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130話 インフォメーション②

テンホールズハーモニカの後に、僕がソロを回したピアニストも自分のソロを終え、ついでウッドベースのソロという順になるも、さすがに曲が長くなるからと黒ズクメがこれを断り次へと行かせようとした。となれば、最後はドラム・ソロという事になる。まぁ、ブルースであれロックであれ、バンド演奏のラストはだいたいドラムがソロを演るものだ。気のせいか、今日のセッションはドラムのソロが多かったような印象があった。ホストメンバー以外にもドラムの参加者が来たくらいだから、それに気を使っていたのかもしれない。
ところが、ドラムのソロには行かず、先ほど僕の前に割り込んで来たトラッペットの奏者が、またマイクの前で自分のアドリブソロを吹き始めたではないか。まだ吹き足りないとでもいうのだろうか。曲の展開としても不自然な感じがするし、あまり自分にはピンとこない流れだ。このままブルースセッションでもよくある「ギタリストの終わらないソロ地獄」のようなグダグダの繰り返しにならなきゃ良いけれどと、不安になって来る。

けれど僕の心配をよそに、事態はそれ以上におかしな方向に向かって動き始めた。トランペットの参加者は始めたばかりのソロをすぐにやめてしまい、それに申し合わせたように参加者全員がピタリと音を止めたのだ。まるで、それが前から決まっていた事であるかのように手慣れた、統制の取れ方だった。そして全員が止まる中、今度は続いてドラムの一人だけが短いソロを叩き始めたではないか。
僕は何がなんだかまるでわからなかった。一体どうしたというのだろう。この店特有の決め事か何かなのだろうか。有名ハーピスト「リトル・ウォルター」の曲にピンポイントで短く入るドラムソロみたいなものがあったけれど、そういうものなのだろうか。
ドラムのひとり叩きも短か目なもので、それが終わるやいなや、また全員が演奏を再開させる。 するといつの間にか、今度はスタンドマイクの前に割り込んで来たサックスの参加者が、トランペットの人と同じような短か目のメロディーをいきなり吹き上げた。この人も負けじと(まだ自分だって吹き足りない!)と思ってしまったのだろうか。僕にはますます何が何だかまるでわからなかった。それにしても短い、やる気があるのか無いのかわからないような、なんとも奇妙なソロだった。

「広瀬さんっ!広瀬さんっ!」
僕を呼んだのはギタリストの彼だった。彼の方へ顔を寄せると、取り急ぎ、何かを僕に伝えようとしているようだった。
「フォー、、です!、フォー、、ですよ!!」
その様子はかなり慌てているようだけれど、さすがにステージの上では音が多過ぎて僕には「フォー、、」の部分だけしか聞き取れず、何を言っているのかさっぱりわからなかった。すると、ホストバンドのドラムが短いドラムのソロをやった後、初めて誰の楽器ソロも入らない場面があった。僕は(誰かがソロを入れ忘れ、失敗したのか)と思った。
血相を変えてギタリストの彼が僕の方へ近づいて来て、今度は顔をくっつけるくらいに直接耳元で何かを伝えて来る。
「広瀬さんの番なんです!!広瀬さんの、、フォー、、が来るんです!!」
かなりの大声ではあったものの、僕にはまだよく聞こえなかった。僕の番というのは、みんなと同じ様に「ハーモニカを短めに吹け」とでも言うのだろうか。いや、でも、もう今にも曲が歌に戻って演奏が終わるという状況で、その構成はあまりにもおかしいだろう。なんにしても、この「フォー、、が来る」とは何なのだろうか。

曲はそのままダラダラと続いていて、同じように短めの楽器のソロ、そしてみんなが音を止めドラムだけのソロという奇妙な繰り返しが続いて行く。気が付けば、ゲストボーカルの女性がまじまじと僕を見ていたので、その視線からやはり僕も次には何かをすべきなのだという事くらいは理解できた。
(う~ん、やっぱり僕なのか。僕もハーモニカで短いソロを吹けばいいって事なのかな。短いけれど、あれって、決まった長さとかなのかな?それとも自分なりのワンフレーズっていう感じなのかなぁ?心意気みたいなものを見せるという感じなのかなぁ)
頭をフル回転させるけれど、さすがに曲は続いているので何も浮かんでは来なかった。その焦りが、僕に全く的はずれな答えを導き出させてしまう。

(そう言えば、このボーカルの子はインフォメーションが上手かったよな。ひょっとしたら、普段は司会とかの仕事をしているのかもしれないよな。ん、待てよ。「フォー、、メーション?」ああ、そうか!!「インフォメーション」の事か!?)
ようやく答えにたどり着いた僕は、思わずニンマリとする。
(そうか~、そうだよな!!インフォメーションだよ~!!あの子も黒ズクメもやってたもんな。そうか、そうだよね。僕はジャズは全然吹けないけれど、ライブ自体はガンガンやってる側なんだもんな。そうだよ、そうだよ、自分の宣伝だよ!!他の人は自分にはそういう宣伝したいようなものはありませんって事で、短めなソロをちょろっとやってごまかしてた訳か。そうだよな、ジャンルは違ったって、僕はそれなりのバンドマンなんだから、そういう面は気を遣わず、ちゃんと口に出して堂々と主張していかないとな!!)

僕は確信を持って、次の自分の番と思われる場所に来るのを待ち、黒ズクメ達の視線が一斉にこちらに向き、ここが僕の番で間違いないのをしっかりと実感すると、今までハーモニカの演奏で使っていたスタンドマイクを通し、声高らかに言った。
「えー、すいません、広瀬と言います。某ライブバーで月イチくらいでレギュラーライブをやっています。良かったら聴きに来て下さい!!では!!」
その瞬間、全員が大きく目を見開いて、僕を見つめていた。本当に、完全に時間が止まったかのような景色だった。
その後しばらくは誰のソロも無い時間があった。無機質な伴奏だけがしばらくの間続いて行った。やがて気まずそうにゲストボーカルの女性が歌い出し、そしてワンコーラス歌い通したのち、最後のセッション曲「ルート66」は幕を閉じた。

客席に残る女性参加客達のまばらな拍手の中、参加者の全員がステージから降りる。その全員から、見た事もないほどのさげすみの視線が、僕に向けられていた。
(何?なんなの?何かまずかったの?何なのさ、その視線は?僕、何かいけない事でも言った?)
一応は気を使い、自分の働く店の名前こそ言わなかったものの、やはり他店の宣伝自体がタブーだったのだろうか。それともまさか、実は僕が別の店の店員だとバレていて、ライブBar同士の営業妨害のように受け取られたのだろうか。
静かめなBGMが流れる店内から、ぞろぞろと参加者が会計を済ませ引き上げて行く。人が減って行くのを見届けるように待っていたギタリストの彼が、神妙なおももちで僕に話し掛けて来た。
「え~と、広瀬さん。ちょっとよろしいでしょうか?あのう、さっきの、いきなりマイクで喋ったのは?」
彼はぐったりとし、先程までの優しく包み込むような雰囲気は、もう感じ取れなかった。僕は恐る恐る彼に答えた。
「え~と、普通のインフォメーションですけど。やっぱり何か、まずかったんですかね?」
それは初めて目にする、まるで異星人を見たような、あっけにとられた表情だった。
彼は無言のまま何度か軽くうなずいてから、一旦楽器をしまった自分のギターケースのポケットから小さなメモ帳とボールペンを引っ張り出すと、僕にわかるように図を書いて説明をしてくれた。

彼が僕に伝えたかった言葉は「インフォメーション」ではなく「フォー・バース」だった。
バースとは小節を指し「4小節という意味」となる。ドラムはメロディー楽器ではないため、長めのソロを演ると曲の雰囲気を維持しづらい。そのため4小節などの長さを決め「他の楽器との掛け合い方式」でアドリブソロを展開させるのだ。
つまりこの時は各自が4小節単位でソロを演奏して、それに応じるようにドラムも4小節単位でドラム・ソロを叩き返す掛け合い演奏をしていたという訳だ。この「フォー・バース」はジャズセッション特有の見せ場で、他のジャンルではまずありえない演奏形態ではあるので、僕のようなジャズのビギナーが知らないのも無理はなかった。
彼はメモ帳のそのページを丁寧に破り、僕にくれた。そして、さっきまでよりもさらにぐったりとしながらも、最後の力を振り絞って作り出したような痛々しい笑顔で軽く会釈をすると、力なく去って行った。

店に残る参加者の最後の1人になってしまった僕は、彼にもらったメモ紙を折り曲げ財布にしまうと、レジへと向かった。すると、まだ帰っていなかったのか、先程の「ルート66」のセッション演奏で僕のハーモニカの前にアドリブソロを吹いたサックスの参加者の方が、いきなりすっと僕の真横に現れて並んだ。
僕が会計をしている間、彼は僕に話し掛けて来た。なんと驚いた事に、そのサックスの奏者はセッションの参加客ではなく、この店の店長さんだったのだ。
急にライブBarで働く店員としての自分が顔を出し、僕はこの店長さんに改めて働いている店の事も含めて挨拶をした。そして、自分がジャズセッションに関しては何も知らない事と、セッションでもろもろご迷惑を掛けた事を素直に詫び、これから勉強をするつもりだと伝えた。
そう話している間にも、何から何までうまくいかなかった僕だけれど、チラシに書いてあった「ブルースセッションの経験者歓迎」という言葉が頭をかすめ、ブルースに興味がある店長さんと言う事は、僕に対しては、それほどは嫌な感じを持ってないのではないかという淡い期待が生まれて来てもいた。
ところが、そううまくはいかなかった。僕は絶えず作り笑顔を浮かべながら話すのだけど、店長さんは一度も笑う事が無く、そしてトゲのある物言いでこう返した。「君、大学どこ?」と。
僕は答えに詰まった。僕はデザインの専門学校へ行き就職したので、大学には行っていないのだ。(なぜ急に大学の話なんかを?)と疑問を持つまでもなく、店長さんの次の言葉は続いた。
「ジャズに興味があるんだったら、色々と勉強してから来なよ。そういった事は、みんな大学で演って来るからね。ジャズ研とかでさ。何も知らずに来られても、お店の方も困っちゃうんだよ」
それは明らかに苦情だった。上司から部下へのような、高圧的で一切の揺らぎが無い感じの。さすがにここまでハッキリと言われ、僕の方は頭の中でガーンという音が鳴り響くほどのショックだった。何せ、相手は店主で、自分はお金も払って参加した側の客なのだから。たとえ 僕がセッションのルールをわからなかった事で困った人がいたとしても、そんな事は黒ズクメの無礼な接客態度に比べればまだマシではないのだろうか。こんな物言いもジャズという業界独特なものなのだろうか。この店長さんの態度も、黒ズクメ同様にあまりにも一方的で失礼なものだった。
僕は会釈をするのが精一杯で、早足に店の外へ出た。店長さんは僕がドアの外に出たのを見定めるとすぐにドアを閉め、嫌味のつもりなのか間髪入れず入口の電気を消した。

僕は何一つ言い返す事ができないまま、とぼとぼと店を後にした。ショックが大き過ぎたせいでもあったけど、それ以前に自己紹介の時に自分が働いていた店の話を出してしまった事の方が気になっていた。さすがに名古屋で、さして距離も離れていない店同士であれば、何かのトラブルにつながったらまずいと考えたのだ。
それにしても、あまりに一方的な扱われ方ではないか。ブルースやロックが関係している店同士だったら、どんなに迷惑でもこれほどの対応はされないだろうに。それほどにブルースとジャズの店では交流は無いので、何を言っても問題はないだろうという事なのだろうか。 それとも黒ズクメ同様、こういうものの言い方や振る舞い方しかできないのがジャズ界の人達の特色なのだろうか。だとしたら、ブルースセッションに来る誰もが、異常なほどにジャズという音楽について悪口しか言わないのもうなずけるというものだ。

僕はさすがにがっくりと肩を落とし、歩き続けた。疲れ果てた自分の頭には、先ほどまでさんざん聴かされていたジャズの演奏など、微塵も残ってはいなかった。
変わりに、自分の耳の奥からかすかに聴こえて来るのは、今まで慣れ親しんだブルースのルーズな音色の数々だった。

つづく

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