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104話 ジミヘン話②

熱を帯びつつ、ホストメンバーのギタリストの、僕を問い詰めるような言葉は続いた。
「あのさ、広瀬くんよ、結局はブルースセッションは何のためのものなのかって、話なんだよな。そりゃあさ、ブルースのためだろ?だろう?なぁ?ギターソロを弾きたきゃ、ロックバンド組めよっていう話なんだよ。だろ?」
僕にはこの話の真意がわからず、ヒートアップする彼をあまり興奮させ過ぎないように話を合わせるだけだった。
バンドの世界にはアマチュアであっても先輩後輩みたいな上下関係が明確にある。しかも彼の実力や経験値は今までのセッション演奏からも充分に分かり、こちら側から立ててあげたくなるような兄貴っぽい魅力をも持った人だった。

それにしても「ジミヘンの『リトル・ウイング』くらいは知っていろ」という話と、このブルースセッションの存在理由みたいな話は、自分の中ではなかなか繋がらなかった。
彼の話の意図がわからず混乱する僕は、理解をするべく会話に少し変化球を投げ返してみる。
「まぁ、確かに、今日はブルースセッションにしては、いかにもなコテコテの『どブルース』っぽい感じの曲が、あまり無かったですよね」
すると彼はいきなり立ち上がり、食い気味に答えた。
「そう!!そこよ!!そこなんだよ!!」
その声は馬鹿げて大きく、ステージ上で始まっていたシャンディ・セッションの音量にも負けじと、まるで誰に聞こえても構わないとばかりな感じで、その後もどんどん大きさを増して行った。
「そうなんだよ!俺はさ、ブルースマン達の、あのアクセクしてない感じが好きなんだよ!押し付けがましくないんだよ!少し、手を抜き気味なんだよ!わかる?これみよがしじゃあないんだよ!実際にはさ、多分、もっとテクニシャンなんだよ!それをあえて隠してさ、ほどほどを装ってるのさ!でもな、それがわからん素人がさ、これみよがしに、俺の方が上手いんだよって感じの速弾きなんかをやりやがるんだよ!わかるよね?やっぱ、君はわかってんだよね、そういうところをさ!」
隣りにいるジャガもそうそうと、共感するよう大きくうなずいて見せる。
正直そこまで強く共感はできないまでも、僕もこの点は思い当たる部分があった。
ブルースセッションに行き慣れてくると、どの店でもまるで大道芸のように「どうだ!」と喧嘩腰の技見せ自慢の参加者が目立っていた。
それもブルースの魅力のひとつなのかも知れないけれど、ちょっと気楽にやっているような雰囲気の方が、本来はブルースという音楽のジャンルらしさのはずなのだ。
そうは言っても、まだこの頃の僕は若く、どちらかといえば、本音では腕を見せつけたい気持ちの方が共感しやすくはあったのだけれど。

依然として彼の話の意図はよくわからないものの、僕はこの流れで話を合わせる事にした。
「そうですよね。まぁ、まだ僕くらいの歳じゃわからない部分でしょうけど」
そんな僕に、ギタリストから意外な返しが入る。
「いいや、歳じゃないんだ!感性なんだよ!わかるだろ?わかってるからこそ、君はさっきから、少し手抜き気味にやってたじゃないか!?7割くらいの力でさぁ」
これには驚かされた。まさか自分の渾身のセッション演奏を、同じホスト・メンバーからそんな風に見られていたなんて。
僕は強くこれを否定した。
「とんでもない!僕、めいっぱいですよ!そんな余裕とかないですから!」
僕の言葉も虚しく、彼はその自分の意見を譲らず、店内の爆音と自分のボルテージとを連動させて行くかのようにさらに熱くなって行った。
「いいや、余裕かましてたって、絶対に!でもさ、そこはいいんだって。むしろ、それがブルースってもんだろう!その歳にしてその余裕、なかなかのもんだって!大したもんだよ!見ていて渋いと思うもの。なぁ、ジャガ君。そうだろう?」
ここでジャガは大きくうなずき、いよいよ沈黙を破り、いつもの自分のペースに持って行こうと張り切って話し始める。
「そうそう!まさにその通り!良い事言うなぁ~!いやぁまさに、まさにですよ!!」
けれど、このギタリストはジャガの言葉を遮るかのように間髪入れず、続けてまくし立てた。
「そうなんだよ!でもな、そうなんだけど、それじゃダメな場合もあるんだよ!だろう、ジャガ君よ。やっぱりムキになってなんぼなんだよ、音楽なんだからさ!ジャガ君の目が、俺にそう言っているんだ。それが、俺にはジンジン来てたんだよ!」
出鼻をくじかれたジャガは、少々どぎまぎしながら「え?、ええ、まぁ、そんな感じですかね。ははは」と笑い交じりに答え、無理やり合わせるしかなさそうな感じでトーンダウンして行った。
一体僕は、この人に褒められているのだろうか、それとも怒られているのだろうか。この際、彼の話の内容は解らなくてもいいので、自分の置かれている立場だけでもハッキリさせてくれないと、どんな顔をして話を聞けばいいかも解らない。

一瞬の沈黙があり、彼は僕とジャガを正面から見つめ、少しテンションを落とし気味に真面目に話し出した。
「つまりはだ、今、やらなきゃいけない事は、なんなのかって事なんだ。曲っていうか、スタイルっていうか、スピリットのようなものとか、その全部とか」
僕とジャガは完全に混乱状態だったけれど、ようやくこの話の結論が出るという雰囲気に、お互いに目配せをし合いながら、彼をなだめるかのようにできる限りの穏やかな笑顔で待つ。
けれど、これから出る彼の言葉は、とてもではないけれど理解できようはずもない「ギタリストならではの真意」として、僕らの胸に突き刺さった。

まくし立て続けてやや疲れたように見える彼は、突如として目を大きく見開き、何かを決心したように僕らに言った。
「よし、そうだな。せっかく今日はシャンディさんがいるんだから、俺ならレイボーン(名ギタリストのスティーブン・レイボーン)みたいなのもやれるってとこ、あいつらにきっちり観せて来るわ!!」
ようやく彼の真意が汲み取れた時には、僕は魂が身体から抜け出しそうだった。
要は、他の参加者より自分の方がギターのテクニックは上なのだから、それを今、シャンディさんに見せたいと、つまりはこういう事だった。
このしょうも無い話はまだ続いた。
「ちょっと悪いけど、アンプ使わしてもらうからさ、広瀬くんのハープ、次も、もう一回休んでくれない?いいよな?3ピース(ギター・ベース・ドラムのトリオ)でキメて来るからさ!」
さらに、ハーモニカ用のアンプを自分に使わせて欲しいと、つまりはこういう事だった。
長い長い回り道だった。結局最初の「ジミヘン」の話は一体なんだったのだろうか。

その話がゴールを迎えた頃、ステージではちょうどセッション曲が終わる所だった。
彼は、ステージのドラムのマスターのところへ駆け寄ると、顔を突き合わせ、熱く自分の出番の交渉を始めた。
なんと、ホスト・メンバーからも「鳥の求愛ダンス」の列に並ぶ者を出してしまったのだ。
ここまで来ると、本当に謎だ。シャンディさんの魅力なのか、ブルースセッションデーに女性が参加するとこうなってしまうのか、はたまたギターオヤジ達の本来の「性」のようなものなのか。
ハーピストの僕とサックス吹きのジャガは、まるで他人事として、このギタリスト祭りを、いつまでも離れたところから眺めていた。

そしてこの宴は、時間を忘れたように、いつまでも続いて行き、マスターの手がつってしまった段階でもう一度休憩を挟み、終いには、まさかのドラムレスのセッションとして、当初の予定時間を遥かに超えて続くのだった。
結局のところ、その後も僕やジャガの演奏の出番など回って来ず、痛みで両手を震わせるマスターの心からの謝罪と、数杯のドリンクのふるまいによって幕を閉じた。
この日を境に、この店のセッションは、元のホストメンバーからギタリストとハーモニカの僕、それから司会とサックスのジャガを抜いた形で「ギタリストのためのセッション」として、不定期ながら続いて行く事になった。

その日、閉店まで付き合った僕とジャガは、マスターにその日のドリンクのお礼を言い、ぐったりとうなだれながら店を出て、表へと続く階段を登り始めた。外からは涼しげな風が、柔らかく吹き込んで来た。
するとジャガが思い出したように一言。
「あっ、広瀬さん、ちょっと待って!」
ジャガは階段を駆け下り、店のドアの横壁を見つめて、僕に来るよう手招きをした。
「見て下さいよ、これ」
僕は言われるままにジャガの見つめる先を見た。
それは店のディスプレイとして飾られた、古いレコードジャケットだった。
「広瀬さん、この人、見た事あるでしょ?ね?」
僕は写真に書かれたアルファベットの名前を見て、数秒後に絶叫したのだった。
「えーっ、このアフロの人が、ジミヘンなの!?」と。

つづく


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