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26話 ブルースハープの教則本を買う

ある日、いきなり全く聞き覚えのない音楽に出会う。それは高校の昼休み。2人だけでバンドを組む相方のQ君が、学校の空き部屋に置かれたギターで「ジャッカ、ジャッカ、ジャッカ、ジャッカ♫」を延々と繰り返し始める。

「何の曲?新曲?何かの行進曲?」Q君は僕からの質問には答えず、まるで自慢するかのようにそれを聴かせ続ける。初めて聴く音楽で、ややコミカルなテイストでもあった。
「Eだよ、広瀬。Eのハーモニカで合わせてみなよ」そう言われ、テンホールズハーモニカを持って来ていた僕はとりあえず挑戦してみたけれど、Keyを合わせているはずなのに、音が合って来たかなと思えばすぐ外れ出し、なかなかうまく合わせられなかった。
しばらくして、ようやくQ君は「ジャッカ、ジャッカ」をやめて、自慢げに僕に言った。
「これが、ブルースだよ」と。
僕はこの言葉に驚き、即座に「違うだろう!そんなの絶対にブルースじゃないよ!」と、根拠も無しに強く否定する。明らかに滑稽な曲調で、ブルースという言葉が持つ「渋さ」を感じなかったからだ。

「違わないって、これがブルースだって。知らないの?広瀬のハーモニカってブルースハープっていうんだろ。それなのにブルースを知らないと、恥かくよ」
彼は、ふふんと鼻で笑ったように言う。もちろん彼の言う事はだいたい間違いはなかった。音楽の話で僕の方が知っている事と言えば、アニメソングの2番くらいなものだ。
この言葉が悔しかった僕は、良い機会とばかりに、かつて駅前の楽器店で見掛けて以来、気になっていた「テンホールズハーモニカの教則本」を買う決心をする。

「教則本」というのは、楽器の種類別に書かれた教科書の事で、言わば専門的な使い方マニュアルのようなものだ。漫画家を目指す僕は、すでに何冊かの「漫画入門」のような書籍を買い、効果線の書き方やスクリーントーンの貼り方などを学んでいて、その効果の絶大さを知っていた。

学校帰りにいつもの楽器店に立ち寄り、迷わずその本を買い、急いで家に帰ると、紙袋を破り捨て、僕は鼻息も荒くその教則本にかぶりついた。
初めて買ったその本は、プロのハーモニカ奏者の著書だった。表紙の写真には数本のテンホールズに混じり、自分の使っていた「メジャーボーイ」が写っている。それは間違いなく僕が読むべき本だった。何よりこの本には「ブルースを吹くために」という、今の自分にぴったりな項目があったのだ。

ページをめくると、さまざまな機種のハーモニカが次々に写真で紹介されて行く。見たこともない機種に胸が高鳴る。(この本を読めばハーモニカが上手くなるはずだ!!)僕はそう確信していた。(そして必ずQ君の弾いていたようなブルースが吹けるようになるはずだ!!)と。
それは間違いではなかったのだけれど、僕は書籍で学ぶという経験が少なかったため「飲めば背が伸びる薬」のような都合の良い即効性を期待していた。ところが、音楽の教則本だと、そうも行かなかった。

「えっ、なんだこれ?ええっ?困るよ。こんなのって、僕、聞いてないよ!!」
しばらく読み進めると「楽譜」のページが現れたのだ。しかもかなりのボリュームをさいている。音楽の教則本なので楽譜で解説するのは当たり前なのだけれど、そもそも楽譜が読めず、そういう内容だとは夢にも思わなかった僕は、自分の見込み違いに強い衝撃を受けた。
「何だよこれ、楽譜ばっかじゃん。ハーモニカが上手くなるコツとか、裏技とかそういうのは、書いてないの?」僕は眉間にシワを寄せながら、ただページをめくり続ける。本に費やした金額が、何度も頭をかすめて行く。

そしていよいよ、僕が求めていた「ブルースについての解説ページ」にたどり着いた。
自分が知りたいブルースが「音楽のジャンル」だという事すら知らないまま、僕はその本に答えを求める。ここでも最初の方は楽譜が現れ、そのままペラペラとページをめくり進めるしかない。やがて楽譜の部分が終わり、ようやく写真付きの文章ページが現れる。

「え~と、サニーボーイ・ウィリアムソン?ポール・バターフィールド?ビッグ・ウォルターにリトル・ウォルター?誰だよ、全員、外人だよね?長渕 剛は載ってないのかな」
そこにはブルースハーモニカ奏者達の紹介と名盤アルバムが紹介されていた。
それぞれのアルバム解説には「彼のサウンドはこうだった」「地域の音楽の香りがどうだった」というような、著者のレコードへの印象が書かれていた。
佐野元春のインタビュー記事でもブルース奏者のレコードについて、この本に書かれているのと同じような表現を見た事があった。
楽譜が解らない以上、今はまずこの人達の名前だけでもおぼえ、このレコード解説の文章を頭に入れる事が、とりあえず今自分にできるブルースの勉強だった。

さらに、教則本の後ろの方に一覧化されていた「ブルースのお勧めアルバム」を参考に、とりあえずこれを聴いてみようと決心する。どれも古そうなレコードで、廃盤という表記すらあった。この本を買ったのもあってお金もないので、駅前の図書館のレコードコーナーで探す事にした。

後日行った図書館では教則本で紹介されているブルースのアルバムは見つからず、係の人から「近いジャンル」として勧められた「カントリー&ウェスタン」を、しばらくの間はブルースだと勘違いしたまま、僕は教則本を読み進めるのだった。

つづく


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