見出し画像

52話 再び学園祭にて④

僕らの次のバンドがライブの終盤に差し掛かろうとする頃、演奏後に場を離れていたキーボードを担当したW子が、なにやら両手に大きな荷物を抱えながら、僕に話しかけて来る。
「広瀬君?あれ?どうしたの?Q君は?なんかモメてるみたいって聞いたからさ。どうしたの?なんかあったの?」
答える事ができないでいると、彼女があっけらかんとした調子で聞いてきた。
「そういやさ、最後の曲さ、ブルース。あれ、なんか短くなかった?私間違えた?やっちゃったかな?気のせいかな?何が違ったの?」
この質問に、僕は怒りに任せて、W子にQ君の悪口をぶちまけ始めた。
「本当に今日は、最悪の日になったよ!!」と。
自分のハーモニカ・ソロが飛ばされた事。それがどんなに自分が大切にしていた曲だったか。いかにそれを間違える事がおかしいか。そして何より、今の自分の怒りがどれほど正当なものなのかを。
W子は悲しそうな顔で、僕の一方的な話を黙って聞いていた。

しばらくして、W子は僕に聞いて来る。
「Q君の方は、なんて言ってるの?」
それは彼女には珍しい、元気のない、たどたどしい感じの言葉だった。
「間違えたんだってさ。そんな訳ないよね?だってさ、どうしたら間違えられるのさ。そうだろ?ブルースだよ、ポール・バターフィールドの曲だよ?自分の方は、ちゃっかりギター・ソロ弾いてんだよ。ひどすぎない?僕のバンドだよ、僕の学校の学園祭のライブでさ。その1曲の為にマイクまで取り替えたんだよ!!しかも、あの曲って、朝さ、この場で音響の人達とリハーサルだってしたよね?マイクを替えるからってさ!!」
W子は気まずそうに聞いて来る。
「広瀬君はさ、心当たりないの?ケンカになるような」
僕は、何をおいても自分の味方をしてくれるだろうと思っていたW子が、少しばかり中立の質問をして来たくらいの事で、増々腹を立てて強く言った。
「知らないよ!!まぁ、なんかあったんだろうね!!『そういう事になるんだよ』なんて言葉を言って来るくらいだからさ。わざとハーモニカ・ソロを抜いてやったって事だろう?だいたいさ『格好をつけようとするから』って、どういう意味?ライブやるんだから、その時くらい格好つけるに決まってんじゃんさ。それに、特にそんなに格好つけるような事、今日、僕、してた?ロックンローラーとかみたいにさ!!普通に吹いてたよ!!ちゃんと、真面目にさ!!」

ひとしきり自分の感情を叩きつけた僕は、ここで彼女が両手に抱えている物にようやく目が行き、初めてその意味に気が付かされる。
この学園祭の日は、たまたま彼女の誕生日と重なっていたのだ。

僕ら2人に「演奏の失敗で迷惑を掛けまい」と必死だった時間も無事に終わり、ライブの高揚感冷めやらぬ中、気を効かせたクラスメートから山ほどの誕生日プレゼントを受け取ったばかりで、彼女はまさに幸せ一杯のところだったのだ。
そんな彼女に、ライブの「おつかれさま」も誕生日の「おめでとう」のひと言すらないまま、さっきまで一緒にやって来た仲間の悪口を撒き散らし続けた自分。そのみっともなさに耐えきれず、僕は腹を立てたまま、逃げるように会場を後にしてしまった。

その足で、あえてかなり離れた学校の隅の方の展示会場へと移り、僕は隠れるように時間を潰す事にした。
離れていても、遠くの方にライブ演奏の音がかすかに聴こえていた。けれども、今となってはもうどうでもいい事だった。僕はテンホールズハーモニカが吹きたかっただけで、もともとは音楽自体が好きという訳でもなかったのだから。

目の前の教室のガラスに映る自分の姿は、上から下までポール・バターフィールドずくめだった。みんなに笑われながらも、色付きの眼鏡まで掛け続けているほどなのだから。
わざわざバンドまで組み、彼の曲をチョイスし、ハーモニカ・ソロを暗記し、バンド練習を重ね、その1曲の為にわざわざマイクまで替えてまで万全で臨んだのだ。そこまでして、肝心なハーモニカ・ソロだけは吹けなかったなんて。
確かに一般的なヒット曲ではないので、聴いていても気にならない人ばかりだったろうけれど、僕からすれば、ホテル・カリフォルニアの有名なエンディングのギター・ソロがないようなものだ。あってはならないほどのミス、いやミスではない、してはならない陰湿な嫌がらせだった。
はたして、一体、自分が何をしたら、そこまでの仕返しをされるのだろうか。僕はまた、いつまでも考えても仕方がない事ばかりを考え続けていた。

僕の手には、持ち運び用の布ケースに、ジャラジャラとたくさんのテンホールズが入っていた布バッグを開き、またしばらくは人前で吹く事のなくなったハーモニカ達を、ただぼんやりと眺めていた。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?