24話 ソロ楽器の苦痛
いよいよ僕とQ君の、まだ2人しかいないバンド練習が本格的に始まった。
長いハーモニカソロのある「ハートビート」は、僕が個人練習で全てを暗記してからという事になり、2人でいる間は「サムデイ」1曲のための練習となった。
Q君のボーカル初挑戦となるこの「サムデイ」という曲では、サックスのパートを僕がハーモニカで吹く事になる。
「サムデイ」にはかなり長いイントロがあるのだけれど、そこではサックスはまだ入らない。
歌の1番と2番と、それぞれにサビを繰り返す部分があって、その後にようやくサックスのソロパートがやって来る。
かなりドラマティックな上に、テクニカルな格好の良さがあるのだけれど、時間は短い。
その後にはまた歌の3番が始まり、ついで繰り返しの歌の部分がいつまでも続き、曲がフェードアウトして行く。ちなみにエンディングにもサックスは入らない。
この曲を2人で合わせてみて初めて解るのだけれど、サックス(つまり僕がハーモニカを吹くところ)のパートはかなり長い間、ずっと出番がなく、ただひたすらに待つのだ。その間は何一つやることがない。その場にいなくても良いくらいだ。
佐野元春の歌自体を聴くのは大好きだったものの、こうして自分達が演奏するとなると、話は全く別だった。自分はサックスプレイヤー「ダディー柴田」役なので、ひたすらにただ待たされる側なのだ。
Q君が曲をスタートさせる。
「じゃあ、まずイントロから行くね。いっせぇのっ♫、あっ、ごめん。間違えた、もう1回やり直すね。いっせぇのっ♫」
つまり、こういう事になる。なかなか上手く始められないこのイントロだけでもかなりの長さなのに、その先に歌が数回あって、その遥か先にあるサックスの部分なんて、もう途方もないほどの待ち時間となるのだ。
Q君は楽器はもともとやっていたけれど、ボーカルは初挑戦で、当たり前のように歌を間違えるし、ギターの伴奏を間違える場合だってある。その都度、またイントロの前の「いっせぇのっ♫」から始まる訳だから、僕の担当する場所まで回って来るのなんて、もう奇跡のような確率だった。
かなりのやり直しの末、いよいよ僕のハーモニカソロの目前まで無事に来られた時は、まるで「これができたら100万円チャレンジ企画」の番組を見ているような気分だった。
その上どうしてもあと一歩のところで、不思議と彼は間違え、また最初からやり直すのだ。
ならば、勝手に自分の出番を増やしてしまえば良いのだけれど、この頃はまだ歌に寄り添って吹く「オブリガード」や「コードバッキング(和音奏法)」などアレンジの工夫を知る訳もなく、いつまでもただバカ正直に、自分の吹く場所が来るまで、渋谷のハチ公のように待つだけだった。
ようやく僕がハーモニカを吹けた時に、彼がその部分の伴奏を間違えた事もあったけれど、そこはやり直してはくれず、何事もなかったかのようにそのまま過ぎるのだった。そこは僕の唯一の出番なので絶対に伴奏を間違えないで欲しいのだけれど、それを責めるほどの言葉を僕は持っておらず、黙っているしかなかった。
さらにキツイのは自分のハーモニカ部分が「終わった後」だった。
もう出番はないのに、3番めの歌にただ黙って付き合うのだ。レコードでは最後の繰り返しはフェードアウトで終わるので、Q君が続ける限りはそのまま曲はどこまでも終わらない。それをひたすらに、隣で待ち続けるのだ。
時には宅急便や電話などで中断されてしまい、1時間経ってもほとんどハーモニカの音を出せなかった僕は、かなりイラついて来る。「出番まで漫画でも読んでるから、後で声掛けてよ。そしたら吹くからさ」というのが正直な本音だった。
僕はハーモニカを吹くだけなので、伴奏の難しさや弾き語りの苦労など全く知らず、度重なる彼の失敗を許せなくなって行った。
一方、Q君はもともとはブラスバンド部員で「練習は必ず曲の最初から始め、他のパートはただそれを待つ」というのが標準らしく、そこに疑問を持ってはいなかった。
大人であれば「2人が演奏する場所だけを何度も練習する」というように効率面を考え、気遣いをし合うのだけれど、この時はまだ高校生、お互いに自分の都合しか考えていない。
この「サムデイ」の練習は、彼の弾き語りコンサートを観に来ているようなものだった。
ひたいに汗を光らせてQ君は言う。
「ベースとかドラムとか、他の楽器も、早く欲しいよね」と。
楽器が増えた分だけ、こうして待たされる時間も増えるのだろうか。
僕は、バンドというものの先行きが、どんどんゆううつになって行った。
つづく
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