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67話 専門的な会話②

僕は前もって準備していた、仲良くなるためのいくつかの会話パターンを頭の中で巡らせ、その選定に入った。けれど、ここで予想外の質問が2人の方から飛び出す事になった。
「お客さんさぁ、ひょとして、ライブとかやってる人?」
僕は驚きつつも答える。
「えっ、ライブ?やってませんけど」
最初はなんだか、聞かれている事の意図がよく解らなかった。楽器をやっているのなら当然ライブをやっていてもおかしくはないのだけれど、当時の僕にはかなりの違和感だった。
ドラムやベースがいるバンドなら、宣伝のための活動として路上で演奏をしているのかもしれないけれど、弾き語りとなると、ちゃんとしたライブ活動を出来ない人が、練習も兼ねて仕方無しに路上で演奏しているのだと、勝手に思い込んでいたからだ。
混乱する僕にはお構い無しで、2人からの質問の言葉は軽快に続いた。
「じゃぁ、バンドとかは?普段はどんな事やってる人?」
これも質問として別におかしな流れでは無い。けれど僕の方からすればハーモニカや曲の話なら自然に会話が続けられるのだけれど、ライブやバンドというワードが、自分からはかけ離れて聞こえてしまい、より混乱を増して行くだけだった。
かつてギターのQ君やキーボードのW子と専門学校の学園祭でトリオで演奏した時ですら、ベースやドラムなどのパートがいないため、自分からは「バンド」といういう言い方はしておらず、あえて「ユニット」という言葉を使っていた。そのため、ある程度の演奏力には自信があったのに「バンド活動はした事がない」と感じてしまうというのも、僕の密かな劣等感であったほどだ。

この2人の質問に僕は押し黙るしかなかった。確かにハーモニカは趣味で吹き続けてはいたものの、現状はどこのバンドにも入ってはいないし、学園祭の時以来ライブ演奏なんて一度もやってはいなかったのは事実だ。
凄腕のギタリストのバンドには何度となく飛び入りで演奏をさせてもらってはいても、それをライブと言える訳じゃない。だいたいこの路上演奏でブルースのセッションをするために、実に久し振りにハーモニカの猛練習をしたくらいの状況な訳だから。

沈黙が焦りに変わり、自分の劣等感と急に湧き上がって来たくだらないプライドから、突如として僕は彼らを総攻撃する言葉を選んでしまった。
ややフルフルとした声で、僕の口から言葉が出始める。
「じゃあさ、そっちはどうなの?これってバンドじゃないよね?ドラムとか、無いじゃん。ベースもいないし。じゃあさ、ライブとかはどうなの?ライブハウスとか借りて、ちゃんとやってんの?そっちが言うライブって、今の、ここでの演奏の事を言ってるの?」
僕の言葉は少しずつ大きくなり、怒りがあらわになって行った。
それを言われた相手の驚き様は半端ないものだった。それも当然だろう。ただ会話の中で楽しげに普通の質問をしただけなのに、いきなり食って掛かられたのだから。

2人は驚きのあまり、言葉を詰まらせながら小声で答える。
「いやぁ、別に俺らは。ただ聞いただけで。なぁ?」
「ああ。なんか、専門家っぽかったから。なぁ?」
2人は気まずそうにお互いを見合う。
僕の方も、取り返しのつかない状態になってしまった事に今さらながらに気付く。そして相手は2人、自分は1人。今からケンカに発展するのを考えると急に怖くなり、気がつけば、僕は逃げるようにそこを立ち去っていた。

楽しげに楽器を片付け始めるそれぞれのグループの間を、僕は自分の影を背負いながら、駅に向かってただ黙々と歩いた。
視界の隅に通りの景色が勢い良く後ろへと流れて行くのが映っていた。
まだ数組は演奏を続けていたけれど、多くは楽器を片付けながら会話を弾ませている。これから何か食べに行く相談、今日の曲やギターのコンディションの話、お互いの帰りの電車の話や、次の週の日曜日をどうするかなどのやりとりが断片的に聞こえては消える。

僕が横を通り過ぎるたび、すれ違う弾き語りの演奏が大きくなったり小さくなったりをしばらくは繰り返していたけれど、やがては途絶えて、それは全く無くなった。後は駅まで、代わり映えのしないただの商店街がどこまでも続いて行くだけだった。
僕は、そのまま足早に、駅まで黙々と歩き続けるしかなかった。

帰りの電車の中では、激しい後悔と一体どうすれば良かったのかが、自分の頭の中で激しくループしていた。
もちろん、この段階で彼らに敵意など無いのは解っていた。2人が僕を「バンドに入っているのか?ライブはしているのか?」を面接官のように聞き、その答えによっては見下して来るつもりなど無い事なんて明らかだった。けれど、それでも悔しくてしょうがなかったのだ。
それは、話が上手くいかなかったからでは無かった。本音では、自分から声は掛けてはみたものの、それは「自分でも相手にしてくれそう」というレベル面での見下した気持ちがあったからだった。聴いている人がいなかったのも、僕には好都合に思えたほどだ。人気があるなら、自分からは話し掛けられもしなかったろうから。
それなのに、見下していた相手に逆に自分が見下されたように感じた事で、それに腹を立て、つい攻撃的に出てしまった。その全てが惨めに感じて、もはや音楽やハーモニカどころではなくなってしまったのだった。

東京というとてつもなく広い大都会で、まだまだ山ほどの弾き語りの人達が集まっている場所があるのだろう。その中のたったひと組に、一度声を掛けてみただけだというのに、僕はここに集う人達がどこかでつながっていて、「ハーモニカには詳しいが、いきなり怒り出す面倒な奴」という噂がすぐに広まってしまい、「気をつけろ、変な奴だぞ」とレッテルを貼られてしまうのではというところまで、先回りして不安になって行く。

僕はあれこれ頭の中で考えを張り巡らしたあげく、あっさりと(もうこれであの場所には行けないな)と思うのだった。
実際に、いずれは別の組と上手くつながれて、それから演奏活動が始められたとしても、さっきの2人に会ってしまう事があれば、それはそれで気まずいのは間違いないのだろうから。
なんにしても自分のプライドのせいで、ようやく見つける事が出来た「あの場所」の、ほんの入り口程度のところで、僕は大きくつまずいてしまったのだった。

つづく


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