用マイク」の商品宣伝だった。
値段は8000円、テンホールズハーモニカが3本も買える値段だった。その広告の小さな写真を、穴があくほど眺め続け、僕は鼻息を荒げる。真っ黒なT字型のボディーのマイクに、テンホールズハーモニカがしっかりと取り付けられている。
「これ、ヒューイ・ルイスが持ってたやつかな?似ているような、全然違うような」

とにかくすぐにそれが欲しいと思った。「マイク」という物をまるで解りもしないのに。
そしていつものように、何の考えも無しに、こういう時の為にこそある「おとし玉」を取り出し、親にバレないように注文をする。僕が今まで買った物の中では、最高額だった。

当時の通販はとても時間が掛かり、商品は忘れた頃に来るのが普通だった。毎晩布団の中で、その黒いT字型のマイクで「ヒューイ・ルイス」のように衝撃的な音を出す自分を想像してみる。ベンドができるようになった僕は、さして根拠もなく、後は「マイクという物」さえあれば、かつてテレビで見たヒューイ・ルイスの音が出せるという自信があった。

2週間くらいしてそのマイクが届く。わくわくしながら破るようにダンボール箱を開けると、想像していたよりも遥かに軽い、黒いプラスチックのかたまりがひとつだけ入っていた。取り扱い説明書には、まるでプラモデルのようなハーモニカの取付け方の説明図と、謎の電気用語が書いてある。

図を参考にして、すぐに自分のハ-モニカをマイクに取り付けてみる。横から差し込み、少しずつ滑らせて押し込んで行く。多少きつめだけれど、吹く時にハーモニカが外れて落っこちる心配は無さそうだ。
両手で握ると、どことなくヒューイ・ルイスが持っていた物に見えなくもなかった。後ろに黒いコードがついている。それが何のためのものかまでは、まだわからない。

「すげぇ、かっこいい。ヒューイ・ルイスもアメリカの通販で買ったのかな」
改めて、高額な物を買ったという感動が込み上げて来る。
そして、ここで初めて基本的なことに気づくのだった。
「あれ、電池は?どこに入るのかな?このコードの先って、一体何なの?ひょっとしてコンセントとか?充電式かな?違うよね?」

「マイク」という物をまだよく知らなかった僕は、それが体育の先生やデモ隊の人達がよく使う「メガホン」のような物だと思っていた。それがあれば、すぐに電気的な大音量が出せるのだと。
けれどもマイクとは音をひろう為だけの機械で、その音を電気で大きく出力する為には「アンプ」という機械が、また別で必要だったのだ。
よく見れば、通販のマイクが載っていた同じページに、アンプも紹介されていた。
マイクが解らない僕が、アンプのことなど解ろうはずもない。
せっかく買ったマイクを使う為には、アンプも必要。今知ったところでもうどうしようもない。チラシにあったにアンプの金額はさすがにケタが違う。もうお年玉は使ってしまったし手も足もでない。

黒光りするマイクのプラスチックボディーには、それを眺める自分の輪郭線が映っていた。それにしても、何と格好が良いデザインなのか。うっとりするようなフォルム。それはまるで未来のハーモニカそのものだった。
僕はいつものようにそのマイク越しに「ベンド」の音を響かせてみる。ハーモニカだけの時よりは多少やりづらいものの、慣れれば問題なくベンドができそうだった。
電気音が出せなくとも、僕は今届いたばかりのテンホールズハーモニカ専用マイクの存在感に満足していた。
「まぁいいや。いつかアンプっていうのにつなごう!それより、今気になるのは、」

僕は専用マイクの見た目に、1箇所だけ気になる所があった。マイクのグリップ部の上面に空いていた「小さな謎の丸い穴」だった。その穴を、リコーダーのように指でピタピタと押さえると、ハーモニカの音にビブラートを掛けられると、取り扱い説明書のイラストにあった。「ビブラート」といえば、おそらくは長渕 剛がよくやる手をパタパタと音を揺らす技法の事だろう。テンホールズハーモニカならではの格好の良さがあって、僕もマネをして楽しいでいた。

まだ実際にアンプにつないでそのビブラートを試した訳ではなかったものの、僕はその説明が、どことなくおかしいように感じた。現に絵の通りやっても「ピロピロ」という変な音にしかならず、格好の良さが全く無いからだ。何にしても、こんな変な位置にある「丸い穴」だけでビブラートを掛けるというのは、どうにも納得がいかない事だった。

高校受験を目前にしつつも、僕は数日間、買ったばかりのマイクを箱から出してはただ眺めて過ごした。その度、どうしてもこの「丸い穴」の事が、気になって仕方がなくなって行った。

そしてとうとうアンプで音を出せるようになるその日を待てず、自分なりの「改造」に取り掛かってしまったのだ。

つづく


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