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2話 テレビで見かけた楽器 ②

僕は、出てきたハーモニカを自分のパジャマでゴシゴシとやって、もう一度、周りを見回して、息を整えた。金属の外側は傷だらけで、覗き込んでいる自分の顔の色味だけがぼんやりと映っている。
(よし、吹いてみるかな。ちょっと怖いけれど)

おそるおそる両手につかみ、小さい頃に習ったように、トウモロコシを食べるような格好で吹いてみる。
すると「ピー、プー」という、変な音がする。
久しぶりにくわえるので「うぇ〜」となるほど鉄臭く、おっかなびっくりなのもあって、まともに音も出やしない。気持ち悪いながらも、しばらく息を入れてみる。
(そういえば、ハーモニカって吹いても吸っても音がでるんだっけか)と思い出してはみたものの、吹くのも気持ち悪いものを、吸う気にはなれなかった。

それにしても、今さっき聴いたばかりの、あの「ポワ〜ン」という、自分が期待していた印象的な音とは、全く違う音だった。汗をかいてまで探したというのに、期待ハズレもいいところだ。
(なんだよ、これ。ちょっとおかしいじゃん。これってハーモニカだよな?あんな風に「ポワ〜ン」って、鳴るもんなんじゃないの、ハーモニカって。これ、もう壊れてるのかな?それとも、もっと強く吹くんだっけな。)

どんどん大きくなって行くハーモニカの音に、親から「うるさい」と叱られ、僕は音を出すのはあきらめて、エア・ハーモニカへと切り替える。
壁に映っている自分の影をみていると、今さっき見たばかりのヒューイ・ルイスのように、学校で「ポワ〜ン」とやって見せ、クラスのみんながそれを驚く姿が思い浮かぶ。ついその空想にニヤニヤとしてしまう。それは、ちょっとした人気者のような絵面だった。
とはいえ、僕は学校では誰からも相手にされない負け組ヲタクで、その上、先生公認の仲間外れで、他の問題児と2人だけで離れて給食を食べていたほどだ。そんな僕が何をやろうが、驚いてくれるクラスメイトなどいそうもなかった。

しばらく深夜のエア・ハーモニカを続ける内、そう言えば「何かが決定的に違う」と感じ始める。それは持ち方だった。彼はハーモニカを両手で包み込んでいて、おにぎりのようなマイクと一緒に持っている姿が、とても印象的だったのだ。それは歌用のマイクとはまた別の、ハーモニカ専用の丸っこいマイクだった。
けれども、僕には彼をマネる事はできなかった。僕のハーモニカが意外なほど大きかったからだ。小学校低学年の時に習っていたので、その頃より格段に身長も伸び、手も大きくなったはずなのに、それでも自分の記憶よりもずっと、そのハーモニカは大きく感じた。
無理やり手に収めきろうとしても一向に収まらない。力を込めるとプラスチックの部分がメリメリときしむだけで、当たり前だけれど縮むはずもない。

なんにしても、今さっき叱られる前に自分が出していたハーモニカの音は「ポワ〜ン」とは鳴っておらず、期待とはまるで違うものだったのが気になる。
そんな時、ふと頭に浮かんだ。(あっ、そうか。あの人、アメリカ人だもんな)と。
僕はこの時、大きな勘違いをする。アメリカ人なら当然、手がデカいのだろうと。それがあの持ち方になって、あの「ポワ〜ン」につながっているんじゃないかと。
(あのハーモニカの外人さんって、プロレスの「アンドレ・ザ・ジャイアント」くらいのデカさなのかな)と、そう思ったのだ。

当時、そんなに身長の大きくなかった僕は、この結論ですぐに納得する。なんだか夢中になっていたのもバカらしく感じてきて、手に持ったハーモニカから別の事を連想する。
(そういえばアニメ「銀河漂流バイファム」のキャラクターのジミーも、ハーモニカを吹いていたよな。なかなかキャラが立っているよな、ジミーは)

そこで、僕はジミーをマネてハーモニカの端に紐を通し、首から下げてみた。鈍く光るハーモニカは、自分のトレードマークに見立てるにはぴったりだった。なんだか「自分のキャラが引き立った」ような感じすらして来る。
(これは使えるぞ。上手くやれば、ジミーっぽい、口数が少ないけど、実は重要な事を言っているキャラにも見えるかもしれない)と思い立ち、そんなところで十分に気が済んだ事から急に満ち足りた気持ちになり、そのまま寝てしまった。
口には鉄のサビ臭さが少しだけ残っていて気持ちが悪かったけれど、歯を磨き直すまででは無かった。机の上には、描き掛けの漫画の下書きと、紐の通ったハーモニカが、コロンと置かれたままだった。

後で知る事になるのだけれど、ヒューイ・ルイスはアメリカ人ではあっても、そんなに長身ではなかった。もちろん手がデカい訳でも。
彼が吹いていた「ハーモニカの方が小さかった」のだ。

僕は(手がデカいと、あのポワ〜ンも、簡単にできるんだろうな)と誤解したまま、この小さな楽器「テンホールズハーモニカ」に出会うまでに、その後半年近く掛かるのだった。

つづく


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