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70話 道端の宇宙人②

彼女はこちらの返事も聞かず、話し続けた。
「なんかさ、社会とか、全然ダメだし。普通の人とかも、話し合わないし。アタシ、宇宙人だからさ。お兄さん、何星人?」
答えるまでもないけれど、もちろん僕は地球人だ。それにしても全くついてない、まさかこんなおかしな人に関わる事になろうとは。音楽の演奏仲間を作るどころか、こんな未知との遭遇をする事になるとは想像だにしていなかった。
僕は昔からこういう事がとても多い。子供の頃も、みんなで野犬に追われながら四方に散っても、必ず犬は僕の後ろだけを執拗に追って来たものだ。

彼女はひとしきり話を続け、演奏している曲が終わると同時に「イェーイ!!サイコー!!フー!!」などと絶叫し、くねくねと奇妙な動きでバンドに駆け寄って行く。
僕はそのいいかげんな態度を(なんだろう、この人。全然、バンドの演奏なんか聞いて無かったのにさ)と不快に思うものの、その親しげな関わり方から、宇宙人がこのバンドの身内であるのを理解した。

彼女は演奏していたメンバーと、何か曲に関する感想などを話しているようだった。そしておもむろに振り向いて、離れた僕に向かって、大きな声で話し掛けて来る。
「ねー、名前、なんだっけ?」
僕はまだ自己紹介などしたおぼえは無かったけれど、とっさに答えた。
「え?広瀬だけど」
すると間髪入れず「そうそう、広ちゃん。広りん、アタシのマブダチ。そいでさ、あんた達のファンだって。よろしくね。ね?ひろひろ!!」
果てしなく呼び方の変わる僕に、バンドの人達もステージ側から軽くペコリとやり、「コンチハ」と社会人ではない感じのラフな挨拶をしてみせる。特に初対面の僕に構える様子もなく、そのような仲介は彼女のよくやる事のようだった。これからファンを作ろうとしているバンド側にとっては、意外に助かる存在なのかもしれない。
全くもって驚きの展開だったけれど、僕はこの宇宙人のせい、というか「おかげ」というべきだろうか、難なく路上で演奏するグループに自然な自己紹介をできたのだった。

訳の解らない話を一方的に聞かされるのは迷惑だったものの、こうして労せず見ず知らずのバンドメンバー側と話すきっかけができたのは、確かにありがたい事だった。それがなければ、バンドのメンバーの数も多く、ステージと観客との距離もあり、さらに投げ銭をしている訳でもなかったので、さすがに自分からは声など掛けられなかっただろうから。
特にロック系のバンドというのは、反社会的で、いかつい感じで演奏しているので、普通の会社員が気軽に声を掛けるような相手ではない。ましてや相手は集団だ。
とはいえ、今までの路上でのセッション経験が「実はそんなに悪い人はいない」と思わせてくれてはいた。ただそれは自分がハーモニカの音を出し、仲間と認めてくれた後の事で、その前はやはりにらまれるだけだったけれど。
バンド側とは軽く挨拶こそできたものの、(さて、これからどうしたものか?)と考える内、それで話は終わりとなり、宇宙人はバンドの演奏の話を始めてしまった。
残念に思うのもつかの間、ステージから僕の隣へ戻って来た宇宙人は、また少しも演奏を聴く気が無いかのように、またこちらが聞いてもいない自分の話をペラペラとしゃべり始めた。

それは今までよりも勢いがあり(バンドに紹介してやったのだから、その分話を聞きなさいよ)とでも言うかのような一方的さ加減だった。僕はさすがに押し付けがましく感じていたので、黙って聞き流すようには努力していたものの、途中から彼女の話は、とてもではないけれど無視し続けられないほどの、驚くべき内容になって行った。
彼女は、自分が全ての家族に先立たれた「孤児」で、暖かい間はこのストリートに寝泊まりして、寒くなったら南の方へ移るのだという。さらに驚くのは、人買いに追われ殺され掛けた経験もあり、警察は彼女のヒッピー・ファッションから、話を全く信じてくれないのだそうだ。
彼女は止まる事なく、慣れた調子でいつまでも話を続けていた。
「まぁね、ここならさ、音楽を食べて、お腹いっぱいになれるしさ。夜は流れ星が、アタシを迎えに来てくれるしさ」

それなりに楽しい時間だったけれど、いかに世間知らずな僕でも、こんなテレビの人生相談に出て来るような不幸話を「はい、そうですか」とは受け入れられない。
「そうかぁ君、すごい苦労人だったんだね」と、彼女を刺激しないように静かに言葉を添え、さらに距離を取るようにした。
そうは言っても、今となっては彼女を避ける訳にも行かなかった。ひょっとしたらこの宇宙人のおかげで、この後、目の前で演奏しているバンドマン達とのつながりを持てるかも知れないからだ。
僕は、今日は観るだけと決めていたものの、出来る事ならこの流れで一気にセッション演奏の機会まで持っていけるのではないかと思えていた。
仕方無しに形ばかりこの宇宙人の話に耳を向けながらも、頭の中ではバンドの演奏に自分のテンホールズハーモニカの奏でるオブリガートを重ね続けていた。数曲の演奏を通して自分のハーモニカとも肌が合いそうに感じていたし、今の自分の演奏技術で受け入れてもらえる自信も十分にあった。

その後もバンドの演奏中だろうが曲が途切れていようが、彼女のおしゃべりは一層忙しく続いていた。
演奏の音が大きいのもあって、声が届くように彼女は僕に顔を近づけ、もともと友達だったかのように親しげに話して来る。これではまるで逆ナンパをされているようなものだ。若い女性なのに、少しは僕に対して警戒感や抵抗はないのだろうかと不思議になって来る。
「ねぇ、ひろひろ(広瀬の事)もっと、みんなとしゃべりなよ。みんな、いい連中だからさぁ。ほらほら、照れないでさぁ」
彼女はだんだん僕に触れるようにまでなって行き、終いには僕の肩に手を置き、まるで僕からの相談に乗ってあげているかのように振る舞い始める。
けれど、それは明らかにバンド側へ聞かせるような話し方で、再び自然に会話の機会を作ろうとしてくれているようだった。

ちょうどタイミング的にバンド側も曲の途切れ目で、手を止めこちらの会話に軽く注目をしているようなところもあった。かなり無理矢理の振りではあったけれど、せっかく生まれた千載一遇の状況に、僕は思い切ってバンド側に話しかけてみる。
「え~と。じゃあ、いつも、ここで演ってるんですか?」
なんとか無難な言葉を探すものの、せっかくこの日はバンドマンらしき身なりで揃えて来た割には、会社員感バリバリの質問になってしまった。
僕がその言葉を言い終わるやいなや、間髪入れず、すぐに彼女から絡みずらい横ヤリが入る。
「なんだよ、ひろひろ。よそよそしいなぁ。アタシら仲間じゃんかさ」
すると、困っている僕を見かねてか、バンド側から助け舟が入った。
「お前がいるから話しづらいんだよ。困ってんだろうが。ねぇ?お客さん」
彼女はすぐにその声に反応し、大げさに詫びるような手振りをする。
「ごめ~ん、アタシ邪魔した?やっちゃった?なんだよ、銀河に帰ろうかな~。ごめんよ、ひろひろ。さぁアタシ、今から黙るよ!!ほら、しゃべって!!」
また、すかさずバンド側のメンバーが割って入る。
「だから、それがうるさいっつうんだよ、全くさぁ」
それはまるで漫才のようなやりとりだった。その子の大きな声と大げさな手振り、そしてバンド側のマイクを通した場所全体に向けた会話に、やや離れて観ていた観客からも笑い声が巻き起こる。まるでデパートの屋上の「子供向けのショー」のようだった。
彼女のおかげでその場にくだけた穏やかな雰囲気が生まれ、青空のもと健康的な幸福感に客席が包まれていた。
バンド側も会場から笑いが出た事がキッカケとなり、今までの観客を気にしていないような一方的な演奏をするだけというスタイルを変える動きを作り始める。僕の方へ笑顔を送り、(変な奴がすみません)というような仕草を見せる。こうして、結果、バンドメンバーの方から僕側に歩み寄ってくれたのだった。
僕も、まるで関係者の一人のように、やや大げさに笑った。
こうなるとやはり彼女に感謝したいくらいだ。その上、これだけでも大したお手柄だと言うのに、さらにここで彼女はその特別な能力を発揮し、僕に有利な流れを生み出してくれる事になる。

「ねぇ、ひろひろって、何かやってる人でしょ?なんか、そんな感じするしさ。何かの楽器をやっている人?ミュージシャン星人?」
大きく目を見開き、期待の表情を見せる彼女とは裏腹に、すぐにバンドメンバー達は目つきを変える。それは警戒感とまではいかずとも、独特な場所への「縄張り意識」のようなものだった。僕がただのリスナーではなく、少し離れた場所で弾き語りをしている人なのかもしれないからだ。そうなれば、ある意味ではシノギを削るライバルのようなもの。
ちょっとした会話の切れ間に、一瞬、微妙な空気が漂う。

これは僕にとっていきなりのチャンス到来だった。けれどすでに路上演奏をする相手とのやりとりで失敗をした僕は、ツバを飲み、高まる緊張を抑え、慎重に言葉を選んだ。
「え~と、一応、ブルースハープをやってる者です」
色々と考えすぎて、なんだか変な返事にはなってしまったものの、相手がイケイケのバンドマンだったので、僕はテンホールズハーモニカとは言わずに、あえてそちらの呼び名で答えてみた。呼び方だけでも印象が変わるのだから、改めてこの楽器は、本当に不思議な存在だ。
すると、バンド側全体から、一度に笑顔が漏れた。
「おお~、シブイじゃん。ブルースマンじゃん。なぁ?」「おう、かっこいいっスね。俺、挫折したっスよ、ハープ」「へぇ、ブルースハープ。いいじゃん、いいじゃん」
バンドメンバー達のなかなかの反応の後に、当然の言葉が続いて行く。
「今、持ってるんスか?ブルースハープ?」
これはポケットに入る唯一の楽器ならではの質問だった。
僕は軽くうなずき、少し前から(こうなるのでは)と、宇宙人に気が付かれぬようすでに布のケースからポケットへと移しておいた1本のテンホールズハーモニカを、素早く取り出し、上の方へかざしてみせる。
するとバンド側から、想像していなかった大きなリアクションが出る。
「おおおお~、持ってたよぉ~」「ブルースマンじゃん。ポケットに入ってるんだ?いつもっスか?」「カッコいいじゃん。旅人みたい。スナフキンとか」

若干は茶化すようなリアクションではありながら、なかなかの友好的な反応だった。
どうやらこのメンバーの中にハーモニカを吹く人はいないようだし、このままの会話の流れで「じゃぁ、一緒に、一曲どうですか?」なんて、飛び入りでセッション演奏ができそうな雰囲気まで、一気に漂って来たではないか。
とにかくハーモニカさえ吹ければこっちのものだ。後はアピールあるのみ。ガンガン吹いて、自分を売り込むだけだった。
もちろんそこからが本当に勝負なのだけれど、僕には技術的な自信と、今まで彼らの演奏を聴きなから頭の中で続けていたこのバンドとのセッション演奏の準備が、すでに十分に整っていた。
ところが、後ろから思わぬ声が掛かる。
「なぁに~!?ちょっとぉ~。ひろひろって、ミュージシャンだったのぉ~!?」
目を大きく開き「キラキラ」という表現がぴったりの瞳を僕に向ける彼女だった。
突然のチャンス到来に興奮するあまり、この流れを作り出した宇宙人の存在を、僕はすっかり忘れていたのだった。

つづく


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