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39話 初めてのスタジオ③

スタジオにひとり残った僕が、念願だったエレクトリックハーモニカサウンドに酔いしれていると、休憩を終えた3人が談笑しながら戻って来る。休憩に付き合わなかった僕への気遣いもあってか、まず全員ができるブルースからやろうという話で落ち着いたようだった。
僕はたった今、初めて自分の音がイメージ通りに出せた事に感動し、1秒でも早く演奏をスタートさせたかった。それがブルースならば好都合ではないか。すぐにKeyを決め、曲へと話が進む。

けれども、この日はブルースすら上手くは行かなかった。ただの「ジャッカ、ジャッカ」から始めれば良いものを、Q君がギターから始まるイントロにこだわり始めたからだ。その上、Q君が自分のギター・ソロが終わってから僕に指示を出し、それを受けて初めてハーモニカが入るという流れまで一方的に決められてしまう。
ブルースなんだから別に誰から始めても構わないし、なんなら全員でガチャガチャやっても良いはずなのに。

そして何度かのやり直しの末、どうにか曲は始まったのだけれど、Q君のギターのアドリブソロはいつまでも終わる事がなかった。それこそ、Q君は気分が良さそうにいつまでも弾きまくっている。
一方の僕はいつになるか分からない指示なんて待ってはいられず、我慢できなくなり、言われていた合図の前にハーモニカを吹き始める。すると音が一気に分厚くなり、いきなり音楽っぽくなって行く。それは初めての僕にとってのエレクトリックなバンド演奏だった。スタジオに響き渡る耳をつんざくようなやかましいハーモニカの爆音が、今まさに自分の息によって作り出されているのが信じられないほどだった。

けれど、その状態は数十秒で終わりを迎える事になる。Q君はそこでエンデイングの合図を出し、なんと曲自体を終わらせてしまったのだ。
終わるやいなやQ君は「まだ、合図を出していないのになんで吹くんだよ。打ち合わせを聞いていなかったんだろ」と文句を言った。

もうこうなれば後は険悪なだけの時間が続くしかない。程なくして、部屋に備え付けられている電話が鳴り、レンタル時間の終了を伝えて来る。全員がテキパキと無言で片付け始める中、ほとんど片付けのいらない僕はいち早くスタジオを出て、受付の前でメンバーが来るのをイライラとしながら待っていた。
そして、店員さんから金額を言われると、僕は無言で、全く納得のいかない割高のワリカン分を払い、最初に店を出た。

しばらく後に3人も店の外に出て来たけれど、Q君はメンバーの誰とも言葉も交わさず、ひたすら自分のウォークマンに夢中だった。イントロにこだわっていたのは、このスタジオでの演奏を「録音」をしていたからだったのだ。つまり僕らは試しのつもりでも、彼だけは作品作りというスタンスだったのだ。
ベースとドラムのメンバーは、Q君をただいつまでも待っているようだったので、僕は明らかに「腹を立てている」と伝わるように急いでその場を離れ、駅に向かった。それこそもう会う事も無いくらいの気持ちで。

スタジオから最寄り駅までの間、僕の頭の中には無限に「なぜ?」が広がり続けて行った。
「なぜ3人は事前に曲を決めて来なかったのか?」「なぜ、慣れたブルースから始めなかったんだ?」「なぜ、僕だけが指示されるまでハーモニカを吹いてはいけなかったのか?」「なぜ今日録音をする必要があった?」そしてまた最初に戻る。「録音するほど大切な日なら、なぜ曲を決めて来なかった?」と。

僕の怒りはいつまでも収まらなかった。
駅に着いても、帰りに食べようと思っていた駅の立ち食いのラーメンすら我慢するしか無かった。その日は予定外のスタジオ代が、かかってしまっていたからだ。グウグウと音が鳴るほど腹が減り、余計に苛立ちが激しくなって行った。

それでも、そんな僕の頭の中には、ほんの少しだけ味わえたあの「エレクトリックハーモニカサウンド」が、いつまでも残っていた。

つづく


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