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1話 テレビで見かけた楽器 ①

その頃、僕は中学2年生だった。アニメ・漫画ヲタクだった僕は、将来は漫画家を目指すべく、漫画雑誌の月々の賞レースへの応募を夢見て、その練習にと、イラストを描き続ける毎日を送っていた。
学校では「運動部に入れない負け組」のひとりでしかなかったけれど、絵を描くのにはかなり自信があった。
話の合う漫画仲間数人と、お互いのイラストを持ち寄って、コピーしてホチキス止めした冊子を作っては、自分達の絵のなかなかの仕上がりにひたり、満足気に眺める毎日。その仲間の中でも、僕はかなり絵が上手い方だったと思う。

一方、クラスでの僕はこれと言った野望もなく、できれば問題なくやって行きたいだけだった。ケンカだって早い内に負け越して、最後にドンっという鈍痛を顔にくらってからは、ずっとその怖さが消えなくて、とにかく逃げてあやまっての日々だった。
でも、僕にはいつでも「期待」があった。いつか、漫画の実力が誰かに認められるという期待だ。それひとつがあれば、他はどうでもいい。どうせ勉強も追いつかないし、運動も苦手だ。特に球技は全部ダメだ。平均くらいまで行くのは柔軟体操くらいなものだ。
人にはもともと向き不向きがある。漫画のキャラがいい例だけれど、何かひとつだけでも人より凄いものがあれば、それでもう全部が大逆転だと、僕は信じていた。
今は自分が漫画が上手くなるまでの修行期間のようなもので、学校だってそれまでの時間稼ぎのようなもののはずだ。

当時1980年代、学校ではマイケル・ジャクソンの「スリラー」が流行っていた。早くも両思いのカップルになるような勝ち組の子達を中心に、洋楽なんかの話で盛り上がっていて、音楽のカセットテープを貸し合っていた。
次第に、そういうのに憧れるかのように、残りの生徒全員がカセットテープを学校に持って来るのが当たり前になると、運動もできず音楽も聴かない負け組は、その数を減らして行くようになった。
その残る数の中の、さらに負け組代表のような僕は、自分のクラスに、現実の女子と付き合っている男子が存在している事自体が信じられないほどだったけれど、漫画の中に出てくる美少女キャラを誰よりも上手に描ける事で、僕はそれに張り合えているんじゃないかと、密かに胸を張っていた。

そんな僕は、いつも学校が終るやいなや「機動戦士ガンダム」などのさまざまな戦闘ロボットアニメを見るためだけに、全力で走って帰宅していた。時代的にはビデオ録画もできてはいたけれど、120分テープがすぐにいっぱいになってしまうため、できるだけリアルタイムで観るようにしていた。
僕はロボットアニメから超人系、ラブコメから魔女っ子美少女系と幅広く見ている守備範囲の広いヲタクだった。暇さえあれば1日中でもアニメを観ていられた。半分は漫画の勉強も兼ねていたからだ。映画だってかなり観ていた方だ。もちろん、それだって漫画の勉強のためだ。

僕には2つ違いの兄がいて、兄の方は外国の音楽なんかに夢中だった。深夜番組の「ベスト・ヒットUSA」を楽しみにしていて、弟の僕は、それにこれっぽっちの興味もないというのに、よく眠い目をこすりながら半ば強制的にそれに付き合わされていた。全くいい迷惑だと思っていたのだけれど、それが自分にとっての大きな分岐点となった。
ある夜、僕は自分の人生の中で、最も「印象的なもの」を目にする事になる。

番組で紹介されたヒューイ・ルイス&ザ・ニュースというロックバンドが演奏する曲の、歌の切れ間の間奏部分で、ボーカルのヒューイ・ルイスがサッと何かを取り出し「ポワ〜ン」と、何だかよくわからない初めて聴く音を響かせた。
僕はアニメソング以外は、音楽なんかにはまるで興味がなかったけれど、不思議とその「音の響き」に釘付けになった。メロディーとか曲とかじゃなくて、そこで出てきた「音の響き」にだ。
それは感動したとか、格好が良いとかではなく「今の音、面白い!学校でこの音を出したら、クラスのみんなにウケるかも!」という、かくし芸みたいな魅力だった。
しばらく観ていると、そのサッと取り出したものが、彼の口の動きから「ハーモニカであるらしい」と解る。

物心ついた時から、アニメと漫画以外には何ひとつ興味を持った事のない僕だったけれど、どうしてかその時だけは(ハーモニカなら、昔、学校で習った物をまだ捨ててはいないはず)と突然思い立ち、深夜の大捜索を始めた。
部屋に積まれたダンボールをこじ開け、箱という箱を開けて行く。なぜそんなにまでしたのかはわからないのだけれど、僕は深夜のハーモニカ探しに夢中になった。
やがて引き出しの奥の方から、赤茶にサビてゴミのへばりついた小さな古いハーモニカが出て来た。

(あった、あったよ。いやぁ〜、やっぱり捨ててはいなかったよな。でも、見つかったのは良かったけれど、なんだか汚ねぇなぁ。大丈夫かな、こんなのくわえても)
気がつけば僕は汗だくだった。そこまでして一生懸命探したにしては、せっかく見つかったハーモニカは、自分の記憶より遥かに安っぽい作りだった。
普段手にしているプラモや文房具なんかよりも軽くて、とてもじゃないけれど、学校の吹奏楽部の生徒が使っている楽器の仲間なんていうような、価値がありそうな物には見えなかった。

僕は、その汚さと安っぽさを前に、少しだけテンションが落ちるのだった。

つづく


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