17話 ハーモニカ、楽器になる
翌日、持っている全てのハーモニカをガチャガチャとカバンに投げ込み、僕は一路、高校の同級生P君の家へと向かう。中学とは違い高校の友達のほとんどは電車で通っている為、遊びに行くだけでも、小さな旅行気分だった。
電車からの見慣れぬ景色の中で、P君の歌っていた「さだまさし」の曲を思い浮かべ、頭の中で、それに合わせる時の予習をする。
彼の家に着き、部屋へ通されると、そこにはピカピカの真新しいフォーク・ギターが立て掛けてあった。持って来たハーモニカをカバンから出し、じゃらじゃらと広げて見せると、P君は僕をハーモニカコレクターのように言い、2人で笑い合った。
最初はお互い遠慮して、相手に「先にやって見せてよ」などと言い合っていたけれど、そのうち、P君が「ジャラ~ン」と弾きながら、落ちついた様子で「じゃあ、何かやろうか?」と聞いて来る。それは、近所のお兄ちゃんが「遊んでやるよ」という時のような、やや上から目線に感じられた。
「何でもいいよ」
僕は、いよいよとなると人前でハーモニカを吹く事にドキドキとし始め、上手く吹けなかったらどうしようという不安から、意味もなく、目についた彼の持ち物を、手当たり次第に褒めてみたりもした。
そんな僕の不安をよそに、彼は特に気負う様子もなく、得意な「さだまさし」のナンバーを、ギターを弾きながら軽く歌い始める。いわゆる「弾き語り」という演奏スタイルだ。
しばらくはその様子をポカンと見ていたのだけれど「ほら、何でもいいから吹いて。Cだよ、KeyはC!」と、彼に歌いながら言われ、その時はまだCのKeyのテンホールズハーモニカを持っていなかったので、普通のハーモニカの方を吹いてみた。
邪魔をしないようにと、そっと小さめにハーモニカの音を出して行く。曲名までは知らなかったものの、よく見ていたテレビ番組で流れていた曲なので、なんとなくそれっぽい感じに吹く事ができた。最初は緊張していたけれど、すぐにギターとハーモニカの音は合い始め、みるみるそれは音楽っぽくなって行く。
曲のある場所に差し掛かると「次、吹いてよ、次」と、彼があごを突き出し(次の曲の頭の部分から、ハーモニカソロを吹けよ)と僕にふって来る。
僕は「よっしゃ」とばかりに、鼻息も荒く、少々強めに吹き始める。テンホールズばかりを吹いていたので、普通のハーモニカでは音が全く伸びず、まるで小さな子供が「プー、プー」と無邪気に吹いているような感じだった。ところどころつっかえながらも、特に練習もなしのぶっつけ本番にしては、僕はその曲のメロディーらしきものを、それなりに吹いていた。
長渕 剛のようなベンドを活かしたハーモニカを吹いてP君を驚かしてやろうと思っていたのだけれど、この頃はまだ「アドリブ(即興演奏)」なんてできなかったし、 P君の好きな「さだまさし」の曲はメロディーの印象が強烈すぎて、ハーモニカを合わせようとすると、自然に歌のメロディーラインをただなぞるようになってしまう。
結局、歌とハーモニカが代わりばんこにメロディーをやるという、何とも気恥ずかしい、優等生が集う「健全な演奏会」のようになってしまった。
それでもP君は僕のハーモニカの音に喜び、次々とレパートリーを披露して行く。僕もなんとかついて行こうと必死で吹き続ける。ところが、彼の持ち曲のKeyはどれもCばかりで、手持ちの楽器では普通のハーモニカでしか合わせることができず、その日は、とうとう最後まで得意なテンホールズのベンド音をうならせる事なく、終わってしまった。
ひとしきり楽器で遊んで疲れた頃、僕らは大人ぶってホットコーヒーを飲み、クラスの女の子達の話をして、日が暮れる頃お開きとなった。
友達とはいえ少々気が張っていたので、帰りの電車の中で、僕はようやくため息をつく。
ここで僕は「事の重大さ」に初めて気が付いた。
この日、僕は初めて「ハーモニカで人と演奏をした」のだ。
もちろん音楽の授業や合唱コンクールのような、授業や強制でなら演奏をした事はあったけれど、自分から進んでというのは初めてだった。
なんと、ハーモニカは音楽を演奏する事ができる「楽器だった」のだ。
その瞬間まで、僕はその実感がまるでなかった。
とはいえ、それでも僕はやや不満でモンモンとした気分だった。
テンホールズハーモニカ独特の、あの「ポワ~ン」というベンド音が、結局一度も出せなかったからだ。
つづく
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